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トップインタビュー

 「トップインタビュー」は企業や大学、団体のリーダーにお会いし、グローバル化や第4次産業革命、DX(デジタルトランスフォーメーション)、ESG(環境・ソーシャル・ガバナンス)、働き方改革など、ビジネスパーソンや学生のみなさまが関心のあるテーマについて、うかがってまとめる特別コンテンツです。さまざまな現場で活躍するトップから、いまを読み解き、未来に向けて行動する視点やヒントを探って、お届けします。

攻めの時は勢いをいかす
堀場製作所 会長兼グループCEO 堀場厚様Adobe PDF file icon

聞き手 日経メディアマーケティング社長
  大村泰
堀場厚(ほりば あつし)氏
堀場厚(ほりば あつし)氏
 トップインタビュー第9回は、エンジン排ガス測定装置や半導体製造装置用ガス・液体流量制御機器などで世界トップシェアを誇る分析・計測機器大手、株式会社堀場製作所 代表取締役会長兼グループCEO(最高経営責任者)の堀場厚氏です。自動車や半導体、環境関連など、めまぐるしく業界地図が塗り替わる市場で、高い技術開発力をベースに、鋭い先見性と決断力を発揮してグローバル化を推進。大きな成長を実現させてきたリーダーです。前期の連結売上高は、リーマン・ショック後からおよそ9割増。これまでの成長戦略とこれからを語る、ひとつひとつの言葉には京都ベンチャー企業創業者の代名詞だった父親(堀場雅夫氏)から受け継いだ独創的な発想力と発信力、そして会社や社員を想う強いオーナーシップであふれていました。
プロフィル
堀場厚(ほりば あつし)氏 1971年甲南大学理学部応用物理学科卒、オルソン・ホリバ社(米国)入社、72年堀場製作所入社、ホリバ・インターナショナル社(米国)出向、77年米カリフォルニア大学大学院工学部電子工学科修了、堀場製作所海外技術部長。82年取締役海外本部長、88年専務取締役営業本部長、92年代表取締役社長、2005年代表取締役会長兼社長、2018年代表取締役会長兼グループCEO(最高経営責任者)。1948年生まれ。京都府出身。

超円高のときに決心 「技術の遷宮」で国内新工場を設立

--- 開発・生産拠点として2016年春に新設し、3年目を迎えた「ホリバ ビワコ イーハーバー」に込めた思いと経緯、これまでの成果を教えてください。

 工場を作ろうと決心したのは、竣工の5年前、円相場が1ドル79円の時でした。周囲は「日本では、もはやモノづくりができないのではないか」という雰囲気でした。同時に自社のモノづくりそのものについても不安を感じていました。会社創業60周年を迎えたころ、マニュアルでは伝えきれないノウハウが当社の生産現場では沢山あることに気づきました。ちょうどその時、下鴨神社(京都市)の方から「遷宮」という考え方を教わりました。伊勢神宮もそうですが、20年ごとに社(やしろ)を建て替える「遷宮」には技術を伝承する狙いがあるということでした。建物が古くなったというのではなく、「遷宮」には60代の棟梁から40代のベテラン、さらに20代の若い人へ、建て替えを通じて、マニュアルでは伝えきれない技術を伝承することに目的があるのです。
 堀場製作所にも「技術の遷宮」が必要なのではないか、その時そう感じたのです。
連結業績

京都本社工場が手狭になっていたこともあり、父親の社長時代に取得していた琵琶湖畔の土地を活用しようと考えました。
 技術の遷宮を行うことで、技術の伝承だけでなく、世代を超えた大きな連携の輪もできました。あらためて、OBを呼んで教えてもらい、会社のノウハウが結集した新しい製造設備を一緒に作っていくなかで、世代間に良いつながりができあがりました。先輩たちに困ったことを相談していく中で、磨かれてきた技の数々を知り、あらためて尊敬するようになったと聞いています。先輩たちも自分の技術を若い人たちに伝えることに対して誇りを持ってもらえました。

HORIBA BIWAKO E-HARBOR(ホリバ ビワコ イーハーバー)

