NIKKEI Media Marketing

トップインタビュー

 「トップインタビュー」は企業や大学、団体のリーダーにお会いし、グローバル化や第4次産業革命、DX(デジタルトランスフォーメーション)、ESG(環境・ソーシャル・ガバナンス)、働き方改革など、ビジネスパーソンや学生のみなさまが関心のあるテーマについて、うかがってまとめる特別コンテンツです。さまざまな現場で活躍するトップから、いまを読み解き、未来に向けて行動する視点やヒントを探って、お届けします。

実行力あるトランスフォーマー育てたい グローバル化の成果はあと10年
明治大学 学長 大六野 耕作様Adobe PDF file icon

聞き手 日経メディアマーケティング会長
  大村泰
大六野 耕作(だいろくの・こうさく)氏
大六野 耕作(だいろくの・こうさく)氏
 トップインタビュー第38回は2021年に創立140周年を迎える明治大学学長の大六野耕作様です。副学長として4年間、グローバル化の旗振り役として実績を残した後、学長に就任したのは今年4月。新型コロナウイルスが世界中を震撼させる緊急事態のなか、感染の防止、学生の支援や全面オンライン化による授業再開などに奔走してきました。新型コロナウイルスが世界中の教育現場にも大きな変革を求めるなか、ここ数年、ブランド・イメージを上げてきた明治大学のこれからの舵取りや教育改革の展望などをうかがいました。
※2020年6月30日インタビュー当時の内容をもとに構成しています。
プロフィル
大六野 耕作(だいろくの・こうさく)氏 1977年、明治大学法学部卒業後、82年同大大学院政治経済学博士課程単位取得退学。同大助手や講師、助教授を経て、95年教授。この間、米国デューク大学、ノースイースタン大学客員研究員を務める。2008年明治大学政治経済学部長、16年同副学長。20年4月に学長。専門は比較政治論。1954年生まれ。福岡県出身

「自分を見つめる機会に」、大震災経験した先輩から1年生へメッセージ 本当にやりたいことを探して

--- 新型コロナウイルス感染症の影響で、卒業式や入学式ができず、2020年度の1年生はキャンパスに登校できず、オンラインの授業が続いています。

 2年生、3年生、4年生も4月から不安な大学生活を送っている状況ですが、1年生は一度もキャンパスに登校できず、楽しみにしていた大学生活を満喫できずに非常に残念だと感じていると思います。でも、私はだからこそ、彼らには前向きに考えてもらいたいと思っています。
 2011年の東日本大震災の後も入学式はできず、5月の連休明けまで授業がありませんでした。今回、その経験をしたOB、OGに応援メッセージをもらい、学生たちに届けているのですが、彼ら、彼女らが口をそろえたのは「自分を見つめる機会になった」ということです。あるOGは「他人軸ではなく自分軸で自分を評価するようになり、それがいまの自分につながった」というメッセージを寄せてくれました。
 おそらく、これまでは大学に入ることを目標に努力してきたと思います。それが自分ではコントロールできない状況となり、逆に、「自分は本当にこれから何をしたいのか」を考えることができるのではないでしょうか。こういった話を私たちの世代が話すのではなく、同じ体験をした近い世代のOB、OGから伝えてもらうことで、学生が少しでも前向きになってくれたらいいですね。

何をしに東京へ、疑問感じて選んだ米国行き

--- 学長ご自身も大学入学早々、自分ではどうしようもない壁にぶつかって、人生を変えるような経験をしたそうですね。

 1972年に入学しましたが、当時、学生運動が激しくなり、夏休みが明けたら、大学は閉まっていました。後期はロックアウトです。2年目には講義は再開したのですが、休み癖がついてしまったある日、「一体、自分は東京に何をしにきたのだろうか」と思うようになりました。「何か変えなければ」と強く感じるようになったのです。
 そして、思い立ったのが「とにかく米国に行こう」ということでした。

米国でショック受け、人生変わった 日本と違う社会つくる「政治」に関心

--- 米国の留学生活で得たものは何だったのでしょうか?

 留学先はカリフォルニア大学バークレー校エクステンションでした。最初は英語もまったく話せず、聞けず、ハンバーガーショップで注文できるかどうか心配で店の前をうろうろしたり、銀行口座を開設することさえとまどったりする生活でした。
 インドから来た留学生に「アルファベットを書くことだけは上手だな」と馬鹿にされたりすることもありましたが、いまでも付き合いがある、人のいい文学専攻の現地学生に日本食を奢る代わりに、英会話のコーチをしてもらったりするうち、ある日、突然、英語が自然に耳に入り理解できるようになりました。
 そこから一気呵成に英会話が上達し、現地での生活が充実しましたね。彼女ができたのもその頃です(笑)。そうしたなか、一番ショックを受けたのが、そこに集まった学生たちがひとりひとり明確な目標を持って、親から自立して行動していることでした。それこそ米国の文化ですね。大学生になったら、独り立ちする、自分で道を切り拓いていく、これが開拓者精神です。
 そこに大きな影響を与えているのは米国の歴史であり、さらに、日本の社会とは違った社会をつくる「政治」に関心を持ったわけです。帰国後、(日本社会の)人間同士の距離の近さに違和感を覚えた私は、そのまま卒業して社会人になることに疑問をもったこともあり、バークレー留学を通じて興味を深めていた、政治学を大学院で勉強していこうと決めたのです。米国でカルチャーショックを受けて、その後の人生が変わったんですね。

