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トップインタビュー

 「トップインタビュー」は企業や大学、団体のリーダーにお会いし、グローバル化や第4次産業革命、DX(デジタルトランスフォーメーション)、ESG(環境・ソーシャル・ガバナンス)、働き方改革など、ビジネスパーソンや学生のみなさまが関心のあるテーマについて、うかがってまとめる特別コンテンツです。さまざまな現場で活躍するトップから、いまを読み解き、未来に向けて行動する視点やヒントを探って、お届けします。

史上最大の変革期をチャンスに変え、「地球との共存」への道を拓く
三菱ケミカルホールディングス 取締役会長 小林 喜光様Adobe PDF file icon

聞き手 日経メディアマーケティング会長
  大村泰
小林喜光(こばやし・よしみつ)氏
小林喜光(こばやし・よしみつ)氏
 トップインタビュー第34回は、社会と地球の持続可能な発展に取り組む「KAITEKI」をコンセプトとした経営を推進する三菱ケミカルホールディングス(HD)の小林喜光会長です。格差の拡大や気候変動が問題視され、さらにコロナウイルスの世界的拡大、株式市場の暴落という予期せぬ状況に世界経済が直面する中、日本企業はこの難局をどう受け止め、社会と、そして株主を含むステークホルダーと向き合っていくべきなのか。「哲人経営者」とも呼ばれる財界の論客に持論を語っていただきました。
※2020年3月2日インタビュー当時の内容を掲載しています。
プロフィル
小林喜光(こばやし・よしみつ)氏  東京大学理学系大学院相関理化学修士課程修了。イスラエルのヘブライ大学留学を経て1974年(昭49年)三菱化成工業(現三菱ケミカル)入社。2015年三菱ケミカルホールディングス会長。前経済同友会代表幹事。理学博士。1946年生まれ。山梨県出身
 

人類は何万年の歴史の中で最大の変革期を迎えている

--- 本日は「KAITEKI経営」をテーマにお話しを伺おうと思っていたのですが、その前にまず、2020年は新型コロナウイルス蔓延による中国、ひいては世界経済の減速懸念の高まりで幕を開けました。

 日本経済新聞の1月1日付紙面に私を含めた様々な業種の経営者のマーケット予測が掲載されましたが、すでに大きく外れています。昨年末にはコロナウイルスの影響がここまで広がるとは誰も想定していませんでしたからね。世界経済は危機的状況にあり、コロナが終息した後の社会も大きく変わると思いますが、それでも経営の底流にあるテーマは変わらないと考えています。

--- 「人、社会、そして地球の心地よさがずっと続いていくこと」という「KAITEKI経営」のテーマでしょうか?

 そうです。たとえばESG(環境、社会、ガバナンス)の中で言えば、環境問題は人類の存亡を左右する重要なテーマです。CO2の削減に対し、社会、とりわけ企業がどう対応するかということは、この先世の中がどう動こうと変わらない課題です。
 また、世界は今、コロナウイルスのパンデミックという危機に直面していますが、これまでウイルスと言えば、サイバー・セキュリティの中のそれでした。同様にビジネスの世界では、GAFA(※)的なものやデータイズムが、これまでの社会を変える可能性が議論されてきました。しかし、このコロナウイルスの危機によって、現在の経済、社会のあり方を、新たな切り口で考え直す機会が与えられたと考えても良いのではないでしょうか。
 この21世紀まで続く右肩上がりの経済成長は、産業革命によりスタートしました。人の手足に代わり内燃機関を使って動く自動車が発達したことにより、人や物が簡単かつスピーディーに運べるようになりました。人類はその意味では、石炭・石油を燃やしまくることで便利さを享受してきたわけですが、今はその矛盾が環境問題などの形で噴出してきています。
 一方、20世紀になると、今度は人の脳を模倣したコンピュータが発達し、人の脳よりはるかに処理能力が高く、大量の情報も貯蔵できるようになりました。その後AIも登場し、現代はいわば脳を外部化する時代になったのです。それに対して肉体を持った生身の人間が仕事を失い、ひいては自分の存在価値そのものを見つめ直すべき時が来ています。 
 そこにコロナウイルスの危機が降ってわいたため、人類は再度、転機を迎えることになりました。世界経済が危機に瀕しているのは間違いないですが、あえて言えば、一つの感染症で崩れてしまうような脆いものだった。化石燃料を燃やしてCO2を大量に排出することで成り立ってきた経済、あるいは各国の金融緩和によって膨張した経済が、歴史的に見て本当に持続可能だったのか、見直しを迫られているとも言えるのではないでしょうか。一方、人と人が直接接触しなくても行えるオンライン診療、オンライン教育の拡大が切実に求められていますし、企業のテレワーク勤務も広がっています。その意味で今回の危機は、不幸な出来事ではあるものの、社会システムのデジタル化を一気に進める、ピンチを逆にチャンスにもできる可能性を秘めています。
 14世紀、欧州を襲ったペストにより域内の人口の約3分の1が失われたといいます。労働力の減少による荘園制の崩壊や教会の権威の失墜が欧州社会を大きく変え、やがてルネサンスが花開きましたが、21世紀の人類が今回のパンデミックを克服した後社会はどう変わるでしょうか。私は「デジタル・ルネサンス」の到来を期待します。

