NIKKEI Media Marketing

情報活用塾

情報活用Tips Column

第1回 ネット時代に必要とされる情報の選択眼

情報に関する仕事に携わるひとりとして、昨年来のフェイクニュースやまとめサイトを巡る問題は、あらためて情報の収集・活用について考えさせられるものとなった。あらゆるものがインターネットでつながり、我々を取り巻く情報量はさらに増え続けている。こうしたなかで、人々が真偽のほどは定かでなくても面白いと思ったニュースに飛びついてしまったり、大量の情報をさばききれないため便利なまとめサイトに頼るというのはある意味仕方のないことでもある。一方で、これらの騒動をきっかけに、個々人が情報を見極めることの重要性もさらに取り上げられるようになり、情報活用に対する人々の意識が一部では高まっているようにも感じる。今回はこのようなネット時代において、ビジネス情報を効率よく集めて活用していくためには何が必要なのかについて、あらためて考えていきたい。

フェイクニュース・まとめサイト問題の背景

アメリカ大統領選挙期間中にネットを駆け巡った「ローマ法王、トランプを支持」というニュース。これは、事実にまったく基づかない、意図的に作られ発信されたウソ=偽のニュースであった。いわゆるデマである。果たして、ローマ法王がアメリカの大統領選挙に口を出すものだろうか?(しかもトランプを支持するだって?)と、普通なら疑問に思うだろう。しかし、多くの人が深く考えもせずに「こんな面白い話があるよ」という、おしゃべり感覚でリツイートやシェアを繰り返したことによって、もっともらしく聞こえるようになり、「まさかね・・・」とは思いつつも、人々の気持ちや行動に影響を与えたりもしたのだ。

偽ニュースの拡散の背景にはこのような人間の心理や行動原理があるのだが、ネット社会では拡散を加速化する仕組みが整っているということも大きい。GoogleやFacebookなどのソーシャルメディアの多くは広告によって収入を得ている。人々の関心が高く、より多くシェアされ、見る人が増えれば、彼らはより多くのお金を得ることができる。だからといって偽ニュースを拡散して構わないのかという批判を受けて、Googleなども対策に乗り出してはいる。

しかし、彼らは元来、様々な情報を検索したり共有したりすることのできる場ープラットフォームを提供し、そこに人を集めることによってビジネスを行っているのだ。倫理を逸脱してはならないのはもちろんだが、その場により多くの人を集めるために様々な策を練るのは当然の企業行動ともいえる。

まとめサイト問題の背景も実は同じところにある。まとめサイトというのは様々なネット上の情報を編集ー今どきの言葉で言えばキュレーションして、見やすく・わかりやすく掲載する場ープラットフォームだ。ところが、編集によって、内容が間違った方向に行ったり、著作権が侵害されたりしたために、問題が起こった。編集した(まとめた)情報を発信するのであれば、その内容には責任が伴うということなのである。

「Aさんの行きつけの飲み屋はコスパがよく外れがない」、「人気コスメライターのBさんのお勧めは安心」など、誰が発信している情報なのかで、その価値を判断したり、どこまで参考にするかを決めることは多いのではないだろうか。この情報の身元、情報がどこで作られどうやって伝わってきているのかを意識できるかどうかが、情報を活用できるか、情報に踊らされるかの分かれ目となる。ソーシャルメディアの普及によって、場ープラットフォームなのか、発信源なのかは非常にわかりづらくなっている。だからこそ、自分で接している情報の元々の発信源はどこなのかを意識すべきではないだろうか。

フェイクかファクトか

フェイクニュース問題のもうひとつのポイントはトランプ大統領が「フェイク」を連発したことで、何がファクト(真実)で何がフェイク(偽)なのかの判断基準が揺らいでしまったことだろう。大統領就任式に集まった人数がオバマ大統領の際より大幅に少なかったという報道を「フェイク」と断じた時などは、自分に都合の悪いニュースはすべてフェイク、というのがトランプ大統領の基準なのか?と心配になってしまった。

でっちあげの偽ニュース(デマ)は別として、そもそもニュースに対して、真実かどうかを議論するのはあまり意味がない。何か興味深い事件があったとしても、私たちが現場で一部始終を目にすることはほぼ不可能であり、各種のニュースなどから情報を得ることになる。芸能人やスポーツ選手のインタビューでも、一言一句もれなく聞くことはまれで、私たちが耳や目にしているのはほとんどの場合、切り取られた一部分のコメントだ。

自分が直接経験できない、目にできない、聞くことのできないことについて、そこで起こっていること、語られていることの一部の切り取りや、要約、組み替えなどが行われて表に出てくるのが、ニュースなどの情報である。フェイク(偽)ではないが、取材する人の個性・特徴や、メディアとしての編集方針などはあって当然。そのことを暗黙の了解として、我々はこれまでメディアに接してきたはずである。ソーシャルメディアの普及によって、生の声や状況をそのまま編集なく伝えることもできるようになってきた。だからといて、編集や要約された既存メディアのニュースがフェイクだということにはならない。

