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トップインタビュー

 「トップインタビュー」は企業や大学、団体のリーダーにお会いし、グローバル化や第4次産業革命、DX(デジタルトランスフォーメーション)、ESG(環境・ソーシャル・ガバナンス)、働き方改革など、ビジネスパーソンや学生のみなさまが関心のあるテーマについて、うかがってまとめる特別コンテンツです。さまざまな現場で活躍するトップから、いまを読み解き、未来に向けて行動する視点やヒントを探って、お届けします。

DXで業界を超えるつなぎ役に グローバルで社会課題の解決に貢献
住友商事 取締役会長 中村 邦晴様Adobe PDF file icon

聞き手 日経メディアマーケティング会長
  大村泰
中村 邦晴(なかむら・くにはる)氏
中村 邦晴(なかむら・くにはる)氏
 トップインタビュー第39回は2019年に創立100周年を迎えた住友商事 取締役会長の中村邦晴様です。2012年の社長就任以来、400年の歴史を持つ住友グループの事業精神を引き継ぎつつ、新しいことに挑戦する社風の育成とその実践に努めてきたリーダーです。前向きでかざらない人柄そのまま、自らの失敗と成長をふりかえりつつ、あらゆる産業に広がるDX(デジタルトランスフォーメーション)の波を商社にとって大きなビジネスチャンスととらえる意気込みと使命感を語っていただきました。
※2020年7月21日インタビュー当時の内容をもとに構成しています。
プロフィル
中村 邦晴(なかむら・くにはる)氏 1974年、大阪大学経済学部卒業後、住友商事入社。自動車第一部長などを経て、2005年執行役員、07年常務執行役員、09年専務執行役員、12年代表取締役社長。18年4月代表取締役会長、同年6月取締役会長。18年5月から20年5月まで日本貿易会会長。19年5月、経団連副会長。1950年生まれ。大阪府出身

400年の歴史から見つけた「自利利他公私一如」社長就任以来、掲げた「住友」の事業精神

--- 2012年に社長に就任し、18年からは会長と、住友商事の経営トップとしてリーダーシップを発揮してきました。どのような経営哲学、心構えで臨んでいますか。

 社長就任の打診から発表までの間、どのように会社を経営していくのか、何を自分の軸にしていこうかを考えたとき、なぜ、「住友」が400年も長く続いてきたのか、その歴史をひも解くことから始めました。会社30年寿命説があるなか、やはり400年の歴史は重く、「企業がどうあるべきか」はそこに答えがあると思ったからです。
 そして、目に留まったのが「自利利他公私一如」(じりりたこうしいちにょ)という言葉です。自分の利益だけでなく、社会や相手のために仕事をする―――という意味でしょうか。従業員や家族、取引先、そして社会全体、すべてのステークホルダーの幸せにつなげていくことができてこそ、企業は存続し、成長し続けることができるということです。
 住友商事が掲げるべき事業精神として、この言葉がぴったり合っていると思いました。当時、住友グループのなかでもあまり引用されていない言葉でしたが、いまではよく目にするようになりました。現代の風潮にもあっているということではないでしょうか。
 そのうえで、住友商事グループを「立派な会社にしたい」と口にしてきました。利益はもちろん必要ですが、十分条件ではありません。大切なのは社会に貢献し、社会から必要とされるということです。尊敬される会社でありたいですね。次の100年につないでいくために、この思いを大事にしていきたいです。

自利利他公私一如とは

「住友の事業は、住友自身を利するとともに、国家を利し、社会を利するほどの事業でなければならない」

住友商事の経営理念=ホームページより

米国型経営にも見直し機運、事業や会社を見る「長期的な目線」が必要

--- 社会への貢献やすべてのステークホルダーを大切にするという考え方は、SDGs(国連の持続可能な開発目標)や最近のESG(環境・社会・ガバナンス)経営・投資にも通じていますね。

