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これからのデジタル・マーケティング 最終回

これからのデジタル・マーケティング 第2回

 今回のコラムでは第1回において現在の日本企業が抱えるマーケティングの課題を指摘、第2回ではデジタル・マーケティングへの必要な4つのポイントについて説明しました。第3回は最終回としてデジタル・マーケティングを具体的に進めるためのツールやマネジメント体系などについてまとめてみます。

デジタル・マーケティングへの具体的な活用術

ブランドや事業の設計図をつくる

 焦点となるのは第2回で説明した「ブランドの設計図」です。設計図は戦略の根源に位置するもので、考え方のモノサシともいえます。ブランドや事業の戦略がぶれないように、また、ブランドや事業が利益ある成長を持続させるためにつくるものです。設計図の活用はブランドだけでなく、会社や事業、業務についても応用できる考え方ですので、読者の方も参考にして作ってみてください。
 設計図は前述したように、ブランドの診断を行い、客観的にその立ち位置を知って、過去から学び、未来を読むプロセスを経て、作成します。
 図表をご覧ください。ブランドの設計図の作成に必要な要素や手順などをわかりやすく示してみました。 設計図を作るにあたり、まず、重要となるのはそのブランドや事業の「価値」(1)をどこに置くか、考えることです。もちろん、ユーザーや顧客、消費者にとっての価値が優先されますが、ビジネスとして取り組む以上、自社にとってもその価値をどこに見出すのか、全体の事業戦略のなかで押さえておく必要があります。そして、次に、それぞれのブランドの価値の「将来あるべき姿」(2)について、ビジョンや志を明確にしたうえで、目標として掲げて、なにをすべきか、その道筋をはっきりさせるインセンティブとします。
 道筋のなかにはキーとなるいくつか項目があると考えています。
 1つめは前回も指摘したように過去から将来に向かって「継続すること」(3)と「継続しないこと」(4)を見極めることです。そしてどのようにライバルや競合商品と差別化するか、絶対的な優位点をどこに置くかを定めることです(5)。そのうえで、それを活かして目指すべき顧客の満足、理想像を想定(6)、そこにつながるような「機能的なベネフィット」(7)と「心理的なベネフィット」(8)を定義し、備えていく流れです。
(図-1)ブランドの設計図

(図-1)ブランドの設計図

 ここまでくれば、ブランドの価値や競争力もひと通り整うわけですが、むやみに、その適応範囲を広げることで、高まった価値を希薄化させる恐れがあります。大切なのは競合が決して真似のできない領域まで独自の存在感を引き上げることです。このためにはそうした自社優位を維持できる「価値領域の範囲」(9)をきっちりと見極めることで、そこに「ブランドの本質」(10)を明確に位置付け、共有化します。これで設計図は完成です。
 時々刻々、変化する大量のデータがあふれる時代だからこそ、こうした設計図がブランドや事業の戦略の根源に必要といえるのではないでしょうか。
 花王のベビー用紙おむつブランド「メリーズ」を一例として挙げます。メリーズが考えた「ブランドの本質」は「『赤ちゃんの快適』と『育児不安・負担の軽減』により『笑顔の育児』を約束する」としました。普通ならポジティブな表現にとどめ、不安や負担などネガティブな表現は入れないのですが、あえて育児は楽しいだけでなく苦しいこともあり、メリーズはそうしたこともすべて知っているブランドであること、それこそを「ブランドの本質」としました。ちなみに、いまでもメリーズのテレビCMの最後に流れるフレーズは♪スマイル・スマイル メリーズ♪であり、まさに「笑顔の育児」を表しています。

戦略的ブランドマネジメントの考え方

 もちろん、ブランドにはライフサイクルがあることもここで強調しておきたいと思います。導入期、成長期、成熟期、そして衰退期ということになるのでしょうが、売れ続けるブランドを作ることはマーケッターの永遠の課題です。そのためにはターゲットの意識や生活の変化を絶えずウオッチし、ブランドをそれに合わせて、変化させていくことが大切です。
 これが「戦略的ブランドマネジメント」の考え方です。長い間、ブランドの長寿化について、その「極意」を企業によっては「暗黙知」にしているところも少なくないのですが、戦略的ブランドマネジメントはそれを明確化しています。
 花王のシャンプーブランドに「メリット」があります。1970年、「フケトリ」シャンプーとして誕生、その後、「家族シャンプー」「地肌シャンプー」、最近では「気持ちよく生きるシャンプー」として、時代に合わせて、変わってきました。消費者のニーズの変化に応えコンセプトと仕様の改良を続け、長くトップクラスのシェアを維持しています。2年でマイナーチェンジ、4年で大幅改良、発売以来延べ20回以上の改良を施しています。
 花王でよく言われることですが、「同じ成功は二度とない、消費者のためになるさらに新しいことを考えよう」というのがあります。以前に成功したことであっても環境や競合の変化と消費者の生活の変化で同じことは通用しないという戒めです。企業やブランドを取り巻く環境が変化していないか絶えず注意深く観察し、環境が変化すれば、消費者の生活や行動も変化するということを常に頭に入れているからです。
 ブランドの設計図をつくり、それを基にブランド戦略を策定し、実行し、チェックし、消費者や市場の変化に合わせて改良を行う、これが一連の戦略的ブランドマネジメントです。
 (図-2)にブランドマネジメントのフローと体系を示しました。まず、現状を正確につかむために「現状分析1」があります。第1回で説明したブランドの健康診断を(1)市場・競合の視点(2)ブランドの視点(3)消費者の視点(4)流通や売場の視点―――から客観的なデータでとらえることです。自社の主観的な視点だけで見ている企業が少なくないことも第1回で指摘した通りです。
 次に「現状分析2」はプロフィットコントロールを行うため、利益構造を分析します。利益指標には売上高から売上で変動するコストを差し引いた変動利益(限界利益)や変動利益から固定費(償却費、人件費、広告費や購買促進費を除いた販売管理費)を差し引いた利益などがあります。後者について、花王はP&A(Profit & Advertising )と呼んでおり、ブランドを育成するための広告投資や購買促進投資をあとどれだけできるかを示す利益指標としています。もともと米国のP&G(プロクター&ギャンブル社)から学んだものです。
 こうした利益構造をそれぞれ分析し、何がキーになるのかを見出し、常にウオッチします。
 こうした現状分析をもとに、ブランドの設計図を基にして、戦略(中期・短期)を考えるわけです。ここで大事なことは中期も短期も単に売り上げや利益、シェアなど数字を並べるだけでなく、目標を達成するための活動に落とし込んでいくことです。その目標を達成するためにはどんな活動が必要なのかを考え、より実行に移しやすいように活動計画として設定することが重要です。
(図-2)<br>戦略的ブランドマネジメントのフローと体系

