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トップインタビュー

 「トップインタビュー」は企業や大学、団体のリーダーにお会いし、グローバル化や第4次産業革命、DX(デジタルトランスフォーメーション)、ESG(環境・ソーシャル・ガバナンス)、働き方改革など、ビジネスパーソンや学生のみなさまが関心のあるテーマについて、うかがってまとめる特別コンテンツです。さまざまな現場で活躍するトップから、いまを読み解き、未来に向けて行動する視点やヒントを探って、お届けします。

建学のグローバル精神受け継ぎつつ 将来を見据えた「大改革」
津田塾大学 理事長 島田 精一様Adobe PDF file icon

聞き手 日経メディアマーケティング会長
  大村泰
島田 精一(しまだ・せいいち)氏
島田 精一(しまだ・せいいち)氏
 トップインタビュー第43回は三井物産副社長や日本ユニシス社長、住宅金融支援機構理事長などを歴任後、2013年に津田塾大学理事長に就任、2020年に120周年を迎えた伝統ある女子大学の改革に取り組む島田精一様です。グローバルビジネスの世界で幅広く活躍してきた知見や人脈を活かして、教育の現場に新しい風を吹き込んでいます。豊富な実体験と歴史観に裏打ちされたひとつひとつの言葉には、ポスト・コロナ時代を生きる日本人すべてに向けた「前向き」なメッセージが込められていました。
※2021年1月19日インタビュー当時の内容をもとに構成しています。
プロフィル
島田 精一(しまだ・せいいち)氏。1961年、東京大学法学部卒業後、三井物産に入社。2000年、同社代表取締役副社長CIO就任。世界のIT業界に人脈を持つ。2001年、日本ユニシス株式会社社長、2005年、住宅金融公庫総裁に就任。2007年から2011年3月まで住宅金融支援機構理事長を務める。三井物産在籍中にハーバード大学経営大学院(AMP)修了。2013年、津田塾大学理事長に就任。イタリア通としても知られ、2007年にはイタリア政府より「グランデ・ウッフィチャーレ勲章」を受章。東京都出身

社会貢献・奉仕は長年の希望、「自らの経験を活かしたい」

--- 2013年4月、ビジネスの世界から、津田塾大学理事長に就任されました。きっかけを教えてください。

 1961年に三井物産に入社して以来、イタリアやメキシコ、米国などで海外駐在を経験、留学やビジネスを通じて、海外の多くの経営者の友人もできました。彼らの多くは50~60代でリタイアし、その後はマイクロソフトのビル・ゲイツ氏のように慈善事業や教会活動、大学のチェアマンなど社会貢献に力を注いでいます。私もその影響を受け、40代のころから「三井物産を退いたら教育かNPO(非営利団体)分野、あるいは民間外交などの仕事に携わり、自分の経験を活かして社会に奉仕したい」と考えるようになりました。実は三井物産副社長から日本ユニシス社長に転じた後、東京理科大学や千葉大学、さらには母校の武蔵高校(東京都練馬区)からも特別顧問や経営委員、後援会会長などのオファーが寄せられました。教育機関の仕事に携わることはリタイア後の私の希望でもあったので、すべてお受けしました。
 その後、2011年まで住宅金融支援機構理事長を務めた後、2012年ごろだったか、津田塾大学から理事長として声がかかりました。理事長となるとさらに責任ある地位になりますので、受けるべきかどうか大変迷いましたが、結果的には推薦者の方の強い推しもあり、引き受けることにしました。

