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トップインタビュー

 「トップインタビュー」は企業や大学、団体のリーダーにお会いし、グローバル化や第4次産業革命、DX(デジタルトランスフォーメーション)、ESG(環境・ソーシャル・ガバナンス)、働き方改革など、ビジネスパーソンや学生のみなさまが関心のあるテーマについて、うかがってまとめる特別コンテンツです。さまざまな現場で活躍するトップから、いまを読み解き、未来に向けて行動する視点やヒントを探って、お届けします。

エネルギー改革先導する巨大ベンチャーめざす 戦略的指南役
レノバ 取締役会長 千本 倖生様Adobe PDF file icon

聞き手 日経メディアマーケティング会長
  大村泰
千本 倖生(せんもと・さちお)氏
千本 倖生(せんもと・さちお)氏
 トップインタビュー第41回は第二電電(現KDDI)やイー・アクセス(現ヤフー・モバイル)などの創業を通じ、日本の通信業界の革命児といわれながら、2014年、再生可能エネルギーベンチャーのレノバに参画、現在、会長を務める千本倖生様です。豊富な知見と経験、幅広いネットワークを活かし、エネルギー業界にも大変革を起こそうと意気込む戦略をうかがいました。第二電電の創業に参画した際に、稲盛和夫氏(京セラ創業者)から受けた薫陶を後進へ引き継ぐ想いとともに、なお旺盛なベンチャー・スピリッツと高い社会的精神、使命感に触れることができました。
※2020年8月27日インタビュー当時の内容をもとに構成しています。
プロフィル
千本 倖生(せんもと・さちお)氏。 京都大学工学部電子工学科卒。米国フロリダ大学大学院博士課程を修了。1966年に日本電信電話公社(現NTT)へ入社。42歳で退社後、稲盛和夫氏(京セラ創業者)らと第二電電(現KDDI)の創業に参画。その後、イー・アクセス、イー・モバイル(いずれも現ヤフー・モバイル)を立ち上げた。慶應義塾大学大学院教授、カリフォルニア大学バークレー校客員教授、スタンフォード大学客員フェローなどを歴任。2014年4月レノバ社外取締役、15年8月代表取締役会長に就任、20年4月より現職。1942年生まれ。奈良県出身

もともとエネルギーに強い関心、90年代に大学発風力発電ベンチャー立ち上げ

--- 「通信業界の革命児」とまでいわれた千本会長がエネルギー業界に移られたきっかけは何だったのですか。

 大学卒業後、約半世紀近く、人生の半分以上を通信・IT関連の事業に携わってきました。しかし、師事した教授がエネルギーの大家だった影響もあり、大学では卒論のテーマにしたくらいエネルギーの勉強には力を入れていました。慶應義塾大学大学院でベンチャー論などを教えていた1990年代後半には、学生と一緒にエコ・パワー(現コスモエコパワー)という風力発電の会社を立ち上げました。大学発ベンチャーの走りですね。その頃から再生可能エネルギーの必要性を強く意識し、また可能性を感じていました。
 2014年頃、ある人の紹介で当時まだ30代後半だったレノバの木南陽介社長に初めてお会いしました。木南社長は2000年の創業時から、再生可能エネルギー事業を手掛けたいという想いがあったのですが、各種制度がまだまだ未整備だったこともあり、すぐには事業開始へ至りませんでした。それが2011年東日本大震災をきっかけに、日本を取り巻くエネルギー環境が大きく変わりました。私が彼に会ったのも、まさにこの頃であり、いよいよレノバが本格的に再生可能エネルギー事業を拡大させようかという時期でした。再生可能エネルギーに対する強い想いを聞いて、私はすぐに木南社長と「意気投合」しました。そして彼からの誘いを受け、2014年春、社外取締役に就任、その後、会長となりました。木南社長からの要請は「ゼロから巨大なベンチャーを作り上げた知見と経験を注入してほしい」というものでした。これは、第二電電の創業時の稲盛さんと私との、素晴らしく運命的な出会いと重なるものがありました。

