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トップインタビュー

 「トップインタビュー」は企業や大学、団体のリーダーにお会いし、グローバル化や第4次産業革命、DX(デジタルトランスフォーメーション)、ESG(環境・ソーシャル・ガバナンス)、働き方改革など、ビジネスパーソンや学生のみなさまが関心のあるテーマについて、うかがってまとめる特別コンテンツです。さまざまな現場で活躍するトップから、いまを読み解き、未来に向けて行動する視点やヒントを探って、お届けします。

顧客の声はソリューションの宝庫、パーパス経営で社員一丸
メットライフ生命保険 会長 社長 最高経営責任者 ディルク・オステイン様Adobe PDF file icon

ディルク・オステイン氏
ディルク・オステイン氏
 トップインタビュー第47回は、外資系生命保険会社第1号として日本市場を開拓してきたメットライフ生命保険の会長 社長 最高経営責任者を務めるディルク・オステイン様です。メットライフ生命は世界有数の生命保険グループ会社、米国メットライフの日本法人であり、今年、日本進出から50年を迎えます。人口減・高齢化が進む日本市場をいかに開拓し、今、注目されるパーパス経営やダイバーシティ経営などにどのように取り組んでいるか、について語っていただきました。
※2022年7月6日インタビュー当時の内容をもとに構成しています。
プロフィル
ディルク・オステイン(Dirk Ostijn)氏 1988年ルーヴァン・カトリック大学を卒業し1990年に同大学院修了。1989年シティライフN.V.(ベルギー、現メットライフ)入社。2005年米メットライフ入社。西ヨーロッパ地域、西・中央ヨーロッパ地域、ヨーロッパ・中東・アフリカ全域の責任者を歴任し、2021年からメットライフ生命保険社長。1966年生まれ、ベルギー出身

--- 世界的なトレンドであるパーパス経営として、メットライフ生命保険は「ともに歩んでゆく。よりたしかな未来に向けて。」を掲げています。まず、このパーパス経営の考え方や狙いについてお聞かせください。

 企業の目的や存在意義を内外に示すパーパスは経営の指針となり、企業経営にとって極めて重要です。コロナ禍や国際紛争など不確実で激動の現代にあって、しかもお客さま、社員、株主らの価値観が多様化するなかで、会社の存在意義をきちんと明示することは、とても大切なことです。
 わが社はパーパスとして「ともに歩んでゆく。よりたしかな未来に向けて。」(Always with you, building a more confident future.)を掲げています。これは、我々、保険会社がなぜ存在する必要があるのか、我々にとって何が最も大切であるのかを、明確に示したものです。
 なぜメットライフが存在するのですか?この質問に対する答えを、簡潔ながら、非常に含蓄に富む言葉として示しています。しかも単にお客さまだけではなく、社員、株主、地域社会などより広いステークホルダーに向けて語りかけているのです。

--- パーパス経営は、具体的に経営方針や意思決定にどう影響するのでしょう。

 パーパスを明示することで、その企業の経営課題が明確になります。メットライフ生命の場合では、会社の長期的な持続可能性を向上させながら、新たな価値を創造し、提供し続けることを目的としたサステナビリティ経営の課題が明確になりました。当社では、サステナビリティ経営を実践していく上で、生保会社として取り組むべき5つの重要課題があると考えています。1つ目は「お客さまからの信頼を得る」ことです。2つ目は「社員が働きやすい環境を作る」。3つ目として「責任ある機関投資家として価値を創造する」。4つ目が「豊かな地域社会の創造に寄与する」。5つ目は「環境保護活動に注力する」です。
 ステークホルダーという観点からみれば、1つ目の対象はお客さまであり、2つ目は社員、3、4、5は地域社会です。そして、それらの課題を横断的に捉え、推進していくのがサステナビリティ経営の実践となります。しっかりしたリスクマネジメント、ガバナンス、倫理、規律ある経営を実践しながら、50年、100年、200年先も長期にわたってステークホルダーとの約束を守るため会社が存続するにはどうしたらいいか。現場において、さまざまな課題に対して意思決定する場合でも、社員全員がパーパスをきちんと理解し、サステナビリティの枠組みを理解し、ステークホルダーが誰であるかを理解することが重要になるのです。
 当社には約9,000人の社員がおります。この社員全員がパーパスを理解し、その考えを浸透させるために多くの時間を費やしています。管理職から現場の社員まで、大きな意思決定もあれば、小さな意思決定もあります。あらゆる階層の社員一人ひとりが毎日、パーパスを基に意思決定し、仕事をしていくことで、社員全員が一丸となって、同じゴールに向かって進むことができるのです。経済・社会情勢の先行きが不透明なうえに、さまざまな価値観をもった社員がいる現代では、パーパス経営はベクトルを一つにするために極めて重要なのです。