(図-2)
戦略的ブランドマネジメントのフローと体系

 たとえば、トップシェアを目指すマーケティングではブランドの認知率(ブランドを知っているという指標値)が大きなカギを握るでしょうが、その時はどのターゲットにいくつまで引き上げるためにメディア媒体やウェブなどでどのような活動をするのかを決める必要があります。また、製品を使ったことがあるという使用経験率を引き上げる活動もポイントです。こうしたケースではサンプリングを誰に、いつ、どれだけ、どんな方法で実施するのか、その計画が必要になります。
 さらに、トップシェアがターゲットとなれば、ユーザーが購入しやすい環境をつくるために、競合ブランドを取り扱う店舗にはすべて商品の取り扱いを目標とし、競合品を含めた販売店すべての取扱表を作成し、集中的に配荷活動を展開します。商品陳列の場所や位置を調べて、優位な陳列に持っていく活動、催事などでは商品だけを陳列するのではなく、生活情報も商品と一緒に売場で提案するなどを考えます。
 いずれもの活動も目標とどう結びついているのかを調べて実践し、あるいはいくつもの実践から経験知としてデータ化し、活動の引き出しをいかに多く持てるかがポイントになります。

理性と感性のバランスミックスが大事

 このように売り上げや利益構造の分析はもちろん、マーケティング活動の実践を検証するためにもシェアや認知率、使用経験率などデータがこうしたブランドマーケティング活動を実行していくうえで、大きなカギとなるのは理解できたと思います。AI(人工知能)は膨大なデータのなかから、傾向や事例で最適と思われる答えを見つけます。それは今までヒトがやっていた客観性の選択肢を拡大させる作業量の大幅な時間の短縮には大きく貢献します。
 ただ、長く、マーケティング活動に関係してきて難しいと感じているのは、客観性だけではイノベーションは生まれないということです。イノベーションは非連続で突然、起こるような話をする方もいますが、そうではなく、改良を繰り返しているなかで技術が研鑽され、顧客の生活の変化をつぶさに観察しているなかで仮説がでてきます。
 もちろん、これにはデータが必要で、膨大なデータから必要なデータを抽出するために前述した一連のプロセスでブランドを戦略的にマネジメントすることが重要ですが、抽出した精度の高い分析データとマーケターの感性が融合されてイノベーションが生まれるのではないでしょうか。
 感性をAIに求めるのは難しく、人間のような美的センスや感動する感覚はありません。人間もこの感性を磨くのは簡単ではありません。花王の元社長で中興の祖といわれる丸田芳郎氏やニベア花王元副社長の市川宣三氏は若いマーケッターに「ホンモノをみなさい」「美術館に行って日本や世界の芸術作品を観なさい」「日本の伝統芸能を観なさい」とよく話をしていました。これは私なりに理解していることですが、ホンモノや優れた芸術作品を見ると身体の中に「感動」が沸き起こりそれが感性を刺激するのではないかと思います。
 あらためて、これからのデジタル時代にはデータは大事ですが、決してそれを過信せず、データ力の「理性」とともに創造力の「感性」を磨くことがマーケティングに必要であるといえます。
(図-3)理性と感性のバランスミックス

(図-3)理性と感性のバランスミックス

(日経MM情報活用塾メールマガジン7月号 2018年7月23日 更新)
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小島 正好 Masayoshi Kojima
株式会社アルスターコーポレーション代表

大学卒業後、花王石鹸株式会社(現 花王株式会社)に入社、長年にわたりマーケティング業務を担当し、エイトフォーやメリーズなどのブランドマネジャーを歴任した。またベトナム・ 中国など国際事業にも携わり現地でのブランド構築や育成をグローバルで実践した。のちコンサルティング会社(株式会社アルスターコーポレーション)を設立し、企業や行政に国内・ 国外を通しての幅広い知識と実践経験でコンサルティング活動を行っている。

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