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トップインタビュー

 「トップインタビュー」は企業や大学、団体のリーダーにお会いし、グローバル化や第4次産業革命、DX(デジタルトランスフォーメーション)、ESG(環境・ソーシャル・ガバナンス)、働き方改革など、ビジネスパーソンや学生のみなさまが関心のあるテーマについて、うかがってまとめる特別コンテンツです。さまざまな現場で活躍するトップから、いまを読み解き、未来に向けて行動する視点やヒントを探って、お届けします。

キャンパスで感動体験を  挑戦する学生気質 さらに伸ばしたい
学校法人立命館 総長・立命館大学 学長 仲谷 善雄様Adobe PDF file icon

聞き手 日経メディアマーケティング社長
  大村泰
仲谷善雄(なかたに・よしお)氏
仲谷善雄(なかたに・よしお)氏
 トップインタビュー第29回は2019年1月、日本の大学改革のトップランナー、立命館大学の学長(学校法人立命館総長)に就任した仲谷善雄様です。民間企業から教授に転じて15年、アカデミックな視点と経営的観点とをいかした、人材育成力・行動力・発信力で、改革のさらなる加速を担おうと走り出しました。「挑戦をもっと自由に」をスローガンに掲げた2030年の学園ビジョン(R2030)に向け、リーダーはいま、具体的な行動計画の策定に取り組んでいます。その概要と、すでに着手している、いくつかのプロジェクトについて、立命館の学風や学生に込める想いとともに、紹介していただきました。
プロフィル
仲谷善雄(なかたに・よしお)氏  1981年大阪大学人間科学部卒。89年神戸大学で学術博士を取得。三菱電機入社後、研究者として防災情報システムを中心に、その開発に携わる。スタンフォード大学客員研究員として研究留学。2004年より立命館大学情報理工学部教授。同学部長、学校法人立命館副総長・立命館大学副学長などを経て、2019年現職。専門分野は人工知能、ヒューマンインターフェース、認知工学、思い出工学、感性工学など。1958年生まれ、大阪府出身

さらなる研究高度化やグローバル化、ダイバーシティへの挑戦 アート系教養教育の強化も課題

--- 昨年、立命館大学は2030年に向けて「挑戦をもっと自由に」をテーマに、学園ビジョン「R2030」を策定しました。仲谷学長は2019年1月に就任、2020年の夏をめどに具体的な行動計画をつくり、発表することを明らかにしています。その進捗はいかがですか。

 立命館は2大学・5附属校を有する私立総合学園です。総長を務める立命館学園、各大学、附属校の役員・役職者70人くらいで、3月および7月に、集中的に学園の課題を議論しました。研究のさらなる高度化や海外展開・グローバル化、ダイバーシティ(多様性)の維持、そのために全国、特に東京から学生が集まってくる仕組みをどうつくるか、附属校から大学・大学院に至る高度な一貫教育をどう展開するか―――などが取り組むべき課題とテーマとして挙げられています。
立命館学園ビジョン「R2030」のサイトへ移動します
 また、これから求められる人材には専門性はもちろん大切ですが、同時に専門性を横断する「基礎力」が重要になります。新しい教養教育を通じて、「美意識」をどう育んでいくかがポイントになると思っています。近年、アートは経営の分野でも重要視され、さまざまな意思決定に際し重要な要素とされています。アート系教養教育の強化は課題のひとつです。
 立命館学園全体としては、高大連携の強化、小学校から中学校、高校、そして大学・大学院につながる連携をさらに充実させる必要があると考えています。立命館は4つの附属高校すべてが文部科学省のSSH(スーパー・サイエンス・ハイスクール)かSGH(スーパー・グローバル・ハイスクール)のどちらか、あるいは両方の認定を受けています。小学校にも“教育界のノーベル賞”と言われる「Global Teacher Prize 2019(グローバル・ティーチャー賞)」のトップ10にノミネートされた先生がいます。高度な初等中等教育を経た生徒の力をさらに伸ばす大学としての挑戦や課題意識が問われていると思います。

