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トップインタビュー

 「トップインタビュー」は企業や大学、団体のリーダーにお会いし、グローバル化や第4次産業革命、DX(デジタルトランスフォーメーション)、ESG(環境・ソーシャル・ガバナンス)、働き方改革など、ビジネスパーソンや学生のみなさまが関心のあるテーマについて、うかがってまとめる特別コンテンツです。さまざまな現場で活躍するトップから、いまを読み解き、未来に向けて行動する視点やヒントを探って、お届けします。

鉄道事業をベースに 高い成長目標を掲げたい
JR九州 代表取締役社長執行役員 青柳俊彦様Adobe PDF file icon

聞き手 日経メディアマーケティング社長
  大村泰
青柳俊彦(あおやぎ・としひこ)氏
青柳俊彦(あおやぎ・としひこ)氏
 トップインタビュー第7回は「ななつ星 in 九州」で豪華列車というジャンルを全国に先駆けて立ち上げ、鉄道事業の安定的な成長と、流通や外食、ホテル、不動産など多角事業の育成に成果をあげるJR九州(九州旅客鉄道)代表取締役社長執行役員の青柳俊彦氏です。地震や水害、地域の人口減少などと戦いながら、東京・大阪など圏外マーケットや中国、タイなど海外に積極的に進出する成長戦略の狙いと展望をうかがいました。鉄道事業のプロから全事業を担う社長に就任して5年目。2016年10月には株式上場という悲願を達成、鉄道と非鉄道、地域と圏外、公共性と採算のバランスなど今後もますます複雑なかじ取りを求められるリーダーからは、グループ事業のすみずみまで見渡しつつ、世の中の変化を見極める鋭い「見識」と、将来に向け真正面から筋を通そうとする明るい「胆力」が感じられました。
プロフィル
青柳俊彦(あおやぎ・としひこ)氏 1977年東京大学工学部卒業後、日本国有鉄道(国鉄)に入社。1987年、国鉄分割民営化に伴い九州旅客鉄道へ。2001年鉄道事業本部運輸部長、2004年鹿児島支社長、2005年取締役。2008年常務取締役鉄道事業本部長、2013年代表取締役専務鉄道事業本部長、2014年代表取締役社長(現 代表取締役社長執行役員)。1953年生まれ。福岡県出身

「自然災害」は避けて通れない、きちんと継続して対応

--- 7月の西日本豪雨では九州地方にも大きな被害がありました。お見舞い申し上げます。
一昨年の熊本地震、昨年の九州北部豪雨があり、厳しい試練が続いています。

 株式を上場する前、JR九州のリスクを聞かれたとき、「自然災害」と答えました。熊本地震、九州北部豪雨、そして西日本豪雨とリスクが現実のものとなり、それを実感しています。西日本豪雨では200カ所以上の被害がありましたし、地震や豪雨の後、運転を見合わせている路線も残っています。自然災害は避けて通るわけにはいかず、きちんと継続して対応していかなければなりません。
 かつて鉄道事業は先がないと言われていましたが、1987年の分割民営化以来、鉄道事業を伸ばすことに取り組んできました。鉄道事業があったからこそ、流通や外食、ホテル、不動産など「非鉄道事業」をきちんと伸ばすことができたと思っています。「自然災害」に負けず、鉄道事業をきっちりと強化する努力を続け、それぞれで相乗効果を生むように、グループを挙げて伸ばしてく必要があると強く感じています。
 2017年度には、鉄道事業(鉄道旅客運輸収入)とそれ以外の収入割合は「鉄道」が37%、「それ以外」が63%となりました。2018年度をゴールとした「JR九州グループ中期経営計画2016-2018」の目標を達成しています。「鉄道」を成長させながら、「非鉄道」の比率を引き上げることは高いハードルを課すことになりますが、「鉄道」の存在、その成長があるからこそ、「非鉄道」の成長があると確信しています。鉄道事業はJR九州の基盤です。2017年度の鉄道旅客運輸収入は1,511億円と過去最高でした。モータリゼーションが進むなか、分割民営化された1987年度の1,069億円から約4割の伸びを示しています。

