NIKKEI Media Marketing

トップインタビュー

NMM 35th anniversary top interview

  • 第10回 アシックス 代表取締役社長COO 廣田康人様
 日経メディアマーケティングは2018年3月1日、おかげさまをもちまして会社創立35周年を迎えました。その記念プロジェクトとして、4月、お取引先様などとの絆(きずな)を深めさせていただくことを目的に、ウェブサイトを大幅にリニューアルしました。
 その目玉企画として、企業や各界のトップにインタビューをお願いし、みなさまにお届けする連載を始めました。グローバル化やデジタルトランスフォーメーションが加速するなか、ビジネスの革新や働き方改革に向け、今を読み解いて、未来に向けて行動するための視点やヒントを探っていきます。

ゴールデン・スポーツイヤーズの好機を活かし、グローバル競争にチャレンジ
アシックス 代表取締役社長COO 廣田康人様

聞き手 日経メディアマーケティング社長  大村泰
廣田康人(ひろた・やすひと)氏
廣田康人(ひろた・やすひと)氏
 トップインタビュー第10回はシューズやウエアで世界的なスポーツ・ブランドとして成長を続けてきたアシックスの廣田康人代表取締役社長COOです。長年、勤めてきた三菱商事から社長に迎えられたリーダーです。ラグビーW杯(ワールドカップ)や東京五輪に向かって、スポーツが生活や健康、文化からビジネス、テクノロジー、政治などさまざまな分野で脚光を浴びる「ゴールデン・スポーツイヤーズ」に入る日本。61歳でフルマラソンの自己最高記録を更新、さらに挑戦を続ける元気で明るいスピリッツを持つ廣田社長は自らにふさわしい、新しい舞台を得て、グローバルなビジネス感覚と行動力を発揮しようと意気込んでいました。
プロフィル
廣田康人(ひろた・やすひと)氏 1980年、早稲田大学政治経済学部を卒業後、三菱商事に入社。2010年に執行役員・総務部長、14年 代表取締役常務執行役員・コーポレート担当役員、17年関西支社長を兼務。2018年1月にアシックスに顧問として入社。3月29日から代表取締役社長COO。1956年生まれ。愛知県名古屋市出身

青天の霹靂、事業の仕組みづくりが役割 「やりがい」強く意識

---三菱商事から、いわば、ヘッドハンティングのような形でアシックスに迎えられ、社長になられました。その経緯について、お聞かせください。

 三菱商事の関西支社長として2017年に大阪に赴任。当時、社長だった尾山基会長CEOと関西の財界活動などを通じて知り合い、お付き合いするなかで、「社長としてきてくれないか」と声をかけていただきました。社員の方もそうでしょうが、私にとっても、まさに青天の霹靂(へきれき)でした。尾山会長も商社(旧・日商岩井、現・双日)の出身で、長年、アシックスの国際化をけん引してきたわけですが、ウマが合ったというか、世界を俯瞰するグローバルな発想、経験を感じていただき、営業のプロというより、事業の仕組みづくり、経営の仕方を知っていることをいかしてもらいたいと思っていただいたようです。たまたま、50歳から始めたマラソンでもずっと、アシックスのシューズを使っており、グローバル・ブランドとしても親近感があり、なにか縁があったのでしょうか。家族も最初は驚いていましたが、ブランドのイメージがよく、「いいんじゃない」と前向きに受け止めてくれました。

 もちろん、業界や社員、製造委託先、販売現場そしてお客さまのこともまったく知らないわけで、そのなかで(企業としての)業績も踊り場にあり、ハードルは高いと感じたのですが、それだけに「やりがい」はあります。世界中でスポーツや健康に対する関心が盛り上がっており、アディダスやナイキ、プーマという大きなグローバル・ライバルの存在に加え、スポーツビジネスへの新規参入が盛んです。日本は2019年のラグビーW杯、2020年の東京オリンピック・パラリンピック、2021年には関西でワールドマスターズゲームズがあり、「ゴールデン・スポーツイヤーズ」を迎えます。責任を感じながらも勉強し、グローバルな経営競争へチャレンジするには本当におもしろい時期だと思っています。
 アシックス創業者の鬼塚喜八郎はスポーツマン精神を唱え、第6条にはこうあります。「スポーツマンは、ころんだら、起きればよい。失敗しても成功するまでやればよい」。これはスポーツだけではなく、アシックスの経営にも通じる信条です。私もこれまでの経験をいかして、グローバルレベルでの事業の強化・拡大と持続的な企業価値の向上に尽力したいと思います。

国際化の深い進展を実感、いまはとにかく「接地面積」広げたい

--- 今年1月に顧問、3月下旬に社長となりました。その滑り出しの感想と、現在、心がけていることはなんですか?