(※)米国IT企業4社=Google(グーグル)、Apple(アップル)、Facebook(フェイスブック)、Amazon(アマゾン)の頭文字を並べた言葉

--- 会長は今日の世界を「人類何万年で最大の変革期」と仰っていますね

 人間の知識だけでなく、感覚や知覚までがコンピュータに置き換わろうとしていますから。外部化した人間の脳と共振・共生していくことの本質は、まさに「大変革期」に入っているという認識を持たないと見誤ります。
 特にGAFAやBAT(※)あたりを中心として、データの解析や量子コンピューティングの技術がものすごいスピードで進化している。近い将来、AIは、我々以上に我々自身を知ることになってしまうかもしれません。これは第一次産業革命なんていうレベルではないほどの変革です。そういう認識で今後、国や人々のリテラシーを変えていく啓蒙活動も必要になると思っています。

※中国のIT大手であるBaidu〈百度〉、Alibaba〈阿里巴巴集団〉、Tencent〈騰訊〉の頭文字をとった語
小林喜光氏

「令和」に象徴される日本の良い点と残念な点

--- かつて、「平成は敗北の時代だった」と称されましたが、その言葉からは日本人の自己変革力の衰えに対する厳しい危機感が伝わって来ます。時代は新しく令和に変わりましたが、ここまでの日本人の評価できる点、逆に残念なこと、これから本当にやらなければいけないことについてどうお考えですか。

 まず「令和」という言葉の解釈ですが、これは英語で言うと「beautiful harmony」、つまり「美しい調和」をうたっています。一方で、令和の「令」は律令の令、命令の令です。コンピュータでいえばコード、コマンドであり、「令和」の意味を、対立する様々な命令・コード(code)を調和させる(harmonize)と捉えることもできます。
 今の世界は、各国のコードが対立しています。中国は「一帯一路」、アメリカは「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン(Make America Great Again)」、イギリスは「ブレグジッド(※)」などのコードを取り決めています。
 しかし今回のコロナウイルスの感染拡大防止に関してもそうですが、いま世界は地球温暖化や海洋プラスチック問題など、大きな課題に直面しています。まさに国際社会が連携して取り組まなければならない状況にもかかわらず、国際社会全体が秩序を失いつつあるのです。
 その中で、世界における日本の役割を、対立する各国のコードをハーモナイズ(調和)する、すなわち「令和」であると解釈するならば、安倍政権の7年間の外交も評価できます。当然、経済の面、社会保障の面など、さまざまな課題はあります。金融緩和と財政政策により経済の一定程度の活性化を見たものの、成長戦略では目立った成果が上げられていない。そういう問題点もたくさんある中で、唯一このハーモナイゼーションに向かってアメリカ、中国のみならず、各国との外交関係の基礎を築いてきたところは評価しても良いのではないでしょうか。
 自国第一主義を掲げて孤立することで危機を脱することはできません。分断ではなく、国同士が情報を共有し、支援することで人類共通の危機を克服する。そうした連帯を促すという点で日本は役割を果たせるのではないかと思います。

(※)Britain(英国)とExit(退出する)を組み合わせた言葉で、イギリスによるEU(欧州連合)離脱問題

--- 一方で残念な点としては?