 「ななつ星」の価値、磨き上げる 時代の変化にあわせて新しいものを提案

--- 「ななつ星 in 九州」の人気は衰えを知らないようです。第二の「ななつ星 in 九州」にも期待が高まります。

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 全国ブランドに育った豪華列車「ななつ星 in 九州」はリピーターも多く、いまでも応募倍率が平均10倍以上をキープ、好調を維持していると言えるのではないでしょうか。我々にとってはブランドとして価値があるものであり、さらに磨き上げていきます。
 「ななつ星 in 九州」はオンリーワンとなる列車ですから、コピーとなるようなものを2つというわけにはいかないでしょう。ただ、「豪華列車」というジャンルを世の中に問い、受け入れられたのですから、そうした流れのなかで、次のもの、新しいものを提案していかなければなりません。「ななつ星 in 九州」以前から取り組んでいる「D&S(デザイン&ストーリー)列車」を伸ばしていきたいと考えています。
 大切なのは世の中の動きや環境の変化を捉えることです。九州には国内に加えて、海外からインバウンドの観光客が増えています。鉄道事業においてもインバウンドのお客さまに合わせた商品・サービスを提案していきたいと思っています。
 インバウンドの観光客は欧米の方も増えていますが、伸び率ではアジアが高く、この傾向は変わっていません。クルーズ船の影響が大きいのですが、経済効果はそれほどなく、今後の急成長はないものとみています。欧米からの観光客にはこれまでのゴールデンルート(東京—京都−大阪)に代わって、日本中を旅行しようという動きも出てきており、訪れる場所を探しているようです。クルーズ船以外の観光客をどのように九州に呼び込めるかが課題です。
■D&S(デザイン&ストーリー)列車とは…
一般的には「観光列車」と呼ばれているが、JR九州では独特な「デザイン」と運行する地域に根ざした「ストーリー」を表現した列車として「D&S列車」と呼んでおり、国内外の観光客から人気を得ている。現在、「或る列車」、「ゆふいんの森」、「A列車で行こう」、「SL人吉」、「かわせみ やませみ」、「あそぼーい!」、「いさぶろう・しんぺい」、「はやとの風」、「指宿のたまて箱」、「海幸山幸」がある。

「歴史」評価に感謝  VB支援の仕組み整い、「目立ちたがり屋」後押し

--- 九州は世界文化遺産も多く、そういう意味では恵まれています。最近では自動車、電気機器など「ものづくり」の拠点として注目されるだけでなく、スタートアップ企業が目立つなど新しい動きもみられます。

 九州は歴史的には日本において先行的な役割を果たしています。どこに行っても歴史があり、それが単なる歴史ではなく、現代人が訪れたくなる、当時の姿に触れたくなる「空気」があります。2015年の「明治日本の産業革命遺産」に続いて、今年は「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に登録され、訪れる価値があることを世界にPRできています。長い期間、戦略的に行動し、認められたことは非常にうれしいことです。九州の人は恵まれすぎているのかもしれませんが、日常茶飯事だった文化を残すべき文化として再認識してきた取り組みがよかったものと思います。
 九州というと芸能人が多く、もともと「目立ちたがり屋」がそろっているといわれ、スタートアップ企業が増えていることはそうした気風が影響しているのかもしれません。ベンチャーファンドや地域金融機関、コンサルティング会社、自治体・大学・研究機関などベンチャー企業(VB)を支援する仕組みが整ってきたことで、起業が増えているようです。いいものをきちんと評価し、おカネや支援が回る仕組みができています。以前から気持ちはあったところに、仕組みができたことで、変化が起きているようです。ただ、継続するのは難しい、いかに成長していくか、軌道に乗せるか、これからが大切です。

「インバウンドの受け入れ先進国」タイに学ぶ

--- 多角化事業では昨年、タイへの進出を決め、サービスアパートメントを取得しました。海外は中国・上海に次ぐ2カ国目で、どんな狙いがあるのですか?

 九州からみれば、東京も海外です。九州を基本的なプレーグラウンドとして、そこをベースに成長し、そこで培った事業、そのノウハウやスキルを活かすために、まず、最初に東京、そして中国・上海、そして今度はタイ・バンコクということです。東京の延長線です。同じ戦略です。
 タイを選んだのは結果として私が鉄道事業本部長のころ、タイの国鉄と技術連携・協力をしてきて、いままで訪れた回数が多かったということもあるかもしれません。しかし、九州あるいは日本にとって、インバウンドの観光客が急速に増えていくなか、「インバウンド受け入れ先進国」として先進的なノウハウを吸収する目的が大きいと思っています。現地滞在中、私もタイがインバウンド対応の先進国であることに気づくことが多く、将来の日本、九州にとってのいい先行事例、勉強の場所と考えています。
 九州も国内旅行者がメインだったものが、今後はインバウンドの観光客が中心に変わっていくと思っています。環境変化に対応するため、タイは「学ぶべき対象」と考えています。昨年、タイの物件を取得しましたが、1週間以上の滞在を想定したような「サービスアパートメント」型の宿泊施設で、日本にはまだ数が少ないタイプです。新たな経験が得られると思っています。