2016年に滋賀県大津市に竣工した開発・生産拠点。京都市の本社工場から主に自動車・環境関連の開発機能を移転させ、集約した基幹工場。1階にある自動車開発試験設備「E-LAB(イーラボ)」は3つの実験室を備え、自動車のすべての走行モードにあわせた計測が可能という。琵琶湖畔の高台に立ち、クルーズ船をモチーフに、外からふんだんに光を取り入れた、従来の工場・研究施設にはない開放的な空間が特徴。10階建て。吹き抜けの階段をもっとも明るい琵琶湖側の中央に配置、角度や踊り場、手すりなど昇り降りしやすい工夫が施されている。階段近くに椅子やデスク、カウンターをあつらえたコミュニケーションスペースがあり、打ち合わせや気軽に談笑する様子がみられる。
 社是「おもしろおかしく(Joy & Fun)」が書かれたヨットの帆が玄関で訪れる人を迎える。ミーティングルームや応接室の窓、社員レストラン、デッキ、壁などのデザインやインテリア、調度品などはすべて船をイメージしたもの。「ぜいたくはだめだけど、一流・プレミアムでありたい」(堀場厚会長)と想いがこもる。「『働きやすい』を超越し、『働きたい』工場、『ほんまもん』の工場、そういう工場をつくることができたのではないかな」と笑みを浮かべる。
 「港」の見学者は1万人を突破、国内外の大手企業のトップも頻繁に訪れる。
 

協力会社の強みをいかし、世界に負けない「働きたい」工場へ

--- 新しい工場には協力会社の方も入って一緒に仕事をしているのですね。また、設計段階から現場で働く社員にいろいろと意見を聞いて工場づくりに取り組んだと聞いています。

当社は「製作所」と名乗っていますが、モノづくりの8割は協力会社に依頼しています。「日本の工場の強みは何か」と言えば、実は「協力会社の強み」です。30年、40年かけて世界中に工場を建ててきましたが、あらためて、「世界に負けない工場」を考えたとき、そのヒントはこの協力会社にあると思いました。協力会社と共に、強力な工場を作ろう、こうみなさんにお願いをしたのです。結果は同じ場所で研究・開発段階からテストまで一緒に進めていけるのですから、連携は早いし、試作段階における打ち合わせの移動時間、タイムロスとなる中間財の物流、在庫もなくなり、生産効率が大幅に上昇しました。両者に大きなメリットが生まれています。
 実は、新工場の設計・レイアウトにあたって、各部門から提案を持ってきたとき、2、3度、突き返すようなことがありましたし、「そんなやる気がないなら止めよう」とも言いました。というのも、外部の設計会社の提案をそのまま採用したようにみえたからです。社員たちへは「どれだけ君たちの意志があるか」と問いただしました。
 最後は私も感心する良い案ができました。なかでも一番納得できたのが管理職を全員一箇所に集めたオフィスです。開発、設計、生産の各本部長は、席を並べて座る配置となっています。各担当者が報告にきたとき、たとえば、製造で問題があっても開発の責任者が横にいるから聞こえてくるわけです。会議を設定する必要はありません。その場で対処できます。会議はすごく減りました。これは若手のアイディアです。私は生産性と対応力が向上し非常に良いと褒めました。

階段をベースに設計、社員のコミュニケーションを促進

 階段をベースに工場を設計したのはコミュニケーションを活発に行うためです。広く、昇り降りしやすいため、多くの社員が階段を使用しています。いろいろな人とすれ違い、気軽に会話ができます。本来、この階段のスペースはオフィスにした方がコストパフォーマンスは良いかもしれませんが、それ以上の価値があると思っています。
 いろいろな工場やオフィスを見学させていただきますが、いかにコストダウンしたかをみせるのが工場という雰囲気があります。私はそこで働く人が働きやすいとか、もっと言えば、働きたい、あるいは新しい発想が浮かぶような場所でないといけないと思います。工場全体のコンセプトはクルーズ船。いろいろなところにこだわって作りました。贅沢はいけません。でも、「ほんまもん」でありたい、プレミアム、一流でありたいと考えています。食堂や休憩スペースでも、そういった雰囲気になるよう、デザイナーと相談しながら、練り上げました。
堀場厚氏

ホリバリアンのスピリッツに感激、熊本工場増設もベストタイミング

--- 3年目に入って成果はいかがですか?