 グローバルに急速なデジタルが進んでいる中で、日本が戦後から変わらずアナログな社会のままでいることです。いまだに会社の決裁も上長が最後にハンコを押すということをやっています。加えて残念なのは、この30年間、本当の意味で革新的なイノベーションが生まれなかったことです。企業の新陳代謝が進まなかった。30年前、ベルリンの壁が崩壊して文字通り東西が統一された頃は、世界の企業の時価総額ランキングのトップ10社の中に日本企業が7社入っていました。筆頭はNTTです。ところが、これが10年前になると、日本企業はトップでも30位。上位はほとんどがGAFAとBAT、そしてほんの一部の投資銀行です。ここ1~2年は、トヨタ自動車でも40位前後です。
 世界の産業界ではIT、デジタルの分野でクリエイティブな企業がアメリカと中国を中心に次々と誕生しました。一方、ヨーロッパと日本がそれに立ち遅れてしまったという構図です。それから20年たっても日本ではデジタル化は一向に進んでいません。一方で、既存の技術がなかったインドや中国などでは、いわゆるリープフロッグ現象により、顔認証や指紋認証などを含むデジタル化があっという間に浸透しました。マイナンバーカードにしても、日本はまだ15~16%しか浸透していません。
 日本は戦後復興の過程で、均質的な社会である利点を生かして低コストで大量生産を効率よく行ってきました。品質管理もしっかり行われてきたため、日本は世界でも秀でた製造業を中心とする産業立国となり、1970年代は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とまで言われました。しかし、その成功体験を背負ってしまったがために、今日のデジタル時代で必要とされる多様性を認め、個のクリエイティビティを伸ばすという社会を醸成できなかった。「和をもって貴しとなす」という文化を引きずったまま、いまだ集団主義もしくは横並び主義がまかり通り、毎年4月には集団就職のように大学生の定期入社が行われています。世界の常識は、必要な時期に必要な人を採用する通年採用です。当社でもグループ従業員約7万人のうち3割は外国人で、この欧米やアジアの人たちは、通年採用で入ってきている訳です。
 日本のイノベーションの遅れの原因は、すべてとは言いませんが、こうした日本社会の特質、文化に根ざしていることも多い。高度経済成長期には「良い」と言われてきたことが、今、この時代では日本が比較劣位にある元凶になっています。だから今はその文化をどう壊すかということが重要で、私が「大革命期」と言っているのは、そういう意味です。

イノベーションの推進は「語る」から「実行する」フェーズへ

--- 政府の総合科学技術・イノベーション会議の委員として、「Society 5.0(ソサエティ5.0)」の実現をテーマに、環境問題やエネルギー問題の科学技術政策に対する議論を重ねられて来ました。技術革新が日本の企業や社会に引き起こす変化に対して、経営者が優先的に取り組むべき課題は何でしょう。

 5G(第5世代移動通信システム)やIoT(Internet of Things/モノのインターネット)、AIなどの技術の進展が創り出すデジタル、バーチャルな社会は、産業界ですでに5~6年前から「第4次産業革命」という表現で指摘されてきました。国際的にも、例えばドイツは製造業のオートメーション化、データ化・コンピュータ化を「インダストリー4.0」と表現し、アメリカもGEなどが「インダストリアルインターネット」という言い方で、今日の産業革命を認識してきました。
 そして日本が第5期科学技術基本計画において目指すべき未来社会の姿として提唱したのは「Society 5.0」(※)です。ただ、これが本格的に産業界に浸透し、成長戦略として進んでいるかというと、まだまだ欧米諸国よりも遅れています。私としては、このテーマは経済財政諮問会議でも、未来投資会議でも、総合科学技術・イノベーション会議でも十分に議論され尽くしているので、今は「語るとき」ではなく「実行する段階」に入っていると思っています。
 では、企業は何をすべきか。デジタル・トランスフォーメーションを進めて、それを事業領域に適用し、サイバーとフィジカルを止揚して、様々な社会課題の解決につながるような新たな価値を生み出すことです。
 社会変革のただなかにあって企業自身が変わらなければいけない時代に、日本企業は、欧米の企業に比べて内部留保を増やしてきた一方で、設備投資や研究開発への投資が圧倒的に少ない。それはリスクに賭けるエネルギーが不足しているということです。失敗を恐れない勇気、戦う意思、いわゆる「ガッツ」ですよね。これがどうして失われてしまったのかということを本気で考え直し、リスクをとる文化を醸成し、果敢に挑戦する人たちを高く評価するしくみを構築しなければなりません。
 これは「解」の出しにくい、非常に難しい問題ですが、中国やアメリカはそれをやってきました。支援する仕組みもありますが、基本的には個の才能に自由にやらせておくことで、新しいイノベーションを生み出してきたのです。個々人のマインドセットが変わるのが第一なのですが、日本も必要に応じて規制を外しながら、チャレンジを促すようなシステムを構築するべきです。若者も含めて、今までの長い成功体験と、ぬるま湯状況を転換すべきときに来ているのです。
 内閣府の調査で、「現在の生活に満足していますか」という問いに対し、実に7~8割の人が、「満足している」と回答しています。とくに若者の間でそういう回答が多いのは、やはりチャレンジしていないからです。理想を追い求めてもがいていたら、現状に満足などできるはずはない。非常に逆説的ですけどね。

