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トップインタビュー

 「トップインタビュー」は企業や大学、団体のリーダーにお会いし、グローバル化や第4次産業革命、DX(デジタルトランスフォーメーション)、ESG(環境・ソーシャル・ガバナンス)、働き方改革など、ビジネスパーソンや学生のみなさまが関心のあるテーマについて、うかがってまとめる特別コンテンツです。さまざまな現場で活躍するトップから、いまを読み解き、未来に向けて行動する視点やヒントを探って、お届けします。

AIを活かした人間社会への貢献を地球規模で
NEC会長 遠藤信博様Adobe PDF file icon

聞き手 日経メディアマーケティング社長
  大村泰
遠藤信博(えんどう・のぶひろ)氏
遠藤信博(えんどう・のぶひろ)氏
 トップインタビュー第2回は第4次産業革命といわれる「デジタルトランスフォーメーション」が加速するなか、日本を代表するICT(情報通信技術)企業である、NECの遠藤信博会長にお願いしました。本格的な適用期を迎えたといわれるAI(人工知能)テクノロジーの可能性とインパクトについて、NECが得意とする生体認証などセキュリティ関連技術や予測分析技術、またさまざまなセンサーを通じてすべてのものがインターネットにつながるIoTなど、幅広い先端技術を持つNECが、安全・安心・効率・公平な社会を目指して、グローバルにどのような役割を果たしていくか、その取り組みについて、お話をうかがいました。
プロフィル
遠藤信博(えんどう・のぶひろ)氏 日本電気(NEC)会長。1981年NEC入社、2006年執行役員、2009年取締役、2010年代表取締役社長、2016年代表取締役会長。神奈川県出身。

2017年は「AIの価値が見えた年」、そのスピードはまだまだ加速する

--- AIが大きな話題になっています。地球規模で、さまざまなビジネス環境を変革し、社会や暮らしを変えようとしています。

  2017年は「AIは実社会での価値創造に役立つもの」という認識が急速に広がり、「AIがビジネスになる」という意味でも、これまでのAIブームとは一線を画す新たな年になりました。大量のビッグデータを高速で処理できるコンピューティングパワーと、高速・大容量なワイヤレス通信環境、そしてディープラーニングに代表されるマシンラーニングを高速に実現するソフトウェア技術が十分に進化したことで、そのうえでAIが実際に活躍するいくつかの領域が見えてきました。今後、こうしたプラットフォーム上でさまざまなアプリケーションサービスの開発が、一気に加速するものとみています。
  大量のデータに価値があることは30年前からわかっていましたが、ビッグデータという言葉が話題になってきたのは5年くらい前からだったと思います。これは先ほども述べたように、ICTの3つのアセット(コンピューティング・ネットワーク・ソフトウエアソリューション)の能力が整い、AIによるビッグデータ分析が「リアルタイム性」を伴って価値にすることができるようになってきたからです。同じ結果でも、1年間かけて分析して答えが出たのでは意味がありません。ICTの進化で、瞬時にデータを処理することができ、その結果をすぐに次のアクションへとリアルタイムに活用できる、これこそがAIやビッグデータの本当の価値なのです。

  これまでアイデアを持って待ち構えていた開発者や、AIに期待されるさまざまなニーズがものすごい勢いで表舞台に登場し、いろいろな分野でビジネスや経済社会の変革が進むものとみています。そのスピードが、今後もこれまでの何百倍も速くなっていく、我々はいまそのただなかにいるものと考えています。ディープラーニングを活かしたソリューションは、雨後の筍(たけのこ)のように業種を問わずでてくるでしょう。NECが価値を提供できる機会は格段に広がっていきます。

「人間の感性」を分析、行動パターン予測 廃棄ロス削減で環境・人口問題の緩和期待

--- AIに期待する分野としてはどのような領域が考えられるでしょうか?

  大量のデータが分析、処理されることによって、これまでは見えなかった論理性や法則性を見つけ出してくれることが、大きな価値とされる分野はたくさんあり得るでしょう。たとえば、医療分野は遺伝子を含めて本来、非常にロジカルな領域であり、データを集めれば、集めるほど、正確な論理性が導き出せるものだと思います。一方、論理性がないと思われている領域、人間の感性や行動パターンなどの領域でも、一見、関係がないようなさまざまな大量のデータを分析することで、正規分布の真ん中、つまり多数派の人の行動が科学的に見えてくることが考えられます。天候などの環境データと、実際の消費行動のデータから、日常的なモノやサービスの購買動向などが、ある程度、予測可能になるかもしれません。すでに当社は、食品メーカーや小売業者のデータと、気象データを組み合わせて、食料品などの廃棄ロスという無駄を削減する試みを始めています。限られた資源を効率的に活用し、人口増加に伴う食糧問題の克服や環境破壊の防止などに、大きな貢献が期待されています。

  AIにより、デジタルデータが集まったサイバー空間からリアル空間に向かって、相関関係を高速に見つけ、さらに自らが学習したデータを蓄積しながら、その分析をもとに、さらなる予測や提案など次のアクションにつなげることができるようになります。企業や自治体など個々の集まりにおいても、それぞれで最適な価値を生み出すことができますが、AIの本当の価値は、それらの集合全体を俯瞰した「全体最適」を創ることができるところにあります。国の境界がなくなり、地球規模でものごとを考えるというのが、本当の意味でのAIの世界と考えています。

--- 「共創」をめざすNECが活躍できる事業領域、ターゲットはどこにあるとお考えですか?