変化の中から新たな価値 創る力養う 「超創人材」、先生超え世界へ羽ばたく

--- 学長は「これからの学生には豊かな感動体験の蓄積が必要で、教育機関として『わくわく』を提供していきたい」という表現を使われています。

 先を見通すことが難しい時代になっています。思わぬ出来事で大きな変化が起こります。それに合わせて、リアクティブに動くことは大事ですが、むしろ、自らが積極的にアクティブに動くことが求められるのではないでしょうか。一見、混沌(こんとん)としている状況から、新たな価値を創出し、それに基づいて社会の諸課題に対してソリューションを提案し、協調的に実現する人材が必要とされています。立命館では既存の枠を超えて新たな価値を創り出す人材を「超創人材」と呼んでおり、その人材育成に力を入れようとしています。
 教員は過度に「教える」という意識を持たないようにするべきではないでしょうか。確かに一定レベルまでは「教える」必要がありますが、「教えている」うちは学ぶ側は教員を超えられません。学生には教員をはるかに超えて世界に羽ばたいてもらいたいのです。
 自ら新しい価値を創るために重要なことが「豊かな感動体験の蓄積」です。ソリューションを提案し、「協調的」に実行するということは日本・世界を問わず、多様な価値観や考え方、文化を持っている人たちと一緒に働くことです。さまざまな価値観が存在することを認め、理解することが大前提です。場合によっては相反し、ぶつかり合うような価値観でもまとめ上げ、そこに新たな価値観を見出すことです。
 体験にはうれしい、楽しいというポジティブな体験だけでなく、悲しい、悔しいというネガティブなものも含まれます。現実世界における実体験、仮想世界の仮想体験もあるでしょう。国内でも海外でも、できれば、小学校、中学校から、そうした体験を多くすることで、問題意識がクリアになり、それに基づいた行動ができるようになるでしょう。

ロボットのいる風景、「知の見える化」に取り組む

---  「わくわく」を提供するために、キャンパスから変えようという具体的な試みを始めていますね。

 設備や建物、制度、カリキュラム、教員などの人材を整備したうえで、それらが学生に感動体験を生み出すための取り組みが求められます。キャンパスに入り、ハードウエアとしての建物は見えても、さまざまな研究・教育活動、学生の課外活動やボランティア活動などが見えていなかったら、それは単なる箱物(はこもの)です。目指しているのは、キャンパスに足を一歩踏み入れただけで、「ここのキャンパスは違う、自分の可能性が広がりそう」と感じられるような環境づくりです。
 本年より「知の見える化プロジェクト」を始めました。例えば、キャンパスにおいてロボットを積極的に導入することに取り組んでいます。これも、研究の最先端、社会の最先端が「見える」ようにするためです。教職員の後ろで自動追従ロボットが荷物を運んでいるのを見たら、「これはすごいな」と思ってもらえますよね。三菱地所と協定を結び、ロボットがキャンパスで働きはじめました。オープンキャンパスでも、来ていただいた高校生や家族に体験してもらっています。「わくわく感」はこのプロジェクトのスローガンのようなもので、大切にしたいテーマです。

課題解決のベースに「現場」 技術もヒトも経営的視点で育てる

--- 学長は三菱電機の研究者として防災情報システムなどの開発を手がけ、2004年から立命館大学のキャリアをスタートされています。民間から転進された経緯と想い、学校改革にどう活かそうとされているか、お聞かせください。

 三菱電機に約23年勤務し、そのうち約18年は研究職でした。途中、出向で東京のコンサルタント会社に2年半勤務し、その後、戻ってシステムエンジニア(SE)として、客先にシステムを提案していました。いまの自分の問題意識のベースはその時にできたと思っています。やはり、課題とその解決策のベースは現場にあると思います。
 当時、現場で顧客に「何か問題ありますか」と聞くと、顧客は「特に問題ありません」と答えます。しかし、よく聞いてみると、それぞれの顧客が自社の問題に合うようにシステムをチューニングしたり工夫したりして使っていたのです。つまり、顧客は問題があるのにそれに気づかず、我々もそのニーズに気づいていなかったのです。だから、もう一歩、踏み込んで、顧客が気づいていないニーズをくみ取らなければいけないことを実感しました。そのニーズに気づける人材をもっと育てていかなければいけないと考えました。
 また、この間、(研究所を)離れてみて、やはり研究の(世界の)おもしろさを知ったことも(大学に戻る理由として)ありました。
 2004年、立命館大学に新しく情報理工学部ができるということを聞き、応募して採用されました。研究者としての評価に加えて、現場を知っていることを評価していただいたようです。大学に来て、企業で得た知見をベースに、ニーズをくみ取るという観点で学生と接することができたのは大きなメリットだと思います。
 企業にいると経営的観点で物事を考えます。アカデミックな視点とともに、そのような観点でも技術を見たり、学生のキャリア教育を指導したりできることは大きいと思います。

APU学長も民間出身 グローバル教育、さらなる進化へ

--- 多くの留学生を受け入れ、立命館の国際化の象徴のひとつでもあるAPU(立命館アジア太平洋大学)の出口治明学長も民間企業、大手生命保険会社の出身ですね。立命館は早くから国際化を進めていますが、その成果はいかがですか。