新キャンパス計画を推進、関係者を説得

--- 大学に改革を求められている時代でしたね。

 特に、ガバナンス(経営統治)の問題は大きな課題となっていました。それまで日本の大学は教授会が強力な権限を持っていて、理事長や学長の意見は通り難かった。諸外国に比べてどんどん遅れてしまい、日本政府も危機感を持っていました。いまでは法改正により教授会は諮問機関と定められており、大学運営における学長や理事長のリーダーシップは確立されていますが、当時は強化の過程でした。住宅金融支援機構時代も政府系金融機関を民間にするような文字通りの「大改革」でした。こうした改革にはもう携わることはないだろうと安心して大学理事長職に就いたと思ったのですが、まさに大改革の現場でした。
 津田塾大学はそのころ、現在、総合政策学部がある千駄ヶ谷(東京都渋谷区)の土地に新しい学部を立ち上げる構想が持ち上がっていました。JR千駄ヶ谷駅前にあり、約2300坪という広さで、2008年に大学が同窓会から譲り受けていた土地です。郊外にキャンパスを移していた他の大学が次々と都心に回帰していた時代にもかかわらず、計画は進んでいませんでした。多くの教授の反対が、その主な原因でした。
 そもそもどのような学部にするのか、果たして学生が集まるかどうか、課題は多かったのですが、都心から1時間半かかる小平キャンパス(東京都小平市)だけで今後学生を集められる保証はありません。理事会と学長、私で手分けして反対する教授をはじめとする関係者の説得にあたりました。

女子大学初の「総合政策学部」、「課題解決型」の教育をめざす

津田塾大学webサイト

--- 新しい学部となった「総合政策学部」は女子大学としては初めての試みでした。

 もともと津田塾大学には「社会で自立できるオールラウンドな女性を育成する」という、津田梅子の創立の精神が脈々と受け継がれています。新しいキャンパスでは、その精神をもう一度、思い直し、総合政策学部でそれを追求しようと考えました。当時、まだ40代の哲学者で、テレビのコメンテーターとしても活躍していた萱野稔人教授を学部長に抜擢し、彼を中心に学部作りを進めていきました。課題解決型の教育を行うことを決め、学生が自分自身で課題を見つけて、その課題を4年間、一生懸命勉強して、どうしたら解決できるかを考えてもらうことにしました。たとえば、格差の問題、あるいは環境問題、社会保障制度、世界的な食料問題など、世の中には限りなく、さまざまな問題があります。学生1人1人が自分なりの課題を選んでいます。
 教育のベースとして、英語力は徹底的に鍛えます。いわゆる「普通に英語ができる」というレベルではなく、どこに行っても英語で交渉ができる、演説ができる程度の英語力を身に付けてもらいます。そもそも英語は津田塾の強みでもあるわけです。
 加えて重視しているのが、「データサイエンス」と「ソーシャルサイエンス」です。「データサイエンス」はビッグデータを解析し会社の経営やマーケティング、社会そのものの発展に役立てるものです。データサイエンスを学んでいるかいないかの違いは10年後、20年後の社会で大きな差となってあらわれてくると考えます。
 「ソーシャルサイエンス」は哲学や歴史、経済、国際政治など、主に人間社会を対象にした学問で、リベラルアーツと言ってもいいかもしれません。4年間、きっちり学んだ学生は官庁でも企業でもNPOでも、また、国連などの国際機関でも通用する人材になるはずです。
 学部に限らず、女子大には女子しかいないという良さがあります。というのは、学生時代から、学園祭をやるにしても、部活動をやるにしても、外部と交渉するときにも、なんにしても女子がトップとして活動する経験を積みます。大学の時代からリーダーシップを鍛えられるという面があります。つまり、大学時代から将来のリーダー、管理職となる人材を育成しています。米国のヒラリー・クリントンさんも元国務長官だったマデレーン・オルブライトさんも女子大出身です。米国でも名門のいい女子大学はどんどんよくなっています。