情報の"正しさ"

ビジネスにおいても、様々な情報の中から必要なモノを選びださなければならなくなっているため、どの情報が正しいのかということを気にする人が増えている。しかしながら、ビジネスで使われるような、統計や調査などのデータについて、正しいか正しくないかという視点で考えてはいけない。

例えば、人口や世帯数といった基本的な統計データにも、いくつかの種類がある。京都市の人口は、『国勢調査』によると約147万5千人であるが、『住民基本台帳人口』では約141万9千人。国や地方自治体が行っている調査で、「間違っている」とか「正しくない」というはずはないのだが、5万6千人もの差がある。なぜこんなに違うのか?いや、理由はどうあれ、ビジネスシーンではどちらを使えば良いのだろうか?
ふたつのデータの違いは、目的、対象、調査方法の違いによって生じている。『国勢調査』の対象は調査対象日に京都市内に住んでいる人すべて(一部例外を除く)であり、各住戸に調査票を配布して調査を行う。一方、『住民基本台帳人口』は京都市の住民基本台帳に登載されている人を集計したもの、住民票が京都市内にある人の数である。学校や仕事の関係で一時期住む場所に住民票を移さないというケースも少なくはない。京都市には多くの大学が立地し、学生が多く、住民票を移さずに市内に住んでいる人が多いことがこの差につながっているのだ(余談であるが、京都市の学生数は約14万人(平成27年学校基本調査)。古都京都は、実は10人にひとりが学生という若い街でもある)。

どちらのデータを使えばよいのかと言われたら、カフェとか物販とかサービス施設など、京都に住んでいる人全体をターゲットにする事業を考える際には『国勢調査』人口を使うべきであろうし、行政サービスに連動するアプリを開発するというようなときには『住民基本台帳人口』のほうが適しているかもしれない。どのような目的のためにそのデータが必要なのか、それによって、選択基準は異なってくる。

情報を見極める眼

現代のネット社会を生き抜くためにビジネスパーソンにとって重要なのは、このような"情報を見極める眼"となる。その選択眼を身につけるために、磨くためにはどうすればいいのだろうか。

ポイントは3つある。まず(1)情報の身元=出所と伝達経路の確認、次に(2)ダブルチェック・トリプルチェックの習慣、そして(3)想像力だ。

情報の身元確認というのは、上記で述べてきたとおり、あるニュースがその場に乗っているだけなのか、そこから発信されているのか、統計データがどのような目的でどうやって調査された結果なのか、などを意識し、確認すること。情報の信頼性を判断したり、自分が使うべきデータを選ぶ際に、「なんとなくこれでいいと思ったから」という理由は少なくともビジネスシーンにおいてはありえない。

ダブルチェック、トリプルチェックは例えば、あるデータをネット検索で探す際に、「見つかったからこれでOK」と安易に考えず、他のデータはないのか、どこかで別な調査が行われていないかと考えることである。京都市のケースで、若者向けのカフェのターゲット層を想定するのに、住民基本台帳の年齢別人口を見ていては事業計画に狂いが生じかねない。自分が目にしているのがどのようなデータなのか、それでよいのか、他にないのかと考えて、その可能性を探してみる。「AとBという調査結果があるが、これこれの理由でAを参照している」と説明できれば、説得力は格段に高まるはずだ。

住民票に基づく人口データを見た時に、それだと住民票を移さずに生活している学生などが入ってこないことになるのでは?ということに気が付くかどうか、が最後の想像力ということになる。これは情報の身元を考え、ダブルチェック・トリプルチェックを習慣化していくうちに身についてくるものではある。しかし、第一歩は流れてくる・振ってくる情報を鵜のみにするのではなく、自分の頭で考えてみること。「ローマ法王がトランプ支持、って変じゃない?」と思って行動できるかどうかが、ビジネスパーソンとして現代のネット社会を生き抜けるかどうかにつながる、と言ったら言い過ぎであろうか・・・。

(日経MM情報活用塾メールマガジン5月号 2017年5月15日 更新)
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上野 佳恵 Yoshie Ueno

津田塾大学卒業後、株式会社日本能率協会総合研究所マーケティング・データ・バンクにて顧客向け情報提供サービスに携わる。のち、マッキンゼー・アンド・カンパニーにてリサーチ業務の傍ら情報センターの整備、トレーニングなどを手掛ける。 2004年にリサーチ関連サービス、コンサルティングを手掛ける有限会社インフォナビを設立。 著書に『情報調査力のプロフェッショナル』(ダイヤモンド社)。