海外派遣学生4年間で倍増 選択肢を広げ、支援する仕組みを拡充 成績向上に手応え

--- 「いまの学生にもそうした経験をさせてあげたい」ということに力を注いできたそうですね。

 (学長の前)2016年に国際交流担当副学長となり、海外の複数の大学と交渉し、外国留学先の選択肢を広げ、留学を後押しするさまざまな仕組みを作ってきました。学生たちに自分と同じことを経験させたいという思いがありました。
 留学先の授業のレベルは高く、たとえ短期留学でも学生にとっては大変です。留学当初、現地での授業についていけず毎日のように私に弱音を吐いていた学生が、いつの間にかに自身で克服し、トップの成績を上げて帰国したこともあります。派遣した明大生の現地での成績が年々良くなっており、手応えを感じています。
 副学長を引き受けた当時、本学から留学する派遣学生はおよそ1100人。それが4年後には2300人まで増加しました。
 海外留学を経験した学生はやはり、就職についての認識が大きく変わりますね。留学先で知り合う現地学生はもちろん、シンガポール等のアジア各国からの留学生が「自分の能力を最も評価してくれる企業はどこか」という基準で就職先を選ぶところを目の当たりにするからだと思います。ボストン等で開催される日本人留学生を対象とした就職キャリアフォーラムに参加し、日系・外資系を問わず、自身が望む「職種」を就職先としていく姿勢に変わります。日本独自の「新卒一括採用」や大手企業を軒並み志願するという就活ではなく、こうしたグローバルスタンダードに近い多様性は、海外を経験したからこそ得られたものといえるのではないでしょうか。

オンライン授業が飛躍的に拡大 予想外の効果も 対面式と使い分けへ

--- オンライン授業はいかがですか。

 現在、6000の講義をすべてオンラインで実施しています。学生にパソコンを貸与したり、教育サーバーを拡張したり、さらに高い機能を備えたウェブ会議システムの利用IDを増やしたりするなど、大学としても重点的に取り組んできました。
 オンライン授業について教員によると、授業準備に3倍から5倍も時間や手間がかかり、工夫が必要のようです。またその議論の場の雰囲気、いわば「空気感」がわからないため、議論の着地点を見いだすことが難しいのは確かでしょう。他方で、オンライン授業の開始前は、受講学生が発言しにくいのではないかと懸念していましたが、逆に、オンラインになって講義中の発言が活発になったケースもあるようです。
 私自身もゼミ科目の授業を持っていますが、対面授業では目立たなかった学生が、オンラインのグループディスカッションでは意見を取りまとめたり、発表したりすることが増えました。これらは実際にオンライン授業を導入して分かった教育効果と言えるでしょう。
 もちろん対面授業には対面の良さがあるでしょう。やはり一堂に会し相手が賛成しているのか、反対しているのかなど、周りがどう考えているのかを察知しながら、新しいアイデアや議論を生んでいくということには対面授業のほうがいいでしょう。
 「オンラインか対面か」といった二元論的な考え方ではなく、確立した知識の吸収や習得にはオンライン、難しい議論や新しいものを生み出すプロジェクトベースでは対面方式といったように、それぞれ状況に応じてベストミックスを模索していくことが重要ではないでしょうか。

大学教育の課題が一気に噴出 新しいかたちに期待

--- 新型コロナウイルスが教育のかたちを変えていく可能性がありますね。

 先延ばしていた大学教育の課題が一気に噴き出したといえるのかもしれません。オンライン授業準備に教員が多くの時間を要していることを先程お話ししましたが、学生側もまた、レポートや課題の提出が多く、以前よりも学修にかかる時間が増えているようです。
 教員・学生双方とも、適正な授業数がどれくらいなのか、議論が必要だと考えています。この議論には学生達にも積極的に考えてもらい、大学と学生が一緒になって「新しい教育のかたち」をつくっていけたらと思っています。

