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トップインタビュー

 「トップインタビュー」は企業や大学、団体のリーダーにお会いし、グローバル化や第4次産業革命、デジタルトランスフォーメーション、ESG(環境・ソーシャル・ガバナンス)、働き方改革など、ビジネスパーソンや学生のみなさまが関心のあるテーマについて、うかがってまとめる特別コンテンツです。さまざまな現場で活躍するトップから、いまを読み解き、未来に向けて行動する視点やヒントを探って、お届けします。

質・量備えた個性ある「国際化」めざす 伝統を守り、進化続ける
慶應義塾 塾長 長谷山彰様Adobe PDF file icon

聞き手 日経メディアマーケティング社長
  大村泰
長谷山彰(はせやま・あきら)氏
長谷山彰(はせやま・あきら)氏
 トップインタビュー第14回は日本の私立学校の雄として、2018年に創立160年を迎え、経済界から政治、文化、医学、スポーツ、芸術など幅広い分野にわたり多くの人材を輩出し続けてきた慶應義塾の長谷山彰塾長です。経営の責任者である「理事長」と教学の責任者である「学長」を兼ねる「塾長」という重責を担って2年目。バランス感覚の優れたリーダーとして、塾の伝統を守りつつ、東京オリンピック・パラリンピックが開かれる2020年を節目に、創立200年に向けてさらなる進化に挑戦する長谷山氏に、その意気込みをうかがいました。
プロフィル
長谷山彰(はせやま・あきら)氏 1975年慶應義塾大学法学部卒。79年同文学部卒。84年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。法学博士。97年慶應義塾大学文学部教授。2001年慶應義塾大学学生総合センター長兼学生部長。07年文学部長。09年慶應義塾常任理事。17年現職。専門は法制史・日本古代史。1952年生まれ、秋田県出身

「日吉記念館」は塾の理念を象徴、2020年竣工へ

--- 日吉キャンパスにあり、数々の歴史が刻まれている体育施設「日吉記念館」(横浜市港北区)の建て替え工事が始まりました。

 日吉記念館は慶應義塾の全塾的な教育や研究、その伝統や歴史、その理念を象徴する建物の一つです。1958(昭和33)年、慶應義塾創立100年を記念して建てられました。前回の東京オリンピック(1964年)がまさに数年後に開催されるという時代です。
日吉記念館完成予想図
完成予想図
 以来、入学式や卒業式のほか、体育の授業、サークル活動、スポーツ大会など、さまざまなイベントが行われてきました。慶應らしい行事の一つである、毎年秋の「慶應連合三田会大会」の会場にもなっています。慶應義塾には塾員(卒業生)が組織する同窓会「三田会」が卒業年度や地域、職域などを単位として約860あります。こうした三田会をまとめているのが「慶應連合三田会」です。大会では全国の卒業生が1年に1度、一堂に会します。塾生(在校生)や教職員、塾員など「社中」が協力して慶應義塾を育てていくという理念を象徴するイベントです。
 しかし、日吉記念館も老朽化が進んだこともあり、創立150年(2008年)の記念事業の一つとして、建て替えることになったのです。2020年の竣工をめざしており、地上5階、地下1階建て(現在は地上3階、地下1階建て)となり、収容人員も約1万人(現在は6,500人)と大幅に増えます。アリーナ面積も拡大し、体育施設としての充実も図る予定です。