猛暑、豪雨など気候問題でエネルギー改革まったなし、国民が実感 SDGsも後押し

--- 日本のエネルギー業界にも通信業界のような改革が必要だということを強調しています。

 2011年の東日本大震災により、通信とエネルギーという2つのインフラストラクチャーがズタズタになりました。私は通信業界の改革にずっと関わってきたのですが、通信とともに最重要インフラであるエネルギーについても、この先、何としても改革が必要と思うようになっていました。
 当時、地球温暖化問題も顕在化しており、エネルギーによって地球環境問題を解決しようとする動きが始まっていました。政府は原子力発電(原子力発電所再稼働)と再生可能エネルギーで対応しようとしていますが、原子力はまだまだ議論の余地を残しているのが実情で、再生可能エネルギーの重要性がますます高まってくると感じていました。
 欧州では、デンマークにおいては2019年に再生可能エネルギーの比率が50%を超え、ドイツのメルケル首相は2038年までに脱原発を遂行すると宣言しています。中国や米国も、今や再生可能エネルギー大国となっています。
 日本でも、肌で感じるこの異常な暑さ、異常気象による被害などから、多くの人々が「何かおかしい、何かしなければいけない」と実感していると思います。そして、その問題の根底にあるエネルギーを変革しなければいけないということも認識されつつあり、我々にとって大変な追い風が吹いています。
 政府もこの7月、梶山弘志経済産業大臣が「非効率な石炭火力をフェードアウトする」「再エネ、とくに洋上風力を推進する」という思い切った宣言をしました。それを確実なものにするために、再生可能エネルギー拡大に向けて、規制的な措置、規制改革も導入するというのです。
 経済同友会も7月、2030年には再生可能エネルギーの比率を40%にすべきと発表しました。政府が2018年に発表した第5次エネルギー基本計画における、2030年の目標再生可能エネルギー比率は22~24%にすぎませんから、40%という数字は大胆で野心的です。同友会はさらに、日本の経済発展のためには、再生エネルギーの主力電源化が最優先課題であり、官民一体となって知恵を絞り、これに取り組むべきとも提言しています。
 また、国連のSDGs(持続可能な開発目標)も、社会のなかに急速に浸透しています。エネルギーや気候変動、環境保全、インフラ整備や技術革新、住みやすい街づくりなどの課題に対して、産官学が積極的に取り組んでいます。
 レノバの事業はSDGsのど真ん中にいるわけですから、SDGsでも大きな貢献をしたいと考えています。

マルチ電源に対応 長期的な視点で地域と共存共栄

--- レノバを選んだ理由を教えてください。

 木南社長にベンチャー経営者としての将来性や潜在力を感じたことのほかに、レノバを選んだ大きな理由は二つあります。
 まず非常に重要な一つが、「地域との共存共栄」を最も大切にするという点です。レノバは、再生可能エネルギーを通じて、地域の皆さまに受け入れられ、ともに持続的な発展を遂げることが重要だと考えています。そのためには、何世代にもわたって良好な関係を築き、発電所を通じて、地域を興し、地球の問題への解決策になるような取り組みをしなければなりません。
 たとえば、秋田県にあるバイオマス発電所は、地元企業との共同事業です。サプライチェーンには秋田県全域の林業者が入っていて、燃料には秋田杉の未利用材を年間15万トン使用しています。結果として、地元の林業活性化や雇用の創出につながっており、林業者の方々が「やっとこれで安心して次の世代に事業を継承できる」と言ってくださっているのは、非常に喜ばしいことです。

レノバwebサイト
 もう一つの魅力は、エンジニアリング力です。レノバは、太陽光、風力、(木質)バイオマス、地熱など、その地域の資源に合わせたマルチな電源を、自社で開発・運営しています。これが可能なのは、専門性の高い人材が様々な分野から集結し、企画から資金調達、許認可の申請、発電所建設から運営まで一気通貫で、有機的にチーム一体で進めているからです。「地域との共存共栄」は当たり前だと思われるかもしれませんが、重要なのは地域の方々のご意見に耳を傾けるだけではなく、それを実現することであり、当社はまさにそれに必要で強力な人材を備えているのです。
 中でも当社のエンジニアリング集団は、土木、機械、電気などの個々が持つ専門領域を超えて、幅広い専門性・スキルを備えた人材で構成されています。発電所の開発には、設計や施工だけではなく、環境や生態系に関する知識、また、地域の皆さまと合意形成していくコミュニケーション力も求められます。それが可能な当社のエンジニアリング集団は、開発の大きなけん引役といっていいでしょう。