海外からオファー、オンライン軸に留学提携活発に ゆくゆくは「大学融合」 ネットワーク型教育へ

明治大学のWebサイト

--- 海外留学や大学間の連携の在り方も変わってくると思います。

 欧米の大学では留学生からは国内学生よりも数倍の授業料を徴収しますが、今般の新型コロナ禍で留学生が途絶え、既存の財政基盤が壊れてしまいました。実留学に代わる手段として優れたオンライン授業を売りに、海外大学と協力提携を締結する動きが活発化しており、明治大学にも協定締結を求めるオファーも多く寄せられています。実留学が難しい現状では、協定校同士がお互いのユニークな授業をオンラインで提供しあうことで、「ヴァーチャル留学」が可能になりますし、オンライン授業の質保証を前提としつつ、所属する大学で単位認定も可能になるかと思います。これまで多額の費用がかかることが実留学のネックでしたが、オンラインであれば、時間にも場所にも拘束されない教育環境の提供ができます。将来的には「大学の融合」を目指していきたいと考えています。
 例えば「クロスアポイントメント制度」があげられます。一般的に、「クロスアポイントメント」というと民間企業に勤めていながら、大学で教員として教えることを指すことが多いのですが、ここでは「他大学の教員を自大学に教員として招聘し、教育・研究活動に従事していただく」制度とお考えください。今後、このクロスアポイントメント制度が整備されていけば、大学間の垣根が徐々に低くなるのではないでしょうか。
 このことは研究・教育現場におけるネットワークづくりの基盤となる可能性があります。ボーダーレスに共同研究ネットワークをつくり、世界各地の大学・研究機関から集まり、その時々の状況にあわせて、1つの知識にまとめていくというモデルがあってもいいのではないでしょうか。

いまはコロナ対策に集中 継続可能な大型基金めざす 自然災害にも備えたい

--- 明治大学は2021年に140周年を迎えます。プロジェクトの準備も進んでいたと思いますが。

 現在は新型コロナウイルス対策に集中しておりますが、コロナ禍は今年だけでは終息しないと考えています。中長期的な視点で学生の修学支援・奨学金制度の拡充、通信環境の整備に向けた資金確保が必要になります。創立140周年記念のプロジェクトも今後の学生の修学支援に繋がる形で実施できればと考えています。
 また、新型感染症だけでなく、自然災害等による学生の被災も想定し、OB・OGからの寄付も募りながら、継続して資金を出せる基金を創設しました。明治大学の創立者3名は当時まだ30代の若さでした。地位もバックグランドもないその彼らが「同心協力」の精神で設立した学校が本学のルーツです。
 その精神を今こそ大切に引き継ぎたいと思います。

「明治好き」になって卒業、オープンな学風 耐久力・対応力に優れ、結果を残す明大生

--- いろいろな調査で明治大学のブランド・イメージはここ数年上がっています。学生の特長をどのようにみていますか。

 明大生の特長の一番は卒業するとき、本当に明治大学を好きになって卒業していくということでしょうか。そして、社会にでても、精神的な耐久力が強く、あらゆる状況に対応する力があるようにみています。1つのことに集中し、結果をきっちりと残していくタイプが多いと思います。また、オープンな性格をもった学生が多いですね。
 私の持論ではグローバル化の成果は20年を経てでてくると思っています。教育の成果は一朝一夕には現れず20年程度はかかります。本学の国際化の取組みが本格化したのが今から10年ほど前、文部科学省の「グローバル30」に採択を受けたときですから、あと10年後にはグローバル社会や国際企業で中核となり活躍する卒業生が目立ってくることを期待しています。
  私たちが目指す人材育成は、もちろん「知って分析できる」ということは大切ですが、そこからさらに「それを実施できる、現実に変えていく」ことができるかいうことです。現場力や実行力があるトランスフォーマーを育てるということが、明治大学にとって重要なのだという気がします

花園まであと1勝、根っからのラグビー好き 観戦・応援は続けます

--- 趣味のラグビーはいかがですか。

 福岡の高校時代、ラグビーをやっていて、花園(全国高校選手権)までもう1度勝てばというところまでいきました。背番号1番、フォワードのプロップです。腰を痛めてしまったため、大学では続けられませんでした。
 学長になるまでは大学の国際化とラグビー強化の2つにもっぱら取り組んで、明治大学体育会ラグビー部の部長を務めていました。フットワークは軽く、海外でも地方でも飛び回ることは厭いません。いまは、なかなかできませんが(笑)。これからもラグビーの観戦、応援はもちろん続けます。
 この春、東京六大学野球の始球式で神宮球場のマウンドに上がる予定でしたが、新型コロナウイルスのおかげで延期されており、大変、残念です。練習までしていましたが…。(なお、8月10日に開幕が決定)

(右)大六野 耕作(だいろくの・こうさく)氏<br />
(左)大村泰
(右)大六野 耕作(だいろくの・こうさく)氏
(左)大村泰
(掲載日 2020年8月5日)

バックナンバー

トップインタビュー一覧へ