--- 日本での外資系生保第1号であり、初めて「疾病保険」を世に問うなど、常にチャレンジしてきたメットライフの社風は、どこから生まれてきたのでしょうか。

 当社の起業家精神、イノベーションのスピリッツがあってこそ、日本に新しい保険を次々に導入できたと自負しています。ご指摘のように、疾病保険を単独で日本に導入したのは当社が初めてですし、ドル建て一時払い年金保険のような外貨建て商品を日本で発売したのも初めてです。商品だけでなく、独立系代理店を通じてお客さまをサポートするという販売チャネルの概念自体も当社が日本に導入したものです。
 これが、それまでの生命保険や損害保険ではカバーできなかった疾病・傷害・介護といった「保険の第三分野」を切り開き、資産運用の選択肢を広げ、日本のお客さまに安心・安全や利便性を提供してきたと確信しています。こうした起業家精神、イノベーションを尊重する社風は、当社のDNAに深く刻まれたものです。これは日本のメットライフ生命だけではなく、150年以上の歴史をもつメットライフグループ全体に共通する特性です。
 イノベーションを起こすには、常にお客さまの声に耳を傾けることが肝要です。つまり日本のお客さまが何を考え、どのようなことを心配しているのか。その声にしっかりと耳を傾け、理解していくことが欠かせません。きちんと理解をすれば、自ずと、お客さまとどうかかわっていくか、つまり商品やサービスの提供を柱とするソリューションが見えてきます。革新に満ちたソリューションを提示するには、お客さまの声に耳を傾けることが何よりも大切なのです。
ディルク・オステイン氏

--- 日本の市場に耳を傾けると、何が見えてきますか。

 私は今週、代理店や営業部署などとの3つの会議に参加しましたが、すべてお客さまの声を吸い上げる目的の会議でした。お客さまが「何を考えているか」を聴いて、考え行動に移すための会議です。これは私に課せられた職務であり、他の役員も同じで、熱心にお客さまの声に耳を傾けるように心がけています。同時に、統計的・体系的なデータに基づく調査も実施しています。当社が毎年行っている「老後を変える 全国47都道府県大調査」です。
 こうしたヒアリングや調査から浮かび上がってくる日本市場の大きな特徴は、人口減少・高齢化とその影響です。日本では人口が減り、高齢化が進み、老後を心配する人が間違いなく増え、健康に関する解決策を求める声が強まっていることが、はっきりと見て取れます。この調査では、回答者の8割超が老後のお金の不安や、長寿化に伴う認知症などへの不安を訴えています。こうしたお客さまの声に耳を傾け、ソリューションを見出していく必要があります。

海外知見を応用し高齢化社会をサポート

--- 高齢化への処方箋はありますか。

 当社はグローバル企業の一員で、他の日本企業にない利点があります。つまり、海外市場で提供している商品などを参考にすることができるのです。商品開発だけでなく、IT分野からリスク管理の手法まで、海外市場でうまくいった手法を日本に持ち込むことができます。これによりイノベーティブな商品やサービスが生まれてくることもありますし、高齢化の進む日本の特殊な市場に、海外市場のアイデアをうまく応用することもできます。
 具体的に一つ例を挙げましょう。先ほどの「老後を変える 全国47都道府県大調査」は商品やサービスのニーズを探ることだけが目的ではありません。例えば、日本のお客さまの金融リテラシーの状況についても調べています。調査の結果、老後にどのくらいの資産が必要で、どうやって資産形成したらいいのかを必ずしもお客さまが分かっているとは限りません。日本全体で金融リテラシーを底上げし、金融教育が必要であるという結果が調査から見えてきているのです。
 時を同じくして、日本政府は2022年度から高校での金融教育を義務化したと聞いています。すでに当社は、金融リテラシーを高めるためのさまざまな電子ツールやガイドブックを提供しています。当社は海外知見を活かした金融商品、金融サービスの提供にとどまらず、学校などでの金融教育や資産形成のサポートなどを通じて、お客さまへのソリューションを提供し、高齢化に挑む日本社会に貢献したいと考えています。

