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トップインタビュー

 「トップインタビュー」は企業や大学、団体のリーダーにお会いし、グローバル化や第4次産業革命、DX(デジタルトランスフォーメーション)、ESG(環境・ソーシャル・ガバナンス)、働き方改革など、ビジネスパーソンや学生のみなさまが関心のあるテーマについて、うかがってまとめる特別コンテンツです。さまざまな現場で活躍するトップから、いまを読み解き、未来に向けて行動する視点やヒントを探って、お届けします。

「共創」掲げ、グローバル化を加速 AI開発が先兵隊、カナダに司令塔
富士通社長 田中達也様Adobe PDF file icon

聞き手 日経メディアマーケティング社長
  大村泰
田中達也(たなか・たつや)氏
田中達也(たなか・たつや)氏
 トップインタビュー第8回はグローバルICT(情報通信技術)ソリューション企業へ変革を加速させる富士通の田中達也社長です。いま、最も注目を浴びているAI(人工知能)を巡る開発の司令塔をカナダに置いた田中社長。新しいサービスや事業の開発に向けて、培ってきた自社技術を活かしながら、外部の大学・研究機関や大手IT企業、ベンチャー、さらに顧客企業とも連携を進める「共創」(コ・クリエーション)を掲げ、自社の成長戦略を探るリーダーです。グローバル化にかける意気込みと戦略、「働き方改革」への取り組みなどを聞きました。
プロフィル
田中達也(たなか・たつや)氏 1980年富士通入社、2012年執行役員産業ビジネス本部長、2014年執行役員常務Asiaリージョン長、2015年執行役員副社長、同年代表取締役社長。入社時から営業の最前線を歩き、海外展開を進める国内大手企業と太いパイプを持つ。アジア地域の責任者から社長に就任。1956年生まれ。福岡県出身

AIが仕事や暮らしに高い「質」もたらす、世界中で人材獲得競争

--- AI(人工知能)を巡る開発・応用競争が激しさを増しています。AIがビジネスや暮らしに与えるインパクトをどのようにお考えですか?

 「働き方改革」や企業の生産性向上、業務の効率化が求められているなかで、AIは人間が判断すべきさまざまなことを支援し、さらに人と人とをうまく連携させ、仕事や暮らしに高い「質」をもたらす重要な技術だと思っています。
 富士通は30年前からAIの開発に取り組んできました。AIはこれまで何度かブームは起きましたが、いまは局面が全く異なってきたと判断しています。さまざまなデータが大量にいろいろなかたちで蓄えられてきたほか、それを分析する技術、ノウハウが進化しました。AIはいろいろなかたちで重要なシステムやサービスに組み込まれるようになるものとみています。AIの技術に着目し、世界中で開発競争が生まれ、まさに人材獲得競争となっています。

日本にいて、日本からという発想はやめなければいけない

--- 富士通の具体的な取り組みと展望を教えてください。

 富士通も世界中に研究所や事業部門を持っていますが、その人材、技術力、アイデアすべてを製品やサービスのなかに取り込んでいく、研究・事業開発体制のグローバル化を進めていく必要があります。富士通にとって日本市場の比重が大きいのは確かですが、日本にいて、日本からやればいいという発想はやめなければならないと思います。
 AIはこのグローバル展開の先兵隊であり、開発の「司令塔」を日本ではなく、カナダに置くことを決めました。カナダには高速コンピューター技術「デジタルアニーラ」で提携するベンチャー、1QBインフォメーションテクノロジーズ(1QBit社、バンクーバー市)や、AIや次世代コンピューターといわれる量子コンピューティングで産学共同契約を結んでいるトロント大学(トロント市)があります。
富士通「デジタルアニーラ」サイトへ(外部のウェブサイトに移動します)
 研究開発や事業はこれまで通り、分散して行います。アルゴリズムなど数学系の技術に強みのあるフランス、スタートアップが新しい発想で続々と登場するシリコンバレー、日本や中国、アジアも含めて、特徴を活かしながら、それぞれの地域の事業部門との連携を継続します。カナダにはそうした最先端の技術や研究の成果、情報、人材・ノウハウを集約し、さらに、日本の商談はもちろん、世界中の事業部門からのニーズも吸い上げ、司令塔が調整します。開発は英語ベースとなりますから、即座にグローバル展開が可能で、日本で活用する場合は「逆輸入」となります。
■デジタルアニーラとは…
膨大な組み合わせのなかから最適な選択肢を見つける「組み合わせ最適化問題」を解くことに特化した独自のコンピューター。既存のデジタル回路技術で開発されているが、次世代型コンピューターといわれる「量子コンピューター」の基礎技術である量子現象に着想を得たもので、汎用機なら3時間かかる1京通りの組み合わせ計算を1秒以内で終え、その処理速度は量子コンピューターに匹敵するといわれている。