スケール拡大へトップが高い目標公言 マネジメントチーム作り、共通使命で横ぐし 粘着性強い組織へ

--- レノバでの役割をどのように考え、成長に向けて、どんな手を打ってきましたか。

 私が入ったとき、レノバは魅力的な潜在力は持っていましたが、まだまだ発展途上の段階で、強化していかなければいけない、改革しなければならない点がたくさんありました。私は木南社長と相談し、戦略的指南役として、その改革を支援していくことになりました。
 一つが会社のスケールを大きくするための意識改革です。会社が成長するためには、足元を一生懸命、真面目にやることはもちろん重要ですが、加えてトップをはじめとして、社員全員が高い目標を設定することが重要です。
レノバの連結業績
 そのためにはまず、トップが社内に向かって、「世の中のためになる、これくらいの大きな目標を目指そう!」と、一見、不可能にみえるような高いバーを示し、かつ公言することです。私がレノバに参画した当時、売上高は50億円程度でした。木南社長には「桁が2つ違う、何千億円の企業にしよう」といい、現在はまだその途中ですが、2019年度で約200億円になりました。社会的インパクトを与える会社になるかどうかは、社長の器で決まるものですが、木南社長は高い目標を宣言して、着実に階段を上がっています。
 もう一つがマネジメントチーム作りです。当時も優秀な人材はたくさんいましたが、組織としては少し脆弱でした。ですから、それぞれ個性がある優秀な人材やチームに対し、横ぐしで通すような共通のミッション(使命)を与え、粘着性の強い「団子」のような組織にしていくことに努めました。
 また、ここにきて、強調しているのは多様性(ダイバーシティ)への理解です。レノバは国内をメインに展開していますが、今後、戦略的目標として海外事業を増やしていこうと思っています。特に、経済成長に伴って電力需要が拡大しているアジアの成長性は大きく、当社としても積極的に進めていきたいと考えています。
 すでにベトナムなどでいくつか事業していますが、さらに日本含めたアジアで再生可能エネルギー開発を進めていくためには、各地域の人々の文化を理解して共生しなければなりません。そのためには、国籍、育った地域、男性女性、年齢、言葉などを超えて、お互いに協力し、手を組み合って仕事をしていかないとうまくいきません。異文化を理解し、違いを受容することです。
 これはレノバに限らず、日本全体の課題でもあります。

洋上風力に大きな可能性、戦略的に重点 秋田・由利本荘市沖、地元に強い企業群と連携

--- レノバにとって、さらなる成長に向けた試金石となるのが、秋田県由利本荘市沖で取り組んでいる洋上風力発電事業かと思われます。

 日本ではまだ洋上風力による発電は商業ベースでは行われていません。欧米ではあれほど盛んに行われているのに、日本はやっとこれからスタートという状況です。
 しかし、日本は島国であり、これだけのサイズでこれほど海岸線が長い国がもつポテンシャルは非常に大きい。再生可能エネルギーを普及させるためには大規模な発電施設が必要ですから、当社としても今後、戦略的に洋上風力発電事業へ重点を置きたいと考えています。今年7月の梶山大臣の発言にもありましたが、国は今後10年間で全国30カ所へ洋上風力の拡大をめざすと発表しています。
 当社が有力企業とコンソーシアムを組んで準備を進めている秋田県由利本荘市沖の洋上風力発電事業は、今年7月に促進区域として認定され、近く事業者の公募が始まる予定です。日本で最大級の規模を誇るものですから、大きな注目が集まっています。

