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トップインタビュー

 「トップインタビュー」は企業や大学、団体のリーダーにお会いし、グローバル化や第4次産業革命、DX(デジタルトランスフォーメーション)、ESG(環境・ソーシャル・ガバナンス)、働き方改革など、ビジネスパーソンや学生のみなさまが関心のあるテーマについて、うかがってまとめる特別コンテンツです。さまざまな現場で活躍するトップから、いまを読み解き、未来に向けて行動する視点やヒントを探って、お届けします。

証券ビジネスを通じ、国連SDGs推進を支援
日本証券業協会 鈴木茂晴会長様Adobe PDF file icon

聞き手 日経メディアマーケティング社長
  大村泰
鈴木茂晴(すずき・しげはる)氏
鈴木茂晴(すずき・しげはる)氏
 トップインタビュー第3回は日本証券業協会の鈴木茂晴会長です。2017年、大和証券グループ本社会長から国内証券業界の取りまとめ役として協会長に就任、新しい投資家層の育成に取り組むために積立型少額投資非課税制度(つみたてNISA)の普及に力を注ぐ一方、国連のSDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)推進に向けて業界を挙げて取り組んでいます。大手証券会社の経営者として、女性活躍支援や働き方改革などにも先進的な試みを続けてきた鈴木会長。グローバルな視点に基づいたイノベーションへの思いには資産運用や金融業界のみならず、ビジネス全般や社会、生活、暮らしを考えていくうえで多くのヒントがありました。
プロフィル
鈴木茂晴(すずき・しげはる)氏 1971年大和証券入社、本店営業部、秘書室、事業法人部門など経て、97年取締役。04年大和証券グループ本社社長、11年同社会長、17年7月から現職。京都府出身。

若い世代に「成功体験」届けたい 4、5年先の運用成績で認知度向上へ

--- 2018年から始まった「つみたてNISA(積立型少額投資非課税制度)」の普及に力を注いでいます。その狙いと手応えをどのように感じていますか?

 日本では個人金融資産1800兆円のうち、預貯金が半分以上を占めています。経済を活性化させるために、政府も証券業界も長年、「貯蓄から投資へ」という流れを作ろうとしてきましたが、なかなか、成果は上がっていません。日本証券業協会が行ったアンケートでは75%以上の人が「証券投資について必要とは思わない」と回答しています。証券投資に魅力を感じてもらっていないのです。

 「つみたてNISA」は若年層の投資未経験者の資産形成に最適な制度です。非課税枠が年間40万円と、従来のNISAが年間120万円であるのに比べ少額かもしれませんが、非課税期間が20年と長期にわたります。長い期間、定期的に定額を積み立てていくドル・コスト平均法で運用すれば、高い確率で良いパフォーマンスを示すことが期待できます。これまで投資の一歩を踏み出せなかった若い世代の人たちに、証券投資を実践していただく大きなきっかけになると考えています。若い世代にはぜひ、証券投資の成功体験を積んでいただいきたいのです。
日本の個人金融資産の内訳
日本の個人金融資産の内訳
 主要証券会社における2月末時点の「つみたてNISA」口座数は20万口座を突破したものと聞いています。一般の少額投資非課税制度(NISA)が2014年のスタート時点(1月1日)には約475万口座、現在は1000万口座を超えていることと比較すると、スローと思われるかもしれません。現在のペースが早いのか遅いのか、受け止め方は異なるでしょうが、じっくりと積み立てていく制度なので、「今日買って、明日売って儲ける」というものではありません。ドル・コスト平均法の良さがわかってくるのは、4~5年あるいは10年かかるのではないでしょうか。
鈴木茂晴(すずき・しげはる)氏
 4~5年後、パフォーマンスがはっきりしたとき、利用者から「いいんじゃないの」という声がでてくれば、口コミやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などを通じて、爆発的に増えていくのではないかと思っています。運用結果を実感できるようになったころから広がっていくのではないでしょうか。米国では個人のミューチュアルファンドによる401k年金運用プランが盛んですが、401kは1987年のブラックマンデー前後から本格化しています。実にいいタイミングでスタートしています。米国の株価はその後、約10倍になっており、この間、「いいものだ」という認識が高まり、増えてきたわけです。日本もそうなるものと思っています。
 米国にならって日本版401k(確定拠出年金)も始まりましたが、その時からでも株式投資信託の積み立てを始めていれば、相当のパフォーマンスになったはずです。個人型確定拠出年金(愛称:iDeCo)は、昨年(2017年)1月から加入対象者の範囲が公務員や専業主婦などに拡大されました。自助努力による資産形成を行うための環境は着実に整備されてきているのです。しかし、個人型確定拠出年金の運用商品の選択状況をみると、6割以上が低利回りの元本確保型が選択されているのが現状です。いま、株価が上がっていてもそれをエンジョイしている人が少ないのです。
ドル・コスト平均法とは…
 毎回一定金額で株式や投資信託、外貨預金など価格変動のある金融商品を買い付ける方法のことです。株式や投資信託などの価格の水準にかかわらず、常に、同じ金額を買うため、株式や投資信託の価格が高いと買い付け数が減り、逆に安いと多くを買うことになります。このため、平均購入価格を安くすることができ、長期の運用成績、パフォーマンスの向上につながるとされています。

