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トップインタビュー

 「トップインタビュー」は企業や大学、団体のリーダーにお会いし、グローバル化や第4次産業革命、DX(デジタルトランスフォーメーション)、ESG(環境・ソーシャル・ガバナンス)、働き方改革など、ビジネスパーソンや学生のみなさまが関心のあるテーマについて、うかがってまとめる特別コンテンツです。さまざまな現場で活躍するトップから、いまを読み解き、未来に向けて行動する視点やヒントを探って、お届けします。

米大統領選、トランプ氏逆転のカギを握る不確実性要因と「withコロナ」時代の米中関係の行方
ウォール・ストリート・ジャーナル 東京支局長 ピーター・ランダース様Adobe PDF file icon

聞き手 日経メディアマーケティング会長
  大村泰
ピーター・ランダース氏
ピーター・ランダース氏
 トップインタビュー第40回は、世界最大の経済新聞「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙の東京支局長、ピーター・ランダース様です。世界中を新型コロナウイルスの災禍が襲う中、日本通アメリカ人記者の目から見た、日本のコロナウイルス感染防止対策について、また、歴史的にも「異例」な環境の中で行われる2020年アメリカ大統領選挙の行方について、お話をうかがいました。
※2020年7月29日インタビュー当時の内容をもとに構成しています。
プロフィル
ピーター・ランダース氏 1990年エール大学卒。AP通信東京支局記者、ファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌の東京支局長を経て、1999年ウォール・ストリート・ジャーナル入社。東京特派員、ワシントンD.C.支局次長などを経て、2014年2月より現職。2012年の医療制度改革に関する米最高裁判所判決の報道でNational Press Foundationのオンラインジャーナリズム賞を共同受賞。テレビのコメンテーターなども務める。アメリカ、ニューヨーク州出身

バイデン氏有利の状況を覆す不確実性要因

--- まずはズバリ、ドナルド・トランプ氏とジョー・バイデン氏の一騎打ちとなったアメリカ大統領選の行方についてうかがいたいと思います。

 今年のアメリカの大統領選挙は、大方の予想ではバイデン氏が有利と言われています。私も選挙直前の世論調査でバイデン氏が10ポイント近くリードしていれば、勝利は間違いないだろうと考えています。しかし、今年の大統領選挙の場合は、9月時点のリードは不安定で、不確実性の高い要因が多すぎる。それら不確実性要因がどう転ぶかによって、情勢がトランプ大統領に有利な方向に変わる可能性は十分あると思います。

--- 不確実性要因とは?

 1つは、新型コロナウイルスの感染拡大の状況です。これまでもパンデミックの推移によって選挙戦の展開が予期せぬ変化を遂げています。例えば6月頃には、コロナ騒ぎはそろそろ終息ではないかという見通しがトランプ政権の中からも出されていましたが、結果的には一部の州で第2波が到来し、国民の不安が増大した。これで一気に流れはバイデン氏に傾きました。
 しかし一方で、状況が突然トランプ氏側に好転することもあります。例えば他のヨーロッパ諸国と異なる独自の方針を取ってきたスウェーデンは、一時期、他国よりも感染率や死亡率が急上昇しましたが、7月には状況が沈静化してしまいました。理由はわかりません。集団免疫が形成されたからなのか、マスクをしなくてもソーシャルディスタンスを守るなど個人の行動で感染の広がりを防ぐことができたのか、諸説あります。しかし結果的には、パンデミック初期の段階でトランプ大統領が言っていたとおりになっています。それは、新型コロナウイルスはインフルエンザのように、1~2月頃は感染が広がっても、暖かくなれば沈静化する、という説です。
 もし9月から10月くらいにかけて、突然パンデミックの潮が引くような現象が起きれば、間違いなく大統領選は、トランプ大統領に有利な方向に傾くでしょう。パンデミックは大統領の言ったとおり終息した、ならば政策面もさらにいい方に向かっていくだろう、という期待が高まるからです。

経済政策に関する期待はトランプ氏ややリード

--- 経済政策に関して、両候補への評価はどうなのでしょうか。

 世論調査の結果では、経済政策の面では、トランプ大統領がわずかなリードを保っています。新型コロナウイルスの感染拡大により倒産が相次いで、失業率は10%以上に上っています。これがアメリカ経済の不安定要因になっていますが、この状況が9月、10月頃に改善することがあれば、やはりトランプ大統領への追い風となるでしょう。実際、今年初めまでアメリカ経済は好調でしたので、パンデミックを克服して再度経済が上向けば、やはりバイデン氏よりトランプ氏に任せたほうが経済は安心だという見方が広がっていくと思います。それが2つ目の不確実性要因です。
 3つめの要因は、直接討論の内容です。バイデン氏のネックは、失言が多いということです。現在はパンデミックの影響で演説や集会の回数も減っているために、大きな失言は見られていません。しかし長時間に及ぶ直接討論は疲れますから、バイデン氏の失言が露呈する可能性も十分あります。いままでもトランプ氏は、バイデン氏が高齢のために「ボケている」という辛辣な言葉を使って非難してきました。それに対して自分はトップコンディションであることをアピールしています(トランプ氏は74歳、バイデン氏は11月に78歳になる )。おそらく、高齢のバイデン氏に対して同様の不安を持っている国民は少なくないと思います。そのため、討論で本当に「ボケている」と思わせるような失言があれば、これもまたガラッと情勢が変わる可能性があります。

