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情報活用塾

情報活用Tips Column

これからのデジタル・マーケティング 第2回

これからのデジタル・マーケティング 第1回

 前回のコラムでは企業が抱える現状の課題から科学的マーケティングやブランドの健康診断の必要性などを述べましたが、今回はこれからのマーケティングについて、4つの重要な視点から考えてみたいと思います。

マーケティングに必要な4つの視点

「過去から学ぶ」、何を残して、何を捨てるのか

 1つめは「過去から学ぶ」ということです。最近、新聞や雑誌では「AI(人工知能)」がよく取りざたされています。ビッグデータをAIが分類し、分析して答えを出す。過去のし好や行動のパターンを何百万、何千万通りも分析し、予測するという、そんなイメージかもしれません。
 かつて私が所属した花王では「『現在』は『過去』に起因しており、過去との関係性で成り立っている」という考え方をしていました。ですから、良いことも悪いこともどちらも過去と関係しているとみなします。もし、悪いことを改善しようと思ったら、現在だけの事象でものごとを判断するのではなく、過去の因果関係を調べて断ち切らないと未来へも引きずってしまう危険があるという考え方です。
 現在、花王の数あるブランドで売り上げナンバー1となっているベビー用紙おむつの「メリーズ」は2002年に私がブランドマネジャーになったときは今のような状況ではありませんでした。花王内のブランド別売上高は4位、ベビー用おむつでは市場シェア2位と、そこそこの規模でしたが、消費者のブランドイメージや商品満足度は惨憺たるものでした。
(図―1)

(図―1)

 なぜでしょうか。問題の根幹は過去から学ぶことでわかりました。それは(1)おむつが紙加工品であり、花王が本来持っていた技術とは異なる対応が必要なため、技術シナジーが困難だったこと(2)設備投資負担の重さを考えるとなかなか製品の仕様変更に踏み切れなかったこと(3)利益主義からくる顧客軽視、そして(4)売り上げを優先するあまり安売りの容認―――いずれも過去から続いた「しがらみ」や「負の考え方」が原因でした。
 さらに、過去からのライバル企業の製品について、その進化や改良内容や打ち出すメッセージを調べて、その時代の消費者の意識やトレンドと合わせて時系列で比較分析すると、「メリーズ」だけが浮いていることもはっきりしました。

 現象だけを捉えず、また、過去を憶測や経験知だけで判断せず、過去の事実をデータでつなぎ合わせて考えることが重要です。まさにこれがデジタル・マーケティングです。今後はAI(人工知能)が複雑な原因の因果関係の分析も短時間で処理してくれるかもしれません。そして、重要な判断はマーケッターがこうしたデータ分析も踏まえたうえで、その過去とのつながりから、何が「財産」か、何が「負債」なのかを正確に見極めることです。今後、何を残して、何を捨てるのかをマーケッターが明確に判断しなければなりません。これが過去から学ぶことです(図―1参照)。

「未来をどう読むか」、問われるマーケッターの感性

 2つめは未来をどのように読むかという視点です。現在と過去はつながっていますが、未来も現在とつながっているのでしょうか。その答えは戦略を立てる人の考え方次第です。
 日本人によくある考え方ですが、現在の状況が良いと未来も明るいと思い込みます。バブル期の「イケイケどんどん」のように当時はこの勢いが永遠に続くものと多くの日本人が思っていました。しかし、逆のパターンで現在が悪いと未来はさらに悪くなると思い込むのも日本人のよくある考え方です。バブル後の日本人の考え方でした。
(図―2)

(図―2)

 現在と過去はつながっていますが、未来は別物です。未来は今後の戦略や対応で大きく変わります。また、消費者の未来の生活も現在のままでしょうか。今日から10年前、15年前を振り返ってみるとスマートフォン(スマホ)はありませんでしたし、ドローンも自動運転もありませんでした。インターネットでのウェブショッピングもこれほど生活に入り込んではいませんでした。消費者の生活が変わると考え方も変わります。考え方が変わると行動が変化します。その変化に企業がついていけるかあるいは変化を先取りして提案できないと企業は生き残れない時代です。未来を読み、戦略や対応を考えることが大事なことであるといえます。

 (図―2)にまとめましたが、未来の環境を予測するためのデータを各方面から収集する必要があります。結構、大変な作業ですが、今後これはAIによりデータ収集は大きく変わると思います。しかし、未来の消費者の生活と商品やサービスをつなげて需要を創造するのはマーケターの感性です。データの精度と収集力も大事ですが、マーケターの感性はさらに大事といえます。そしてそれらからブランドの目指す「志」や「理念」をデータによる「理性」と創造による「感性」から導き出します。

