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トップインタビュー

 「トップインタビュー」は企業や大学、団体のリーダーにお会いし、グローバル化や第4次産業革命、DX(デジタルトランスフォーメーション)、ESG(環境・ソーシャル・ガバナンス)、働き方改革など、ビジネスパーソンや学生のみなさまが関心のあるテーマについて、うかがってまとめる特別コンテンツです。さまざまな現場で活躍するトップから、いまを読み解き、未来に向けて行動する視点やヒントを探って、お届けします。

進化を志す企業をデジタルで支援  アフター・コロナ、社会を変えたい
サイボウズ 代表取締役社長 青野 慶久様Adobe PDF file icon

聞き手 日経メディアマーケティング会長
  大村泰
青野 慶久(あおの・よしひさ)氏
青野 慶久(あおの・よしひさ)氏
 トップインタビュー第37回は国内グループウエア市場で高いシェアを持つITベンチャーで、在宅勤務や育児休暇制度などを積極的に導入、「働き方改革先進企業」といわれるサイボウズの青野慶久代表取締役社長兼チームワーク総研所長です。新型コロナウイルスをきっかけに強まる、デジタルツールをいかした働き方改革の潮流をどう受け止めているのか、アフター・コロナ時代の戦略をうかがいました。激しい競争を意識しながらも、「社会が近づいてきた」と手ごたえを語るリーダー。ひょうひょうとやさしく話してくれた人材論、若い世代へのメッセージには「自立」を求める熱い想いがありました。
※2020年6月17日インタビュー当時の内容をもとに構成しています。
プロフィル
青野 慶久(あおの・よしひさ)氏 大阪大学工学部卒業後、1994年、松下電工(現パナソニック)入社。97年サイボウズを設立。2005年に社長。18年に社長兼チームワーク総研所長。1971年生まれ。愛媛県出身。3児の父。自ら育児休業を取得

めざした「社内の情報共有」、インターネットの可能性を感じ創業 米ベンチャーにあこがれも

--- 国内のグループウエア市場で高いシェアを持つサイボウズを創業したきっかけ、その思いを教えてください。

 1994年に新卒で松下電工(現在のパナソニック)という電機メーカーに入社したのですが、ちょうどそのころに、インターネットが一般的になってきて、その技術をいかせば、効率的に情報共有ができるという可能性に気づきました。「社内の情報共有がもっとスムーズにできれば、私たちはもっと楽しく協力しあって働くことができるはず」と思いました。
 でも、当時の世の中を見回しても、そんなにいいソフトウエアはありませんでした。自分たちだったらもっといいものがつくれるのではないかと思い始めました。そのころ、インターネットをいかした創業ブームがあって、米国ではネットスケープが一世を風靡していたり、ヤフーが台頭してきたりしていました。そうした時代だったので、あこがれの気持ちがあって、起業しました。

グループウエアとは

企業や団体など組織内の情報共有、コミュニケーションの活性化、業務効率向上のために開発されたシステムソフトウエア。メールや掲示板、チャット、個人や会議施設などのスケジュール管理、ファイル・ドキュメント管理、電子決裁機能などを備える。業務上のプラットフォームとして位置付けられることが多い。サイボウズのほか、ネオジャパン、グーグル、NEC、日本マイクロソフトなどが手がける。

全員オンラインで気づいた、リモート参加者との「情報格差」 会議室はなくしたほうがいい

--- サイボウズは在宅勤務やテレワークなど、現在、注目されている「新しい働き方」について、先進企業といわれてきましたが、新型コロナウイルスの影響はいかがでしたか。