英五輪チームが事前キャンプ、教育や研究、医療など幅広く交流

--- 完成予定の2020年には東京オリンピック・パラリンピックが行われます。事前キャンプ施設として英国選手団を迎えることが決まっていますね。

 英国オリンピック・パラリンピック選手団に単に施設を提供するというだけではありません。英国とはこの機会に、小・中・高校生も含めた塾生との交流や、スポーツ科学はもちろん、スポーツ以外の研究・教育や歴史・文化・芸術などでも連携を深めて、地域や国際社会にも貢献できるように協力していくつもりです。英国オリンピック委員会(BOA)、英国パラリンピック委員会(BPA)と協定を結んでいます。
 慶應義塾はオリンピックとは縁が深く、1920(大正9)年のアントワープ・オリンピック大会では卒業生の熊谷一弥選手がテニスのシングルスとダブルスで銀メダルを取りました。日本人がオリンピックでメダルを取った第1号です。これまでのオリンピック・パラリンピック出場選手は延べ133人、メダルは延べ金5、銀13、銅9です。2018年のアジア大会にも9人の塾員・塾生が出場しました。陸上4×100mリレーの山縣亮太君、200mの小池祐貴君、フェンシング・フルーレ女子団体の宮脇花綸さん、セーリングの土居愛実さん、サッカー女子の籾木結花さんの5人が金メダルを獲得しています。
 慶應義塾が体育専門の大学ではないにもかかわらず、これほどたくさんのオリンピアン・パラリンピアンを輩出してきたのは、創立以来、学問の基礎には心身の鍛練が必要と考え、正課と課外のバランスのとれた教育の伝統を続けてきたからです。創立者の福澤諭吉は学校教育における体育の重要性に早くから目をつけ、慶應義塾の教育に西洋流の体育の思想を取り入れ、体育会を創設しています。
 1962(昭和37)年、小泉信三元塾長は体育会創立70年の記念式典で「スポーツが与える三つの宝」という歴史的な講演を行っています。三つの宝とは(1)練習によって不可能が可能になるという体験を持つ(2)フェアプレーの尊さを知る(3)良き友を得る―――ことであり、今でもいろいろなところで語り継がれています。
 今回のオリンピックや英国選手団との交流により、学問の府としての慶應義塾の原点である、教育、研究、医療という三本柱を通じた「社会貢献」がスポーツ医学への貢献を含め、さらに進化するきっかけとなることを期待しています。

新博物館「アナログ×デジタル融合」、知のネットワークのハブへ

--- 同じ2020年の完成をめざし、本格的な博物館「慶應ミュージアム・コモンズ(仮称)」も建設中です。先進的な博物館になるとうかがっています。

 これだけ歴史が長く伝統のある総合大学でありながら、慶應義塾には本格的な博物館がありませんでした。私は歴史学を専攻し、文学部長、そして貴重な古書を所蔵する大学附属研究所斯道文庫(しどうぶんこ)長を務めた経験から、博物館の創設には力を入れたいと考えています。これまでも斯道文庫の貴重な蔵書を定期的に展示したり、国宝や重要文化財をはじめ、いろいろな分野の貴重な文化財や美術品、学術資料をアート・センターや図書館などのスペースを使って分散型で公開したりしてきましたが、これらを統合する「ハブ」となるような博物館をつくりたいという思いがあります。

斯道文庫(しどうぶんこ)

