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トップインタビュー

 「トップインタビュー」は企業や大学、団体のリーダーにお会いし、グローバル化や第4次産業革命、DX(デジタルトランスフォーメーション)、ESG(環境・ソーシャル・ガバナンス)、働き方改革など、ビジネスパーソンや学生のみなさまが関心のあるテーマについて、うかがってまとめる特別コンテンツです。さまざまな現場で活躍するトップから、いまを読み解き、未来に向けて行動する視点やヒントを探って、お届けします。

リーダーに必要な「コミュニケーション力」  付いてきてくれる人との信頼関係が重要
中外製薬 代表取締役会長 永山 治様Adobe PDF file icon

聞き手 日経メディアマーケティング社長
  大村泰
永山 治(ながやま・おさむ)氏
永山 治(ながやま・おさむ)氏
 トップインタビュー第33回はスイスの世界的製薬大手、ロシュの傘下にあって、独立性を維持した独自の経営モデルを確立し、高い成長を実現してきた中外製薬の永山治代表取締役会長です。2001年、ロシュとの資本提携を決断、自社の独創的な研究開発力を最大限に活用しながら、ウィン・ウィンの関係を構築したリーダーです。3月末、名誉会長となり中外製薬の経営の第一線から離れる直前に、そのリーダーシップの秘訣と、グローバル化とイノベーションにかけてきた想いをうかがいました。
プロフィル
永山 治(ながやま・おさむ)氏  1971年慶應義塾大学商学部卒業後、日本長期信用銀行入行。同行ロンドン支店勤務を経て、1978年中外製薬入社。85年取締役開発企画本部副本部長、87年常務取締役、89年代表取締役副社長、92年代表取締役社長 最高経営責任者、2012年代表取締役会長 最高経営責任者、2018年代表取締役会長。2020年3月30日名誉会長(就任予定)。1998年から日本製薬工業協会会長(2004年5月まで)。2010年からソニー社外取締役、13年同社取締役会議長(2019年6月まで)。1947年生まれ、東京都出身

めざしたグローバル化の実現と国内トップ企業 ずっと同じ想いで

--- 1992年に45歳で社長に就任、28年間、まさにリーダーとして中外製薬の成長をけん引してきました。名誉会長となられる、いまの率直な感想をお聞かせください。

 あっという間ということはありませんが、それほど昔の話という感じはしません。社長就任は入社してからまだ14年で、あまり経験も多くなかったので、周囲はハラハラしたと思います。でも、当時の上野公夫社長から入社の際、「(中外製薬を)製薬企業として国際的な企業にしなければならない」という思いを託されており、そのグローバル化の実現と、当時、製薬企業では国内で10番目前後であった中外製薬を「トップ企業にしていこう」という気持ちでずっとやってきました。
中外製薬連結業績

10年後をシミュレーション、単独では難しいと判断 激しいスピード競争に対応

--- グローバル化といえば、2001年にスイスの製薬大手・ロシュと資本提携を発表、2002年からグループ企業となりました。その経緯と決断の背景を教えてください。

 1998年ごろでしたか、企画部門に依頼し、10年後の中外製薬がどうなるのか、シミュレーションをしてみました。「ポジティブ(楽観)」、「中立」、「ネガティブ(悲観)」と、当時の製品ポートフォリオやパイプライン(研究開発中の製品群)、外部環境(薬価・保険制度、為替相場)などを勘案し、3つのシナリオを想定しました。そのころは業績が比較的良い時期だったため、楽観シナリオであればそれほど心配はなかったのですが、医療費の増大による薬価の引き下げなどを含む悲観シナリオでは、大きな成長を見込めるものではありませんでした。
 中外製薬は早くからバイオ医薬品の開発に取り組み、日本企業でも先行しており、それがパイプラインの強みとなっていました。しかし、20世紀から21世紀にかけて、バイオテクノロジーによる創薬の可能性が広がるなか、世界中で研究・開発のスピード競争は激しくなっていました。バイオ医薬品は研究・開発のハードルが高いうえ、世界中で承認を得るための臨床開発には多くの費用がかかります。生産にも細胞を培養・精製する設備が新たに必要となる「特殊性」があり、莫大な投資能力が必要となっていました。1つの世界的な薬を生み出すための投資資金が2,000億円以上という試算もありますが、当時、年間の研究開発費が200—300億円の中外製薬では財政的に、単独でやっていくことは難しいと考えるようになりました。