 ちょうど、英国のEU離脱問題や自動車メーカーの偽装問題があり、各社は開発投資を少し止めたりしていましたが、それが落ち着きました。遅れていたものが昨年から一挙に注文が入り、この工場もフル稼動の状態です。
 2016年春の熊本地震の直後、2カ月後には半導体と医用部門の生産拠点である熊本工場の大幅な拡張を決めました。工場自体も被害を受けたのですが、自宅が大変なときにもかかわらず、工場の復旧のため、休日返上で清掃や整理に取り組む熊本の「ホリバリアン」(グループで働く従業員)を見て感激しました。もともと、熊本の県民性に惚れていたのですが、あらためて実感しました。半導体が中心の工場ですが、1年後、完成したときに好況がきて、今は3交替の24時間フル操業です。熊本県の関係者の方からも感謝されましたが、拡張していなければ、生産が追い付かず大変なことになっていました。拡張を決めた直後、「そんなに大きな工場を建ててどうするのですか」という周囲の意見もありましたが、現在は、すべてのスペースを使用しています。結果的には両工場ともベストなタイミングで立ち上がりました。

もしMIRA社を買収していなければ、自動車事業のイメージが作れなかった

--- タイミングでいうと、2015年の自動車関連の研究・試験機関、英国のMIRA(マイラ、現ホリバMIRA)社買収もベストだったようですね。

 今、もしグループにMIRA(マイラ)社がなかったら、これからの自動車事業のイメージを作れていませんでした。MIRA社は自動運転やバッテリー制御、安全技術関連のノウハウなど、自動車産業において排ガス関連以外でも必要な技術を全部持っています。東京ドーム60個分の広さの敷地にテストコースがあり、周囲にはいくつかのF1チームがラボを構えています。もともとは政府関係の研究機関でしたが、「HORIBAグループに加わりたい」と声をかけられた時、MIRA社のトップがかつて当社で働いた経緯もあったことから、役員に続いて私も直接見に行きました。
 研究棟やテストコースなどそれぞれの職場で実際に話をすると、こんな優秀な技術者600人が加わってくれるなら、ありがたいと思いました。自動運転や電気自動車技術など、当時はまだまだという感じでしたが、8割が英国の顧客で、当社のグローバルネットワークを活かせる可能性を感じました。
 EU離脱などいろいろな問題があったなか、継続的に投資を行いました。今から思うと、もしあの時、EU離脱問題で投資を止めていたら何百人かは他の自動車メーカーか競合に引き抜かれていたと思います。テストコースの整備などいろいろな新しい試験設備も導入した結果、出て行く人はほとんどいませんでした。攻めのときは勢いをいかすことで、「正回転」がきき、すごくフットワークが軽くなると感じています。

世界のほとんどすべての産業を知っている、情報戦で優位に

--- 今後のグローバル戦略として、お考えになっていることは?

当社は、分野の異なる5つの事業を持っています。自動車、環境、医用、半導体、科学の5つです。顧客が求めることや、価値観、時間軸がまったく違います。ただ、こうした顧客に対応しているということは世界のほとんどの産業の動きを把握しているということです。
 たとえば、先ほどの半導体ですが、なぜ、あのタイミングで投資したかというと、自動車業界の動きを知っていたからです。自動車が電動化すると、半導体の使用量も上がります。パソコンとか携帯電話の使用量の拡大に加えて、絶対的な生産量は増えます。最終価格の浮き沈みはあるかもしれませんが、製造装置に使うコンポーネントの需要は絶対に増えると確信していました。
 5つの市場から最新情報を常に得ることができますので、情報戦では優位です。それらを活かし、複合化したマーケティングが可能になります。

5つのセグメント

グループで支えあう成長、グローカル経営の浸透めざす

--- 今年、会長専任となられ、「グループ経営」の強化を掲げられています。具体的にグループ全体をどのように指揮していきますか?海外事業への目配りもさらに重要になってきますね。

