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情報活用Tips Column

第1回 海外ビジネス情報の収集(1)

海外ビジネス情報の収集に"ふたつの壁"

経済がグローバル化している昨今、あらゆるビジネスにおいて、海外の企業や消費者と結びつく可能性が高まっている。これまで国内市場だけを見ていればよかった部署においても、いきなり「ブラジルの市場は...?」「中国の消費者は...?」などと言われて、海外情報が必要となり、戸惑うというケースも多いことだろう。

日本国内についてであれば、何もわからないことだったとしても、とにかくまずググれば何らかの手がかりは得られる。(情報収集をする際に、まずインターネット検索をすることがいかに非効率であるかは、以前のコラムでも書いた通りではあるが。)しかし、それが海外の情報となると、日本語で検索してもたいした情報が得られないケースは多いし、かといって、英語ならまだしも、ポルトガル語や中国語のサイトを見ようとしても、それができる語学力を持つ人は多くはないだろうし、翻訳機能を使いながら見ていくとしても現状ではかなりの無理がある。

さらに、国によって情報環境も異なれば、統計の整備状況もまちまちである。日本国内の情報でさえ、インターネット検索の結果から有用な情報を選び出すのは大変だというのに、どのような政府統計があるのか、民間の調査機関があるのかないのか、著名な経済紙・誌といえば何があるのか、等々、国ごとの情報事情がわからなければ、例えインターネット検索ができたとしても、その中から有益な情報を選び出すことは相当難しい。

海外ビジネス情報を収集する場合に問題となるのは、この"言葉"と"情報環境の違い"というふたつの壁である。今回のコラムでは、このふたつの壁を乗り越えるための考え方や情報収集の仕方、具体的な情報源について述べていきたい。

"言葉の壁" 日本語で入手できる各国の情報

まずは"言葉の壁"。本格的に海外展開をするとなれば、現地に行って情報を集め、現状を把握しなければならず、現地の言葉がわかるスタッフを確保しなければならない。ただ、現地に行かないと何もわからないか、といえば、そうでもない。ビジネス展開のグローバル化に伴い、日本で、日本語で入手できる各国の情報も相当に充実してきている。たとえ、それが一部の情報に限られていたとしても、下手に手を広げて何も得られないよりは、まずそこから押えていくべきであろう。

政府統計・資料

まず見るべきは、日本の政府機関の情報である。

外務省の「国・地域」Webサイトには、国ごとの人口、宗教、政治体制などの基礎情報から、経済成長率や物価上昇率、輸出入品などの基本的なマクロ経済データ、日本との経済関係などがまとめられている。経済実態を把握するための統計情報としては十分なものではないが、まずどんな国なのか、主な産業は何か、どのくらいの経済規模なのかなどの概要を把握することは必須であり、それなくして「○×国におけるビジネス」は語れない。

その国の経済指標などについて、もう少し詳しいデータが必要な場合には、総務省統計局から発行されている『世界の統計』がある。商工業の市場規模などについての詳細なデータまでは得られないが、社会・経済情勢に関するデータはひと通りカバーされており、特に複数の国のデータを比較する場合には便利である。出典となっている国際機関の統計データベースへのリンクも掲載されている(国際機関の統計データについては、次回詳述する)。

特定の産業や業界に限られるが、各省庁が出している白書類にも海外動向がまとめられているケースが多い。例えば、『情報通信白書平成26年版』(総務省)には世界各国におけるICTの浸透状況やモバイル通信の活用事例などが掲載されているし、『通商白書2014』(経済産業省)には、主要国の成長戦略、新興国の産業政策などがまとめられている。白書は毎年テーマが異なるため、毎年同様の海外情報が掲載されるわけではないが、調べようとしている国が強い業界などに関連する白書があるかどうかを、情報源のひとつとして考えておくとよいだろう。

さらに、各省庁にはさまざまな審議会や研究会、委員会が設けられているが、国内の産業政策を考えていくこのような場では、先行する海外市場の状況を把握するために、海外動向調査が行われるケースが非常に多い。

例として、私が今注目している、バルト三国のひとつ"エストニア"について見てみよう。エストニアといえば、「大相撲でかつて活躍した把瑠都の出身地」というのが、一般的には最も納得してもらえる説明なのであるが、昨今注目されているのは、電子政府インフラの整ったIT大国としてである。NATOのサイバーセキュリティ本部が置かれているほどの最先端の国であり、IT業界での注目度は以前から高い。そこで、総務省や内閣府の審議会等の資料をあたっていくと;

●「公的セクターにおけるICT活用~デンマークとエストニア~」
総務省 情報通信審議会 2020-ICT基盤政策特別部会 基本政策委員会(第2回)資料

●「海外事例(デンマーク&エストニア)と日本の医療ITの在り方」
内閣府 規制改革会議 健康・医療ワーキンググループ 第4回資料

などの資料があり、電子政府インフラの概要などを把握することができる。

政府系の資料は、民間の調査とは方向性が異なっていたり、常に最新のテーマが扱われている訳ではない。さらに、このような審議会等の資料は会合ごとの提出資料の一覧としてWebサイトに掲載されているだけで、一覧で何があるかを見られるようになっているわけではなく、1件1件会議資料の内容を確認していくなど入手に手間がかかる。しかしながら、自分で一から情報を集めることを考えれば、上記のような、エストニアにおける電子政府の状況や医療ITの現状をひと目で、しかも日本語で、見ることができる資料というのは、大きな手助けとなる。

