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トップインタビュー

 「トップインタビュー」は企業や大学、団体のリーダーにお会いし、グローバル化や第4次産業革命、DX(デジタルトランスフォーメーション)、ESG(環境・ソーシャル・ガバナンス)、働き方改革など、ビジネスパーソンや学生のみなさまが関心のあるテーマについて、うかがってまとめる特別コンテンツです。さまざまな現場で活躍するトップから、いまを読み解き、未来に向けて行動する視点やヒントを探って、お届けします。

独自技術とオープン・イノベーションのシナジー効果で素材ビジネスの可能性を最大限発揮
AGC 代表取締役社長 島村琢哉様Adobe PDF file icon

聞き手 日経メディアマーケティング社長
  大村泰
島村琢哉(しまむら・たくや)氏
島村琢哉(しまむら・たくや)氏
 トップインタビュー第25回は、2018年7月に社名を変更し、印象的なCM戦略などで業界関係者のみならず一般消費者にもその認知度を高めたAGC株式会社の島村琢哉社長です。長期経営戦略において「高収益のグローバルな優良素材メーカー」を目指す中で、ガラスや電子 、化学品のコア事業に加えてモビリティ、エレクトロニクス、ライフサイエンスという3つの戦略事業を見据えたアプリケーション・マーケティングを打ち出し、産業革新を巻き起こすイノベーターを支え続ける事業戦略を描いています。世の中が必要とするモノを作るという、創業以来112年にわたる揺るがない起業精神について伺いました。
プロフィル
島村琢哉(しまむら・たくや)氏 1980年慶應義塾大学経済学部卒業後、旭硝子株式会社(現・AGC株式会社)入社。アサヒマス・ケミカル(インドネシア)社長、旭硝子執行役員化学品カンパニープレジデント、常務執行役員電子カンパニープレジデントを経て、2015年1月より現職。1956年生まれ。神奈川県出身

社名変更で31の国と地域のグループ一体感を醸成

--- 昨年7月、社名を旭硝子からAGC に変更されました。どのようなビジョンに基づいて社名変更を決断されたのでしょうか。

 社名変更については、実はかなり前から構想の中にありました。ロゴの変更は30年以上前から始めており、2007年には国内外の関係会社全て、AGCを冠する社名に変更しています。しかし親会社だけがまだ旭硝子という社名のままでした。そこで、グローバルの一体経営を完成させるという意味から、AGCというブランドに統一したいという思いがあったのです。
 それからもう一つ、社名が旭硝子のままですと、やはり「ガラスだけの会社」というイメージを持たれてしまいます。しかし実際当社グループは、主力のガラスだけではなく、電子、化学、セラミックスなどさまざまな素材を扱っています。そこで、ガラス会社というよりむしろ「特殊な素材メーカー」ということを打ち出したかったのです。
 AGCは「旭硝子カンパニー」の略ですが、私はこのAGCの3文字には、「アドバンスト・ガラス・ケミカル&セラミックス」という意味もあると考えています。
 この先、グループ全体では2025年の目標を一つの「ありたい姿」として掲げていますが、大事なのは、産業界全体の新たな事業の展開に貢献することです。我々の歩んできた歴史を振り返ると、その時代、時代を引っ張ってきたさまざまな産業のトップランナーに、イノベーションを実現するための素材やソリューションを提供してきました。今回、AGCという新しいブランド統一を機に、当社グループの持つ素材をこれからの時代変化の中のトップランナーに引き続き提供し、新たなイノベーションを引き起こしていくお手伝いをしていきたいと考えています。

--- 社名変更に合わせて、ずいぶんCMも打たれたようですが。

 そうですね。旭硝子という社名も比較的年齢の高い人の間では認知度が高いのですが、若い人たちにはあまり知られていませんでした。採用の問題も含めて認知度を上げなければならないということで、人気俳優の高橋一生さんを起用し、大々的に宣伝を行いました。おかげでお客様だけでなく一般の方々にもAGCの認知度が高まりましたが、それ以上に従業員にとってのモチベーションが上がったことが大きな効果です。家族が働いている会社がテレビで宣伝されている。しかも高橋一生さんが登場しているということで、社員の家庭におけるポジショニングがずいぶん上がったと聞いています(笑)。
 それから当社グループはアジア、米州、欧州など31の国と地域でビジネスを展開していますが、海外で働く人たちから見ても、社名変更はグループの一体感を醸成する出来事であったと考えます。