日経電子版2020/8/7 より

「withコロナ」時代には通用しない日本モデル

--- 今のご指摘にもあったパンデミックの問題ですが、感染の拡大防止と経済の両立については、いまどこの国でも悩んでいるところだと思います。今後、「withコロナ」と言われる時代において、これらをどのように両立させていくべきだとお考えですか。

 アメリカの経済を見ていれば、まだ完全に感染拡大が終息していないところで経済再開を宣言しても、結果的に効果が出ないことがわかると思います。例えば失業率や、小売りの売上高といった経済指標が、7月後半に入ってまた悪化しています。
 トランプ大統領が3月に国民に対して移動を制限した後、カリフォルニア州など各州がロックダウンを始めますが、フロリダ州などは経済的に耐え切れないという理由で、5月にはロックダウンを解除してしまいます。そのために再び感染が広がってしまいました。結局、ロックダウンのような規制がなくても、市民は感染を恐れて自主的に外出を控えるようになり、市民発の経済収縮が起きてしまった。こうした例を見ると、「経済withコロナ」の両立は、なかなか難しいということがわかります。
 一方で、こうした経験が蓄積されていった結果、最もコストパフォーマンス(費用対効果)が高いロックダウン策がどういうものか、各国とも少しずつわかってきたように思います。例えば、「三密」。英語では“Three Cs(スリー・シーズ=closed spaces, crowded places and close-contact settings)”と言いますが、この「三密」を避けるために全ての小売店を閉める必要はなく、感染の拡大しそうなところやクラスターが発生しそうなところだけを閉めれば効果があるということもわかりました。つまり、経済との両立は、最も経済的なダメージが少なく、かつ感染の拡大防止に効果が高い対策を中心に行えば、不可能ではないということです。
 ただ、日本の例を見ると、そうした対策を行う際の政治的な難しさを感じました。例えば夜の街でクラスターが発生したときも、一軒一軒調査をして、「この店は密閉空間でマスクの着用も徹底していないので強制的に閉める」「この店は密閉されておらず、感染防止対策も徹底しているので営業を許可する」といったメリハリのついた対策が取れていない。店の営業の可否を誰が判断するのか、強制的に閉鎖を命じた場合の補償はどうするのかという責任の所在が明確でないからです。結果的に「強制」ができないため、「お願い」ベースで個別の店舗などに営業自粛を促すわけですが、経営する側も生活がかかっていますし、閉店や倒産の危機に瀕しているため、強制でなければ無視して営業するところもあるでしょう。
 日本で緊急事態宣言が発令されたとき、店舗なども強制的に店を閉めるのかと思ったら、そうではない。ごく一部を除いてあくまで任意の「要請」。つまり応じたくないところは応じなくてもいいという宣言でした。これはロックダウンを行っていた世界中の国から奇異な目で見られ、当社の本社のデスクもなかなか理解してくれなかった点です。ところが4月から5月の連休頃まで、街に行くとデパートもレストランもほとんどの店が閉まっていました。「強制」でなく「要請」だけでここまで徹底できるのだから、日本モデルというのは一時的にうまく機能したのかもしれません。
 しかし、緊急事態宣言が解除されて、店舗の営業などが再開されるようになったら、「要請」だけで十分だったはずの日本モデルも、その歯車がうまく回らなくなったように見受けられます。