 米国企業にも株主至上主義を見直して、あらゆるステークホルダーを大切にする方針へ転換する動きがでてきました。これまでの米国型経営と対比されて、日本型経営はバッシングを受けることもありましたが、足元では新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受け、株主の求めに応じて自己株式買いを進めてきた海外企業には内部留保がなく、キャッシュフロー不足から苦境に立たされている企業があります。日本企業はその点、しっかりしているのではないでしょうか。また、四半期決算に象徴されるような短期的な見方だけではなく、会社や事業には長期的な目線が必要です。
 住友グループも400年の間、いろいろな危機はありましたが、乗り越えられたのは長い間、「自分たちのためだけのビジネスはしてこなかった」ということかと思います。一番の危機といわれる、明治維新後、新政府によって別子銅山(愛媛県)の採掘権が接収されそうになったときも、それまでの住友家による地域社会や国益への貢献が大きかったことが高く評価されて、そのまま維持することができました。
 国連のSDGsは2015年に提唱されていますが、ESG投資もあわせて、世界が社会への貢献を大切にしてきた「住友」に追いついてきたという思いがあります。これまでの住友の事業精神を現代風に表現を変えていくことで、広く受け入れられるのではないでしょうか。

6つの「重要社会課題」を設定 中期目標・KPI置きモニタリング

--- SDGsには具体的にどのように取り組んでいますか。

 日本独自のビジネスモデルである商社の事業領域は本当に幅広く、SDGsの17の課題、ほとんどすべてをカバーしているのではないでしょうか。住友商事グループでは本年6月に、6つの「重要社会課題」を設定し、持続可能な社会の実現に向けて果たす役割を明確にするため、それぞれに長期目標を置きました。6つのテーマは(1)気候変動緩和(2)循環経済(3)人権尊重(4)地域社会・経済の発展(5)生活水準の向上(6)良質な教育――です。
 事業を通じて課題を解決していこうと、今後設定する中期目標・KPI(最重要業績評価指標)を基にモニタリングしていくことを決めています。
 日本は環境問題や人権尊重などのテーマでこれまでも世界で先進的な取り組みをしています。温暖化ガス排出量削減や電気自動車の開発などでは高い技術力を発揮し、豊富な実績を持っています。人権への配慮にも非常にしっかりしたものがあります。ただ日本という国や企業は優れた技術をグローバル・スタンダードに仕上げるのが苦手で、その謙虚さのせいか、アピールが不足しているところがあります。実力をきちんと伝えることが足りていないのかなという気がしています。
 住友商事はミャンマーにおける通信事業(携帯電話の普及率は参画時の10%から150%まで拡大)、ベトナムの工業団地建設・運営(3つの工業団地、合計835ヘクタール、約8.5万人の雇用創出)と物流事業、風力発電や、インドネシアでの地熱発電などの再生可能エネルギー事業など、さまざまなかたちで課題の解決にグローバルで貢献しています。それぞれ生活を豊かにし、便利さを向上させ、雇用を生み、環境の改善・保全につなげています。
国連のSDGsページはこちら

すべての業界に垣根はなくなっている 異業種に主導権も 自動車や金融などが象徴

--- 商社を取り巻く環境も激変しています。会長は昨年の日経フォーラム「世界経営者会議」で「自動車、鉄鋼、金融などの産業で業界の垣根がなくなっている」と発言されています。

 自動車がわかりやすいかと思います。これまでは自動車業界にはR&D(研究開発)から生産、販売、そしてアフターセールスへ、自動車というモノの流れに沿って、サプライチェーンやビジネスモデルがありました。しかし、これがCASE(コネクテッド・自動運転・シェアリング・電動化)と呼ばれる改革が進んでいくと、これまでの自動車業界とはまったく違う業界から次々と参入が起こっています。
 たとえば、自動運転ではいまや、リーダーシップを取ろうとしているのは例えば米グーグルではないでしょうか。シェアリングでは自動車というモノよりもサービスを提供するソフトウエア、システムをどう作り、インフラをどのように整備するかがカギを握り、米ウーバー・テクノロジーズなどが新たなビジネスモデルを生みだそうとしています。
 金融業界も同じです。フィンテックの台頭により、お金について、従来とは異なる取り扱い方法が急速に広がっています。IT(情報技術)を使ったキャッシュレス決済やデジタル通貨などのサービスを通じて、マーケットが大きく変わろうとしています。金融業界にすれば、これまで異なる世界で起こってきたことが突然、目の前に現れて、ビジネスモデルの根幹に影響を与えるようになっているのです。
 これはすべての産業についていえるのではないでしょうか。もはや業界の垣根はなくなっています。