3つの戦略領域「モビリティ」「エレクトロニクス」「ライフサイエンス」

--- 長期経営戦略では過去最高益を目指すことを掲げています。国内外での事業の成長戦略をどのように描かれているのかをお聞かせください。

 現在、グループ全体の売上高が約1兆5000億円です。セグメント別の売り上げは、建築用と自動車用のガラスが約5割、化学が3割、電子が2割という構成になっています。これら各部門の既存のコア事業はしっかりと“筋肉質”にして、キャッシュを生み出す。そして、そこで生み出されたキャッシュを成長分野である戦略分野に投下していく。これが基本的なシナリオです。
 世の中の変化を捉え、描いている未来から振り返ったときに、今から着手しなければならない素材開発は何かということを考えることが重要です。当社が持っているシードを踏まえ、どこにフォーカスしていけば成長の可能性を最大限発揮できるのかということを考え、絞り込んだのが3つの領域、すなわち「モビリティ」「エレクトロニクス」「ライフサイエンス」です。2025年には、この3分野から全体の営業利益の貢献比率で約40%、売り上げ規模で約3600億円になるような、高付加価値な素材領域を目指していこうというのが今の構想です。
IR資料「AGCグループ中期経営計画“AGC plus-2020”の進捗」より
IR資料「AGCグループ中期経営計画“AGC plus-2020”の進捗」より

世の中のスピーディーな変化に対応するためのM&A戦略

--- なぜこの3分野に絞ったのですか。

 世の中で起こっているIoT(Internet of Things/モノのインターネット)の進展や、5Gに代表される通信のインフラの急速な変化、世界的な人口問題、環境問題などを勘案して、この3分野に絞り込んだという背景があります。
 まずモビリティに関して言えば、「コネクテッド」という大きなキーワードの元に、自動車の自動運転や通信網とのつながり、交通インフラの進化など大きな変革が起きる中で、大きな社会的変化をもたらすと考えました。
 具体的には、車載用の5Gアンテナを、NTTドコモ、エリクソン・ジャパンと共同開発し、実験に成功しましたが、5Gというコンセプトを実現させるためには、社会インフラも非常に重要です。現在の4Gの電波は到達距離が2kmくらいですが、高周波の5Gは200m程度しか届きません。そのため、5Gのシステムを稼働させるためには、200mごとにアンテナを立てなければならないわけですが、それでは街の景観も損なわれますし、何よりもアンテナの設置という物理的課題があります。
 当社の持つ素材や技術を使えば、社会インフラ整備をなるべく安く、効果的なやり方を提案するチャンスが出てきます。例えば長年自動車ガラスの製造を手掛けてきたことで培った、アンテナ設計技術があります。さらに5Gのような高周波な電波を減衰させにくい、優れた電気特性を持つフッ素樹脂の技術も有しています。これらの自社技術を組み合わせ、極めて伝送損失の低いアンテナを設計することが可能です。
 しかし当社にない技術もあります。例えばアンテナ材料であるCCL(銅張積層板)の銅張部分の基本技術は持っていません。このような足りない部分は、M&A(合併・買収)によって補います。社会のスピーディーな変化に対応していくため、時間をお金で買う戦略です。

最先端分野に活かす自社独自の技術

--- エレクトロニクス、ライフサイエンスについての戦略についても伺えますか。

 エレクトロニクスの分野では、今後、高速通信あるいは記憶容量の増加に対応し、半導体の回路が10nm、7nm、5nmというふうに、ナノベースで極細化されていきます。現行の光リソグラフィ技術では、10nm世代の次の7nm世代と呼ばれる半導体デバイスの微細なパターン形成は、理論上難しいといわれています。この微細なパターン形成の最有力とされているのが、EUV露光技術です。当社はEUV露光技術で用いられるフォトマスクブランクス(以下、EUVマスクブランクス)の研究開発を、2003年に開始しています。当社の持つガラスの材料技術、加工技術、コーティング技術などを統合し、現在では世界で有数のEUVマスクブランクスメーカーとなっています。
島村琢哉(しまむら・たくや)氏
EUV
Extreme ultraviolet lithographyの略。極端紫外線リソグラフィとも言い、波長13.5nmで露光する次世代リソグラフィ技術。10nm世代の次の「7nm世代」と呼ばれる半導体デバイスの微細なパターン形成の最有力とされている技術。
 
