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感性をビジネスに活かす 最終回

感性をビジネスに活かす 第2回

 黒川伊保子氏の連載コラム「感性をビジネスに活かす」第3回のテーマは「感性コミュニケーション」です。人類最大のストレス「話が通じない」はなぜ、起こるのか、その正体に迫ります。カギを握るのは、男女に関わらず、2つの種類がある人間の「脳の使い方」。いま、目の前の上司や部下、同僚はそのどちらを使っていますか? 組織力やモチベーションを無駄なくアップさせるためのコミュニケーション術をお伝えします。

感性コミュニケーション ~話が通じないの正体

 気持ちがすれ違う。わかってもらえない。話が通じない。
 もやもやする。いらいらする。
 人間関係で生じる、こんな気持ちを、経験したことのない人はいないと思う。
 コミュニケーション・ストレスは、人類最大のストレスと言っても過言ではない。
 このコミュニケーション・ストレス、「心」の問題ではなく、「脳の使い方」の癖のせいだってこと、知っていますか?
黒川 伊保子氏

黒川 伊保子氏

ゴール指向問題解決型 VS プロセス指向共感型

 脳の中には、ストレスを感じたときにとっさに使われる神経回路モデルがある。大きく分けて二種類だ。
 ひとつは、脳の縦方向の信号を駆使するモデル。目標に潔くロックオンして、目標達成(成果、ゴール)のために、すべての資源を集約する回路である。この使い方をするときは、遠くの動くものに照準が合いやすい。コミュニケーション・スタイルは、指摘と問題解決。対話は、相手の弱点や、全体の問題点の指摘から始まり、その改善をめざすことで着地する。
 ゴール指向問題解決型と呼ぶ。
 もうひとつは、脳の横方向の信号を駆使するモデル。感情をキーファクターにして、過去の記憶をたどり、プロセスの中から知見を見つけ出す回路だ。気づきと絆を作り出し、暮らしの安心に寄与する。この使い方をするときは、身の回りを満遍なく見ることに長けている。コミュニケーション・スタイルは共感。対話は、相手の気持ちに寄り添うことで始まり、互いの気づきを誘発することで着地する。
 プロセス指向共感型と呼ぶ。

男女のミゾ

 誰の脳の中にも、この二つの回路は内在されているが、個体ごとに、とっさに使う側が決められている。脳が強いストレスを感じたとき、すなわち生命の危険に瀕した時に、どちらの回路を選択するか、迷っている暇はないからだ。
 そして、多くの男性はゴール指向問題解決型、多くの女性がプロセス指向共感型に初期設定されている。
 理由はおわかりだろう。
 男性たちの脳は、何万年も狩りをしながら進化してきた。荒野に出て、危険な目に遭いながら、仲間と自分を瞬時に救いつつ、確実に成果を出して帰ってこられる男だけが、子孫を増やすことができたのである。
 狩人たちは、耳を澄まして、森を行く。耳を澄ますのは、水や風の音で、先の地形の変化を知り、獣の気配を聞き逃さないため。さらに、目に入ったランドマークを、時々刻々、脳の仮想空間にプロットしながら歩いている。このおかげで、地図もGPS(全地球測位システム)もない時代に、男たちは荒野の果てから帰ってこられたのである。
 男性脳は忙しい。このため、おしゃべりに使えるワーク領域は、女性の数十分の一と言われている。
 「おしゃべり」がストレス。穏やかな沈黙こそが、男性脳の性能を上げる。

 一方、女性たちの脳は、子育てをしながら進化してきた。授乳期間の長い人類は、人工栄養もインターネットもない時代には、おっぱいを融通し合ったり、何気ない子育ての知恵を交換し合ったりしなければ、子どもを無事に育て上げることができなかった。
 たとえ、今生、子どもを産まなくても、ここまでは、子育てを完遂した女性脳でリレーされてきている。女性ならば、誰もが、「子育て成功者」の子孫なのだ。多くの女性がプロセス指向共感型に初期設定されていても、何ら不思議なことはない。
 こちらは、「おしゃべり」でストレスが減少する。共感こそが、女性脳の性能を上げる。
 さて、こんなに違う二つの脳の間で、コミュニケーション・ストレスが生じないわけがない。
 もちろん、同じギャップが、専業主婦の母親と、現役キャリアウーマンの娘との間に生じる。性別に関係なく、経営者と従業員の間に起こることもある。

男女の脳は違うのか、違わないのか

 どちらかが「問題解決型」にスイッチが入り、どちらかが「共感型」にスイッチが入ってしまうと、二者間の心はすれ違う。モヤモヤして、イライラする。
 いとも簡単なからくりなのに、人類は、長い間、個人の資質や心の問題、あるいは愛情の問題だと思い込んできたのである。
 このシリーズでは、脳というビューアで、この世の謎を解いてきた。
 1回目は語感の秘密、2回目はトレンドの秘密。いずれも「センスのある人だけが、なんとなく感じられる、ことばや記号にできない何か」で、科学の俎上(そじょう)には上がらないと思われてきたものだ。私は、人工知能の手法を使って、これらを科学の俎上に載せてきた。「センスを科学する」あるいは「感性を科学する」のが、私の研究のテーマなのである。
 そして、今回は、「コミュニケーション・ストレス」。太古の昔から、男女の間に横たわる、深いミゾについて。