--- メットライフ生命保険は長崎や神戸の高校で金融教育などに取り組まれています。特に長崎と神戸を選んで、地域社会と連携する目的について教えてください。

 長崎と神戸は当社の非常に重要な拠点です。長崎には約1,400人、神戸には約500人の社員などがおり、長崎では県知事と長崎市長をお迎えして先日、拠点開設20年を祝いました。神戸も2025年に20年を迎えます。当社は全国各地に数多くの拠点をもち、多くは営業拠点ですが、東京、長崎、神戸には、保険の中核業務であるコールセンター業務や保険金の支払い業務などを行う本社機能を置いています。
ディルク・オステイン氏
 なぜ3カ所に分散しているかというと、自然災害などが起きた際、業務を他の本社機能をもつ拠点に移して事業を継続するというBCP(事業継続計画)の一環です。
 そのような、お客さまとのお約束を守り続けるための大事な事業拠点とその地域社会は切り離せません。なぜなら長崎本社の社員は長崎やその近郊に住んでいる長崎の住民ですし、神戸もそうです。私はかねがね強調しているのですが、会社と地域社会の間には境界線はないのです。
 この観点から、いくつかの地方自治体と包括連携協定を結んでいます。長崎市と2020年12月に、長崎県とは2021年3月に、神戸市とは2022年6月に、健全で豊かな地域社会の活性化の推進などを目的に、それぞれ包括連携協定を結びました。

--- 協定で成果はあがっていますか。

 連携協定は豊かな地域社会の創造において、目に見える結果がでています。例えば長崎での女性活躍推進、子育て支援、障がい者支援のほか、次世代育成を目的にしたふれあいの場を地域に広く提供、中・高・大学での出張講座の提供などの包括的な取り組みが、内閣府の特命大臣(地方創成担当)から2022年3月に、「地方創生に資する金融機関等の『特徴的な取組事例』」として表彰を受けました。
 お話のあった長崎市の活水高校でのライフプランニング講義や、神戸市の兵庫高校での理数系と芸術系科目を重視するSTEAM(Science, Technology, Engineering, Arts, Mathematics)教育の出前授業は今後、広がりを見せていくでしょう。地域貢献を進めると、私たちの活動が役立っていることを実感でき、社員のモチベーションにもつながります。
 神戸や長崎だけではなく、他にも地域社会への活動をしています。非常に誇らしく思っていますのは、2021年9月、日本財団と提携し、「高齢者・子どもの豊かな居場所プログラム」を開始したことです。メットライフ財団が4億円を寄付し、全国に3年間かけて、住み慣れた地域で家庭的な環境のもと最期まで安心して暮らせる「高齢者ホスピス」を10カ所、困難な状況にある子どものための施設「子ども第三の居場所」2カ所を開設する取り組みを進めています。こうした取り組みも、冒頭で説明したパーパスやサステナビリティの枠組みに基づいて実施しているもので、豊かな地域社会の創造に貢献できていると自負しています。