米中関係の行方次第で日本企業に深刻な影響も

--- 3つの不確実性要因の中では直接触れられていませんでしたが、日本としては今後の米中関係も気になるところです。

 その点では、日本はやはり厳しい状況に置かれていると思います。
 例えば、日本企業はファーウェイ(華為技術/HUAWEI)など中国のIT企業に半導体などさまざまな機器を提供しています。国内で5G(第5世代移動通信システム)を広範に展開したい中国政府と、その中心企業のファーウェイ。一方で、移動体通信の優れた部品や材料技術を持つ日本企業。5Gのネットワークの運営に必要な検査機器やMLCC(積層セラミックコンデンサ)などの電子制御機器は、なかなか中国企業では代替できません。米中の問題がなければ、この先数十年、5G分野における日中のWIN-WINの関係は続いていくとみられていました。
 しかし、ここにきてアメリカと中国との貿易摩擦がますます悪化し、日中関係の雲行きも怪しくなってきました。例えば5G関連の部品をファーウェイに売った日本企業は、「中国共産党の覇権の手助けをしている」と疑われるかもしれません。もちろん日本企業にそんな意図はなく、あくまで商業ベースのつもりでも、政治的にその言い訳が通用するかどうか。そういった危険性を、日本企業はまだ十分認識していないのではないかという気がします。
 トランプ氏とバイデン氏のどちらが大統領選で勝っても対中政策が大きく変わることはないでしょう。その場合、仮にアメリカ政府から、中国の発展を妨げるような要請が来たら日本はどう対応すればいいのか。例えばこの部品をファーウェイに売ってはいけないとアメリカから要求されたら、企業は従わざるを得ないでしょう。その場合、その企業で働いている人たちの生活はどうなるのでしょうか。コロナウイルスのときの休業要請と違い、アメリカ側は補償してくれません。

予想不可能なトランプ外交が中国の譲歩を引き出す?

--- アメリカの強硬な対中姿勢は大統領が変わっても基本的には変わらないと?

 基本的な姿勢は変わりませんが、外交の手法が変わると思います。
 2016年にトランプ氏が大統領に当選してから現在まで、対中外交に関しては政権内部の意見対立が続いています。例えば、トランプ政権の幹部が中国に行って、貿易交渉をしているさなかに、スティーブン・ムニューシン財務長官とピーター・ナバロ大統領補佐官(通商担当)が、中国への対応をめぐって大喧嘩をしています。この2人は、中国との貿易戦争を留保したムニューシン財務長官に対してナバロ大統領補佐官が遺憾の意を表明するなど、対中政策をめぐって頻繁に対立しています。 そのため、トランプ政権内での外交方針も、その目的がコロコロ変わります。
 対中政策の目的は、アメリカの対中貿易赤字を減らすことなのか。あるいは、アメリカ企業が中国でもっとビジネスができるようにすることなのか。さらには、中国の産業政策を転換させることなのか……。いろいろ目的はあるはずですが、対中政策に関係する大臣や補佐官の意見が食い違っていて、まとまりがないまま現在に至っているのです。
 もしバイデン氏が大統領になったら、もう少し伝統的な政策プロセスを再導入するでしょう。これは共和党、民主党問わず、省庁間の特別委員会みたいなものを作って、対中外交の最大の目的は何なのか、窓口は誰なのか、それぞれの優先順位は何なのかということを決めて交渉に当たる、もしくは対中政策を展開する、というものです。
 こうして比較すると、バイデン氏の政策のほうが堅実に見えるでしょう。しかし一方で、こと対中政策に関して言えば、トランプ大統領のやり方のほうがいいこともあるのです。これは中国より対北朝鮮外交の例を示したほうがわかりやすいかもしれません。北朝鮮の場合は、米朝会談に応じたかと思えば、突然ミサイルを発射したりして、要求が急に変わることがあります。北朝鮮からしてみれば、アメリカ側は“常識ある”大国なので、その外交政策はある程度予見できる。だから、揺さぶりやすいのです。それに対して自分たちは“クレイジーである”ことを見せつけて、交渉を有利に進めることもできる。相手にとって何をしでかすかわからない国は、逆に交渉においては有利な場合もあるからです。
 中国についてもある程度そういうところがあります。突然アメリカ企業を排除したり、香港の国家安全法を成立させ、政治犯を逮捕したりして、交渉を有利に展開することがあった。実は、トランプ大統領の外交手法も、これに似たところがあるのです。中国にとって、今のアメリカの外交政策は予見できない。トランプ大統領が明日何を言い出すかわからないからです。これまで言わなかったことを突然要求してくるというやり方は、常識的な外交のルールに反するものかもしれませんが、それが実は効果的な場合もあるのです。それをトランプ大統領が意識してやっているのかわかりませんが、トランプ大統領の手法の方が、バイデン氏の手法より中国から譲歩を引き出す力はあるかもしれません。

バイデン氏はアメリカの「分断」を克服するか

--- 今、日経の連載でも紹介していますが、アメリカでは政治、経済、社会などさまざまな「分断」の問題が広がっていると言われます。もし仮に政権が変わった場合、アメリカで一番変わりうるのは何でしょうか。