いち早く情報を取り、なにが起こるか読む 提案力ある人材の育成が求められる

--- こうしたなかで、商社はどのような役割、機能を果たしていくことができますか。

 どこで何が起こりそうで、どこに持っていったら、大きなビジネスになるのか、うまくつなぐことができるのかを考えて、パートナーを探すことを一番得意とするのが商社ではないでしょうか。すべての産業や業界に突き刺さっていますから、どこで何が起こっているのか、情報を取ることができます。
 いまや、この会社、この業界がどうなっていくのかという発想では話にならないと思います。業界がなくなっているのだから、誰がどのように参入してくるかわからないなかで、「えっ」と思うところにつなげる、提案していくことが、これからの商社の役割だと思います。
 こうした視点を持ちながら、時流を見て、先を読み、事業を考えて提案できる人材が求められてきます。そうでないと、これからの商社の将来はそう明るくないと思います。

あらゆる情報を集める「DXセンター」、新しいビジネスを次々生む発信拠点に

住友商事のWebサイトへ移動します

--- 業界や業種に基づいた縦割り組織や専門人材だけでは限界がありますね。

 住友商事は2018年4月、ICT(通信情報技術)と既存事業を掛け合わせる、DXの推進をめざして「DXセンター」を設立しました。現在、さまざまな営業部隊やコーポレート部門などから100人ぐらいの人材が集まっています。
 ひとことでDXといっても、何がどう変わっていくのか、ビジネスをどう変えていったらいいのか、分かりにくい面があります。そこで、横断的な組織をつくり、世界中から、人と情報を集めることにしました。そこに外部の発想を取り込みながら、ICTやAI(人工知能)などテクノロジーの進化によって、これからどういうことが起こりそうか、DXを使って何を変えることができそうか、いろいろとチャレンジしていきます。
 ひとつの営業部門で従来のビジネスに変革をもたらすような事例がでてくれば、その方法が他の営業部門でも使えるのではないかと議論して、実行していくことになります。
 住友商事グループの経営理念・行動指針には「常に変化を先取りして新たな価値を創造する」という言葉があります。DXセンターはそれを実践する組織です。変わることを恐れてはいけないと考えています。

メモ1枚で提案、社内起業プラン公募 組織と人に活力 会社は夢を実現する場

--- 社内起業制度を立ち上げていると聞いています。

 「0→1(ゼロワン)チャレンジ」という社内起業制度は、グループ会社を含めた全世界の社員を対象に新しい事業案を募るものです。
 「こんなことがやりたい」ということをメモ1枚でいいから出してもらいたいといっています。きちんとした事業計画書は必要ありません。選ばれるかどうかもわからないのに書類を作っても時間のむだですからね(笑い)。世界中から年間300件くらい集まり、外部の審査員にお願いして公開審査した結果、現在、国内外で12チームが事業化を目指して取り組んでいます。
 「こんなことでもできる」「やらせてもらえるんだ」ということが伝われば、組織や人材に活力を与えます。「こんなアイデアでは笑われないか」とか、「環境が厳しいときにこんな挑戦はおかしいのでは」とか思わず、組織の枠を取り払って、決して忖度せず、自分の思いを出してほしいと考えています。
 会社は夢を実現する場所だと思っています。自分一人であれば限られたことしかできないかもしれませんが、住友商事という舞台を使えば、何倍も大きなことができます。一つの挑戦が成功すれば、次にはもう一つ大きな舞台が待っていると考えてほしいですね。間違ったことをしなければ、ルールに違反さえしなければいいと思います。
 私自身、これまでもいろんな挑戦をしてきました。2000年前後の数年間、自動車部門を担当していたころ、短期間に4つの会社を設立したことがありました。当時、急速に普及してきたインターネットを使い、中古車や自動車アクセサリー関連のサービス業を立案したものです。ただ、これらの事業は全てが成功した訳ではありません。インターネットの普及が進む前だったので、ビジネスモデルが早すぎたのかもしれません。ただ、挑戦するなかで、いろいろなノウハウやスキル、人材ネットワークを得ることができました。そしてなによりも、人材を育てるという役割を果たしたものと思います。当時苦労したメンバーは、現在の当社事業で重要な役割を担っています。