 まず、実感しているのがビジネスの国際化が深く幅広く進展していることでした。アシックスの海外売上比率は7割強、日本から米国、欧州、中国、オセアニア、そしてインドネシア、インドなどへの積極的な展開を続けてきており、これからも成長する市場にあわせて、かじ取りをしていかなければならないと感じています。いいモノづくりはもちろん、それぞれのニーズに合わせて、お客さまを常に驚かせていきたい。新しい技術や素材の開発・導入など、製造面の先進性が求められます。海外ではM&A(企業の合併・買収)にも取り組んでいます。欧州では2010年、スウェーデンのアウトドアブランド「ホグロフス」、米国では2016年、「ランキーパー」というスマートフォン向けランニング・アプリを開発したフィットネスキーパー社(現在はアシックス・デジタル社)を買収しています。
 いまはとにかく「接地面積」を広げることだと思っています。業界や社員、製造委託先、卸先、店舗といろいろなところを回っています。8月には神戸・三宮で販売スタッフ研修を受けました。掃除をして、店頭に立ち、同じ年代の方にランニングシューズをすすめて、買っていただきました。7月から9月にはベトナムやインドネシアなどの製造委託先や米ニューヨークのホールセールなど、多くの経営者とも会ってきました。知らないことが多いですから、周りの人たちからいろいろ教えてもらい、知識を吸収しながら、やっています。
アシックスの地域別売上高

デジタル戦略、拠点はボストン アプリ活用し「オムニチャネル」展開

--- アシックスはグローバルとともにデジタル戦略に力を入れています。

 デジタル戦略では先ほどのアシックス・デジタル社がある米ボストンをひとつの拠点と考えています。ランニング・アプリを通じて位置情報やスピードを把握したうえで走り方を科学的にアドバイスしたり、シューズの選び方を教えたり、さらにランニングやマラソンなどのイベントを紹介したりすることができます。アプリからEコマースサイトやリアルの店舗に効率的に誘うことができると思います。靴は実際に履いて試し、サイズ感や履き心地を確かめるお客さまが多く、アプリはリアル店舗とネットが融合した「オムニチャネル」を展開するカギとなります。米アマゾンや中国のアリババなどのプラットフォーマーともバランスを取りながら、うまい付き合い方を考えていきます。
 デジタル戦略についてはフレームワークができてきていると思います。日進月歩ですが、いろいろなサービスやマーケティングを検討していきます。「アシックス・ベンチャーズ」という子会社があり、スタート・アップ企業への投資にも力を入れています。30億円の投資枠を設けています。最近のスタート・アップ企業はスポーツ関連・健康ビジネスをフィールドにする企業が多く、デジタルやAI(人工知能)だけでなく、ハイテク新素材関連も増えており、エンジェルとして、おもしろい芽を育てて、若者の挑戦をお手伝いできればいいのかなと思っています。
 これまでにも導電性テキスタイル開発を行う東北大学発ベンチャー企業のエーアイシルク社、スポーツ領域に特化したデータマネジメントサービス「ONE TAP SPORTS(ワンタップ・スポーツ)」を開発・提供している「ユーフォリア」やスポーツ試合応援アプリとウェブサービスの「Player!」を開発・運営している「ookami」への出資などがあります。

機能を追求する「遺伝子」を続けたい

--- モノづくり、ブランディング戦略で大切にしていることはなんですか?

 トップアスリートとの契約による、ブランディングも重要ですが、それよりトップアスリートにあったシューズや用具を作っていくことでモノづくりを磨いていくことの方が大事です。たとえば、当社がシューズでサポートしている陸上競技の桐生祥秀選手は日本人初となる100メートル9秒台を実現しました。その研究成果は、やがては一般消費者の製品に応用できるようになるのです。ウエアにしても、熱中症の危険を知らせるウエアや、着ると体感温度が下がるウエアなど、そういう機能を追求することがアシックスの使命だと思っています。
  “走ってもマメのできない靴”は鬼塚喜八郎が1960年に開発した靴です。その遺伝子は持っていたい。膝や腰に負担のかからない、捻挫が起きにくく安定して疲れにくい靴、パラアスリート用シューズや障がいを持った方がより安全に楽に履ける靴などです。専門の研究所(アシックススポーツ工学研究所)があり、日々、開発に取り組んでいます。私も先日、60歳代の代表として実験に駆り出されました。いろいろと電極、調査器具を付けて走りましたが、安定していると褒められました(笑)。