 ライフサイエンスの分野で言うと、現行の合成医薬はすべての人に効果があるわけではありません。今後は個々人にあったテーラーメイドの薬が必要とされていくことでしょう。その際、より高い治療効果があるとされているバイオ医薬品は、長いスパンではライフサイエンスの主役になると考えられます。しかし、日本はこの分野で世界に比べてはるかに後れを取っています。今日バイオの世界でトップを走っているのはアメリカです。そこに追いつくためには、買収という形で時間を埋めていかなければなりません。
 バイオ医療の分野は、まず微生物、次に高分子の動物細胞、その次に人の細胞、最終的には再生医療というフローで成長していきます。そこを見据えて当社も1984年にバイオサイエンスの研究開発部門を発足、2000年よりバイオ医薬品CDMO(Contract Development & Manufacturing Organization/製造受託に加え、製造方法の開発を受託・代行する会社)事業を開始し、主に日本で微生物を用いたバイオ医薬品CDMO事業を行ってきました。そして次のステップである動物細胞を用いた医薬品CDMO事業を始めるため、CDMOでプロセス開発、スケールアップおよび商業製造までの高付加価値サービスを提供するCMC Biologics社を2017年2月に買収しました。
 バイオ医薬品のCDMO事業は化学品の製造とは増殖の部分では違いますが、その後精製をしていく工程には工業化されている部分があり、ここは当社が化学品製造の過程で培った、最も得意としているところです。このような形で徐々にレベルを向上させ、再生医療までのプロセスの中に当社の事業を組み込んでいきたいと考えています。

--- ライフサイエンスの分野では、フッ素の技術も活かされているそうですが。

 バイオとは別に、合成医薬事業を手掛けていますが、当社の強みは医薬品や農薬の原体を作る分野で、そこにフッ素を使います。フッ素を使うと薬の効果が長持ちしたり、常温で保管できるようになったりなどの効果が生まれますが、当社のフッ素技術がそれを可能にします。
 こうした当社のフッ素技術と、自社創薬を含む豊富な経験をさらに展開していくための買収も行っています。例えばスペインの合成医薬品原薬製造会社の買収により、欧州で合成医薬品原薬を一貫して生産できる体制を構築し、今後も大きな需要の伸びが見込まれる欧州市場でのプレゼンスを高めるとともに、世界中のお客様に向けた合成医薬品CDMO事業をより拡大していきます。2025年には、約1000億円の売り上げ規模をライフサイエンス事業で担っていく計画です。

オープン・イノベーション活かし素材の新たな用途を提案

--- 素材メーカーとして培ったコア事業が確固たる収益基盤となり、戦略事業が成長エンジンとして一層の収益拡大を牽引する。それが将来の強みになるというお考えですね。

 素材メーカーは、既存の技術や製品を既存のお客様に提供します。用途も分かっていますので、お客様が使っていらっしゃる製品の用途に、より付加価値をつけたような製品を提案していくことは大変得意としています。ただし、自分たちの持っている製品や技術を使って新たな用途を提案する――我々はこれを「アプリケーション・マーケティング」と言っていますが――ここは案外弱いんです。しかし、素材は多岐にわたりますので、アプリケーション・マーケティングの可能性を素材メーカーが広げていくことができれば発展の可能性も大きく膨らんでいくのです。
 そのためには、自分たちでそういう芽を広げていくということも大事ですが、やはりオープン・イノベーションを通じて、同じようにイノベーションを広げて行こうとしている企業・団体と開発当初からパートナーシップを組み、用途開発をしていくことも重要だと考えます。新しいマーケット向けの新しい技術を素材産業が開発するのには時間がかかりますが、例えばお客様とタイアップしたことにより、アプリケーションの展開もかなり現実性の高い、時間的にも非常に短くできるという可能性が開けます。

--- 戦略的3分野でお客様とタイアップできる、さまざまなニーズ、シーズがあるということですね。

 そうですね。やはり自分たちの持っている技術だけでは限界があります。それをブレイクスルーするためには、我々が持っていない知見や情報をいかに入手するかということが重要です。当社の中央研究所を鶴見(神奈川県横浜市)に移設して、2020年秋に新しい形でスタートさせる予定ですが、ここの一つのコンセプトは、社内外の人たちとの「協創(協同で、作り上げる)」です。協創空間を一つのキーワードとし、そこでさまざまな外部の方々とのコラボレーションの機会を作っていくようなことも視野に入れています。