 新型コロナウイルスの影響により、サイボウズのなかにも大きな「気づき」がありました。もともとリモートワークをする社員は多く、その場合はオンラインで会議に参加していました。しかし、リモートで会議に参加している人と、会議室の中にいる人の間には、実は大きな「情報格差」があったのですね。やはりリアルの会議室の雰囲気までは伝わらないし、全員の顔が見えず、発言するタイミングを見計らうのが難しかったそうです。
 今回、全員が在宅勤務になり、全員がオンラインで会議に参加するようになって、随分、会議がやりやすくなったという声を聞きました。私自身、会議室の中にいる側だったので、その「情報格差」には気づきませんでした。
 アフター・コロナを迎えたいま、私は会議室に人を集めるという会議形態をもうやめようと思っています。サイボウズにもたくさん会議室がありますが、今後は本当に必要な一部をのぞいて、なくした方がいいと思っています。

働き方改革、ひとつ、ひとつ実現 従業員一人ひとりの希望、声をかなえていこう

--- サイボウズは早くから柔軟な働き方を推進してきたから、対応できているのかと思います。多くの企業、特に中小企業は悩んでいます。メッセージ、ご助言があれば、お願いします。

 できることから、ひとつ、ひとつ、やっていくということでいいのではないでしょうか。「さあ、これからは全員一斉に在宅勤務」とか、逆に「うちの業界では無理です」、「サイボウズのようなことはできません」というのではなく、できることから始める、ということですね。サイボウズも実は十数年前は普通のITベンチャーでした。ブラック企業といわれてもおかしくない状況で、長時間労働は当たり前だったし、もちろん、在宅勤務もできませんでした。それを一個一個、変えてきました。
 これは決して経営者の思いつきではありません。働いている従業員の希望をひとつずつ、かなえてきたということです。たとえば、「週1回は在宅勤務をしたい」、「水曜日の午後は早めに帰りたい」など、一人ひとりの声に応え、それを実現するために制度や風土をつくり、必要であればツールを導入してきました。それが十数年たって、「働き方先進企業」といわれるまでになったのです。
 中小企業にしても、大企業にしても同じだと思うのですが、重要なのはいま、働いている人、一人ひとりの声、希望に、ひとつずつ答えていくことではないかと思います。テレワークをやりたい人がいないのに、「全員がテレワーク」といって上から押し付けて働きづらくなったりしたら、それこそ本末転倒です。
オンラインインタビュー中の青野様
オンラインインタビュー中の青野様

オンライン営業、生産性は倍に 人手不足のなか、若い人材をひきつけることが重要な経営戦略

--- 多様な働き方を認めることで、生産性が上がっているという主旨の発言をされています。

 生産性が上がる面もあれば、下がる面もあるけれど、差し引きプラスのほうが随分、多いという見方ができると思います。たとえば、ミーティングにしても、オンライン型であれば、お客さまのところに出かける移動時間はゼロです。商談先で話している時間より移動時間のほうが長いとか、そのための交通費がかかるとか、また、移動に伴う肉体的消費もあるとか、無駄が多いものもあると思います。オンライン型の営業に切り替えたほうが、生産性は倍くらいに上がるケースもあるでしょう。
 そのほか、オフィスでの一人ひとりの仕事でもオンライン化、デジタル化することで、効率化できる仕事はたくさんあると思います。
 また、こうしてオンラインを活用している会社は、若い人材を惹きつけることができます。これからの人手不足の時代には、企業にとって若い人に人気のあることが生産性につながってくると思います。採用してもどんどん社員がやめてしまえば、採用効率は悪くなり、生産性を下げる要因になります。新しい働き方にチャレンジしていく、魅力ある職場づくりをしていくことは、人手不足の状況において、非常に重要な経営戦略であると思います。