2030ビジョンや中期計画に「国際化」を織り込む

--- 日本の大学の国際競争力の低下が指摘されています。

 私の立場からいろいろ思うことはありますが、津田塾大学が3年前に策定した"Tsuda Vision 2030(津田ビジョン2030)"には、5つの「ビジョン」のなかの「研究のビジョン」で「津田梅子の『海外・女性・学び』へのまなざしを『原点』とし、『過去からの蓄積』と『現在ある英知』を結集させ、社会に開かれた研究を推進する」という文言が掲げられています。津田梅子以来のグローバルな精神を受け継いでいくということですね。
 津田塾大学としては初めて策定した中期計画(2020年から4年間)でも国際化をひとつの柱にしており、留学生の受け入れ拡充や(海外)協定校との関係強化、新規協定校の開拓などを進めていきます。津田塾大学は2020年に創設120周年を迎えましたが、「変革を担う女性」の育成をより強く、より深く、より確かなものに進めるため、記念事業には国際化推進事業と「英語の津田」のさらなる強化事業を挙げています。
Tsuda Vision 2030

Tsuda Vision 2030

 津田梅子の建学の精神に沿いながら、今という時代の要請を取り入れ、女子高等教育をさらに充実・発展させるため、津田塾大学が進むべき方向を示した。大学の旗印・スローガンとしての「モットー」および「ミッションステートメント」、そして大学、教育、研究、同窓生、経営の5つの「ビジョン」を策定した。ビジョンを基に全体戦略を策定、各部門別に中期行動計画・各年度の事業計画へブレークダウンすることで、実行を確実で着実なものとし、大学の充実と発展につなげていきます。

プライベートで留学生支援活動に参加、多くの人に現地での経験を

 日本では留学する学生の数が減っていますが、個人的には文部科学省が2013年10月より始めた「トビタテ!留学JAPAN」という留学促進キャンペーンのサポーターになっています。各分野で活躍されている方や民間企業からの支援・寄付などで、官民協働で「グローバル人材育成コミュニティ」を形成し、将来世界で活躍できるグローバル人材を育成するものです。2020年までに大学生の海外留学12万人、高校生の海外留学6万人への倍増をめざしていましたが、昨年は新型コロナウイルスの感染拡大で中断し、21年から復活しようとしている段階です。
 GiFT(「一般社団法人グローバル教育推進プロジェクト」、「ギフト」、「Global Incubation × Fostering Talents」)という組織でも初代の理事長を務めた経験があります(現在は特別顧問)。「トビタテ!留学JAPAN」によって留学する人たちの事前、事後研修を担うプロジェクトで、積極的に関わってきました。
 私も25歳の時に三井物産からイタリアのナポリ大学に派遣され、その後、米国のハーバード大学でも学びました。さらには仕事で中国やロシアなどさまざまな国・地域に行きました。現地の人と一緒に仕事をしたり勉強したりすることで国際感覚が養われていったと思います。本をいくら読んでも、英語をいくら勉強しても得られるものではありません。そんなことをする前に1カ月でもいいから米国でもアジア、欧州でも放り込んだ方がよりグローバルな知見が身に付きます。
 国際化の問題点について議論する時、やはり一番効果的なのは、なるべく多くの人が海外に出て、海外からも多くの人を受け入れることです。これは大学も企業も同様です。