個人型確定拠出年金(愛称:iDeCo)とは…
 確定拠出年金法に基づいて実施されている、公的年金にプラスして給付を受けられる私的年金の1つです。加入は任意で、ご自身で申し込み、掛金を拠出し、運用方法を選ぶ制度で、掛金とその運用益との合計額をもとに給付を受け取ることができます。また、掛金拠出時、運用時、そして給付を受け取る時に、それぞれ税制上の優遇措置が講じられています。国民年金や厚生年金と組み合わせることで、より豊かな老後生活を送るための一助となります。

証券業界「百年の計」へ、地道な努力を惜しまず

--- 「つみたてNISA」の課題をどのようにお考えですか?

 取り扱っている証券会社や口座を利用している顧客のなかにも、「つみたてNISA」の対象商品に、もう少し多様性、種類があってもいいのではないかという声があるのは確かです。ただ、証券投資が初めての人をターゲットにしている制度ですから、複雑な仕組みの金融商品が対象とされては困ります。今は対象となる金融商品は限定的かもしれませんが、手数料がそれほどかからない、わかりやすい投資信託が選ばれています。

 1800兆円のうち10%でも動き出せば、180兆円のビジネスチャンスが生まれることになります。日本にほかにこれから180兆円ものマーケット規模の可能性があるビジネスはそれほどないと思います。投資家層を時間をかけてでも育てていくという視点に立って、地道な努力をしないといけないと思っています。

 証券会社の顧客は高齢化が進んでいます。これまでのように富裕層をターゲットにしたビジネスだけでは成長が期待できないでしょう。若い世代に成功体験のある人を増やしていき、将来、さまざまな投資や資産運用機会に備えてもらう。「つみたてNISA」は証券業界にとって「百年の計」です。今年、スタートしたということは国民や金融・証券業界にとっても、まさに、時宜を得た制度であると思っています。

 ただ、法律的には20年間の時限立法措置に基づく仕組みです。制度の拡充や恒久化、手続きの簡素化が図られるよう引き続き働きかけたいと思っています。

「ファイナンス」「ジェンダーフリー」「子どもへの支援」を3つの柱に

--- 証券業界として、国連が掲げているSDGs達成に向けた取り組みにも積極的に関わろうとしています?

 2017年7月、日本証券業協会会長に就任する時、証券会社がより社会に認められてビジネスを進めていくためには、まず、まっさきに社会に対して貢献できることを考えなければならないと思いました。そうしたとき、国連のSDGsがめざす目標を聞いて、まさに証券業界自らのビジネスとつながっている、ビジネスのなかで大きな貢献ができるのではないかと考えて、証券業界としての重要な施策として取り組んでいくことを決めました。

 もともと社会的なさまざまな問題を投資によって解決していく「インパクト・インベストメント」という考え方があります。貧困や飢餓の解消、安全な水やトイレの確保、環境保全など、証券業界として、この「インパクト・インベストメント」を促進することで、SDGsの達成に確実につながっていくはずです。7月末に証券業界としてSDGsを推進することを正式に決め、9月には会長の諮問機関として懇談会を設置、下部組織として具体的な推進策を検討する3つの分科会を立ち上げました。
 1つめは「貧困、飢餓をなくし地球環境を守る分科会」です。これは特に、ファイナンスを通じたSDGs達成に向けた貢献をめざしたものです。すでに水道設備や環境保全、環境に配慮した事業にあてるために発行する「ウォーターボンド」や「グリーンボンド」のような債券や投資基金(ファンド)が存在しています。こうした金融商品を今後、組成・発行し、幅広く投資家に販売していくためにはどうしたらいいのか、具体的に考えて、実施することを通じて、SDGsに大きな貢献ができるでしょう。

 2つめは「働き方改革そして女性活躍支援分科会」です。性別による役割にとらわれない「ジェンダーフリー」はかつて男性社会という色彩が濃かった証券業界としても大きな課題です。日本でも業界として、女性の活躍を支援するために、その先頭を切る機会ではないかと考えています。日本証券業協会にはSDGsの取り組みにあわせ、SDGs推進室を設置しましたが、室長以下、すべて女性でメンバーを構成しています。

そして、3つめの「社会的弱者への教育支援に関する分科会」は経済的に困難な状況にある子どもたちにも適切な教育がいきわたるよう、また、未来に希望を持って成長できるような仕組みを考えていきたいということです。いわゆる「貧困の連鎖」を断ち切るために、子どもが意欲ややり抜く力といった生きる力を養えるよう、居場所や体験の提供といった生活支援を含めたサポートができないか検討しています。
証券業界におけるSDGs推進に向けた取り組み
 証券業界におけるSDGs推進に向けた
 取り組み

2030年に向け盛り上がり加速、「日本が先頭に立つべき」

--- SDGsにおける、先進国や日本の役割についてどのようにお考えですか?