研究・事業部門と顧客・マーケットとの距離を短く

--- スピードが勝敗、成否を分けることになりますね。

 研究部門と事業部門の距離を短くすることが大きなポイントです。かつては研究所で数年かけて育てた技術から芽が出たものを事業化するというペースでしたが、研究所で手掛けている技術を研究は道半ばでも、事業部門が一緒に事業化を考えていく。さらに、そこにパートナーとして顧客も加わり、開発段階を前提としたベータ版を出しながら、コ・クリエーション(共創)で開発していくというスタイルになるのではないでしょうか。
 日本、アジア、EMEIA(Europe, Middle East, India and Africa)、米国、オセアニアなど、それぞれの地域の事業部門が顧客にあわせてAI製品を開発し、顧客とサービスを考えていきます。それを常に司令塔へフィードバック、共有化する体制を築いていきます。研究・事業部門は地域ごとに分散させながら、情報を司令塔に集めることで、研究・事業部門、顧客・市場との距離をさらに近づけていきます。
 富士通は世界中でシステム開発をしていますが、AIや「デジタルアニーラ」によって、その質が変わってくるものと思っています。「デジタルアニーラ」で従来はできなかったことが可能になります。スーパーコンピューター『京』でも1億年かかることが、かたや1分でできるとなれば、夢のような結果が短い時間で手に入り、システムの作り方も変わってきます。
 早く成功モデルを作って、サービスというかたちで提案していきたいと考えています。AI化やRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)・自動化などは既に始まっており、そういう意味ではビジネスチャンスです。今あるレガシーシステムを活かしながら、ビジネス・トランスフォーメーションしていくという観点では可能性が広がっていきます。

顧客と一緒になって、新しいサービス・商品の開発に貢献

--- 「共創」という言葉を大事にされています。特に、最近では顧客の事業部門との関わりが強くなっていると聞きました。

 最近の富士通フォーラム(技術展示会)では8割の参加者が直接、事業を担っている事業部門の方です。以前は情報技術部門やシステム部門の方が大半でした。実際に製品やサービスの企画・開発をしていたり、モノづくりに取り組んでいたり、物流から販売を担当していたりする方が新しいテクノロジーを吸収しようとしています。大手企業には自社にAIやセキュリティなどの人材を抱える動きはありますが、すべてを抱えることは現実的ではありません。餅は餅屋として、アウトソースし、自社はコア事業を徹底的に追求するスタイルが一般的だと思います。
 富士通は事業部門の方と接するなかで、単にICTが分かるパートナーとしてだけではなく、顧客の事業そのものを深く知り、専門力を持ち、一緒に次の世代の製品やサービス、売り方を考えるパートナーになりたいですね。富士通が持っていない技術やサービスがあれば、強いところと組んで顧客に提供していきます。

産業・流通系の商談多く、ヘルスケアや金融ビジネスにも注目

--- いま、社長が注目している、特に進んでいる、あるいはこれからはこの分野という、業種なり、取り組みがあれば、教えていただけますか?

 産業・流通系の商談が多く、受注も好調です。製造業や流通業ではデータを活かすことで事業そのものを大きく変えられることに企業のトップ自らが気づき、AIやすべてのものがネットにつながるIoT技術の活用に関心を持つ動きが強まっています。
 また、データ活用という意味ではヘルスケアも効果を生んでいる分野かと思います。富士通は大規模病院向けの電子カルテシステムでトップシェアを持っています。医者や病院のオペレーション部門では貢献できていますが、データで事業を変えられるという観点からは医療分野でも産業系の顧客と関連性が深くなってきます。医薬品やその医薬素材、医療機械、医療器具などの製造業との共創、シナジー(相乗効果)が期待できるのではないでしょうか。手術や検査などの病院のオペレーションと、データの連携や分析も含めて製造業との連携が生まれ、それがポイントとなってきます。富士通は双方に重要な顧客をもっており、全体をつなげていく役割を果たすことができると考えています。
 さらに、金融ビジネスです。金融機関は海外も含めていま大きく変わろうとしています。ブロックチェーン技術で重要な顧客が増えていますし、デジタル化という観点からすると、これからの営業店をどうしていくのかという相談も受けています。勘定系の大型システム開発は現在もやっていますし、これからも続くと思いますが、今後は従来のやり方では通用しないのではないでしょうか。金融機関がコンサルティングサービスへシフトするなか、データを活用した分析や顧客にどんなサービスを提案していくか、個人であれば、ネットを通じてということになると思いますが、一緒になって考えていくことになるでしょう。