(※)狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱された。Society 5.0で実現する社会は、IoT(Internet of Things)で全ての人とモノがつながり、様々な知識や情報が共有され、今までにない新たな価値を生み出すことで、これらの課題や困難を克服する。また、人工知能(AI)により、必要な情報が必要な時に提供されるようになり、ロボットや自動走行車などの技術で、少子高齢化、地方の過疎化、貧富の格差などの課題が克服される。社会の変革(イノベーション)を通じて、これまでの閉塞感を打破し、希望の持てる社会、世代を超えて互いに尊重しあえる社会、1人1人が快適で活躍できる社会となる。(内閣府ホームページより。一部割愛・編集)
 

「地球との共存」の実現に向けた3次元のベクトル

地球と共存する経営

--- 御社の「KAITEKI経営」では、資本の効率性のほかに、イノベーション、サステナビリティを加えた3つの評価軸が示されています。そこを追求していくと、環境問題と企業利益を同時に成立させていくという日本企業の「解」も見いだせるのではないかと思いますが。

 2011年暮れに日本経済新聞出版社(当時)から『地球と共存する経営』という本を出版しましたが、これは私がトップマネジメントに就いたときからの最大のテーマです。「KAITEKI経営」で示している三次元経営(時間軸を入れると四次元経営)は、その共存を実現する手段といえます。
 まずX軸(経営学軸)とY軸(技術経営軸)は資本の効率化やイノベーションの創出を追求する、いわゆる企業の利益と技術力を追求する軸です。一方、Z軸(サステナビリティ軸)は、CO2の削減など環境、社会問題の解決に貢献することを通じて、文字通り企業の持続的成長を追求する軸です。三次元で織りなすこれらのベクトルの総和こそが、われわれの目指す企業価値、すなわち「KAITEKI価値」なのです。
  これは、「企業の利益VS環境問題の解決」という二項対立の構図ではありません。環境投資を行うとコストが嵩むとか、石炭火力をやめると電気代が高くなって利益が減るとか――これが二項対立の考え方です。しかし本来の企業経営とは、この3つの軸をうまく最適化して、企業価値全体を上げていくべきものだと思うのです。
 今日ではESG投資に代表されるように、市場からもこの3つの軸を全体的に向上させることが求められています。10年前は資本効率だけを追求し、株主のため利益を出すという姿勢が、特にアメリカの企業を中心として支配的でした。しかし昨年、アメリカの200社にも及ぶ経営者団体のビジネス・ラウンドテーブルは、長年の「株主第一主義」を修正し、従業員や地域社会なども含めた幅広いステークホルダーに配慮した経営に切り替えると宣言しました。ミルトン・フリードマンが今からちょうど50年前(三島由紀夫の割腹自殺の年です)の論考で主張した「企業経営者の唯一の使命は株主利益の最大化であるというテーゼが、大きな転換点を迎えたのです。
 私が「地球と共存する経営」と言ったのは、地球こそが最大のステークホルダーだからです。企業活動を行った結果、地球が滅んでしまったら意味がありません。気候変動により昨年日本を襲った台風のように自然災害が起こり、南極の氷が溶けるのだとしたら、我々はこれまでの社会、経済のあり方を根本から見直さなくてはならない。化石燃料を無制限に使うことが前提となるような経営を続けても、それは長続きしません。
KAITEKI経営