グローバル化妨げる新卒一括採用、秋入学へ少しずつシステムを変えるべき

--- いまはコロナ禍でなかなか難しい状況ですが、コロナ終息後には、再び海外との人的交流の活性化が必要になりますね。

 海外に出ていく日本人の留学生が少なくなった原因は1つには日本が豊かになって、海外に行かなくても日本で体験できる、完結できるビジネスが多くなったということです。そして、インターネットなどITの普及がそれを後押ししています。
 いま一番、日本の大学のグローバル化を妨げている問題が、就職の問題です。もし学生が留学しても、卒業する時期が日本と違います。海外の大学は9月に始まって6月に終わるから、卒業は6月になってしまいますが、日本は3月ですからね。それから日本に戻ってきても、就職は翌年4月まで待たなければならない。日本独特の新卒一括採用という問題とも関係します。私もいろいろ海外の状況を見てきましたが、日本以外で(春に)新卒一括採用を行っている国は、稀です。
 企業に秋採用を浸透させるためには、まず、学校が秋入学を導入しなければならない。2020年春、コロナ禍における緊急事態宣言で学校がしばらく休校となったとき、当時の安倍首相も本気で導入を検討しました。ところが、各方面から猛反対があり、頓挫してしまった。なぜなら、秋入学を導入するには企業が同じタイミングで秋採用を導入してくれないといけない。また、高校もそれに合わせてもらわないといけない。高校のシステムを変えたら、今度は中学校、小学校もそれに合わせて入学・卒業時期を変えなければならない。義務教育のタームもすべて変えなければならなくなるわけです。
 全部一気に変えるのは難しいから、一気に変えるのではなく、少しずつ変えていけばいいと考えています。大学と高校を変えて、しばらくしたら中学を変え、その間は仮の処置をする。たとえば、中学3年の3月で卒業して9月まで空いてしまった期間は特別な授業を必ずしも学校ではなく、都道府県等でやってもいいと思います。

ポスト・ペストで興った「ルネサンス」 IT進化の加速化がいまから楽しみ

--- コロナがグローバル化に与える影響をどのようにお考えですか?

 グローバル化は今後も避けて通れない課題です。日本の大企業の利益の6割は海外で稼ぎ出しているものです。いまや日本国内の市場は企業の儲けの主たる源泉ではありませんし、今後も人口が減少してますます縮小していきます。一方でアジアやアフリカなどの人口は増え続け、マーケットも拡大しています。
 トランプ前米大統領が出てきて保護貿易化が進み、コロナ禍が加わったことで、グローバル化が一見、後退したようにみえますが、私は一時的な現象と考えています。コロナの後遺症は2~3年残るかもしれませんが、13世紀のヨーロッパにおけるペストの流行とその終息をみても、伝染病はいつまでも続くとは思えません。
 興味深いのはポスト・ペストの欧州でルネサンスが始まったという歴史の教訓です。人間復興とも訳されますが、それまでの神様のために人間があるのではなく、人間のために人間があるという考え方です。そこではレオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロ、ガリレオ・ガリレイなどの天才が多く輩出され、今日の資本主義の原点になる複式簿記もイタリア人の手で発明されます。
島田 精一(しまだ・せいいち)氏
島田 精一(しまだ・せいいち)氏
 ペストというものすごい疫病が何十年も続いた後に新しい世の中がルネサンスとして生まれた。今日、世界にコロナが流行していますが、その終息後はまた新たな形で世の中が生まれ変わるということも期待できるのではないかということです。
 いま、DX(デジタルトランスフォーメーション)などIT革命が進行中で、第4次産業革命とも呼べる時代に入っています。第3次産業革命が1990年代とすれば、2020年以降は第4次産業革命の時代です。5G(第5世代移動通信システム)の進展にみるように、かつては10年単位で進んでいた技術革命が1年で進んでしまうようなスピード化時代です。コロナ禍という足かせが取れたとき、この進化がどこまで加速していくのか、いまから楽しみです。