進む人材の多様化にあわせて、多様な選択肢を用意

--- 「働き方改革」は富士通がソリューションを提供する市場として重要であるだけでなく、富士通自身も効率化やワークライフバランスの徹底などに向けて、新しい取り組みを始めていますね。

 私も根性がすべてというところがありましたが、もはや、それは通用しないのではないでしょうか。海外では月に1回、金曜日は早く帰りましょうと言われなくたって、午後1時を過ぎるとほとんど会社にいません。それでもきっちりとパフォーマンスを出してやっている。ニュージーランドでは、家族で夕食をとらないと、それは変なお父さんです(笑)。
 個人はどんどん多様化しています。それぞれが自分の多様性にあわせたかたちで働けるようにして、結果的に会社全体のパフォーマンスが上がるというのが、私がイメージする「働き方改革」です。
 いろいろな制度をつくり、社員が選択できるようにしていきたいですね。たとえば、子育てや介護などにあわせて制度を設け、それぞれが必要な時期に適用を申請し、それを上司が認めていく。ES(従業員満足度)調査では女性の評価が上がっています。これからの日本の現状を考えると、もう少しきめ細かくやっていく必要があります。
 テレワークやサテライトオフィスもわれわれのICTツールやハードウエアを使った手段・道具の社内実践という観点もあり、備えています。自前のテレワークスペースとしては、たとえば、千葉に住んでいて横浜に勤務している社員が本社(東京)近くの顧客のところに来た場合、その後、勤務先の横浜に戻って仕事をして千葉の自宅に帰るのではなく、本社のサテライトオフィスでオフィスと同じように仕事をして、そのまま自宅に帰れるようにしています。社内サテライトオフィスは現在15カ所に増えました。
 社員がいろいろ選択肢のなかから自由に働き方をチョイスできるようにその手だてを増やしていきたいですね。もちろん、セキュリティ面やツールなどでそこにいろいろな制約やリスクがあれば、技術面で解決していくということだと思います。

いろいろな分野でそれぞれ「とがっている」人材を集めたい

--- 富士通が求める人材はどのような人材でしょうか?

 ICTはもはや水や空気と同じようなもので、いろいろなところに関わりがあります。そのため、いろいろなところでさまざまな経験をして、それらの分野で「とがっている」人材が欲しいですね。また、そこに専門力があればなおいいですね。いまの新卒採用者は優等生が多く、性格もいいけれど、ちょっと外れてとがった人間もいて多様なことをやっている会社の方が伸びるのではないでしょうか。
 人の流動性は早晩、高まっていきます。海外も近くなり、ボーダーも超えていくことになります。外国人と日本人が混ざって仕事をする環境がどんどん増えていきますので、基本的には自分のことを相手に分かるように主張できる、コミュニケーションを取れることが大前提です。そういった能力をもっていろいろな経験をした人間が集まって、多様なパフォーマンスを出すことが、私がイメージする富士通です。

--- さきほど、カナダにAI開発の司令塔を移したとおっしゃっていましたが、社長ご自身もかなり海外に行かれることが多いと聞いています。

 社長も本社にずっといるのではなく、国内外の現場を飛び回るというのが理想です。もともとじっとしていられない性格ですから。本社に座ってないと戦略を練れない時代ではありません。飛行機の中でもじっくり考えられます。

いまは気軽に弾けるウクレレが楽しい

--- いま、はまっている趣味、ストレス解消法を教えてください。

 昔は走ったり、フルマラソンをやったりもしましたが、いまはゴルフくらいです。ゴルフの時は必ず歩くようにしています。ただ、ゴルフは仕事が絡んだり 悔しかったり(笑)して、あまりストレス解消にならない。マラソンをしていたころは、ゴルフではストレスが溜まるので、ゴルフから帰ってからストレス解消のために10キロ走っていました(笑)。
 そして、音楽ですね。楽器をいろいろやってきましたが、いまはウクレレをやっています。昔はサックスをやっていましたが、夜中に家で吹けないし、体力も要ります。ウクレレは軽く、気楽に弾ける。家族は迷惑しているかもしれないですが、夜中でもエレキウクレレをアンプにつながず弾けば、近所迷惑になりません。
(左)田中達也(たなか・たつや)氏 (右)大村泰
(左)田中達也(たなか・たつや)氏
(右)大村泰
(掲載日 2018年8月24日)

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