バイオによる成長へ シナジーを追求 投資産業、「規模」と「多様な選択肢」

ロシュグループの資本関係
 製薬産業は科学技術をベースにした投資産業です。企業として経営を安定化させながら成長していくためには、「規模」をある程度、考えなければなりません。また、医薬品の研究開発は非常に成功率が低いのです。常に、未知の分野への挑戦であり、高い確率が見込めない以上、研究・開発などに多くの選択肢を持つ必要があります。
 スイスのロシュの年間の研究・開発費は当時でも数千億円規模であり、欧州から米国、アジアなどにグローバル展開し、研究・開発分野にも多くのプロジェクトを持っていました。ロシュだけではなく、外資の医薬品メーカーとはいくつか接触はしていましたが、経営トップと話をするなかで、組織風土や経営体質、経営環境認識、期待されるシナジー(相乗効果)を考慮し、「ロシュが最適」と判断しました。中外製薬はバイオを中心とする創薬力を強みとしており、これをさらに伸ばせる相手であることが重要でした。ロシュは自らもバイオに強みを有し、中外の創薬力を評価していたことに加え、ロシュ・グループにジェネンテック(米国)という世界トップレベルのバイオテク企業があったこともこのアライアンスが実現した大きな要因です。
 その交渉中、英フィナンシャル・タイムズの取材を受けることになり、「中外製薬、外資との提携を検討」(Chugai mulls foreign partnership)という見出しの記事が掲載されることになりました(2001年2月5日付 具体的な企業名はでていない)。その後、複数の日本の大手医薬品メーカーから提携の打診がありましたが、「(中外製薬の)バイオ創薬の強化にはつながらず、シナジーが考えられない」こともあり、実現には至りませんでした。

ロシュは「王道」、「機が熟するのをじっと待つ」 先見性と投資余力いかす

--- ロシュとはどんな企業ですか。

 ロシュは19世紀からの会社であり、「王道を歩く」企業です。先見性があり、10年後の計画を立てながら、新しいものに挑戦しようと、じっと様子を見ながら、ひとつひとつ着実な手を打つ会社です。莫大な投資能力があるから、いざとなったら、一気にたたみかけることができます。機が熟すのを待つことがうまい。一時、生産性が低迷する時期がありましたが、2019年には医療用医薬品売上高で世界一になりました。

創業以来あったイノベーションを生む土壌 ユニークな挑戦、トップが後押し

--- イノベーションを生む組織風土を構築することで、独自の創薬を実現、経営モデルを確立してきました。その要諦はどのようなものとお考えですか。

 中外製薬は創業当時から新薬の開発を志向し、イノベーションを大切にする土壌がありました。また、創業者・上野十蔵より1966年に経営をひき継いだ上野公夫は日本銀行出身で、急速な経営環境の変化により倒産寸前にまで追い込まれたなかでも、立て直しのために研究開発部門を強化し、現場からの提案にも「やってみなさい」と後押ししてきたそうです。人間的には銀行マンらしい保守的なところもありましたが、事業では先駆的なことをやる人でした。
 こうしたなか、リスクの高い研究に挑戦するカルチャーもいっそう育まれ、バイオについてもやったことのない世界でしたが、1980年代から取り組み、欧米で販売するために新しい工場をつくり、私もその事業、販売に中心的に携わることができました。
 研究現場には猛者(もさ)ともいえる存在がいて、彼らの自由な発想により、イノベーションに強くこだわる風土が育まれていきました。ユニークなものを取り扱い、バイオ創薬では左右が崖となっている細い道を歩きながら、道をだんだん広げていくことができて、21世紀になって抗体医薬が主流になったとき、メインプレーヤーになることができました。特殊な技術でも負けないようにがんばるなか、入り口は狭かったけれど、そのなかで人にも恵まれましたし、人も育っていきました。
永山 治(ながやま・おさむ)氏

バイオテクノロジーをもっと知ってもらいたい 失敗する人を重用する日本へ

--- 日本全体がイノベーションを生む風土になるためにはどんなことが必要でしょうか。

 「日本には平成の31年間、イノベーションがまったくなかった」という人がいますが、そうともいえないと思っています。医薬品、バイオの世界でいえば、関節リウマチ治療薬「アクテムラ」や血友病治療薬「ヘムライブラ」などはものすごいイノベーションだと自負しています。日本の財界、経済界は、物理学に基づくテクノロジーをいかして成功してきた鉄鋼、重機械、エレクトロニクス、自動車などの企業のトップが多く、生物学のテクノロジー、薬やバイオの世界について、詳しい方は多くないように思います。
 現在、バイオインダストリー協会理事長と政府のバイオ戦略有識者会議の座長を務めています。いまになって「バイオは重要」という認識が広まりつつありますが、経済界は官僚も含めて、一般論として、この世界に慣れていないような気がします。皆さん否定的ではないけれど、わかりにくいようです。
 物理学は方程式通りで、結果が再現性も高く、結論がすぐにはっきりするのに対し、生物学は研究成果を生物に適用し、長く経過観察をしながら結果を判断します。時間がかかるし、わかっていないことが多いので、学会で発表された成果がその後、短時間で書き換えられることもあります。そういう分野の特徴を考えて、イノベーションをどう起こしていくか、国としても考えないといけないでしょう。結果を早く求めすぎないことが大切です。経済界の人にもバイオロジーのおもしろさを知ってもらいたいですね。
 大企業中心の発想では日本でベンチャーマンは生まれないでしょう。学生も優秀な人材や学歴であれば、一流企業に入ろうとしますし、親も薦めます。ベンチャー企業が少ないこともありますが、「寄らば大樹」という感じです。若い人たちが自由に動き出すという風土がありません。
 イノベーションというのは「よくわからないけどおもしろい」、「いつの間にか事業に育つ」という感じが多いのではないでしょうか。最近、IT系ではスタートアップへ入っていく若手人材がでているようですが、これは若くても着眼点さえよければ、才能もいかせ、前へ進めるからです。バイオは経験がないといいものを見抜けないので難しいかもしれませんね。
 ただ、気をつけたいのは日本では失敗に厳しいことです。米国のシリコンバレー、スタートアップの世界では1度でも失敗した人はヒーローです。2回目の失敗はさらに立派なヒーローとなり、3回目ではチャンピオンです。いろいろな経験を積んだということで、失敗する人が重用される世界ですね。失敗を恐れず、優秀な人材こそ、挑戦していくようでないと、イノベーションが起きないのではないでしょうか。