スポーツ・ツーリズムの時代へ 余暇や旅、生活が変わる

--- 先ほども触れられましたが、2021年には本社神戸のある関西で「ワールドマスターズゲームズ2021」が開催されます。

 私はこのイベントを特に、注目しています。30歳以上であれば誰でも参加できる、4年に一度の国際大会で日本では初めての開催です。17日間にわたり、関西地区プラス鳥取県、徳島県で行われます。競技は58種目、メジャーな競技はもちろん、綱引きなどもあります。前回(17年)はニュージーランドのオークランドで行われたのですが、たまたま、前職の関係で視察に行きました。ちょっと運命的なものを感じます。
 そこでは、世界中からシニアの人たちが家族で参加していました。奥さんや子ども連れで、ただ、観戦に行くのではなく、参加するために行く「スポーツ・ツーリズム」です。お祭りです。こうした楽しみ方を目の当たりにして、日本人の余暇の過ごし方も変わるのではないでしょうか。スポーツのすそ野の拡大に大きな意味を持ち、生涯スポーツに対する影響をもたらすでしょう。われわれもぜひ盛り上げていきたいと思っています。19年のラグビーW杯もサッカー以上に開催期間の長い大会ですから、長く滞在してスポーツと旅を楽しむ外国人サポーターをみて、機運が盛り上がるのではないでしょうか。

--- スポーツ人口も増えそうですが、生涯スポーツの今後の発展性や課題についてはどう考えていますか?

 日本では週に1回でもスポーツをやる人の人口は20歳までは大体50%です。それからずっと下がって40代が底で4割強になります。そしてまた50代で健康に気を遣いはじめ増えていく。私も50歳でマラソンを始めた典型的なパターンです。70代になると70%を超えます。だから、いま、スポーツクラブへ行くと、年配の方々が身体を動かしています。一方、働くサラリーマン世代ではスポーツをする人が少ない。その人たちも「働き方改革」で空いた時間に、週1、2回スポーツを楽しむことが必要です。
 日本の子どもたちの身体能力が低下しています。縄跳びや50メートル走、ソフトボール投げなど、それぞれ記録が下がっています。子どもたちは忙しい。でも、“子どもたちがスポーツをする” ということは健全な国づくりのためにも大切なことです。やはりお父さんお母さんがスポーツをやっている子どもはみんなスポーツをやっています。だから、30代、40代の人にスポーツを広げていきたい。「ワールドマスターズゲームズ2021関西」がきっかけになると思っています。
ワールドマスターズゲームズ2021関西=おおむね30歳以上であれば誰でも参加できる、4年に一度の生涯スポーツの国際総合競技大会。2021年大会の開催地は関西。開催期間:2021年5月14日~30日 開催地:関西一円 実施競技:34競技58種目 開催目標:選手5万人(国内3万人/国外2万人) 参加申込期間:2020年2月~2021年2月(予定)

「社員は健康でなければダメ」 サマータイムや柔軟な休暇制度も充実

--- 「働き方改革」「ダイバーシティ」「ESG(環境・ソーシャル・ガバナンス)」などへの取り組みはいかがですか?

 アシックスは健康を支える会社ですから、「社員は健康じゃなければダメ」と言っています。社員の自立性を促す「働き方改革」を進めていて、フレックスタイム、サマータイムなどを導入しています。スポーツ休暇も導入しました。自身のスポーツへの参加はもちろん、家族や知人の参加同行や地域・団体のイベント支援でも利用できる休暇制度です。やっぱりこういう会社ですから、もともとスポーツをしていた社員が多いですしね。
廣田康人(ひろた・やすひと)氏
 多様な働き方はダイバーシティの推進にもつながります。性別や国籍、年齢にかかわらず、それぞれの働き方でパフォーマンスを発揮してもらうことが原理原則だと思います。
 会社としては今後も国際化を進めていかなければなりません。トップ人事についても欧州は英国人、米国や中国など海外の支社のトップは現地の人です。欧米法人トップは本社の執行役員も兼ねています。従業員の女性比率も大切です。この業界は女性の活躍が多いですが、日本のボードメンバーはまだ1人なので、もう少し増やしていかなければいけないと思います。
 グループ内では主に海外のOEM工場でシューズやウエアを作っていますから、途上国での工場の労働環境を考慮しなければなりません。児童労働や強制労働、劣悪な環境で仕事をしていないか、作る材料も環境に悪い物質を使っていないかなど、厳重に管理しています。先日、アジアの工場を視察したときも、その点は自分の目で少しでも確認しようと見て回りました。業界の中でも高いクオリティを維持している自負があります。
 ガバナンスに関しては社外役員や女性役員など透明度を高め、社会の意見を聞くことを大切にしています。海外の投資家との対話も非常に重要で、年に2回、欧州や米国に行って投資家と話をすることにしていますが、必ずガバナンスに関する質問がでてきます。株主のためにお金を使っているか、どのような仕組みになっているかといった点がチェックされるのです。ガバナンスにゴールはありません。ESGを意識し、社会における会社のより良いあり方を目指しています。

