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情報活用塾

情報活用Tips Column

情報を「活かす」とは

選んだ情報の内容や背景・成り立ちを、自分自身が正しく理解していることが必要

情報は、必要とする相手に正しく伝わり、行動に繋がってこそ意味を持つ。
「予算を確保する」「部員を増員する」「事業計画の承認を得る」「商品を買ってもらう」「クライアントに広告を出稿してもらう」... 
最終的な目的は人それぞれ、その時々によって違うだろうが、自分の言いたいこと、やりたいことを相手に理解してもらい、「はい」と言ってもらう、Goサインをもらうための材料のひとつになるのが情報だということを繰り返し言ってきた。

理解してもらう、納得してもらうためには、相手の立場を考えることや様々な見方を考慮することが大切なのは前回述べた通りであるが、それと同時に、自分が提示した情報がどういう意味を持っているのか、そこから何が言えるのかを、自分の言葉で説明できるということが欠かせない。
それには、選んだ情報の内容そのものや背景・成り立ちを、自分自身が正しく理解しているということが必要だろう。

あまりにも簡単にたくさんの情報を手にすることができる状況に、危機感も抱いている

情報には、必ずそれが生まれてきた背景や経緯がある。
しかし、有り余るほどの情報に溢れ、一方でウェブ検索によってあらゆる情報に即座にアクセスできるようになったこんにち、ひとつひとつの情報の意味や価値をじっくり考えている暇はほとんどない。たくさんの情報をうまく捌くことや、効率よく利用することが優先されるのも致し方がないことではある。
しかしながら、長年リサーチをやってきた身からすると、あまりにも簡単にたくさんの情報を手にすることができるという状況には、危機感も抱いている。

例えば、コピー&ペースト、いわゆる「コピペ」。
数年前に、学生がコピペで課題のレポートを書いてしまうなどという話から、コピペは是か非かという議論が起こった時期もあったが、今では「コピペはいけない」と敢えていう人はもはやいないかもしれない。
仕事で使う情報を考えても、時間的制約もある中で、一から十まで元々の情報の発信元をあたってゼロベースで集めたり、データを自分でエクセルに打ち込んでグラフを作る必要はないだろう。
しかし、ネット上にある情報を効率よく切り貼りして使うということと、情報を活用するということとは意味が異なっている。

ビッグデータの市場規模推移のグラフが欲しいというケースを考えてみよう。
ネット検索をすると調査結果の紹介や業界系のウェブサイトの記事などが色々出てくるが、1-2年分の市場規模しか述べられていなかったり、自分でデータをエクセルに入力してグラフを作っている時間はないと考える。
そこでもう少し見ていくと、IT企業の人がどこかの講演会で発表したらしい資料があって、そこに過去からのトレンドと今後の市場予測のグラフがある。
「ちょうどいいからこれを使おう」
このようなことを日常的にやっている方もいらっしゃるのではないだろうか?

グラフやチャートは、作成者が自分の目的のために「こう見せよう」と思って作ったものだ。
同じ元データを手にしても人によって目をつけるポイントが違い、自分の言いたいことに応じて何通りものチャートを作り出すことができてしまう。グラフの目盛の起点をいくつにするか、メモリの幅をどう取るかで、たとえ年率1%ずつしか売上が伸びていない市場でも、倍倍で伸びているようにも見せられなくはない。
そもそも、そこで述べられている"ビッグデータ市場"は、自分が想定しているものとは定義や範囲が異なるのかもしれないのだ。

「これでいいかも」と思った時に、すぐコピペして使うのではなく、必ず一度出典として記載されている資料に戻って確認をして欲しい。
誰が、そもそもどういう目的で行った調査の結果データなのか。データの定義や範囲はどうなっているのか。他人の作ったグラフが正確なものだとは限らない。
また、そのグラフから省かれているデータの中に、実はもっと自分の目的に合うものがあるかもしれない。
出典を確認しようにも、グラフやチャートにそれが明記されていないこともあるだろう。
そのような場合には、自分の参考資料として見る分には構わないが、相手に何かを伝える資料として用いるのはご法度だ。
身元の定かでない資料、自分がその意味を説明できない資料の意味を、相手に伝えられるはずはないのだから。

ふたつの「大卒就職率」のデータを手にした時、どちらを選べばよいのだろうか

「大学卒業者の就職率は93.9%(4月1日現在)、2年連続の上昇」(2013年5月17日 日本経済新聞夕刊)

例えば就活生向けのスーツの販売計画をたてるために、就職率のデータが必要になった際、このようなデータを目にしたらどうだろう。
Googleで「大卒就職率」と検索すると上位に表示されるし、調査結果が発表されると新聞などでも報道される、文部科学省、厚生労働省が共同で実施している「大学等卒業者の就職状況調査」という調査の結果だ。
世間では就職戦線の厳しさが言われているのに、9割を超える就職率というのは驚くべき数字ではなかろうか。94%で就職率が低いというのであれば、60%に満たないというお隣の韓国などはどうなってしまうのだろう。

この数字には裏がある。
まず、調査のやり方を見てみよう。
調査対象は「文科省、厚生労働省において抽出」した大学であり、その数は「設置者・地域の別等を考慮」して抽出した112校。
大学の内訳は、国立大学21校に対し、私立大学は38校など。日本全国の大学数は国立大学86校、私立大学606校(2013年文部科学省学校基本調査による)なので、そこから考えると、調査対象が国立大学中心で私立大学の割合が極めて低いということがわかる。
さらに、それらの大学の全卒業者が調査対象とされているわけではなく、調査対象の学生は「各大学等において抽出」されているそうで、その数を見ると全卒業者の1%に満たない。

