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トップインタビュー

 「トップインタビュー」は企業や大学、団体のリーダーにお会いし、グローバル化や第4次産業革命、デジタルトランスフォーメーション、ESG(環境・ソーシャル・ガバナンス)、働き方改革など、ビジネスパーソンや学生のみなさまが関心のあるテーマについて、うかがってまとめる特別コンテンツです。さまざまな現場で活躍するトップから、いまを読み解き、未来に向けて行動する視点やヒントを探って、お届けします。

令和時代は経済・財政の持続性がカギ 年金年齢引上げ 高齢者を活性化
モルガン・スタンレーMUFG証券 シニアアドバイザー ロバート・フェルドマン様Adobe PDF file icon

聞き手 日経メディアマーケティング社長
  大村泰
ロバートフェルドマン氏
ロバート・フェルドマン氏
 新元号「令和」の幕開け後、最初のトップインタビューとなる第22回は、エコノミストとして30年に及ぶ日本在住経験の中で、国内外の経済や市場、社会に関する深い知見と洞察力に基づく分析と提言を広く発信しているモルガン・スタンレーMUFG証券シニアアドバイザーのロバート・フェルドマン様です。1980年代末のバブル時代から「平成」の終わりまで日本の変遷を間近で見続けた立場から、日本と世界の過去・現在・未来について課題と処方箋を語っていただきました。
プロフィル
ロバート・アラン・フェルドマン氏 1970年、米国からAFS交換留学生として来日、名古屋で1年間過ごした後、野村総合研究所(73~74年)および日本銀行(81~82年)で研究業務に従事。イエール大学で経済学/日本研究の学士号を取得、マサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得。ニューヨーク連邦準備銀行、チェース・マンハッタン銀行、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券、国際通貨基金(IMF)に勤務し、98年にモルガン・スタンレー証券(現:モルガン・スタンレーMUFG証券)入社。チーフエコノミストを経て現職。2017年より東京理科大にて教鞭を執る。

再生エネルギー、新技術普及へスピードが重要

--- 新元号「令和」が始まりました。新しい時代に何を期待しますか。

 やはり「持続性」がキーワードになると思います。まず、地球の持続性のために、二酸化炭素(CO2)を出さずにエネルギーを作ることが最大の問題です。この分野では技術革新が進んでいるうえ、再生可能エネルギーの備蓄コストが大幅に安くなっています。先日も近鉄が大容量蓄電池システムを設置し、災害による停電時に電力を供給するという報道があり、蓄電池の価格低下を印象付けました。米国でもフロリダ州やアリゾナ州、アラスカ州などで「もっと電力網で蓄電池を使っていこう」という動きが出ています。技術革新は速いですが、その技術が社会に普及するスピードを上げないと、地球の持続性はないだろうと思います。
 その点で日本は大きな役割を果たせます。日本ガイシはアラブ首長国連邦(UAE)のアブダビ首長国で「アブダビ版スマートグリッド(次世代送電網)」向けにNAS(ナトリウム硫黄)電池の大型受注実績があり、最近もドバイに納入しました。アブダビの設備はテスラがオーストラリアで作った電力網の5倍の規模だそうです。日本企業の技術が進んでいる証左です。一方、世界で農地面積が減っていますが、セブン─イレブン・ジャパンが相模原市で展開するレタス工場のように工場で野菜を作るようになれば、温暖化の影響による作物の不作をある程度カバーできるでしょう。今後、技術革新で地球の持続性の課題を解決していく努力が求められています。
ロバートフェルドマン氏

不十分な年金制度改革、76歳支給開始の思い切った施策が必要

--- 日本経済に目を向けたときの課題とは。

 経済・財政の持続性に向けてさらなる年金制度改革が必要です。年金の支給開始年齢は段階的に65歳まで上がりますが、まだまだ低いと言わざるを得ません。2004年の年金制度改正では3年ごとに開始を1歳引き上げて65歳にすると決めましたが、これは必要なペースの半分に過ぎませんでした。個人的には2040年までに支給開始年齢を76歳へ引き上げるべきだと考えています。その結果、21歳から定年の76歳まで働く年数(55年)と受給開始年齢の76歳から平均寿命と思われる90歳までの年数(14年)が4対1になります。財政の持続性のためにはこうした制度設計の見直しが待ったなしですが、実行すればこれ以上消費税は上げずに済みます。高齢者がもっと働くか、若い人がもっと税金を払うかという選択肢しかありません。どちらが日本の持続性にとってよいか一目瞭然でしょう。
 2014年に内閣府が実施した意識調査によると、60歳以上の人にいくつまで働きたいか尋ねたところ、65歳までと答えた人は13.5%、70~80歳が38%、働けるまで働くと答えた人が42%でした。環境さえ整えば、政府が支給開始年齢を引き上げてもあまり反発はないのではないでしょうか。引き上げれば高齢者は働くため健康に気を使って元気でいようとし、予防医療にも取り組みます。もちろん、「あと4年でリタイア」と考えていたら残り14年に延びる世代も出るので工夫は必要でしょう。しかし、現在GDPの約11%を占める年金の歳出を5~6%に抑えないと、他の使うべきところに使えないのです。

コスト膨らむ医療費にもメスを

 もうひとつは医療制度改革です。医療業界では、これまで治療できなかった病気が高い新薬で治療対象になるため、技術革新によってコストが上がるという皮肉な特徴があります。また、国民健康保険は政府の負担が重く、個人は軽いので、おカネを上手に使おうという意識が働きにくいのです。とくに亡くなる最後の1年間にかかるお金は膨大なコストになります。この問題にどうやって費用対効果分析を入れて、それぞれの人が自分のおカネの使い方を決めるかが大事です。

--- 問題解決への取り組みで優先順位はありますか?