 グループが大きくなってきたこともあり、今回、私は堀場製作所の会長とグループCEO(最高責任者)となり、副社長だった齊藤壽一が副会長兼グループCOO(最高執行責任者)、専務の足立正之を社長としました。3人が代表取締役で、堀場製作所もグループのなかの一企業として、私はグループ全体のガバナンスや企業文化の浸透を担い、副会長の齊藤が実際の日々のグループオペレーションや具体的なビジネスを担当、社長の足立には堀場製作所の強化に専念できるようにしました。26年ぶりの社長交代です。
 先ほど、5つのセグメントの意味を説明しましたが、好況・不況のサイクルも異なることから、グループ全体で強みを活かしつつ支えあうグループ戦略が可能であると思っています。半導体のグループ会社は現在好調ですが、半導体のシリコンサイクルが落ち込んだ時、たとえば2009年にはグループ全体で4割くらい売り上げが落ちました。それでも営業利益率5%を確保できたのは、それまで収益への貢献という意味では目立たなかった医用事業と科学機器事業が支えたからです。
 半導体部門がどんなに厳しくなっても、研究開発投資を絞ることはしませんでした。私が半導体関連会社の社長を兼任した当初、主力製品の世界シェアは10%台でしたが、今では60%を超えています。特別なことをしたのではなくて、当たり前のことを当たり前にしました。それができたのはグループでやっているからこそで、単独事業であれば乗り越えられなかったと思います。今は半導体部門が他のグループ会社をサポートする番です。
堀場厚氏
 グループ経営でいうと、今年4月に堀場アドバンスドテクノという環境・水関連のグループ会社の社長に、米国の責任者だった息子(堀場弾氏、堀場製作所執行役員)を任命し、創業事業を移しました。この人事は私が判断したことでありません。こういったことは、経営陣・役員・幹部全員が考えてくれています。
 また、経営陣は、民族性や地域性などを把握しながらオペレーティングできるようになってきたと感じます。以前は私がすべて指示していたようなところがありましたが、そういうことをきめ細かく行っていく、それが本当の意味のグローバルであり、我々が使うグローカル(グローバリゼーション&ローカリゼーション)が浸透してきているのかなと感じています。グローカル経営ができるかどうかがポイントであり、中国では通常、離職率20%~30%といわれていますが、当社は4%~5%程度です。

社是「おもしろおかしく」、父はすごいものを遺してくれた

 父親から堀場製作所に入れと言われたことは1回もありません。社長にするとも社長になれとも言われていません。私も息子に堀場製作所に入れと言ったことは1回もありません。そういう話をまずしない。それほど経営というものは甘くないと分かっていると思います。
 当社は京都のオーナー系ではありますが、同族企業ではなく、オーナーシップで負けない気持ちを大切にしています。オーナーシップがあると、まず仕事をしても疲れない。これは社是の「おもしろおかしく」にもつながっていくのですが、好きなことをしているとまず、疲れません。大体、寝る時間も忘れてしまいます。
 たとえ、苦しくなっても、うまくいかなくても、パニックに陥ることはありません。これもよく父が言っていましたが、「人間が本当にパニックに陥るときは命を取られる時と明日食べるものがない時だけ、それ以外はジタバタするな」と。「それより悪いことはないのだから」ということをよく言っていました。
 この社是は、せっかくの20歳から60歳過ぎまで人生のなかで一番大事な時期を過ごす会社での日常を自らの力でおもしろおかしいものにして、健全で実りの多い人生にしてほしいという前向きな願いが込められています。買収した企業も含めてすべて研究開発型企業ですから、研究開発がおもしろおかしくなかったら独創的なアイディアは生まれません。まさしくそういうことを理解してくれるトップの会社でみんな働きたいと思いますから、人種を超えて、我々のところに来てくれる、そうした企業文化をアピールできていると思っています。
 父親はすごいものを遺してくれたと思います。お金には換えられないすごい価値だなと思います。創業者は40年以上前から言っているわけですから。当時としては「誠実に」や「まじめに」をモットーとする企業が多いなか、真逆ですから。

失敗は財産、おそれないこと 独創的なものにチャレンジを

--- 若い人にメッセージをお願いします。

 失敗は財産です。若いうちは失敗を恐れないで欲しいと思います。あえて失敗する必要はありませんが、今の日本の教育は失敗しないことばかりを気にしているような気がします。新しいチャレンジングな研究などの8割~9割は失敗します。しかし、失敗を恐れて成功することだけをしていたらチャンスは確実に狭まっていきます。
 なぜフランスや米国から独創的なものが出てきて、日本からは出てきにくいのかというと、日本は失敗を恐れ、チャレンジするような研究はあまりしないからではないでしょうか。
 当社の6割以上は外国人です。彼らは本音の言葉についてきてくれます。かっこつけて言っても、絶対、彼らはついてきません。本心はどうなの、裏はあるか、ないかを彼らは見ますから。動物的本能で。それはすごく大事なことだと思います。
(左)堀場厚(ほりば あつし)氏(右)大村泰
(左)堀場厚(ほりば あつし)氏
(右)大村泰
(掲載日 2018年10月3日)

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