救ってくれた「高杉晋作」の言葉、おもしろくないものをおもしろくするのは「自分」

--- 座右の銘や、経営者やリーダーとして日ごろ、心掛けていることはありますか。

 一つは高杉晋作の「おもしろきこともなき世をおもしろく すみなしものは心なりけり」という辞世の句です。私は三井物産でメキシコ駐在時代、拘置所に195日間収監されたことがあります。容疑は詐欺罪で、三井物産が輸出した人工皮革製造機が欠陥品だったというのです。相手は巨額の和解金を目的に詐欺に遭ったと訴え出ました。要求された和解金は300億円。私たちは言いがかりに屈したくないので、頑として、その要求を撥ねつけました。
 結局、訴えた相手が提出した証拠書類はほとんどが偽造されたものであることがわかり、裁判所の判決もなしに、私は突然釈放されましたが、その時に拘置所のなかで読んだ「高杉晋作」の本に書かれていたのがこの言葉でした。私もさすがに拘留されて気が滅入った為か、会社や関係者を恨むよう気持ちになっていました。過酷な環境で自分がおかしくなってしまうと思っていた気持ちを救ってくれました。
 世の中は、そもそもおもしろくできているわけではない。これも自分の運命だと考えて、心の持ちようを変えて、前向きに生きようと、この言葉で勇気づけられました。独房に入れられて195日もいると、さすがにノイローゼやうつ病になる人が多いといわれますが、それは「世の中にはおもしろいことが用意されているはず」という過度な期待があるからです。実は世の中はおもしろくない状態がデフォルト(既定値)であり、そう考えればおもしろいことがないからといって、いちいち落ち込まずにすみます。
 むしろ、その「おもしろくないもの」を自分で「おもしろく」するということですね。

「覚悟に勝る決断なし」 失敗を恐れない、経験として根付かせる

苦境をチャンスにかえる仕事術(平凡社サイトへ移動します)
 もう一つは野村克也さんの「覚悟に勝る決断なし」という言葉です。新しいビジネスをやる時には誰でも悩みます。私も三井物産時代には50くらいのIT関連の会社を立ち上げました。上場した会社も7社くらいありトータルでは大成功と言ってもらえると思いますが、50のうち半数くらいは倒産して失敗しています。私はよく「三井物産には多くの成功者がいるが、失敗者はだれもいない」といいます。失敗した人を責めるから、逃げて出してしまうか、失敗を他人や環境のせいにして、自己反省をしない。
 これでは失敗の経験が根付かないです。失敗することによってその経験を糧にして次の成功があるのです。私はシリコンバレーにも何十回も行き、ビル・ゲイツ氏などとも親しくなりましたが、彼でも何度も失敗しています。シリコンバレーでは平均的に2回くらい失敗して3回目に成功すると言われています。日本は失敗すると、それで終わってしまい、次の機会が与えられない。日本の会社は失点主義の会社が多いですが、結局、失敗を恐れてしまうと、決断ができなくなります。でも、覚悟して、いざ決断してしまうと意外に気持ちが楽になり前向きになるものです。

モットーは「前向きに明るく、逃げず、知ったかぶりせず」

 モットーとしているのは「前向きに明るく、逃げず、知ったかぶりせず」ということです。仕事をするビジネスパーソンにとって重要だと思っています。「前向きに明るく」というのは誰でもわかると思いますが、なぜ「逃げず」なのか。失敗の話とも関連しますが、人が一番逃げ出したくなるのは失敗した時です。しかし、そこで逃げてしまったら、その失敗が自分の経験として身につきません。失敗を誰か人のせいにして終わってしまうでしょう。しかし、その失敗を自分がやったと思うと、どうして失敗したのか、どこが悪かったのか、ということを深く考える。それが次の成功につながる。
 「失敗は成功のもと」という言葉は本当に正しい言葉だと思います。そしてもう一つはさきほどのメキシコの拘置所の経験もあって「朝の来ない夜はない」という言葉を、いつも自分に言い聞かせています。

趣味は読書と音楽、幅広く 伊オペラ鑑賞、コロナで行けず残念

--- 最後にご趣味や息抜き・ストレス解消法などを教えてください。

 趣味はまず、読書と音楽ですね。読書はあらゆるジャンルの本を読みます。音楽もオペラをはじめ、さまざまな分野に興味を持っていて、日本ヴェルディ協会の理事や、日本フィルハーモニーの評議員などもやっています。イタリアには毎年2回ぐらいオペラを見に行っていたのですが、今はコロナで行けないのが残念です。それから健康のためにゴルフも少しやっています。
(右)島田 精一(しまだ・せいいち)氏<br />
(左)大村 泰
(右)島田 精一(しまだ・せいいち)氏
(左)大村 泰
(掲載日 2021年3月10日)

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