 2018年2月、米国のニューヨークで証券・金融界のグローバル交流と日本市場のPRをめざす「日本証券サミット」を開催した際、SDGs活動を推進する責任者の一人、アミーナ・J・モハメッド国連副事務総長に日本の証券業界のSDGs推進への取り組みの進捗状況を報告してきました。モハメッド国連副事務総長は「グリーンボンド」や「ソーシャルボンド」などの例をあげながら、より規模の大きなファイナンスが可能になることを期待しているということで、高く評価していただいたと思っています。
 日本証券業協会では国連がSDGsのシンボルとして、17分野の目標を17色で表したアイコンをバッジに仕立ててつくった「SDGsバッジ」を1万個、会員に配っていますが、今年夏ごろまでにさらに証券会社の役職員全員に行き渡るように8万個を追加で製作し、配布しようと思っています。

 日本でもSDGsの認知度は急速に高まって、広まり始めています。SDGsは「働き方改革と経済成長の両立」「技術革新で経済を発展させよう」さらには「平和」や「環境」への取り組みなど、先進国と途上国が課題を共有し、双方でやらなければならないことが含まれています。目標としている2030年に向けて、世界中で活動は盛り上がり、大きな成功を収めるでしょう。日本はその先頭に立つべきであり、日本はそのためのポテンシャルを持った国であると信じています。
SDGsバッジ写真

定時勤務の徹底が第一歩、会社も社員も「サスティナブル」へ

--- 証券業界として働き方改革への取り組みはいかがですか?

 かつては社内運動会から社内旅行、お祭りまで自己完結型で会社に身も心も捧げていけば、会社も成長し、なんとかなった時代でしたが、いまはまったくそういう時代ではなくなっています。社員が最大限の力を発揮するためには、社員が自律し、会社は自律した社員を最大限にサポートし、ケアしていくことが重要になっています。決められた時間は働き、会社もそれを守り、従業員も必要な休みを取って、健康を維持していくということが大切です。
鈴木茂晴(すずき・しげはる)氏
 社員への最大限のケアが顧客への最大限のサービスにつながり、ビジネスとして成長していくのです。土曜日、日曜日も働けば、瞬間的には会社は儲かるかもしれませんが続きません。会社も社員もサスティナブルでなければいけないと思います。

 そのカギは「定時勤務の徹底」であると私は考えています。1週間のうち日を決めて定時退勤を推奨するのではなく、毎日を定時勤務とすることです。帰る時間が決まっていれば、社員は人と会う約束ができます。また、資格を取るための勉強や英会話、異業種交流など、その時間を使って、できることが増えます。そのためには会社がしっかりと時間を区切ってあげる必要があります。

 世の中は変わってきています。いま、会社に入ろうとする若い世代は働き方を重要視しています。初任給はもちろん、フリンジ・ベネフィットや休暇制度、教育・研修支援など、どれだけその会社がそろえているのか、どれだけ社員を大切にしているのか、などをしっかりと研究して会社選びをしています。証券業界としても「レピュテーション(評判)」が重要です。いびつな働き方は業界にとって不利益になりますので、業界として徹底していきたいと考えています。働いている人たちが会社に大事にされながら、顧客や社会のために自らのミッションを持って、自律的に働いているということが大切だと思います。

目指すべき、信頼される「総合コンサルタント」 相続ビジネスが焦点

--- これから証券界の求められている人材についてどのようにお考えですか?

 金融資産の一部の運用について相談を受けるのではなく、資産全体の運用や、医療保険、住まいなどのライフプランの設計など、顧客から全体として信頼を受ける「総合コンサルタント」となれるような人材がますます必要となるのではないでしょうか。暮らしのなかで、さまざまな相談にソリューションを提供していくこと、それが新しい証券会社のセールスの在り方だと思います。
(左)鈴木茂晴(すずき・しげはる)氏 (右)大村泰
(左)鈴木茂晴(すずき・しげはる)氏
(右)大村泰
 さきほど、証券会社の顧客の高齢化が目立っていることにも触れましたが、そういう意味では相続に関連したビジネスが大きくなっていくでしょう。相続は単なる高齢者向けのサービスということではなく、財産のすべてをわかったうえで、その資産を受け継ぐ「相続人」とコンタクトできるという意味があります。このため、専門的な金融知識を備えたことを示すフィナンシャルプランナー(FP)といわれる資格が重要になるのではないでしょうか。資格には能力や知識、ノウハウ、経験などによっていくつか段階や種類があり、資格を取得するまでに一定程度の時間がかかります。中長期的な視点に立ち、個々の会社の取り組みも大切ですが、こうした資格を持つ総合力のある人材を業界として育てて増やしていくための仕組みや支援を考える必要があるのではないでしょうか。
(掲載日 2018年5月18日)

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