稲盛氏との出会いで人生が変わった 根底にある「利他の心」 高い精神性が世界でも評価

--- いろいろなところで、稲盛和夫氏から受けた薫陶について、話されていますね。

 40代初めに稲盛さんに出会えたことが、決定的に私の人生を変えました。また、私の人生だけでなく、稲盛さんの指導で、日本の通信業界に大きな変革がもたらされました。
 実に多くの薫陶を受けましたが、稲盛さんの経営の根底にあるのは「利他の心」です。会社にも人にも「利他の心」を持って接しなければならないということです。特に、ベンチャーは本当に毎日が苦難との遭遇です。自分たちが進める事業が「世の中のためになる」という絶対的な確信、そして、それをやり抜かなければならないという使命感が自分の中に見出せなければ、結局は長続きしません。そのためには、このような「大義」を、潜在意識にまで透徹する強い願望に昇華しなければいけません。
 その意味で、レノバが掲げている「地域の人に役立つ」という想いは、まさに「利他の心」に通じるものだと思います。社会のため、人のため、地球のためという「大義」のもと、地域の人たちを含めて、ステークホルダーすべてに対して深く温かい想いを持って事業を行わなければ、うまくいきません。
 二つめに稲盛さんから学んだことはやはり精神的な部分、スピリチュアルなものです。いろいろな経営術やノウハウが世の中にはありますが、そういったテクニックではなく、もっと精神的に深いもの、「どう生きるべきか」というリーダーとしての人間性を問うものです。経済性だけではなくて、精神的なものが会社経営のなかで非常に大事であると深く感じました。
 稲盛流経営が日本だけでなく世界の人たちに受け入れられているのは、そうした人間性・精神性に基づくものがあります。私自身もまだまだ未熟で、その領域に達しておらず、精進の最中です。稲盛さんの掲げている目標はとても高く困難なものですが、やはりそれに向かって絶えず考え続け努力することが大事だと思います。

社会の矛盾を解決する視点が重要 ビジョンは「楽観的に」、事業計画は「悲観的に」

 そして、三つめは社会の矛盾を解決する視点を持つということです。1983年、稲盛さんに教えられながら、第二電電を創業したとき、競争相手であるNTTの従業員は30万人でした。第二電電は全部集めても何十人、99%の人が無謀だ、太刀打ちできるはずがないとみていました。しかし、当時、日本の電話料金は壊滅的に高く、米国の10倍ほどでした。インフラたる通信にこんな差があったら、立ちゆくわけがなく、独占状態にあるNTTを民営化するだけではどうしようもないことは明らかでした。
 稲盛哲学に支えられ、日本の通信業界を改革したい、社会のためになりたいという大きな目的があったからこそ、リスクをとって大きな挑戦ができたのだと思います。
 私が2000年に高速インターネット接続サービス業者としてイー・アクセスという会社を立ち上げたのも、当時インターネット接続料金は世界に比べて非常に高かったことが大きな理由です。イー・アクセスの登場で、日本のマーケットが活性化し、さまざまな技術も台頭し、インターネットが飛躍的に普及するきっかけをつくることができたと思います。
 もう一つ、ベンチャーの経営者に必要なのはリスクを取ることであり、リスクをとらなければ成功もありませんが、一方で、十分な慎重さも必要です。
 稲盛さんは新しい事業やビジョンを描くときには、とても楽観的です。「こんなことができたら、本当にすごいよね」という、ある種、バラ色のビジョンで周囲を酔わせていく感性を持ち合わせておられました。
 しかし実際に事業計画を立てる段階に入ってくると、稲盛さんは一転して、あらゆるリスクを想定し、最悪のケースまで悲観的に考えておられました。つまり、「楽観的に」想い、「悲観的に」計画し、最後に実行する段階では「楽観的に」行うことが、事業を成功させるカギなのかなと思いました。
 木南社長も、再生可能エネルギーの開発に際し、大きな目標を掲げたうえで、非常に緻密で地道な計画を詰め、そして最後には大胆な決断をとっています。すでに6年の付き合いになりますが、稲盛さんから私が教えていただいたものが木南社長の経営に着実に受け継がれています。

新型コロナ、当たり前が当たり前でなくなった 絶望的な状況こそ、原理原則とイノベーション

--- 新型コロナウイルス禍をどのように受け止めていますか。

 ウイルスというのは30億年くらい前から地球上にあるそうです。それ対して人類の歴史はたった20万年。そういう意味では我々がいてコロナが後から現れたのではなくて、コロナのある世界に我々が現れたということを考えなければいけません。
 コロナを契機に、いままで当たり前だと思っていたことが、実は当たり前ではなかったということを多くの人が認識したと思います。そして当たり前であったことが、とてもありがたいことだったのだと、私自身、非常に反省しています。コロナの影響というのは、社会的な矛盾というものをさらに露出させると思います。経営者としては、こうした危機が炙り出す社会的なニーズをきっちりと掘り起こし、思い切って前向きにポジティブに捉えていくべきでしょう。
 これからも社会にはさまざまな未曽有の問題が出てくると思います。順風満帆な時や平和な時にはみえなかった、社会的矛盾も顕在化してくるでしょう。そういう絶望的な局面ほど成長のチャンスであり、イノベーションが起こしやすいと思います。
 ですから、危機に際した時にこそ、原理原則に立ち返って会社を経営していかなければいけません。「利他の想い」、社会を前向きに変えたいという想い、世の中の役に立ちたいという想い、そういった想いを燃料に、会社経営というものを考え直していかないといけません。

