NIKKEI Media Marketing

情報活用塾

情報活用Tips Column

これからのデジタル・マーケティング 第1回

 消費者の行動や反応がさまざまなメディアや情報収集システムを通じて「ビッグデータ」としてあふれる一方、消費者が商品やサービスに求めるものが品質や価格から、製品や企業・経営者のイメージ、企業の働き方、社会や環境との関わりなどへ多様化し、複雑に変化するなか、企業にとって製品価値の象徴である「ブランド」の果たす役割が重要になっています。企業の持続的成長のためには、データを過信することなく、正確に読み取り、分析し、商品企画・生産、顧客とのコミュニケーションや販売にいかし、ブランドを構築していくマーケティング戦略が不可欠になっています。
 長年、花王でブランドマネジャーとして活躍し、現在はコンサルティング会社を設立してその代表として、多くの企業や自治体などのマーケティング、ブランド戦略を支援している小島正好氏に、データを持て余すリスクを排除し、デジタル時代の科学的・効果的なマーケティング・ブランド構築に大切な視点やプロセス、ロードマップづくりをまとめていただきます。

現状の日本企業の課題

企業の相談からみる実態

 2018年3月期の企業決算ではどのアナリスト見込みでも好調を示し、増収増益企業が約8割、最高益を更新した企業も少なくありません。しかし、国内事業の増収率実績見込みをみてみると、多くが1%以内にとどまった模様です。
 これで本当に成長していると言えるのでしょうか。利益が過去最高を更新しても先の成長が見込めなければ、いずれその企業は衰退してしまいます。数字の中身をしっかりみて手を打たないと「継続した利益ある成長」は見込めません。
 ジョン・F・ケネディの名言「屋根を直すのはよく晴れた日に限る」のように、好業績の企業ほど、いま一度、事業の総点検をするべき時ではないでしょうか。私は仕事がマーケティング・コンサルタントをしていることで、いろんな企業から相談を受けます。起業したばかりの企業から一部上場企業まで様々で相談の内容もいろいろですが、共通しているのは多くの企業が「マーケティング」をうまく活用されていないことです。

 ある企業は「マーケティング」を「広告」とみていたり、また、ある企業では「営業や販売促進」とみていたり、狭義な捉え方をしている企業が大変多いようです。傾向的に言うと老舗企業ほど昔取った杵柄のごとく「営業」偏重で、一方、新興企業ほど「技術」偏重な捉え方が多いように思います。
 双方とも顧客の変化に気づくすべを持っていなかったり、モノさえよければ売れるとの考え方をいまだにしていたりする企業が多いことに驚くことも少なくありません。もっとうまく「マーケティング」を活用すればいいのに、と思うことがよくあります。
 経営学者のピーター・F・ドラッカー氏は「『マーケティング』は企業の基本機能の2大重要要素の一つである」と言っています(もう一つは「イノベーション」)。それほど大事なものをうまく活用していないのは大変もったいないと思います。また、最近では「デジタル」「ビッグデータ」「IT」「AI(人工知能)」など横文字が並び、そちらに目が行きすぎて、本来の「顧客起点」や「現場起点」の発想が欠けているように思えてなりません。

花王の「科学的」マーケティング

 デジタル化というのは何のためにするのでしょうか、多くの数字をただ羅列するだけでは意味がありません。それは顧客をしっかり知るために「顧客起点」をさらに強化するために行うことと思います。
 花王は1980年代にマーケティングの「科学化」を行いました。「科学化」とはデータに基づき「仮説」をつくり、「検証」して「分析」し「結論」をだす一連の流れのことを言います。なぜ、そんなことを花王が行ったのでしょうか。
 花王の商品のほとんどは女性が買って、使用するものです。しかしながら、当時の事業部(マーケティング部)では、ほとんどの仕事を男性が行っていました。買わない、使わない男性が行っていました。驚かれるかもしれませんが、生理用ナプキンのブランドマネジャーも当時は男性でした。男性がユーザーを調べ、男性がコンセプトをつくり、男性が商品を開発し、発売する。このため、商品開発を進めていくには客観的なデータや消費者の詳細な分析がないと説明できないことが多々あったことに、花王の「科学化」が起因していると思います。