ターゲットとする国や産業が、わが国の産業政策と関係があると思われるような場合には、このような政府の審議会等の資料もあたってみるとよい。

業界団体資料

業界団体でも、海外市場について独自の統計データをまとめたり、市場動向について独自調査を行っている場合がある。

例えば、日本電機工業会は『白物家電5品目の世界需要調査』として、エアコンや冷蔵庫などの5品目について、世界62ヶ国の市場規模をまとめているし、日本自動車工業会のWebサイトには、「クルマと世界」というページがあり、世界各国における自動車の生産・販売・保有・輸出などの統計データを掲載している。

上述のエストニアについても、統計や調査ではないが、一般社団法人コンピュータソフトウェア協会が2014年12月に行った視察ツアーの報告書というのがあり、最先端のシステムを見た人々の生の声を得ることができる。また、国際IT財団が、IT教育・IT人材育成の海外実態調査の一環として2014年にエストニアの現状調査をしており、その報告書を見得ると、IT大国を支える人材育成の取り組み実態がわかる。

業界団体資料に関しては、各機関が発行している機関誌などにも、海外市場の動向や事例、現地報告などが掲載されていることも多い。

新聞・雑誌記事

海外ビジネス情報収集の際にも、日本の新聞・雑誌の記事検索は欠かせない。日本のメディアで取り上げられる産業や国に限りはあろうが、そこに取り上げられているということは、日本企業にとっても関心が高い、すなわち、日本企業が既に進出していたり進出を図ろうとしている、もしくは、世界的に見て注目されている産業や国である、という意味に他ならない。

日経テレコンで、エストニアに関する記事検索をしてみると、この半年に限っても;

●新経済連盟の三木谷代表が昨年の11月にエストニアを訪れ大統領と会談
「三木谷新経連代表理事、エストニア視察、大統領と会談」2014年11月20日付 日本経済新聞夕刊

●データ管理に関する特集で、エストニアの電子化された国民IDカードを紹介
「第2部知られざる最前線(下)データ管理、官民一枚岩――IT化、先行くエストニア、国民にIDカード(ネット防衛)」2014年12月24日付 日経産業新聞

●北欧特集のひとつでエストニアの電子政府についての解説や担当大臣のインタビュー
「特集 The Nordic excellence 北欧に学べ なぜ彼らは世界一が取れるのか」2015年3月14日号 週刊ダイヤモンド

などの記事があり、2015年10月からマイナンバー制度が始まるわが国において、電子政府の先行事例として注目されていることがよくわかる。

もちろん、調べたい国・業界について日本のメディアに全く取り上げられていないケースもあるだろう。それは、逆に言えば、まだ進出・展開を考える日本企業が多くないということでもあり、大きなチャンスが広がっていると捉えることもできる。記事がない、情報がない、ということも、ひとつの意味をもっているのである。

書籍・レポート・調査資料など

日本における関心、注目度が高まってくると、その分野に関連する書籍やレポートなども発表されるようになる。書店のビジネス書コーナーに行けば、中国はもちろん、ブラジルやアフリカなどの新興国の現状や将来見通しに関する書籍も並んでいる。一般論が多いとはいえ、著者が実際に現地でビジネスをしている人やその国の経済の専門家であることも多く、体系的な情報を得るのには有用な資料となろう。

また、多くの日本企業が海外市場に興味を持つような業界では、日本の調査会社が海外市場についての調査を実施してレポートを出している場合もある。企業活動のグローバル化に伴い、調査対象を海外にまで拡大していたり、海外企業と提携したりしている調査会社も増えている。

以上、海外ビジネス情報収集の第一歩として、日本で日本語で入手できる情報について簡単にまとめてみた。どうだろう、意外と多くの情報が手に入るのではなかろうか?私も、上記のような資料を参照すれば、エストニアの電子政府の概況について、数ページでまとめることができそうである。

 

資料 出典
「国・地域」Webサイト 外務省
『世界の統計』 総務省統計局
『情報通信白書平成26年版』 総務省
『通商白書2014』 経済産業省
「公的セクターにおけるICT活用~デンマークとエストニア~」 総務省 情報通信審議会 2020-ICT基盤政策特別部会 基本政策委員会(第2回)資料
「海外事例(デンマーク&エストニア)と日本の医療ITの在り方」 内閣府 規制改革会議 健康・医療ワーキンググループ 第4回資料
『白物家電5品目の世界需要調査』 日本電機工業会
「クルマと世界」 日本自動車工業会
エストニア視察ツアー報告書 コンピュータソフトウェア協会
海外調査2014~英国・エストニア~報告書 国際IT財団
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上野 佳恵 Yoshie Ueno

津田塾大学卒業後、株式会社日本能率協会総合研究所マーケティング・データ・バンクにて顧客向け情報提供サービスに携わる。のち、マッキンゼー・アンド・カンパニーにてリサーチ業務の傍ら情報センターの整備、トレーニングなどを手掛ける。 2004年にリサーチ関連サービス、コンサルティングを手掛ける有限会社インフォナビを設立。 著書に『情報調査力のプロフェッショナル』(ダイヤモンド社)。