--- 今年1月の日経新聞に掲載された会長のご発言では、「儲け8割、残りの2割を地球や顧客、従業員に」とありますが。

 これは世界の株式市場を見て出した数字です。コロナウイルスの発生以前の数字ですが、世界全体の時価総額は9,500兆円くらいです。そのうちESG投資の額は約1700兆円と言われていますから、約2割。つまり、現時点では、サステナビリティ関連投資が2割、残りの儲けを追求する部分が8割ということです。その比率も、今後の環境の変化によって変わると思います。基本的にはZ軸、すなわちサステナビリティの部分が増えるでしょう。
 一方で、GAFAやBATなどの企業は、投資が先行するため利益は圧迫されますが、時価総額はものすごく高い。これは、イノベーションと、そこから生み出される知的財産が評価されている訳です。アップルにしてもアマゾンにしても、莫大な知的財産価値を持っています。3軸の中で言えばY軸に当たる部分、すなわちイノベーションの部分です。しかし同時に、そういった企業にはESGやサステナビリティに関連するZ軸への期待も高まっていく。そして実際、GAFAの企業群では自然エネルギーの活用や女性の活躍の場の提供などを通し、その期待に応えています。
 しかし日本企業が同じくZ軸の部分で市場の期待に応えようとして、例えば鉄鋼会社がコークスの代わりに水素で鉄鉱石の還元をやれと言われても、あるいは電力会社が石炭火力をやめて太陽光や水素発電にしろと言われた場合も、短期的には膨大なコストが生じて利益を出せません。
 IT企業のイノベーションの時間軸は比較的短いですが、当社でも例えば炭素繊維の開発から事業化を経て利益が上がるようになるまで30~40年かかっていますし、サステナビリティの軸に至ってはさらに長い視野で取り組む必要があります。ですから、短期、中期、長期と時間軸の違うXYZの3軸に目を配って、その最適化を図りながら企業価値を最大化するというのが、経営者に課せられた使命と言えるでしょう。

若い人にはファーストペンギンとなって企業文化を変えてほしい

--- 先ほど、若い世代にもチャレンジする精神が足りないというお話がありましたが、そうした世代に向けて、今後どのようなことにチャレンジしたらよいかというメッセージはございますか。

 若い人が物心両面で満足しているとしても、もっと知的なハングリネスというものを、自分なりに喚起していってほしいと思います。無為な日々を過ごす怠惰な人生は楽なものです。しかし、自分が生きている意味は何なのかという、自分自身の存在理由を、原点として考えるべきだと思うんです。
 若者がそうして考え、行動を起こすことで、企業も変わっていきます。日本企業は「儲ける」ということをあまり真剣に考えず、買い手、売り手、世間を満足させる「三方よし」という近江商人の心得を言い訳に、ある意味では呑気な経営を行ってきました。社会貢献を隠れ蓑として、資本効率が低い状態を放置してきた訳です。しかしこうした企業文化も、若い人たちの中から先陣を切って海に飛び込むような勇気を持ったファーストペンギンがたくさん出てきたら、変わっていくでしょう。

--- 「哲人経営者」などとも呼ばれていますが、今でも哲学の本はずいぶん読まれているんですか。

 いま興味を持っているのは、ユヴァル・ノア・ハラリ(イスラエルの歴史学者。『サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福』『ホモ・デウス:テクノロジーとサピエンスの未来』『21 Lessons:21世紀の人類のための21の思考』の著者)ですね。あとはダニエル・コーエン(フランスの経済学者)の『ホモ・デジタリスの時代:AIと戦うための(革命の)哲学』。人間自身がデジタル化した『アバター』のような世界です。
 それから、「新実存主義」を提唱して注目されているドイツのマルクス・ガブリエルという哲学者がいます。1980年生まれだから、40歳にもなっていない若さですね。新実存主義では、心や精神(ガイスト)と脳は違うものであるということを説明しており、「我思う、故に我あり」という伝統的な哲学の思想を再認識しました。最近の哲学者は実に面白いと思います。
 若い人たちにもぜひ、「自分は何のためにあるのか」ということを考えてほしい。私などは73歳になった今でも、いつまでたっても解のないこの問いかけを毎日繰り返しています。偶然に生まれてきたからこそ生きた証を残して死んでいきたいと思うはずなんです。そのためには努力するしかないということなんですけどね。 
(左)小林喜光(こばやし・よしみつ)氏<br />
(右)大村泰
(左)小林喜光(こばやし・よしみつ)氏
(右)大村泰
(掲載日 2020年4月15日)

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