公共交通の意味、地元と徹底議論 将来へ残すべきものを残す

--- 鉄道事業では公共性と民間企業としての収支・採算性とのバランスが常に話題となります。

 赤字ローカル線の問題やダイヤの見直しなどでは積極的に議論をする必要があると思っています(※JR九州は2018年3月に過去最大の減便を伴うダイヤの見直しを実施)。昨年の九州北部豪雨による災害でまだ、運行できていない路線があります。復旧には数十億円の費用がかかります。復旧後の継続的な運行の確保をどのように実現するかということについて、地元の皆さまとは十分な議論をしていきたいと思っています。
 公共交通機関とは何でしょうか?一言では言い表せないと感じています。やはり、公共、地元の皆さま、つまり自分たちで支えるものでなければならないのではないでしょうか。収支採算性があり、企業として継続できる、いままでとは違った仕組みをつくる必要があると考えます。「納得尽くで残せるものですね」という議論が必要です。そのためにはみんなでいろんな選択肢、やり方を考え、その中から地元の方が選択していただけるように、JR九州としても最大限の努力をしたいと思います。
 与えられるものではなく、社会基盤として地元の皆さまで支えていくという意識が必要ではないでしょうか。ここでしっかりと議論したほうがいいと考えています。納得尽くのものでなければ問題を残すことになりはしないかと思っています。
 九州新幹線西九州ルートの新鳥栖-武雄温泉の区間における整備方式などについても与党における議論が現在行われているところです。今後、「全線フル規格」か「ミニ新幹線方式」かのいずれかの方式を選択するための検討が行われることとなっています。JR九州としては5年後、10年後をみて、いいものをきちんとつくるべきだと考えています。もちろん、過大なものをつくり、負担をかけてもいけないとは思いますが、拙速に考えず、これというものを納得できるプロセスを通じて、きっちり議論すべきかと思います。
 未来に引き継げるものが必要であり、現在は「産みの苦しみ」、大切なプロセスだと思っています。今しか、考える時はありません。
 鉄道事業の収支については国内外の株主や投資家の皆さまなどからもよく聞かれることがあります。現在は黒字に転換していますが、収支改善に向けた取り組みを徹底的に求められています。コストカットだけでなく、収入を増やしていくことで改善が進んでいますから、その努力は株主や投資家の皆さまにも評価されていると思います。

いまの仕事に正面からぶつかり、何度でも挑戦できる人が欲しい

--- これからのJR九州のために、求める人材はどのような資質を備えた人材とお考えですか?

 いまの若い世代は、我々のころから比べると半数に減っています。一方で、経済の規模は拡大し、活躍する場面は格段に広がり、恵まれていると思います。恵まれた環境なり条件なりをぜひ活用し、自分が持っているもの、勉強してきたことを、思う存分発揮し、力を出し切り、自分の仕事に正面から向かっていってもらいたいと思っています。
 気になるのは、いまの仕事がやりたかった仕事と違ったと、不満を言う人がいることです。「どこかに自分にぴったりの仕事があり、それを探したい」というのは違うと思います。与えられたものかもしれませんが、いまの仕事に正面からぶつかって、努力して、楽しくできるかによって、成長していくものだと思います。1回でうまくいくわけはありません。
 JR九州の仕事はいろいろな要素があり、みんな違っており、単一ではないから楽しめます。何度もチャレンジしているうちに、やりがいにつながってくると思います。鉄道事業だって、最初は何も知らなくていい。仕事に取り組んでいくなかで、プロフェッショナルを目指していただければと思います。
青柳俊彦(あおやぎ・としひこ)氏
青柳俊彦(あおやぎ・としひこ)氏

10年先、30年先の未来像を示せる人へバトンを渡したい

--- 社長就任5年目です。次のリーダーにはどのようなことを期待していますか?

 私の場合は、分割民営化後25年、株式上場を控えた時期であり、大きなテーマや課題があって、そういう環境のなかで、任されたことになります。次へのバトンは、新しい環境のなかでJR九州としての方向性を示し、その方向に向かって、やってくれる人材がいいですね。それが次期の中期経営計画となるのでしょうが、インバウンド対応、人材不足、海外事業など環境が変わっていくことに合わせて、10年先、30年先の目標や方向性を示してくれる人材に、そのタイミングで任せたいと考えています。まだ、具体的にこの人にというのはありません。

何でもおもしろがって手を出すのが好き、「全国龍馬会」も楽しみ

(右)青柳俊彦(あおやぎ・としひこ)氏<br />
(左)大村泰
(右)青柳俊彦(あおやぎ・としひこ)氏
(左)大村泰

--- ご自身のストレス解消法、趣味、最近の関心事を教えてください。

 緊張とリリースのバランスを取ることが大事だと思っています。リリースする時間が少なくならないように、しっかり確保しようと、自分に言い聞かせるつもりで、趣味は「ぼーっとすること」というようなことを話していますが、実際は何にでもおもしろがって手を出すことが好きな性格です。どれひとつ、ものになって自慢できるようなことはありませんが(笑)。旅行にもよく行きますし、ゴルフも練習はしませんが好きで、最近5年ぶりに道具を買い換えました。飛ばせなくなったことが許せなくて(笑)。
 明治維新の立役者、幕末の志士・坂本龍馬のファンが集まるJR九州龍馬会(こうした龍馬会は企業や自治体ごとに全国にあり141番目)を立ち上げたのも、こうした性格の表れかもしれませんね。明治維新150年の今年は「全国龍馬会」が秋に東京で開かれることになっており、記念の年ですし、楽しみです。
(掲載日 2018年8月21日)

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