変わらない信念、「人を信じる心が人を動かす」

--- リーダーシップに対する信念・信条について伺います。島村社長は就任以来、支社支店や工場、研究所などに頻繁に足を運ばれ、少人数のきめ細やかなミーティングを重ねていらっしゃると聞きました。

 AGCグループは30を超える国と地域で200強の会社を抱え、5万4000人の従業員が働いています。言葉も違いますし、カルチャーも違う。そこでどうやって一体感を持っていくかといえば、やはり片言の英語でも話すこと、聞くことを、フェイス・トゥ・フェイスで直接行い、距離感を近づけることが重要になります。
 そのため、私は社長に就任してからの4年間で、年間約50カ所の拠点を訪問してきました。訪問先では3回から4回くらい、タウンホールミーティングとスモールミーティングを行います。その意味では、延べで年間150回くらいはこうしたミーティングを続けてきました。
 直接話すことで、トップが何を考えているのかということが従業員の方にも伝わります。例えば「AGCグループは人を大切にする」と言っても、一方で売り上げや利益の目標を達成するために尻を叩かれていると感じている人もいます。そこで私が直接従業員の皆さんに申し上げているのは、売り上げや利益は我々のアクションの結果でしかない、ということです。「目標」ではあっても「目的」ではありません。自分たちの仕事を通じて、世の中に必要とされるものを作っていく。そして、我々の作っているものがお客様にとって魅力があれば、正当な評価で買っていただける。その結果としての売り上げであり利益なのです。売上高と利益の最終的な責任は社長である私が取ります。事業に直接関わる人たちがフォーカスするのは、自分たちのアイデンティティとしての社会貢献、お客様に対する貢献です。
 当社には、100年の歴史の中で培ってきた原点のカルチャーがあります。変化が激しい時代だからこそ、カルチャーと人間を当社のブレない「軸」にしたいと考えています。
企業理念
AGCホームページより
 世界には100年以上の歴史を持つ企業が3万社ぐらいあるといいます。それらの企業に共通して言えるのは、次の3点です。一つは、常に長期的な視野に立つということ、2つ目は、聖域なく変革に取り組むということ、そして3つ目は、創業精神を忘れないということです。どの会社も創業者は世の中のためのモノ作りやサービス提供を目的に事業をスタートしたはずなのに、いつの間にか売り上げや利益を優先する風潮になっている。当社も、もう一度AGC、旭硝子の創業精神とは何なのかを考え直そうと、ずっと言い続けてきました。
 当社の企業理念は“Look Beyond”ですが、この理念を構成する要素の一つに、「私たちのスピリット」があります。これはAGCグループの全員が世代を超えて受け継ぎ、実践していく基本精神です。このスピリットは、「易きになじまず難きにつく」という創業者、岩崎俊彌の言葉に始まりますが、続いて「人を信ずる心が人を動かす」と言うフレーズが出てきます。これは私が好きな言葉の一つです。お客様に対しても、社内の仲間に対しても、自分が相手を信用しなければ相手からは信用されない。逆に言えば、やはり人と人の関係があってこそビジネスは前に進むのだと思います。AI(人工知能)やIoTの時代ですが、その根底にあるのはやはり人間であるべきであろうというのが私の思いです。

--- 最後に、ビジネスから離れたオフタイムのリフレッシュ法などをお聞かせください。

 プライベートで言うと、定時を過ぎたら仕事のことは考えないようにしています。週末も同様です。意識的に自分の頭のオン・オフを切り替えています。そのために週末までにやらなければならない仕事は集中して終わらせ、整理をして、来週やらなければいけないことはちゃんと頭に入れたうえで休みに入ります。もちろん、緊急の事態などで休めないこともありますけどね。
 シーズン中には月2回くらいの頻度でゴルフに行ったり、海岸をぶらぶら散歩したり。そのほか、自宅に近い江の島のカトリック教会で、バザーのお手伝いや信者さんへのコーヒーサービス、神父さんの説教をCDに入れて目の不自由な人に配布するといった活動をしています。人の中にいるのが好きなんですね。楽しくて、夫婦で長いこと続けています。
(左)島村琢哉(しまむら・たくや)氏<br />
(右)大村泰
(左)島村琢哉(しまむら・たくや)氏
(右)大村泰
(掲載日 2019年6月5日)

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