「100人100通り」の宣言、周りが理解 「言ったことをやる」でうまれる信頼こそ大切

サイボウズWebサイト

--- サイボウズが採り入れている「働き方宣言制度」について教えてください。

 それまでは働く時間の長さや場所を複数の選択肢から選んでもらう人事制度をとっていたのですが、一人ひとりの希望はバラバラなんですね。具体例を挙げると、「私は広島カープの試合を観戦する日だけは午後5時に上がらせてください」とか、「毎週水曜日、地域のバドミントンクラブに参加するので在宅勤務をします」とか。これではひとくくりの制度にはできませんね。
 そこで、一人ひとりに「私はこういう働き方をします」と宣言をしてもらった方がいいと考えたのです。その表現方法は「100人100通り」、多種多様ですが、自分の希望を明らかにして、周りの理解を得ながら、働いていくということです。
 大切なのは「言った(宣言した)ことをやる」ということです。そうすれば、お互いが信頼しあうことができます。逆にできないことはできないと伝えることも大事です。できないことをできると言ってしまうと、信頼関係は構築されにくい。言ったことを実行する人が信頼される、基本的な信頼関係はそこで作られるのだと思います。

グループウエアをつくり続けて23年、ずっと提案 「社会が近づいている」実感、楽しんでいく

--- デジタルツールをいかして働き方を変えようという流れはサイボウズにとって追い風になる面があると思います。競争も激しくなっていますが、今後の戦略をどのように考えますか。

 私たちなりに、いいソフトを作って、いいサービスにして、それを提供していく、基本的にはそれだけです。確かに、たくさんのデジタルツールがでていて、競争は激しいのですけれど、個人的にはすごく楽しいですね。
 私たちはグループウエアの開発・販売をもう23年やっています。「情報共有は大切ですよ」、「新しい働き方をしませんか」と、23年間、ずっと提案してきました。いま、ようやく、ここにきてその大事さにみなさんが気づき始めてくれたという感覚ですね。
 もちろん、競争は厳しいかもしれないですが、私たちが作りたかった「情報共有によって生まれるチームワーク」というものに「社会」が近づいているということで、楽しんでいきたいと思っています。
 新型コロナウイルスの影響により、デジタルをいかした新しい働き方にチャレンジする会社は増えたと思います。もちろん、アフター・コロナに以前の働き方に戻ってしまう会社もたくさんあるとは思いますが、「これはもう切り替えるタイミングだ」、「(デジタルツールの)メリットが大きいから、前向きに進化していこう」という会社もたくさんでてくると思います。
 サイボウズとしては変化を志す会社を支援し、社会を変えていきたいと思います。残念ながら元に戻ってしまう企業もあるでしょう。そういう企業にはいままでのやり方で居心地の良かった人、デジタルツールを使いこなせない人、部下を管理・監督したいというマインドでマネジメントする人もいるのかもしれません。しかし、それでは若者に見放されてしまうのではないでしょうか。
 私は社会の変化に期待しています。あるべき進化、変化を受け止めていく企業もたくさん出てくると思います。進化する企業を応援していきたいですね。

次のリーダーは勝手に育つ、私が抜けた後は私を忘れてほしい 自立した組織が理想

--- 後継者、次のリーダーはどのようにお考えですか。

 基本的には「育てない」という方針にしています。「育てる」というスタイルは世の中の動きを見ると、すでに少し古いという気がしています。「育てる」のではなく、勝手に「育つ」。私が抜けた後、その組織がどうすべきかなどについて、(私が)口を出す必要はないと考えています。そこに残っている人がベストを尽くして考えてくれればいいと思います。
 私が入社した松下電工にはカリスマ創業者である松下幸之助さんという人がいて、幸之助さんが残した制度や言葉がたくさん残っていました。私が入社した94年には、幸之助さんはすでに亡くなっていましたが、当時、会社ではまだその姿を追い求めているように感じました。私は「それは健全ではない状態だ」と思いました。
 幸之助さんはもう亡くなっているので、質問しても何も答えてくれませんし想像してもその答えはわかりません。大切なのはいま、どうすべきか、どう行動するかを、自分たちが集中して考えて実行することではないかと思いました。
 私がいなくなったサイボウズには、私のことは完全に忘れてほしいですね。どんな事業をやろうが、どんなリーダーを選ぼうが、解散しようが、全然、かまわないです。むしろ、ゼロからリスタートしないと、下手をすると、私の亡霊を追いかけ始めることになる。(私の)意思は存在しないものとして、一回、解散するつもりでやってほしいです。それが、私の次世代論です。「育てない」。
 社員には「私は抜けたいと思ったら、抜ける」と言っています。「抜けた後のことは知らない」と話しています。おもしろいもので、そう言うと社員は私がいなくなってからのことをいろいろと考えるようになるんですね。それが大事だと思っています。なにかが起きたとき、「誰かが考えてくれるに違いない」ではなく、こういうことが起きたら、こうすべきではないか、一人ひとりが自立的に考える組織が私の理想です。