 とくに年金と医療は密接な関係にあるので、順番をつけずいっぺんに総合的に進めるべきです。アベノミクスが始まってから日本のGDPはおよそ7%増加しましたが、分解すると雇用が6%ポイントで、生産性は1%ポイントしか寄与していません。雇用が増えてGDPは増えたが、生産性は大きく上がっていない。年金の支給開始を遅らせれば、労働市場に人が流れ込むが、その際には、ITの力で高齢者の生産性が下がらないよう(うまく行けば上がるよう)に工夫してあげることが大切です。

平成の労働市場改革は道半ば

ロバートフェルドマン氏
 平成時代に労働市場でのパート雇用の規制緩和については、所得格差を広げたといった批判もありますが、実行していなかったらもっと広がったでしょう。何故かというと、誰も雇えず企業の海外流出が加速していたはずだからです。問題は保護されている人が既得権益を手放したくないことです。財務省の法人企業統計で資本金10億円以上の大企業と10億円未満の中堅企業を比較すると、大企業の1人当たり人件費は714万円、中堅企業は446万円(2018年平均)。大企業の社員の生産性が中堅より6割も高いとは考えにくい。守られている人が働き以上の収入を得て、守られていない人が頑張り以下しかもらえないというのはアンフェアです。頑張っても報われないのであれば、教育を受ける意欲が湧きません。柔軟性を欠く日本の労働市場を象徴しており、労働改革は道半ばだったと思います。

縦割り行政と既得権益が生産性向上を阻む

 生産性が上がらない要因のひとつに縦割り行政があります。農業のドローン活用ルールを作るまでは農林省と国交省の議論は極めて長い時間がかかったし、国土交通大臣の認可事項はまだ多い。技術ではなく法律、認可手続きに問題があるので、進んだ技術を使うインセンティブが薄れてしまいます。どうやって縦割りを排するかが、政府にとっても企業にとっても大きな課題です。なぜ縦割りができるかといえば、情報の公開が足りないからです。また、だれがルールを決めるかという問題もある。インサイダーは既得権益を守ろうとインサイダーのためにルールを定めるという、霊長類社会の問題があります(笑)。したがって、令和では情報開示や可視化によってオープンに議論できる環境づくりが進むことを期待しています。

米中「チキンレース」に垣間見えるCRICサイクル

--- 世界経済の展望をお聞かせください。

 心配なのは米国発の保護主義の動きです。欧米や日米の関係が悪化すると、戦後続いてきた構造が揺らいでしまい、いわゆる権力主義の国を利することになります。一方、権力主義の国は権力集中により活力が弱ってしまう面もある。習近平国家主席に権力が集中した中国の成長率がここ数年鈍化したのはそのせいだという説もあります。習近平主席もトランプ米大統領も強いリーダーを自認しており、頭を下げて支持基盤が揺らぐようなことはできないため、米中の争いはチキンレースの様相を呈しています。もっとも、合理的になろうとする兆しも見えます。昨年末に株価が急落した際、両国は貿易交渉を進めることを決めました。市場からのメッセージがある程度は伝わったということであり、私が考案したCRICサイクルのメカニズムに適っています。根本には米中の制度競争があるため、対立の構図は当分なくならないでしょう。
CRICサイクル<図>
「危機(Crisis)」「反応(Response)」「改善(Improvement)」「怠慢(Complacency)」のそれぞれの頭文字を並べた、フェルドマン氏が考案した法則を表す。経済危機に陥ると政策が反応し、事態が改善するが、それにつれて政治が安心して怠慢になる。すると次の危機が訪れる。

ブレグジット後も多難な英国の運命

--- 英国のEU離脱問題の行方も混とんとしています。

 英離脱をめぐる動きも、CRICサイクルで考えてみたらよいと思います。EUが英を簡単に離脱させてしまったら追随する国が出てしまうので、EUの強気の姿勢は続くでしょう。ただ、いずれ離脱したときに、英国の経済がどこまで悪化するかがポイントです。経済危機の発生で、英国がEU復帰を言い出すかどうか次第ですが、その場合、EUが同じ条件で受け入れるのは難しいでしょう。大陸欧州は国家中心、中央統制的であり、英国は連邦的で自由。かつて英のEU参加を拒んだドゴール仏大統領の言ったように、両者の主義主張は異なります。

アジアの成長に中印の影

 安倍政権が各国と「包括的かつ先進的TPP(CPTPP)」で合意したのはアジアでの経済外交の成果です。アジア地域では中国の存在が大きいのですが、最近は中国企業が東南アジアの国々に生産をアウトソーシングしていることで、域内が豊かになります。一方の大国であるインドは国家の構造改革の動きが鈍いうえ、水やエネルギーの問題が重くのしかかっています。いずれにせよ東南アジア各国にとって、中印の対立は成長の抑制要因に働かざるを得ないでしょう。

--- 東京理科大で教鞭も執られています。学生に伝えたいことは何ですか?

 自分を客観的に見ること、チームワークを大切にする一方で、ある程度の異端児に成れということでしょうか。人間にはプロセスを守ることを重視する人と、よい結果が出るようにプロセスを直していく人の2種類がいます。ルールを守りつつも活性化のためにルールを進化させる姿勢が、よりよい社会づくりにつながるのだと思います。私が教えている学生は働きながら学ぶ人であり、履修生の平均年齢は約40歳です。人生100年時代と言われるなか、大学を一度出たら学ぶことはおしまいとはならないでしょう。私もいまの会社で75歳まで、個人としては80歳くらいまで働きたいと考えています。
(右)ロバート・フェルドマン氏<br />
(左)大村泰
(右)ロバート・フェルドマン氏
(左)大村泰
(掲載日 2019年5月8日)

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