 慶應義塾大学附属研究所。民間企業(現在の麻生グループ)が日本ならびに東洋の精神文化を研究する研究所として1938(昭和13)年に設立、1958年、まず、図書が慶應義塾に寄贈され、1960年に慶應義塾大学附属研究所として、再スタートした。斯道とは『論語』『孟子』などに由来する仁義の道を意味する言葉で、現在、蔵書は約17万5,000冊(寄託書51,700冊を含む)、日本漢学・日本儒学・東洋哲学・国語国文学・中国文学・国史学・東洋史学に関する書籍が豊富にそろっている。文学部の開講科目として、古典研究の基礎となる書誌学・目録学・校勘学の基礎を身に付ける講座を開いている。
 単に、保存・展示をメインとする旧来型の重厚長大な博物館にはしたくありません。IT(情報技術)を駆使し、デジタルコンテンツとアナログコンテンツを融合させ、教育研究機能と発信力を備えた未来型の博物館を創設できるように準備を始めています。
 慶應義塾には貴重なコンテンツがたくさんあります。たとえば、15世紀のグーテンベルク聖書。これはアジア唯一のものです。論語の注釈書は7世紀ぐらいのもので中国にもない非常に貴重な書物です。和漢の古籍や国宝の「秋草文壺」(日吉キャンパス近くの古墳から発掘した、平安時代の壺)など考古学、文化人類学のコンテンツだけで、ほぼ10万点を超えます。
 博物館ではコンテンツを展示するだけでなく、そのコンテンツが持つ歴史的な背景や当時の地政学的な状況、その影響や広がりなど文化的文脈(コンテクスト)をデジタル的に可視化したいと思います。博物館を出発点として、学内の他の展示・収蔵施設や諸部門が管理する多様な学術資料を相互に連携させ、バーチャルな仕組みを構築します。インターネットを通じて、グローバルな学術資料ネットワークに接続し、研究成果を教育と研究と両面で世界に発信することを想定しています。
 現在、デジタルミュージアムと呼ばれるものも、展示物だけの博物館もたくさんあります。しかし、両方を展開できるところはなかなかありません。膨大な数の貴重な考古・民族学資料、文献史料を保有し、しかも、先端的なIT研究が進んでいる慶應義塾だからこそできることです。
 世界における日本文化の存在感は徐々に低下しています。欧米の主要な図書館、博物館、美術館では日本の美術、日本文化の専門家の研究者が減り、日本に関する展示スペースも縮小しています。専門の研究者がいないので、価値が分からないのです。学芸員を養成して海外に送り出すということも難しいでしょう。サイバー空間を通じて世界の美術館や博物館とつながれば、日本で研究したものがリアルタイムで世界の美術館、博物館と共有でき、学芸員の減少を補完できると考えています。
 慶應義塾は文化を保存・継承するだけではなく、文化を創造し、発信していく使命があります。博物館を通じて、それを実現したいと思っています。
秋草文壺

ランキングに振り回されない 革新性に強み 経済界へ人材貢献

--- 日本の大学の国際化、国際競争力について懸念する声があります。

 長い間言われていた国際化ということと、グローバル競争にどう対応するかというのは、次元の違うことだと思います。現在のグローバル化は「ボーダレス」という言葉に象徴されるように、人材や資金、そういうことが国境を越えて垣根がなくなっていくということです。国内の大学も海外の大学といろいろ交流し、異文化に接触する機会が増えています。若い人材は世界中を移動しています。日本もそのグローバル化の波を受けています。
 そこで生き残っていくにはどうするか。一つは世界標準に適合していくことです。みんな同じところでやるのであれば、共通のルールでやりましょうということです。ただし、一つの共通ルール、世界標準に適用していくと、当然、埋没していきます。日本の個性とか慶應義塾の個性は何かということが重要になると思います。
 日本の大学のランキングが低下していることを心配する声をよく聞きます。しかし、その「ものさし」は何かを考える必要があります。ランキングは多様化していますので、どのランキングをみて、どういう指標で自分の大学を評価するのか、どこを伸ばしていくのか、そういうきちんとした考えを持っていないと、ランキングに振り回されてしまいます。
 たとえば、理系の研究成果や論文が科学雑誌、論文集などにどれくらい載っていたり、別の研究論文などで引用されていたりするかを評価するとなると、基本は英語論文でしょうし、慶應義塾の場合は総合大学で教員の7割近くは人文系・文系教員ですから、構造的に、そのものさしで測られると低くなります。だからといって、慶應義塾大学は文系をなくして、これから工科大学になりましょうということではありません。
 慶應義塾の伝統を守りつつ、どういう大学になりたいかを明確にし、「この『ものさし』で測った時には世界中でも非常に水準が高い」というものをめざすべきです。
 英国の教育専門雑誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」が毎年、公開する大学ランキング(日本版、2018年)では日本の私立大学としては唯一10位に入りました。また、同誌の調査では2013年、世界の大企業にどれだけCEO(最高経営責任者)を輩出してきたかを示すランキングで慶應義塾は9位でした。アジアでイノベーティブな大学という指標でいうと、きわめて高くなっています。こうした強みをさらにいかしていくことが必要です。財界や経済界への人材貢献、そうした特長を伸ばしていきたいと思います。