周囲の評価を気にしない、やりたいことをやろう 好きな言葉は「正々堂々」

--- 若い世代へのメッセージ、会長ご自身のモットーをお願いします。

 自分がどう思われているかを気にする人が多いかなと思います。「やりたい」とか「やるべきだ」と思ったことを「どう評価されるか」などと考えることはないと思います。その事業やビジネスを成功させることだけを考えて、上司や時にはライバル会社にも協力を仰いでもやり遂げることが大切です。
 仕事はどこにでもあります。若い人に聞くと、(上司が)なかなかやらせてくれないとかいいますが、やれないとしたら(自分の)パッションがそこまで高まっていないということではないでしょうか。
 挑戦するプロセスを通じて成長し、さらなる高みの夢を追いかけていってもらいたいと思います。新しいことができなければ、成長は求められないのではないでしょうか。
 私個人は「正々堂々」という言葉が好きです。私自身の数々の失敗談から感じたことですが、失敗をしたときに、あるいは壁にぶつかったとき、そこで言い訳や小手先の回避策を考えるのではなく、正面から対応することが大切だと思っています。そうでないと、人は付いてきてくれません。

立ち寄り楽しむ旅行が好き 春の桜、夏の花火、秋の紅葉、冬の温泉…

--- 趣味やリフレッシュ法があったら教えてください。これから取り組みたいことはなんですか。

 旅行が好きですね。春の桜、夏の花火、秋の紅葉、冬の温泉、働く時間がないです(笑い)。ほとんど自分の車で運転して回るような旅で、途中、温泉地に立ち寄ったり、いろいろな名所を訪れたりしてきました。ひとつのシーズン、たとえば、桜前線の北上にあわせて、ずっと追いかけるような旅行もしました。
 点と点を結び、どこかに出かけて帰ってくるというだけではなく、その過程、プロセスを楽しめるような旅が好きですね。リフレッシュのためには非日常をどうつくるか、頭を切り替えることが必要です。社長になってからは旅行ができず、なかなかそうした時間がありませんでした。(会長になって)そろそろ取り返してもいいのかなと思った矢先の新型コロナウイルスで、いまは難しいですね。今年の桜は自宅近くの緑道でした。
 これからはもう少し、自分を大事に、自分がやりたいことをする時間をつくりたいと思っています。仕事にも関係するのですが、地域経済や中小企業の活性化に力を入れていきたいですね。商社のOB・OGが多く参加しているNPO(特定非営利活動法人)である「国際社会貢献センター(ABIC)」の活動を支援し、人材紹介を通じて、地方や中小企業を元気にしていきます。

(左)中村 邦晴(なかむら・くにはる)氏<br />
(右)大村 泰
(左)中村 邦晴(なかむら・くにはる)氏
(右)大村 泰

国際社会貢献センター(ABIC)

 商社など貿易に関する企業・団体を会員とする一般社団法人日本貿易会が2000年、民間レベルでの支援・交流活動を通じて国内外での社会貢献に寄与することを目的に創設したNPO(特定非営利活動法人)。現在、登録している活動会員は商社OB・OGの人材を中心におよそ3000人。国内外の政府系機関や地方自治体、中小企業、ベンチャー、大学・教育機関などに赴き、国際化の推進、新規事業の立ち上げ、経営相談、セミナー・授業、日本語教育などで、出身企業の枠を超え、現役時代に培った専門技能をいかして活躍している。

(掲載日 2020年8月26日)

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