ワークとライフはミックス 夫婦2人で家事育児てんやわんや ストレスのかかることは意識的にやらない

--- 在宅勤務、テレワークが広がるなかで、これからのワークライフバランスをどのように考えていますか。また、ご自身のストレス解消法はありますか。

 私自身はワーク(仕事)とライフ(生活)を分類して、切り離して考えるタイプではありません。うまくミックスしながら、やっていければと考えています。
 私の場合はまだ、子どもも小さくて、上から10歳、8歳、5歳と3人いますから、家に帰れば、家事育児にてんやわんや、妻と2人で、毎日が大騒動です。それがある意味で、いい息抜きになっているのかもしれません。
 もしかしたら、人よりストレスを感じない性格なのかもしれません。また、ストレスのかかるようなことは意識的にやらないようにもしています。上場企業の社長をしていますが、夜の会食の誘いも、ゴルフの誘いも、いっさい受けません。私にとって、それらはストレスとなりますし、家族にも負担がかかります。
 (ひとりでするというと)映画が好きなので、時々、観にいったりしますが、旅行はそんなに好きではありません。どちらかというと、インドア派で、基本、家の中で本を読んだり、ゲームをしたりしています。

「期待はよそう(予想)」 この心境に立てば、あまり、腹も立ちません

--- 奥様との付き合い方のコツはいかがですか。

 それは永遠のテーマですね。ずっと悩んできています(笑)。でも、最近は比較的、喧嘩もなく、過ごせるようになりました。うまくいかない原因というのはお互いが期待し過ぎるということにあります。「相手にこう反応してほしい」「こう振舞ってほしい」と思うから、そうではないと腹が立つ、一言いいたくなるということですね。でも、よく考えれば、しょせん、夫婦というのは他人なのだから、他人に変な期待をかけるのははやめようと思うようになったら、楽になりました。
 「期待はよそう(予想)」といっています。期待はできないけれど、予想はできます。「こういうことをすると、(彼女は)こうなるだろうな、こういう反応をするだろうな」と予想することにしたのです。この心境に立てば、予想は外れても期待を裏切られることはなくなり、あまり腹も立ちません。

働き方を選ぶ時代に 自分のわがままに向き合い、自問自答で自分らしい生き方選択を

--- 最後に若い人へのメッセージをお願いします。

 サイボウズに入社したメンバーも完全オンライン入社式で、オンラインで研修を受けて、いまも出社しないで働いている、たぶん。まだ、一回も出社したことのない社員もたくさんいると思います。
 若い人にはぜひ、自分で働き方を選んでほしいと思っています。もうこれからは「朝9時に来い」、「ここで働け」、「こんな仕事をしろ」といった、指示を受けながら働く時代ではなくて、自分で働く時間、場所、仕事の内容、ほしい給料も含めて、自分で選択していく、自立的な働き方が求められる時代になっていくと思います。ぜひ、自分のわがままに向き合ってほしいですね。
 どう働きたいか、どう生きたいかは、その答えは本人の中にしかないのですから、自問自答していただいて、自分らしい生き方を選択してほしいと思います。

(右)青野 慶久(あおの・よしひさ)氏<br />
(左)大村泰
(右)青野 慶久(あおの・よしひさ)氏
(左)大村泰
※当日のオンラインインタビューの様子
(掲載日 2020年7月22日)

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