「ブランド設計図」で芯を創る 顧客に何を約束するか

 ここで未来を読むために、3つめの重要なポイントがぶれない戦略をつくるためにはぶれない芯をつくらないといけないということです。芯がないとそれこそ現象に左右されぶれてしまいます。
 ブランドの存在意義は何なのか、志や理念などとともに顧客に何を約束するのかをしっかり決めていかないと未来は見えてきません。ブランド戦略を立てる前にその根源になる「設計図」を考えなくてはなりません。それが芯となります。家を建てる時に設計図をつくることと同じで、家の建築にもいろんな人が携わります。大工さん、左官屋さん、庭師さんがバラバラの考えで家を建てるととんでもない家ができあがるのと同じです。
 建築主が木を生かしたウッディな家を建てたい「設計図」がありそれをみんなが共有し理解していれば、コンクリートの外壁をつくることはありません。(この「ブランドの設計図」の内容については次回で詳しく述べます。)この「設計図」をしっかりつくり上げ、消費者の生活の未来を考え、その生活にマッチしたあるいはさらに良くする提案を考えます。変化は一方でチャンスでもあり、市場は技術と消費者の生活の変化で構造が変わっていきます。そのチャンスは事業構造の強化や革新、あるいはシェアの逆転へもつながる可能性があります。戦略をつくる前の戦略の根源になる「設計図」づくりはとても大事といえます。

「トレンドの変化をとらえる」、エリア・マーケティング見直しが急務

 そして、4つめに重要なポイントが大きな流れの変化への対応です。そのトレンドの変化、そのタイミングをとらえる必要があるということです。最近は専門家やアナリストの予測が大きく外れ、「まさかっ!」が「またかっ!」になってきています。米国大統領選のトランプ氏の勝利や英国のEU(欧州連合)脱退など話題になりましたが、これは企業の調査による分析や評価も同じではないかと思います。今までの流れのままのベンチマークでは未来を見誤るということです。
 従来の調査や分析の考え方を変えるべきタイミングにあると思います。本社のマーケティング部が首都圏の消費者や顧客を対象にして意識や実態を調べてコンセプトをつくる。そのコンセプトを基に商品化され、宣伝コピーができあがり、広告する。また、商品の販売には全国一律の商談マニュアルと販促物などの販売促進策を行う。流行りのスマホのキャッチ広告もマスTVのものをそのままスマホで行っている企業やブランドも少なくないように見受けます。
 ここで私が強調したいのが「エリア・マーケティング」です。これだけニーズの多様性が広がっている時代にマーケティングを本社だけでやるのは危険なことではないでしょうか。各地域でそのエリアに合ったマーケティングを行う「エリア・マーケティング」を再度、見直す時期にきていると感じます。
 最近ではメーカーよりも流通企業が全国からエリアへと戦略転換をしてきています。本部棚割りパターンの廃止、エリアを意識した商品仕入れや陳列へと変化してきており、メーカーもまた地域の文化や慣習、地域の消費者の生活を調べてそれに合うまたはさらに良くなる一歩先の生活提案をしないと時代に合わなくなってきています。
(図―3)

(図―3)

 (図―3)でエリア・マーケティングの考え方をまとめましたが、その狙いは(1)成熟市場の掘り起こし(2)エリアごとの需要の活性化(3)人材の育成・能力開発です。特に、人材の育成ではただ商品を売り込む営業パーソンではなく、マーケティングスキルを持った営業パーソンの育成がこれから必要です。エリア・マーケティングの進め方で大事なことはまず、エリアの差を見つけ出し、その差の原因や理由をつかみ、消費者の生活と商品やサービスをどう結び付けるかにかかっています。それが新たなセグメント創造への道になります。
 この場合でも思い込みや経験知ではなく正確なデータを収集し分析していくことです。エリア・マーケター(エリアの営業パーソン)は消費者起点でエリアの消費者の生活や文化、慣習を熟知しており、また、エリア内のストアーチェックなどで現場のお店のデータと結びつけて新しいセグメントの仮説をつくりだしていきます。

 全国発想からエリア発想へ、そして「個」に対応するマーケティングへ移り変わる時代にしっかり対応できる人材と仕組みづくりが必要になってきています。
(日経MM情報活用塾メールマガジン6月号 2018年6月11日 更新)
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小島 正好 Masayoshi Kojima
株式会社アルスターコーポレーション代表

大学卒業後、花王石鹸株式会社(現 花王株式会社)に入社、長年にわたりマーケティング業務を担当し、エイトフォーやメリーズなどのブランドマネジャーを歴任した。またベトナム・ 中国など国際事業にも携わり現地でのブランド構築や育成をグローバルで実践した。のちコンサルティング会社(株式会社アルスターコーポレーション)を設立し、企業や行政に国内・ 国外を通しての幅広い知識と実践経験でコンサルティング活動を行っている。

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