 1つの法人グループに2つの大学があり、両方とも卒業生ではなく、しかも民間企業出身者が学長を務めているのは、日本ではきわめて珍しいことではないでしょうか。
 日本の大学の国際競争力を考える際、メリットでもあり、デメリットにもなっているのは日本語ベースの教育が行われているということです。日本語で最先端の研究や教育ができることはメリットといえますが、海外の優秀な学生をそのまま受け入れるという点ではデメリットです。やはり英語ベースの教育を広げる必要があると思います。APUはまさにその先頭を走っています。
 立命館大学がこの4月に設立したグローバル教養学部は、オーストラリア国立大学(ANU)のCollege of Asia & the Pacific(アジア太平洋学群)が提供する世界水準のアジア太平洋に関する学びと、立命館が新たに展開するグローバル時代の教養(リベラル・アーツ)に関する学びの両方を、オーストラリア・日本の2つのキャンパスで修めるプログラムです。4年間で両大学の学位を得るデュアル・ディグリープログラムを教育課程の全面に組み込んだ日本初の学部です。これまでにない水準のグローバルな教育・研究展開を通じて、社会が期待する課題解決やミッションに挑戦し、貢献を果たすことにより、「世界の中で語られる学園、世界が語る学園」を目指す気概をもって取り組みたいと考えています。
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若手教員の研究専念を支える 企業と連携した研究力向上・大学院生育成への取り組み

仲谷善雄(なかたに・よしお)氏
 昨今の日本の研究力は落ちているといわれます。とりわけ、若手研究者が疲弊しているという声も聞かれます。立命館では若い教員ができるだけ、研究に専念できる制度を設けており、研究費を補助する制度もあります。外部の大型研究費を学校として受け入れようとする制度的な仕組みもあります。
 立命館は産学連携でもお蔭様で全国トップクラスの数の連携をさせていただいていますが、あえて産業界に考えていただきたいのが、もっと大学院で学んだ学生を採用してほしいということです。ある大学の学長が「日本の経営者はほとんどが学部卒で、大学院生を採用しない」とおっしゃっていました。大学院でも、勿論、社会で活躍できる高度な人材育成に取り組んでいます。立命館は大学院でもアントレプレナーシップ(起業家精神)教育を充実させていますし、専門性だけではない「超創人材」を育てるとはまさにそういう意味です。高度な人材を育成している自負はありますが、これまでは大学院生が必ずしも優遇されている状況ではなかったと思っています。世界的企業のトップ層の多くはMBA(経営学修士)を含めた修士であり、メーカーであればほとんどが博士(ドクター)です。そういう国際競争のなかで伍して戦っていくうえでは、大学院生を企業はもっと大事にしてほしいと思います。
 大学院前期・後期課程を対象とする超創人材育成プログラムでは、企業と一緒に大学院生を育てていこうとしています。企業側からも「こういう人材が欲しい」ということを具体的に言っていただき、一緒に人材を育てていきたいと思っています。質の高い教育を展開しても、卒業・修了後の出口がなければ、優秀な人は大学院に行かなくなります。それでは、日本で高度人材はなかなか育ちません。特に理工系の場合は、大学院に行って、初めて専門的な知識と技術を磨くのですから。

京都の文化的蓄積・広域ネットワークいかし、グローカルで地域貢献

--- 関東、特に、東京から学生を迎え入れたいということですが、2025年には大阪・関西万博も控え、大学が京都、関西に本拠がある意義と、地域への貢献をどのように考えていますか。

 1988年に国際関係学部ができたところから、本学のグローバル化が始まり、今ではグローバルな教育・研究を展開するリーダーの1校として認めていただいている自負はありますが、問題解決の場はローカルにもあります。「グローカル」といいますが、グローバルな問題意識を持ってローカルな課題を解決することが基本にあります。その逆に、グローバルな問題を解決するのにローカルな視点を持って当たるという、トップダウンとボトムアップの両方が噛み合って、初めて教育・研究もうまくいくと考えています。
 立命館大学は複数の府県にキャンパスがまたがっています(京都、滋賀、大阪)。広域展開しているので、1ローカルではなく関西全域で対応できる強みがあります。海外の留学生から見たとき、やはり京都は魅力的に映るようです。観光客の動向を見ても、京都を年間訪れる5000万人超の観光客のうち約500万人が海外から来ています。ここに位置する意味は大きく、京都の文化的な蓄積を小中高大、そして大学院における教育・研究にさらに活かす取り組みが必要であると思います。

趣味は音楽・美術そして読書 白川著作を読み直し「漢字は文化のベース、だからおもしろい」

--- 気分転換やストレス発散法など、趣味について、一言お願いします。

 いまの趣味はもっぱら音楽鑑賞や美術鑑賞、そして読書ですね。ここしばらくは本学名誉教授の故白川静先生の本を読み直しています。漢字というのは我々の文化のベースですからね。単なる表現方法ではなく、ものの考え方や世界との接し方などがそのまま現れているように感じて、おもしろいです。白川先生の研究は、本学の研究の「面白さ」を代表しており、そのような本学の研究の特徴を、さらにアピールしていきたいと思います。


立命館大学 白川静記念 東洋文字文化研究所のサイトへ
(左)仲谷善雄(なかたに・よしお)氏<br />
(右)大村泰
(左)仲谷善雄(なかたに・よしお)氏
(右)大村泰
(掲載日 2019年10月9日)

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