留学生受け入れのパイオニア 日本文化の理解深めること期待

--- 留学生の受け入れや大学間のグローバル連携をどのようにお考えですか? また、学生のグローバル適用能力を引き上げるための取り組みを教えてください。

 慶應義塾は1881(明治14)年、朝鮮からの留学生を受け入れました。日本が公的に受け入れた初めての留学生です。留学生受け入れにはこれまでも積極的に取り組んでおり、そのための学生宿舎も重視しています。宿舎については日本人とは別に用意する教育機関も多いようですが、慶應義塾は混住型で整備を進め、今年春にも2つの国際学生寮をオープンしました。フリースペースや共用キッチンダイニングなどがあり、日常の生活のなかで交流を深めることができます。留学生には慶應義塾で学んで日本の文化をよく理解してもらったうえで、本国などに帰った時、それぞれの国で社会のリーダーとなる人材、日本に親近感を持つ親日家と言われるような人材となっていただきたいです。
 グローバル連携という点ではダブルディグリープログラムを以前から推進しています。慶應と海外提携大学双方の留学生に学位を授与するプログラムです。パリ政治学院、HEC経営大学院、ボッコーニ大学など、現在、日本の大学のなかでトップクラスの29のプログラムを持っています。
 また、留学生を受け入れるだけでは真の国際化とは言えません。塾生と交流をし、またすべての塾生が外国人教員の授業を受けるといった国際化の恩恵を受けることが必要です。このため、外国語による総合教育科目を全塾生が履修できるGICセンター(Global Interdisciplinary Courses)を設置しました。2018年度は400を超える授業を開いています。

英語は共通言語、文化としてのスポーツの意義に注目

 学生は学術共通言語としての英語を用い、世界の大学生と交流する必要があると思います。中世ヨーロッパには「放浪学生」がいて、教員もまた、移動していました。ラテン語という共通言語があったからです。「イタリアでもパリでも、オックスフォードにも行ってみよう」。そういうことができました。これから100年ぐらいは英語が共通言語になるでしょう。そういう意識で、英語を用いた教育・研究連携や学生交流など、いろいろなものを進めていかなければなりません。
 この夏、カナダのブリティッシュコロンビア大学(UBC)の野球部を招き慶應義塾大学の野球部と交流試合を行いました。カナダの大学でありながら、全米大学リーグに参加し、メジャーリーガーも出している強豪校で、東京大学とも試合をしています。昨年、環太平洋大学協会(APRU)年次学長会議で、日系人のサンタ・J・オノ(Santa J. Ono)学長とお会いした時、「ぜひ、やってみよう」ということになりました。
 慶應義塾では「KEIO2020」というオリンピックに向けたボランティアのグループがあり、UBCの監督や学生を連れて鎌倉を案内したり、野球部員の中で英語の得意な塾生が面倒をみて、書道を体験したり、浴衣を着たりしました。オノ学長が医学系ということもあり、慶應義塾大学病院にお連れし、医学部の学部長や教授などとも交流ができました。野球の話を入口として、大変大きな教育、研究の交流にまでいたりました。
 スポーツは学問の一種です。古代オリンピックの選手たちは競技の前に哲学や歴史、医学などのレクチャーを受けています。オリンピック、スポーツというものはあらゆる学問のハブになりうるわけで、もっとスポーツを通じた国際的な大学の交流があってもいいのではないかと思います。
長谷山彰(はせやま・あきら)氏