スピーチが重要な仕事 背景や狙いなど明確に発信 率直なコミュニケーション心がける

永山 治(ながやま・おさむ)氏

--- リーダーとして大切にしてきたことはなんですか。

 リーダーの在り方も状況によって違うでしょうが、リードする人に対して、付いてきてくれる人がいないと、リーダーにはなれません。何かを成し遂げようと思ったら、ひとりではできないし、付いてきてくれる人が非常に重要です。人に付いてきてもらうためには「常に正しいことをいう」といった点よりも、「この人に付いていけば、裏切られない」と思ってもらうことの方が大事だと思います。そのためにも、自身の考えを表明するにあたってはその背景や狙いをよく説明し、これから起きると予測されることも含めて明確に周囲に発信し続け、理解を得ていくことが必要です。
 リーダーというのはいろいろなところにいって、人の前でしゃべること、スピーチが重要な仕事です。「Why should Anyone be led by you?」(なぜ、みんながそのリーダーに付いていくのか)という、リーダー論に関する書籍がありましたが、それは「信頼関係」であると思います。そのためにはリーダーは正直であることです。私の周囲を見渡しても、優秀な経営者は一様に率直で、人とのコミュニケーションが非常にうまい人が多いように思います。

「おもしろいことをやりたい」と思う、とがった人材を 自らが企業CMに託した想いとは

--- 中外製薬が求める人材とはどのような人材ですか。

 研究所と営業部門など、その役割によって、ほしい人材はそれぞれ違いますが、研究部門は会社が強くなってきて、自然といい人材が集まってくるようになりつつあります。低分子化合物のみならず、抗体などさまざまな創薬技術を用いて新しい薬を作ることができるという、「夢のある」企業と認められているのだと思います。大学でしっかりと研究をしてきた人材が入ってきてくれています。
 ただ、グローバル化が進み、ロシュとの連携でさまざまな仕事をするようになったなかで、社会保障・保険制度やIT(情報技術)、ヘルスケア(健康)全般を視野に入れた考え方が必要になってきており、研究開発においてもこれまで重視してきた薬学・生物学だけでは正解にたどりつくことができなくなっているのです。大きな技術や環境の変化の流れに関心のある、フレキシビリティのある人材が必要になっています。薬学や生物学以外のイノベーションにも興味を持ち、イマジネーションを発揮できる人材が求められているのです。

 研究部門以外となると、製薬会社というのは一般の人にわかりにくく、一体、何をするのかという疑問があるようです。医薬品の国内市場は10兆円と規模が小さく、財の価値も見えにくく、自分が実際に処方を受けないと価値を実感できないので、「見えない産業」だと思います。感謝されるのはやはり病気の患者やその家族からであり、そうしたことに縁のない方々からはイメージが湧かないところがあります。そのようななかで、中外製薬はいままでにない人材を求めようと、昨年から新しい企業CM、ブランディングを始めています。CMでは単に健康な暮らしや生活に貢献するというイメージではなく、俳優の森山未來さんがDNAを象徴するオブジェの前でセリフを語る前衛的かつ独創的な内容になっています。「がんではない、ひとりを見つめるのだ」をキャッチコピーに掲げ、ひとりひとりの遺伝子情報に基づいて治療を提供する新しい「個別化医療」への取り組みを示しています。
 CMを見た人が「中外製薬って、結構、おもしろいことをやっている企業なんだ」と感じ、「おもしろいことをやってみたい」と思う、とがった人材が集まるようなCMにしました。

スキーを復活 長年の夢「2つの国に住んでみたい」

(左)永山 治(ながやま・おさむ)氏<br />
(右)大村泰
(左)永山 治(ながやま・おさむ)氏
(右)大村泰

--- 趣味とこれからの生活でやってみたいと思うことはなんですか。

 月並みですけど、スポーツをすることが好きだから、ゴルフとか、スキーとか、ですかね。スキーは昔、やっていて、これは復活するということかな。時間がとれれば、少しずつということになります。
 それと、以前から「2つの国に住みたい」と思っていたので、それを実現させたいですね。日本だけにいたら、世界はわからない。海外で現地の人と議論し、意見を交換し、海外を知りたい。そういうふうな行動体系をずっととってきたつもりだけど、観光、ツーリストではなかなか限界があり、一定の時間、住まないと、わからないのではないでしょうか。こうしたことを実行に移せればと考えています。
(掲載日 2020年3月24日)

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