 消費者調査データの分析も今ではコンピューターの自動計算であっという間に集計してくれますが、当時は電卓などで一つひとつ中身を見て集計していました。消費者約300人を調査し、アンケート項目が100ぐらいありましたので、それだけで3万件です。それに属性項目(年齢、性別など基礎項目)でさらに計算すると何十万件のデータになり、それこそビッグなデータです。
 考えてみれば、当時からビッグデータを使っていたことになります。
 しかし、仮説づくりはデータが多いことが大事なことではなく、そのデータをどんな軸で切るか、あるいはどんな分類をするかが重要になります。
 量ではなく質、データから仮説のヒントを探り出す、それは消費者や顧客の生活と商品やサービスとの関わりを熟知していないとヒントやアイデアはでてきません。ビッグデータ時代といわれている現代でも同じことだと思います。

ブランドに必要な健康診断

 商品やサービスの状態が現状どうなっているのか、競合との差がどれだけあるのかなど、消費者や顧客の視点から客観的に今の立ち位置を正しく知っている企業は意外に少ないのが実態ではないでしょうか。自社の売り上げが順調に伸びていても他社も含めた市場全体が伸びていれば自社の売り上げが伸びるのはむしろ当たり前で、市場よりもさらに伸びているかどうかや競合との伸びの差はどれぐらいなのかが大事になります。
 また、市場が伸びているのは消費者の生活が変化しているからでその生活のニーズにその商品が求められ使われているということです。その伸びの質をしっかりみて、自社の強みをさらに伸ばして競合との差を徹底的につけないと強い商品とはいえません。
 そのためにはブランドの健康診断が必要になります。みなさんが毎年行く人間ドックと同じで、何が良くて何が問題なのかを客観的に正しく診断することが重要です。また、診断にはプロセスごとに、どんな状況にあるのかを数値で表すことが大事になります。数値でないと客観的に捉えることが難しく、改善してもどれだけ改善したのか評価することができなくなるからです。
 商品やサービスを購入し、ロイヤルユーザーにいたるまでどんなプロセスを経るのか、カテゴリーによってプロセスやキーとなる要素は多少変わりますが、花王時代にブランドマネジャーとして経験したカテゴリーでは下記のプロセスや要素がロイヤルユーザーにつながっていました。

ブランド診断イメージ図

「知覚品質」イメージと「情緒」イメージ

 まず、ブランドの知名(ブランド認知とも言います)の度合いです。消費者は知らないものは買いたくても買えませんのでその商品やサービスをまず知っているかどうかです。調査では消費者にそのカテゴリーで知っているすべてのブランドを教えてくださいと聞いて、何も教えない(非助成調査)で一番初めにでてくるものを「純粋知名」または「Top of Mind」と呼びます。最初にでてくるブランドはブランド力が強く、その出方の値が市場内でのシェアを表しています。消費者が最初に答えるブランドが3割ぐらいあれば、市場内シェアも約3割と考えて良いと思います。
 また、ブランドには必ずイメージが付与されています。一つは知覚されている「品質」のイメージ、もう一つは「情緒」(情緒的な)のイメージです。機能性を重視するような市場であれば、知覚品質イメージのみが優れていれば良いだろうと考えがちですが、やはり情緒のイメージも優れていないとナンバー1やオンリー1にはなれません。たとえ、商品が良くても、コンセプトが良くないとトライアルは生まれませんので、初期ユーザーは来てくれません。

 コンセプトが良くても、商品がそのコンセプトに追いついていなければ、「商品満足度」はダウンしてリピートユーザーにはなってもらえません。プロセスでのキー要素が現状どうなっているのか、競合と比較してどんな位置にいるのか、消費者の視点からしっかり現状を診断しないといけません。

次回は「マーケティングに必要な4つの視点」です。

(日経MM情報活用塾メールマガジン5月号 2018年5月21日 更新)
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小島 正好 Masayoshi Kojima
株式会社アルスターコーポレーション代表

大学卒業後、花王石鹸株式会社(現 花王株式会社)に入社、長年にわたりマーケティング業務を担当し、エイトフォーやメリーズなどのブランドマネジャーを歴任した。またベトナム・ 中国など国際事業にも携わり現地でのブランド構築や育成をグローバルで実践した。のちコンサルティング会社(株式会社アルスターコーポレーション)を設立し、企業や行政に国内・ 国外を通しての幅広い知識と実践経験でコンサルティング活動を行っている。

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