ダイバーシティでイノベーション起こす

--- 女性、障がい者、高齢者らを生かすダイバーシティ(多様性)経営についてのお考えをうかがいます。

 来日前、メットライフのEMEA地域(欧州・中近東・アフリカ)の責任者をしており、この経験から正直に申し上げると、日本でのダイバーシティは、まだまだキャッチアップの段階にあると感じています。これまで多様性に富むチームとあまり多様性のないチームの両方で仕事をしたことがありましたが、ディスカッションの水準、創造性、革新性のどれをとっても断然、多様性に富むチームの方が優れており、多様性のないチームとは大きな違いがあります。従って多様性に富んだ職場というのは、ビジネスが成長して行く上で不可欠な条件です。ダイバーシティ経営は、単に道徳的に正しいというだけではなく、イノベーションのスピリッツを育みますので、革新的なビジネスを進める上で不可欠な成功要因です。
 メットライフが掲げる「ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン(DEI、多様性・公平性・包括性)」という概念は、もしかしたら他社と少し違うのではないかと感じています。ご存知のように、ダイバーシティ(多様性)は、さまざまな視点やバックグラウンドをもった多様な人が参加するという意味です。インクルージョン(包括性)は、すべての人が完全に尊重され、認識され、評価されることを保証するもので、噛み砕いて言えば、一人ひとりが自分の意見を発言しても大丈夫で、一人ひとりが自分の声を聞いてもらえる環境を指します。メットライフはもう一つ、「エクイティ=公平性」という要素を加えています。これは、すべての人が成功するために必要なサポートを受けられるようにする、つまり将来成功できるように、その人にあったツールを提供しなくてはならないという意味です。もちろん人によって、ベースやスタート地点が違いますから、さまざまな支援ツールが必要なのですが、それでも、一人ひとりの違いを認識した上でツールやリソースへのアクセスにおける不均衡を解消し、誰もが等しく機会を得られるようにすることを目的としているのです。
 具体的には、女性管理職の登用を積極的に行っています。またPWDA(People with Different Abilities)と呼ばれる方々が持つさまざまな能力を、メットライフでは障がいとはとらえず、個々の特性も能力の一つとしてとらえています。社員一人ひとりの自主性を尊重し受け入れ、活躍できる文化の醸成に取り組んでいます。また、PWDAの雇用機会の拡大に寄与することを目的にしたプログラムを展開し、「働き続ける」ためのスキルアップの機会を提供しています。会社組織の一員、社会の一員として成功してもらうというトレーニングプログラムであり、この取り組みは単に社内だけではなく、社外にもつながり、地域社会に貢献できるという利点があります。
 世界を舞台に活躍する次世代の女性リーダーを育成する「TOMODACHI MetLife Women's Leadership Program(TOMODACHIメットライフ ウイメンズ リーダーシップ プログラム)」という取り組みもあります。TOMODACHIイニシアチブ(日米カウンシルと在日米国大使館が主導する官民パートナーシップ)と協働して2013年から始めたプログラムで、日本の女子大生に約10カ月間の日米での研修(コロナ禍ではリモート)などを実施しています。すでに卒業生は当社だけでなく日本の産・官・学の幅広い分野においてリーダー的立場で活躍しています。地域社会の中で、ダイバーシティを推進するため、長崎や神戸などでも将来のダイバーシティを推進する取り組みを検討しています。

--- 日本ではまだダイバーシティの浸透の余地があります。日本でダイバーシティ経営を推進するための妙薬はありますか。

 繰り返しますが、非常に多様性に富んだグループでは、驚くほど素晴らしい創造性のある意見がどんどん生まれます。お互いのアイデアに疑問を投げ合って、非常に活発な討議も行われます。一方、同じような考え方を持つ人ばかりで討議をすると、何も起こらず、同意をするばかりで、良いアイデアは生まれてこない。ダイバーシティは成功、創造性、革新性の素であり、ビジネスの成長を促すものです。特にジェンダーのダイバーシティはまさにアイデアの宝庫です。
 ダイバーシティに焦点を絞って、力を入れた企業ほど成長率が高く、そうでない企業に比べて格段に高い成長を実現している、という幾つもの調査結果があります。こうしたダイバーシティのメリットを示した数値データを活用・普及させることで、日本社会はダイバーシティへの理解を深め、積極的に推進すべきです。これはビジネスだけでなく、政治をはじめ、日本社会のあらゆる分野で推進すべきです。ダイバーシティには、それだけの価値があると確信しています。

現在の趣味は日本探訪、旅館と温泉を満喫

--- 日本の印象はいかがですか。趣味などもお聞かせください。

 トップとなって、2021年1月3日に来日しましたが、新型コロナウイルスの影響で、翌1月4日から、外国から日本への入国が制限されました。まさに新型コロナウイルスのパンデミックの真っ最中に、来日したわけです。しばらくは外出もままならない状況でしたが、私も妻も日本がすぐに大好きになりました。日本の文化、日本の人々、日本の食べ物が大好きです。
 残念ながら1つだけ困っているのは日本語です。私は5カ国語を話せるのですが、どうにも日本語が分かりません。その点、妻は少し勉強しているようで、週末に外出した際には、何とか意思疎通ができるようになりました。おかげで言葉の壁をあまり意識することなく二人でいろいろな場所にお邪魔して、日本の食や文化を堪能することができています。
 現在の趣味は日本探訪ですね。日本各地に独特な文化や自然がふんだんにあり、とても美しいと感じています。すべてを見るには何十年もかかるでしょうが、一カ所一カ所を楽しんでいます。来日した2021年はコロナ禍で東京とその近郊しか行くことができなかったのですが、最近は、週末や連休などを利用して、京都、神戸、長崎、広島に出かけ、その他にも新潟ではスキーを楽しみ、少し近場では日光にも行きました。地方都市へ行ったときは、日本旅館に泊まるように心がけ、温泉を満喫するようにしています。
ディルク・オステイン氏

(掲載日 2022年9月2日)

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