  「共創」という概念は、ICTの進歩がもたらす社会や暮らしの在り方として、個に固執する「部分最適」は受け入れられず、「全体最適」で価値を共に創ることが求められてくるという発想です。
  NECは2014年に「Orchestrating a brighter world」というブランドメッセージのもと、「7つの社会価値創造テーマ」を掲げ、ICTを活用した社会価値創造に取り組んでいます。なかでも安全・安心は経済社会の前提として最も大切な基盤と考えています。テロリズムなどの脅威があれば、投資やツアーリズムは決して起こらないでしょう。2020年に開催される「東京オリンピック・パラリンピック大会」を見据えても、安全・安心はNECが最も貢献したい分野です。加えて、企業や政府・公共機関における工場や物流、サービスなどさまざまなプロセス効率化、さらには医療、教育などの公平性が求められる分野も重要です。それらすべてがAIの適用分野であり、NECのICTアセットがいろいろななソリューションを提供できると信じています。
  医療の世界では、もはや個々の医療機関の単位で健康を考えるのではなく、日本国民全体、さらには地球規模で、医師の診断や施術、処方薬などのデータ、さらにはさまざまな医療機器からのデータなどを、積極的かつ安全に活用していくことが求められています。私はいま、日本ロジスティックシステム協会の会長を務めていますが、日本中のトラックの平均積載率は現在、全体で約40%といわれています。ドライバーの人手不足が問題になっていますが、その解決も個々の事業者で考えるのではなく、AIやIoTを活用した全体最適で考えて、コントロールすることにより、積載率を60%位にまで引き上げることができたら、それでドライバーを50%増やすのと同等の効果があると言われています。

「7つの価値創造テーマ」と「SDGs」、親和性高く  「本質的な欲求」に応える企業目指す

  NECが2014年に策定した「7つの社会価値創造テーマ」は最近、大きな話題となっている国連の「SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)」と親和性が高く、両者には多くの共通する方向感があります。私は企業が社会への貢献としての価値創造を考えるうえで、人間社会の本質的な欲求にこそ、注目すべきであると思っています。人間社会の需要は人間が起こしているのであって、技術やテクノロジーが起こしているのではありません。市場には「ニーズ」と呼ばれているものはありますが、それは人間の欲求の一部であり、その本当の欲求を探ることで、企業は初めてニーズとなる価値を生み出せるのだと考えています。

  SDGsはこうした人間の「本質的な欲求」をある観点でまとめたものであり、人間にとって大切なもの、最低限欲しいものがそろっています。SDGsが達成されれば、人間の本質的な欲求がかなうということにもつながるのです。NECもそのためのソリューションを創ることにいかに貢献できるかを考える、それが経営の本質です。
NEC VisionとSDGs
NEC VisionとSDGs

働き方は基本的に変わらない、果たすべきソリューションを見つける

--- デジタルトランスフォーメーションやグローバリズム、人口動態の変化などにより、「働き方」が変わってくるという指摘がありますが?

  私は基本的、本質的なところでは変わらないと思っています。表面的な仕事のやり方は変わるかもしれませんが、いまあるシステムやソリューションが変わっても、人間は人間社会が豊かになるように貢献できるやり方を探し続けるしかないと考えています。人間社会に貢献できなければ、生きていくことができないわけですから、結局、いまあるシステムやソリューションを使い切ることを考え切るしかないでしょう。そういうアセットを使い切って、価値を創ることにどれだけ意識を近づけることができるのか、人間の本質的な欲求はどこにあるか、そこにどれだけ貢献していけるのかということは、AIの時代がきても変わらないと思います。

  AIの登場でAIに置き換えられるものもあるだろうけれど、そのAIを活用するという、さらに高い視座で、自分が新たに貢献できる役割を探すということになるのでしょう。AIにより、人類に時間的な余裕ができるのだとしたら、それをどんな新しい価値創造に使っていくのか、そのためのソリューションが求められます。それはいままでにないソリューションかもしれません。価値提供の仕方は変わってくるけれども、人間の本質的な欲求に見合う価値を提供する、自分自身で果たすべきソリューションを見つけるというのは変わらないと考えています。

『価値を創造する力』と『価値を受け入れる力』を持った人財

(左)遠藤信博(えんどう・のぶひろ)氏 (右)大村泰
(左)遠藤信博(えんどう・のぶひろ)氏
(右)大村泰

--- NECに求める人材をどのようにお考えですか?

  私は企業で働く人、NECでは「人財」と呼んでいますが、そこに必要なのは能力やスキルだけではないと考えています。これまで経営ということを意識するようになってから、「強い意志(Strong Will)と柔らかな心(Flexible Mind)を持った人財」という言葉を使っていたのですが、これを最近では「『価値を創造する力』と『価値を受け入れる力』を持った人財」というように表現しています。
  「価値を創造する力」というのはStrong Willと同じ、「人間社会に貢献したい」という強い意志がないと価値創造などできないということです。その意味で前提となるのは、やはり「意志」だと考えます。そして「価値を受け入れる力」というのはダイバーシティ(多様性)のことです。表面的な違いを理解するというのではなく、育った文化とか環境とか、そのプロセスを思いやる。お互いがそれぞれ持っている力を評価して、自分のものとして受け取ることができるかということです。多様な価値というものを自分のなかに受け入れる力がないと、決して新しい価値も生まれないと思っています。
(掲載日 2018年4月20日)

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