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グローバルコンプライアンスへの備え~13. 海外贈賄防止ガイダンス(手引)の概要(海外贈賄防止ガイダンス⑥)

1. はじめに

 前回のコラムでは日本弁護士連合会が策定した海外贈賄防止ガイダンス(手引)(以下「本ガイダンス」という。)のうち、第1章の第7条「モニタリングと継続的改善」と第8条「ファシリテーション・ペイメント」の内容について解説した。
 今回のコラムでは第1章の第9条「記録化」を説明する。
 
※海外贈賄防止ガイダンス(手引)はこちら(日本弁護士連合会のウェブサイトに移動します。)

 

証跡の確保、内部統制プロセスや会計帳簿での記録化の取り組みを

2. 記録化(第1章 第9条)

(1) 記録化の必要性

 企業は海外贈賄防止対策として記録化を行うことが重要である。記録化をするための目的として、次の4点がある。
 まず、日本企業の取締役は会社法上の善管注意義務の内容として、内部統制システムを整備(構築・運用)する義務を負うことが判例上認められており、本ガイダンスは、取締役が内部統制システム整備義務を果たしているとみなされ、一般的に要求される海外贈賄防止体制の要素を明確にするものであるとされている。そして、取締役は善管注意義務として、企業集団全体を通じて、外国規制のコンプライアンスも含めた贈賄リスクに対処するためには内部統制システムを整備することが不可欠であり(グローバルコンプライアンスへの備え~8.参照)、①不正を行っていないことおよび適切な海外贈賄防止体制を整備していることの「証左」として記録を残しておくことが海外贈賄防止対策として有用になる。
 次に、②企業内部で役職員に記録化を義務付けることで、海外贈収賄などの不適切行為が事後的に第三者から検証される可能性が高まり、不正を行う点の障害となり、不正抑止につながる。不正については動機・プレッシャー、機会、正当化の3要素(不正のトライアングル)が揃うと発生しやすいといわれる。記録化は「機会」のはく奪につながるものであり、海外贈賄防止対策として有効である。

 また、海外贈収賄は外国公務員などからの要求行為を端緒として行われるケースが多いと考えられる。③企業が外国公務員などに対する支払などを記録化していることを相手方に示すと、相手方が事後的な発覚を恐れることを危惧するなどし、自ら要求行為から退避する可能性が高まる。記録化は相手方が海外贈賄の要求を行う点について牽制効果を備えるものであり、実効性のある海外贈賄防止対策となる。

 さらに、海外贈収賄などの不適切行為を抑止するためには第三の防衛線である内部監査部門が営業部門やコンプライアンス・リスク管理部門から独立した立場で内部監査による検証・調査を行うことが効果的である。この点、実効性のある内部監査を行うに当たり、検証可能な記録が残されていることが重要となる。④記録化は監査を含めたモニタリングを効率的かつ容易に実施可能とする点でも効率的である。

■「記録化」の4つの目的
不正を行っていないことおよび適切な海外贈賄防止体制を整備していることの証明を行うため
企業内部で役職員に記録化を義務付けることにより、役職員による贈賄行為を抑止するため
企業が外国公務員などに対する支払などを記録化していることを相手方に示すことにより、外国公務員などによる当該企業に対する賄賂の不当要求を抑止するため
監査を含めたモニタリングを効率的かつ容易に実施できるようにするため

(2)重要となる内部統制プロセスの記録化

 前述の通り、企業の取締役は善管注意義務として、企業集団全体を通じて、外国規制のコンプライアンスも含めた贈賄リスクに対処するための内部統制システムを整備する責務があり、取締役は善管注意義務を履行したことの証左を確保することが重要である。
 この点、内部統制システムの整備状況の評価の一つとして、内部統制プロセスの実施内容が含まれると考える。特に、内部統制の実施過程については記憶などに残りにくく、記録化をしていないと散逸してしまい、後日の検証が困難になる可能性も高い。
 そこで、企業は本章に定める海外贈賄防止体制を整備するにあたり、その実施のプロセスを可能な限り記録化することが重要である。

(3) 会計帳簿における適切な記録とは

 海外贈収賄は典型的には外国公務員などに対する金銭や接待・贈答品などの財物の交付がなされることにより行われる。企業は海外贈賄防止対策として、金銭をはじめとする財物について会計帳簿に記録し、適切な処理を行うことが肝要である。会計帳簿における記録化の方法としてはたとえば、次の2つの方法に留意すべきである。

■会計帳簿への記録における留意点
企業は企業集団を通じたすべての取引につき、合理的な程度に詳細・正確・公正に反映する会計帳簿などの会計記録を作成する。贈賄などの不正な支払を隠匿するために虚偽の記録を行うことや会計帳簿などに記載されていない現金預金を使った贈賄などを許さない。
企業が接待・贈答や外国公務員などの招聘、寄付、エージェントなど第三者の起用などに伴い費用を支出するときは、適時かつ上記①の目的に資するかたちで、その金額・費目・支払内容を会計帳簿に記録する。
 次回のメールマガジンでは第2章「有事の対応」の第10条「有事の定義」以下の内容に触れていく。
(日経MM情報活用塾メールマガジン8月号 2020年8月20日 更新)
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鈴木 正人 Masato Suzuki
潮見坂綜合法律事務所 弁護士

2000年東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録。2010年ニューヨーク州弁護士登録。2010年4月から2011年12月まで金融庁・証券取引等監視委員会事務局証券検査課に在籍。『FATCA対応の実務』(共著、中央経済社、2012年)、「The Anti-Bribery and Anti-Corruption Review Fourth Edition」(共著、Law Review、2016年)、『Q&A営業店のマネー・ローンダリング対策実践講座』(共著、きんざい、2020年)等著作多数。

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