 バイデン氏が当選した場合、その一番大事な役目の1つは、やはり分断の体質を修復することでしょう。
 今回の選挙では、黒人がほとんど民主党支持に回り、圧倒的にバイデン氏を選ぶことは間違いありませんが、白人票だけ見ればトランプ大統領が勝つと思います。もちろん民主党支持の白人も多いですが、これなどは分断の1つの象徴です。
 これも中国の場合と同様、政治手法を変えることができるかどうかがカギを握ります。バイデン氏がよく言っているのは、上院議員を36年間勤めてきた中で、共和党の上院議員と協力していたということです。確かに昔は、議会において民主党と共和党全員の意見が対立しても、徹底抗戦するという構造ではなかった。場合によっては超党派の法案もあったし、共和党の半分と、民主党の半数+αが協力をして、法案を通すこともありました。そして反対派の中にも両党の議員がいるという時代があったのです。それをバイデン氏は覚えていて、選挙演説の中でも、またそれを復活させたいと言っています。特に議会においては全ての問題が党派の論争のネタにならないような時代を復活させたいというのがバイデン氏の希望だと思います。
 トランプ大統領はおそらくそういうことは全く考えていません。共和党の議員をたくさん当選させて、党内で一緒に政策を進めましょうという立場なので、明らかに手法が違うと思います。その古くて新しい手法をバイデン氏が導入できるかどうかという点は、政治の分断を克服する大きなポイントだと思います。

--- 「分断」の背景の1つに、貧富の格差の拡大という問題もあるかと思います。共和党政権の下では、国全体は成長していても、貧困層は白人層の中にまで広がり、逆に一握りの個人や企業、投資家が富を増やしているというところも見受けられます。仮にバイデン氏が当選したら変わるのでしょうか。

 パンデミックでずいぶん状況は変わった気がします。例えば、アメリカでは7月まで特別失業給付が行われ、州が支給する370ドル程度の失業給付に連邦政府が週600ドルを上乗せしていました。 結果として週600ドルは月々2400ドルくらいになりますから、失業者の多くは、失業する以前の収入より多く支給されていたことになります。例えば1時間10ドルで月に200時間働いても2000ドルですからね。この給付金によって、経済がそれなりに支えられている状況が続いている。
 こうしたベーシックインカム的な考え方は、従来の共和党であれば絶対反対の立場をとってきました。というより、考えもしなかったでしょう。そのため、その後、給付の継続については議会で揉めており、共和党は給付について長く継続できないと主張し始め、結局失業給付は加算額を減らして延長するという代案を出しています。民主党政権になった場合、こうした「大きな政府」の政策を続けるのかという点が1つのポイントです。
 医療についてもバイデン氏が当選して、議会で民主党が上下両院過半数を取った場合は、日本が60年前に導入した皆保険制度のような制度も考えられると思います。オバマ大統領が推進したオバマケアは、その方向へ向かっていました。そして新規の保険加入者も増えましたが、いくつかの問題も発生し、まだ皆保険制度は完全には実現していません。しかもトランプ政権になってからはオバマケアの土台を外すような政策も打ち出されて、オバマケアの将来が危ぶまれています。
 しかしバイデン氏が当選した場合は、オバマケアの方向性を踏襲し、もう少し完全な皆保険制度に近いような政策が打ち出されるのではないかと思います。貧富の差の1つの大事な要素は、白人の中にも黒人の中にも、医療保険に加入していない人がたくさんいて、不安定な生活を送っている人が多いというところですが、その点も解消の方向に向かう可能性があります。

オバマケア

 2010年にオバマ前大統領が成立させ、2014年に導入された医療保険改革法。最低限必要な民間医療保険の加入が原則として義務化され、政府が補助金を支給して、新たに2000万人が保険に加入できるようになった。一方で、健康状態が良くない加入者が増えたことで医療保険会社の収支が悪化、自力で医療保険に入っていた中間層の保険料が上昇する問題なども起きた。バイデン氏はこの制度の継続を訴えているが、トランプ大統領は、「オバマケア」が巨額の財政負担を強いることなどを理由に、大統領就任当初から撤廃を訴え、現在、医療保険の加入義務は取り消されている。

--- ありがとうございます。最後に少しプライベートの話になってしまいますが、趣味やリフレッシュ法についても教えていただけますか。

 大学の時に吹奏楽部でクラリネットをやっていまして、今もクラシック音楽は大好きでよく聴いています。私はTBSの「新・情報7daysニュースキャスター」という番組に月に一度程度ゲストコメンテーターとして出演していますが、今年はコロナウイルス関連の暗いニュースばかりなので、番組の気分転換のために、ゲストコメンテーターが自分の趣味を披露するという「ブレイク・タイム」というコーナーを作ったんです。そこで私の番が回って来て、最近あまり練習していなかったのですが、当時話題になっていた『鬼滅の刃』というアニメのテーマソングを演奏しました。もう、たぶん二度と来ないような機会だと思いますが、大変楽しかったです。

(右)ピーター・ランダース氏<br />
(左)大村 泰
(右)ピーター・ランダース氏
(左)大村 泰
(掲載日 2020年9月16日)

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