多様化へ地方出身者を集めたい 「人間交際」と「孤独のすゝめ」

--- 在校生に望むこと、あるいはこれから学ぶ学生たちへのアドバイスをお願いします。

 多様な人材という意味では地方の人材を集めたいですね。今は首都圏の出身者が7割ぐらいで、地方出身者が少ないのは寂しいですし、多様性が薄れる原因にもなります。私自身、地方出身者です。地方からさまざまな人材が集まるという状況をもう一度つくりたいと思っています。留学生にとっても、日本語にも方言があることを知ることは日本の多様性を知ることになります。
 数年前、地方出身の入学予定者を対象とした予約型の奨学金制度「学問のすゝめ奨学金」をつくりました。施設面でも、先ほど申し上げたように、海外からの留学生と地方出身者などがいっしょに生活できる学生寮をつくるなどして、サポートしています。
 福澤諭吉は「人間交際(じんかんこうさい)」を強調していました。慶應義塾の卒業生は社会や企業でコミュニケーション能力が高く、柔軟性があるという評価をいただいています。その理由の一つは大学と社会を区別することなく、大学も社会の一部で、広い意味で社会人だという自覚を持って学生生活を送り、「人間交際」を経験しているからだと思います。
 在学中から、自分たちのサークルの先輩や年上のOB・OGと交流したり、交渉をしたり、そういう経験が豊富なのです。象徴的なものに学園祭の「三田祭」があります。三田祭実行委員会が常設の学生団体として存在し、100人以上が所属し、すべて自分たちで「三田祭」を運営します。外国政府や企業の要人、大臣クラスの人を招く時でも自分たちで折衝し、その案内やセキュリティなども考えます。所轄の警察署や消防署、外務省と交渉していくのです。
 こうした社会経験を在学中から積むことが多いと思います。公認学生団体だけで400以上あり、8割ほどの塾生が参加しています。慶應義塾に入る人たちにはこうした社会経験を在学中に経験できるので、活用してほしいと思います。
 また、矛盾すると感じるかもしれませんが、1人の時間を持つことも大切です。私は「人間交際」と表裏一体のものと考えていますが、高校から大学にいたる時期は自分自身の人格を形成したり、社会との関係を築いたりする重要な時期です。物事を考える基礎として、読書をしたり、先人の考えを学んだりして、思考を深める時期でもあります。そうした時間は意識することでつくることができます。 
 一昔前だと、友人と下校時に「じゃあまた明日」と言えば、それで関係が切れました。しかし、今はSNS(交流サイト)で24時間つながっていますので、切れ目がなく、ずっと人間関係がつながっています。友人との関係を意識的に断ち切り、1人の時間をつくらなければ、思考を深める時間は持てません。学生には「人間交際」と同じように、「孤独のすゝめ」も訴えたいですね。
 

「ぶらぶら歩き」、「映画」が好き 興味深かった『シン・ゴジラ』

--- 趣味やリフレッシュ法はありますか?

 リフレッシュ法はとにかくできるだけ寝ることです。若い時からの習慣です。いまでも睡眠時間は十分とるようにしています。あとは“ぶらぶら歩き”です。いろいろなところを歩き、「ここにはこういう史跡があったのか」と発見したり、「このお寺には誰々の墓があるから、ちょっとのぞいていこうか」と寄り道したりすることが好きですね。
 映画を見ることも好きです。最近、見た作品の中で興味深かったのは『シン・ゴジラ』です。娯楽映画でありながら、原子力問題や安全保障、政治体制、危機管理など日本の抱えている問題を見事に描き出していました。そして、何年かに一度見直し、学生に勧めているのが『八十日間世界一周』です。主人公は異文化の壁に何度もぶつかりながら、それを克服して世界を一周するストーリーです。ワクワクしますよね。
 以前、ゼミの学生に黒澤明監督の『七人の侍』と米ハリウッド映画の『荒野の七人』の両作品を見せて、何が違うかを問う授業をしたこともあります。かつて映画評論家の水野晴郎さんが著書の中でおもしろい解説をされていました。三船敏郎と若いカウボーイが、それぞれ川で魚を捕るシーンがあります。その際、ハリウッド映画では生きた大きな魚を捕まえて陸に投げると、魚が地面の上を跳ねている。日本映画の方は魚が最初から死んだように動かない。映画を製作した時代の日米の経済力の差で、当時の日本ではおそらく生きた魚を使って撮影する経済力がなかったというのが、水野さんの分析です。水野さんは教育が自分のいる世界を広げるうえでいかに重要かということを感じ、慶應義塾大学の通信教育課程に在籍し、卒業しました。こうした視点に生きたのではないでしょうか。
(左)長谷山彰(はせやま・あきら)氏<br />
(右)大村泰
(左)長谷山彰(はせやま・あきら)氏
(右)大村泰
(掲載日 2018年11月21日)

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