この対象の選び方や調査のやり方を見ると、一般的に私たちが考える「大卒者」の就職率とは異なる結果が出てきても当然のような気がしてくる。
お役所が就職率の高そうな大学を選び、大学内でも成績上位者やいち早く就職希望届を出した学生などを選んで行って高い数字を出しているのではないか、などと疑いたくもなってくる。
また、ここで言っている"就職率"は、就職希望者に対する就職者の割合、とのこと。当初は就職を希望していたけれど途中でメゲて諦めた、というような学生は含まれていないことになる。
これでは、実態を正確に反映することになっていないのではないか。

このように、大卒者の就職率=約94%という情報の成り立ちや背景を見ていくと、どうやらこの数字は、私たちが一般的に考えている大卒者の就職率とはちょっと違うかもしれない、扱い方に気をつけたほうがいいかもしれない、ということがわかってくる。
しかし、だとしたら、なぜこのような調査が行われ、公表されているのだろうか。

そもそも、この調査を辿って行くと、文部科学省・厚生労働省が未内定学生に対して行っている各種支援、新卒者の就職支援のために講じている対策・方策を説明する際の参照データとして使われているようである。
調査は毎年10月、12月、2月、4月と4回に渡って行われ、各種の支援策によって10月には6割強程度の内定者が年度末には90%を超えるまで高まる、ということを示したいらしいということが、結果のレポートを見るとうかがえる。
そして、調査の大義名分は、今後さらに就職率を向上させるにはどんな方策・支援策が必要かを検討するための資料、とされているはずだ(お役所の調査の目的は、大概このように大上段に構えたものである)。
とすれば、対象が特定の学校だったとしても、継続的な調査を行い、そこでの変化を見ることが重要なのであって、"就職率"の数字そのものが問題ではないのかもしれない。
公表されているのは就職率のデータだけであるが、合わせて就職支援策に対する評価なども聞いている可能性もある。

文部科学省・厚生労働省は、自分たちの目的があって調査を企画・実施し、結果を発表している。
それを、数字だけ見て、何の注釈も加えずに自分の資料の中で使い、それを基に何らかの決断、例えば、就活スーツの増産時期に関する計画などがたてられたとしたら... 
期末には在庫の山が待つことになりかねない。

実は、就職率と言った場合には67.3%(2013年春卒業者)という数字もよく出てくる。文部科学省が行っている『学校基本調査』の結果だ。

「就職率、3.4ポイント増の67.3%。 13年大卒 景況感の回復で。文科省」(2013年8月8日 日経産業新聞)

こちらは、日本全国の大学を対象に入学者、学生数、教員数、卒業後の進路などを調べたもので、"就職率"は卒業者のうち就職をした人の割合の数字だ。

このふたつの「大卒就職率」のデータ、94%と67%を手にした時、どちらを選べばよいのだろうか。選ぶ際の基準はなんなのだろうか。
「9割超というのは現実離れをしているのではないか」という実態感、自分なりの肌感覚というのは、ひとつ重要な要素ではある。
だからといって、選んだ理由を問われたときに、「9割では大きすぎる気がするから」ということでは、全く説得力がない。上記のように、データがもたらされた背景、やり方を考えてみれば、94%というのは限定された対象の中での話であり、調査の目的が異なるので、一般的に考える"就職率"として用いるには67%のほうがよい、という説明ができるだろう。

あるテーマに関して複数のデータに遭遇したときに、「なんとなく」選んだり「よく出てくる」「色々なところに使われている」データだからという理由で使ってはいけない。
また、どちらが正しいのか、という議論もあまり意味がない。上記の場合、どちらの調査結果も、しかるべき方法に則って、しかるべき対象に対して行われた調査の結果であり、どちらも"正しい"データだ。
それぞれが、どういう性格を持ったデータなのか、どうやってもたらされたものなのか。調査の目的や方法を理解し、どれが自分のニーズにふさわしいかを考えて初めて、どのデータを使うべきかという判断に至るというものだろう。

前回、そして今回と、情報を見極め、きちんと選び、有効に使うためのポイントを述べてきた。
コラムの初回で「調べるサイクル」をご紹介したが、これはサイクルの4番目=検証・判断と、5番目=伝達にあたる部分となる。
情報は、明確な目的意識のもとに、効率よく的確に集められ、必要に応じて取捨選択され、必要な相手に正しく伝わりその決断を促す。そこまで行って初めて価値を持つものだ。
情報を、活かすも殺すもあなた次第。
明日から、「調べるサイクル」をちょっと意識してみてはどうだろう。

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上野 佳恵 Yoshie Ueno

津田塾大学卒業後、株式会社日本能率協会総合研究所マーケティング・データ・バンクにて顧客向け情報提供サービスに携わる。のち、マッキンゼー・アンド・カンパニーにてリサーチ業務の傍ら情報センターの整備、トレーニングなどを手掛ける。 2004年にリサーチ関連サービス、コンサルティングを手掛ける有限会社インフォナビを設立。 著書に『情報調査力のプロフェッショナル』(ダイヤモンド社)。