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グローバルコンプライアンスへの備え~1.総論~

1. はじめに

近時、企業活動が国内のみならず、国外にも拡大している。

 企業が国外で活動する際には、海外リスク、カントリーリスク、地域リスクを意識する必要がある。一般的には、経済リスク(金融政策(インフレ、高金利等)、為替・外貨政策、税制、支払能力に関するリスク)、政治リスク(戦争、革命・クーデター、政権不安定、政策継続性、テロリスク、右傾化、移民問題)、社会リスク(民族・宗教問題、貧富格差問題、騒乱・暴動)、人的物的リスク(労働災害(児童就労等を含む。)、人件費高騰、自然災害、感染症流行、人口問題、環境問題、水資源問題)などの各種リスクが想定されるところ、これらのリスクに加えて、近時は特に、贈収賄、国際カルテル、パーソナルデータ保護、アンチ・マネーローンダリング、技術移転、国際税務等などのグローバルコンプライアンスリスク・規制対応リスクが増大している。

グローバルコンプライアンスリスクの中でも特に重要なものとして外国公務員に対する贈収賄規制対応がある。これは、業種に限らず、国外で活動する企業全般に要請されるものである。本稿では、外国公務員贈収賄規制を中心にグローバルコンプライアンスへの備えについて連載する。

2. 外国公務員贈収賄規制の概要と現在の傾向

近時、グローバル環境において、外国公務員贈収賄規制の強化や法執行の厳格化の傾向がみられる。日本企業が外国公務員贈収賄規制に抵触した場合には、企業のみならず役職員個人が規制当局に摘発・処罰されるリスク、民事上の責任追及をされるリスクなどが高まっているといえよう。

 外国公務員贈収賄規制の沿革としては、米国の『海外腐敗行為防止法』(The Foreign Corrupt Practices Act of 1977。以下「FCPA」という。)が挙げられる。FCPAは、1977年に成立された法律であるが、1972年に生じたウォーターゲート事件を契機として、当時、多数の米国企業において外国公務員に対する贈賄行為が発覚したことや不正会計が発覚したことを受けて制定されたものである。内容は主に、外国公務員に対する賄賂行為の規制と公正な取引記録作成保存義務や会計、内部統制に関する規制である。本稿では、前者の規制について取り上げる。
 米国では、同法の制定後、手続の円滑化のための支払(facilitation payment)に関する規定の整備などのFCPAの改正が行われた。また、米国政府は、米国企業による国際的な競争条件の公平性を確保するため、国際機関に対して外国公務員の贈収賄規制に関する国際的な取り決めを行うように働きかけを行った。
 これを受けて、経済協力開発機構(OECD)は、1997年に、「国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約」を制定した。日本は、同条約に加盟するため、1998年に不正競争防止法を改正し、外国公務員に対する贈賄の規制を新設した。不正競争防止法はその後も複数回改正が行われ、外国公務員の贈賄規制が強化された。

 FCPAは、米国企業、米国上場会社(外国企業を含む。)に加えて、行為の全部又は一部を米国国内で行った者についても外国公務員への贈賄を禁止しているが、2000年代に入り、米国企業のみならず、外国企業(その役職員や代理人等も含む。)に対してもエンフォースメントが強化されてきた。詳細は、今後紹介するが、2010年代には、日本企業に対して多額の罰金・制裁金等が課される事例も出てきた。

さらに、英国は、2010年に、英国における贈収賄行為を規制する『贈収賄防止法』(Bribery Act。以下「UK Bribery Act」という。)を制定した。UK Bribery Actでは、国内公務員(英国公務員)、外国公務員に対する贈賄の他、国内外民間人に対する贈賄(商業賄賂)も規制対象となっており、贈収賄に関して広範な規制が課されている。その他、世界各国ごとに独自の外国公務員贈収賄規制が設けており、法執行も強化される傾向にあるといえる。

3. 贈収賄防止のための社内体制の整備

贈収賄自体は個々の行為であるものの、企業における対策としては、贈収賄防止のための社内体制を整備することが重要である。

 2012年には、米国司法省(以下「DOJ」という。)と米国証券取引委員会(以下「SEC」という。)が、FCPAガイドラインを公表した。同ガイドラインでは、法令解釈を示すほか、FCPA違反を行わないためにとるべき手段、FCPA違反への制裁を減じるために企業が採り得る手段(効果的なコンプライアンス・プログラムの継続、違反の自己申告、法執行当局による調査への協力等)などが記載されており、企業の社内体制整備の重要性がフォーカスされている。日本においても、経済産業省が「外国公務員贈賄防止指針」(平成27年改訂版が最新版)を策定しておるが、同指針では、会社法、不正競争防止法及び海外法令上、海外事業を行う企業は、外国公務員贈賄防止体制の構築及び運用が必要であることが明記されるとともに、体制整備のためのプラクティスが紹介されている。また、日本弁護士連合会が2016年7月に制定した「海外贈賄防止ガイダンス(手引)」では、内部統制システム整備義務を果たす上で必要な贈賄防止体制の要素、処罰の減免にも一助となり得る内部統制システムの要素、企業及び弁護士における海外贈賄防止のための実務対応の在り方を盛り込まれている(なお、同手引は、2017年1月19日に改訂されている。)。このように、企業における贈収賄防止のための社内体制の整備の重要性が増している状況にある。

 本稿では、今後、重要な外国公務員贈収賄規制の概要を解説するとともに、企業における贈賄防止体制の整備のポイントについて説明していく。

(注)本稿に含まれている情報は一般的な内容であり、法的アドバイスや意見を提供するものではありません。また、外国法の取扱いに関しては外国法専門家にご確認下さい。

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鈴木 正人 Masato Suzuki
潮見坂綜合法律事務所 弁護士

2000年東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録。2010年ニューヨーク州弁護士登録。2010年4月から2011年12月まで金融庁・証券取引等監視委員会事務局証券検査課に在籍。『FATCA対応の実務』(共著、中央経済社、2012年)、「The Anti-Bribery and Anti-Corruption Review Fourth Edition」(共著、Law Review、2016年)、『Q&A営業店のマネー・ローンダリング対策実践講座』(共著、きんざい、2020年)等著作多数。

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