トレンドに敏感、先取りできる人がほしい 自らのタレントへの意識高めて

--- アシックスが求める人材はどのような人材ですか?また、若い人へのメッセージをお願いします。

 とにかくグローバル感覚を持った人材です。また、BtoCの会社ですので、市場のトレンドに対して敏感な人、先取りできるような人、そういったクリエイティビティが大切です。キャリア(社会人)採用も多く、他の会社や業界で培ったタレントを持った人がいます。私もそうです。だから、いろんな経験を持った人が集まって、新しいことができる。それぞれがタレントをいかして、何をしたいのか、何ができるのかをしっかりと意識できる会社でありたいと思います。
 また、いまはシューズを作ったり、あるいはブランディングや販売を行ったりということはしっかりとできています。経験もノウハウもあります。でも、そうした日々の仕事をしっかりやるということと、事業を経営するということは、また別です。事業を経営できる人材を育てたいですね。
 若い世代にはこれからもっともっと世の中は変わっていくので、自分の持っているタレント、コア・コンピタンス能力を自覚し、高め、それをいかしていくということが重要だと思います。活躍の舞台はグローバルに広がっています。中国に行くと、彼らの向上心はすごく高い。そういう国民性を持った人がいるということを意識してほしい。日本という国はとても暮らしやすい国で生活しやすい。食べ物はおいしいし、インフレも起こりにくい。だからこそ、いろいろな国の文化に興味・関心を持つグローバルな視点が必要です。大いに若い人たちに期待したいですね。

映画、演劇、落語、よしもと、文楽、歌舞伎……あの「はこ」の空間が好き

--- 最後に得意のマラソンのことです。50歳からマラソンを始め、昨年、自己記録を更新しました。また、マラソン以外の趣味をお聞かせください。

 少し、健康的にならないといけないと、反省しました。ちょうど東京マラソンがあり、それを見に行ったら、みんな走っていて気持ちよさそうだなと思い、始めました。走り始めて、我慢して走っていれば、いつか40キロ先のゴールに到達するんじゃないかと。まんまとアシックスの戦略に乗っかってしまったのです(笑)。昨年、大阪マラソンを走って、なんと61歳で自己記録を更新しました。3時間53分です。進化する60代です(笑)。
 マラソン以外では映画もよく見ますし、演劇、落語、吉本興業、歌舞伎、文楽などを楽しんでいます。何にこだわっているというわけではなく、あの劇場(「はこ」)の空間が好きです。この前『カメラを止めるな!』という映画を見ました。おもしろかったですね。製作費は300万円といわれている作品です。よく映画は飛行機のなかでも見ますが、暗いせいか、涙腺が緩んでしまいます。歌舞伎は京都の南座が新装オープンします。楽しみです。
(右)廣田康人(ひろた・やすひと)氏<br />
(左)大村泰
(右)廣田康人(ひろた・やすひと)氏
(左)大村泰

※アシックス本社にて撮影

アシックススポーツミュージアム=アシックス本社(神戸市)にある企業博物館。一流アスリートのパフォーマンスを体感したり、さまざまな競技のシューズやユニフォームなどに実際に触れたり、スポーツの楽しさとアシックスの歴史を知ることができる。開館時間は10:00~17:00(火曜日~土曜日)、入館無料。現在、月平均1,000人が訪れる。
1階は実際に人物のシルエットを重ねあわせ、「走」「跳」「投」それぞれ世界記録によるトップアスリートのすごさを表現しており、中高生に人気という。実際に使用するシューズや競技用具に触ることができ、ハンマーや砲丸などを手に取って硬さなどを感じることができる。また、陸上競技種目の歴史やマメ知識も紹介。2階は創業から現在まで、商品を通してアシックスの企業理念や歴史と活動を感じるフロア。過去のオリンピックや世界選手権などで使われたユニフォームや道具がそろっている。メジャーリーガーのダルビッシュ有、大谷翔平のスパイクや陸上短距離の桐生祥秀、サッカーW杯日本代表の大迫勇也、乾貴士、テニスのノバク・ジョコビッチなどのシューズを見ることができる。

アシックススポーツミュージアム
(掲載日 2018年10月16日)

35周年記念「トップインタビュー」