尖った人材をつくらないといけない 若者にはもっと世界を旅してほしい

--- これから求められる人材をどのようにお考えですか。若い世代へのメッセージをいただければと思います。

 大事なことは、米国のGAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドットコム、マイクロソフト)にいるような、尖った人材を育てなければならないということです。GAFAMの株式時価総額は現在、合計約600兆円で、日本最大の企業であるトヨタ自動車はその三十分の一である約23兆円です。日本で尖った人材を育ててこなかった結果がよく表れていると思います。
 私は、若いころには本当によく世界に出かけていました。若者には、もっと世界に出ていってもらいたいです。今はコロナで旅行制限されていますが、違った価値観の人のところに行き、違った人と会いに旅をすることです。海外には、ザックを背負って長い期間をかけて世界中を旅する若者がいます。「時間を棒に振る」という発想ではなく、世界中を旅することで、自分とは違った価値観を体験する貴重な時間だと捉えているのでしょう。その時間が結果として、グローバルなパースペクティブを持った人材を育てるのですから、日本でももっと、「遊学の時間」を受け入れる土壌を作らなければなりません。
千本 倖生(せんもと・さちお)氏
千本 倖生(せんもと・さちお)氏

米国からの恩をアジアへ、留学生支援 帰国が条件、日本との架け橋期待

--- 趣味について、お聞かせいただけますか。いま、レノバの事業のほかに、取り組んでいることはありますか。

 趣味といえば、時間があればあらゆる分野の本を読むことです。ただ、まだまだ、ビジネスで忙しい。この夏休み中も滞在先でなんやかやと、仕事関連の連絡をとっていました。
 レノバの事業以外という視点でいうと、いま私が関心を持っているのは、アジアから日本への留学生支援です。2017年に千本財団という基金をつくり、日本で勉強したいという学生に対し、生活費や学費を支援して4年間サポートしています。ただし、いつか自分の国に帰って、その国の柱、リーダーになることを条件として求めています。
 私自身、大学院時代にフルブライトの留学生として米国に行ったのですが、この体験こそ、私がリスクを取ってベンチャーを起こそうと思ったきっかけとなりました。これは、米国上院議員のフルブライト氏が始めた奨学金で、世界中の有意な若者に対して、米国で教育を受ける機会を与えてくれたのです。そのような機会を自分がもらったので、恩返しという意味もあり、ほんのささやかですけれども、このような取り組みをしています。日本での留学経験や仕事の経験を自らの国に持って帰り、リーダーとなり、国を興し、日本との架け橋になってもらえれば本望です。

貧しい子どもらに食事届ける 支援センターを通じてアウトリーチ 虐待の発見も

--- 最近の関心事は。

 KKRジャパンの蓑田秀策元会長や東京都立大学の島田晴雄理事長などと一緒に進めている、「子どもの食緊急支援プロジェクト」です。これは、全国の児童家庭支援センターを通じて、各家庭の子どもたちに食事を届ける取り組みです。現在、コロナの状況下で、いわゆる「子ども食堂」が閉鎖され、最低限の食事も満足に食べられない子どもがたくさんいます。残念ですが、日本は先進国でありながら、この食べられない子どもの数が先進国で最も多いのです。貧しい子どもの多くは母子家庭で、母親もコロナ禍で仕事がなくなり、収入が断たれている状況です。結局、しわ寄せが子どもにいってしまい、1日1食しか食べられない子どもが結構いるのです。
 これまで約450人サポーターが参加して募金してくださり、約3400万円の資金が集まりました。地域の中の気がかりな子どもとその家庭への訪問支援(アウトリーチ)を通して、確実につながり続け、問題に寄り添い、伴走型の支援を日々展開しています。コロナの巣ごもり期ということもあり、いろいろな家庭から「大変助かった」という声も聞いており、少しでも役に立てているのであれば、うれしく思います。
(左)千本 倖生(せんもと・さちお)氏<br />
(右)大村 泰
(左)千本 倖生(せんもと・さちお)氏
(右)大村 泰
(掲載日 2020年10月14日)

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