 男女の脳は違わない。
 男女の脳は違う。
 ── これは、どっちも正しい。
 男女の脳は、全機能搭載可能で生まれてくる。どちらかにしかない器官というのはない。しかし、生殖の戦略の違いによって、「とっさに使う回路」の初期設定が違うのである。
 「同じ」脳だが、とっさに「違う」機能を発揮する。これが、男女の脳のありようだ。
 脳を、ゴール指向問題解決型回路にフィックスさせるのに、男性ホルモン・テストステロンが大きく寄与している。
 テストステロンは、男性の生殖能力をアシストするホルモンで、生殖器官を成熟させるため、二次性徴期(13~18歳)に人生最大の分泌量を示す。テストステロンは下半身のみならず、脳にも強く影響していて、目的意識、闘争心、縄張り意識などを作り出している。さらに、好奇心ややる気を作り出すドーパミンも誘発する。
 すなわち、男子は、13歳を過ぎたころから、テストステロンによって、一気にゴール指向問題解決型に振り切り、闘争心に駆られて、荒野に出ていくようにデザインされているのである。
 ちなみに、テストステロンは、女性ホルモンの起爆剤にもなっており、女性にも分泌する。競争社会に身を置く女性は、その分泌量が男性並みだと言われていて、カジダン・イクメンと管理職妻なら、妻の方が、テストステロン分泌量が多いというデータもある。
 生まれつきテストステロンが多い女性が競争社会に身を置くのか、競争社会に駆り出されて、しかたなくテストステロンが増えるのか、どっちが先かはわかっていないそうである。おそらく、その相乗効果だと思う。
 したがって、男女で逆のギャップになることもある。
 男性なのにプロセス指向共感型、女性なのにゴール指向問題解決型。これもまた、人類に不可欠な脳タイプである。多数派の男女とは、別の発想や行動が可能になる。
 さまざまなタイプの脳と身体があって、組織は強くなる。違うからこそ、すばらしい。
 しかし、違うからこそ、ストレスだ。それを何とかしよう。

ある女性管理職の悩み

 ある開発チームの女性リーダーの話。
 ── チームに不測の事態が続いた。ユーザーからの要件変更が、あらぬ時期に度重なった。一つ一つは対応できないことではなかったが、総体として動きが取れなくなった。メンバー間で流行ったインフルエンザも打撃になった。こうなったら、来月の目標を下方修正して、チームを立て直したい。それを、上司である所属長に伝えなければならない。
 ところが、上司は、いちいち「こうすればよかった」「目論見が甘かった」「その対応は、ここがまずい」と女性リーダーのやり方を否定してくる。全部自分が悪いと言われているようで、彼女はとうとう「目標の下方修正」を言い出せず、死にたい気持ちで職場に戻ったという。
 上司はわかってくれない。彼女は頭を抱えた。
 なぜ、上司は、話を聞いてくれないのだろうか。 理由は明確である。最初に話の目的を明らかにしなかったからだ。自分と、チームに起こった不測の事態を、悲しい感情に乗せて、「奏でて」聞かせたのが間違いだった。
 問題解決型のリーダーは、「最短で問題解決する」ことを旨に脳を動かしているので、起承転結の「起」から食らいついてくるのである。「不測の事態」を一つ言われた瞬間に、それがゴールだと早とちりし、解決策を言ってしまうのだ。「あ、ゴール! キーック!」という感じだ。悪気なんかさらさらない。大切な部下を育て、援護するために、すばやくそれをしているのである。
 このケース、上司には、なんら落ち度はない。むしろ、デキる、思いやりのある上司だ。悪いのは、ゴールを無駄打ちさせた部下の方である。なのに、「いちいち、私が悪いと責められて」と逆恨みするなんて、上司の視点から見れば、「仕事はよくできるが、論理力に欠け、逆境に弱い。リーダーシップに問題あり」に見えてしまう。
 誠実な上司に、察しのいい部下。二人にはなんの落ち度もないのに、話はすれ違い、部下は「上司はわかってくれない」と絶望し、上司は「彼女には期待していたのに、残念だ」などと評価を下げてしまう。
 こんな悲しいことはない。なにがあっても、「ゴール」を最初に掲げよう。

言いにくい話には前向きのキャッチフレーズ

 ただし、「目標を下方修正したい」なんて、身もふたもないことから始めなくてもいいのである。後ろ向きの提案には、前向きのキャッチフレーズをつけると言いやすい。「顧客満足度の向上と、チームの意欲向上のために、来月の目標を下方修正します」のように。「前向きな目標」と結論をセットで言うのだ。
 すると、上司は必ず「どういうことだ?」と聞いてくるので、「聞いてくださいよ。ここのところ、たいへんなことが重なって…」と、状況を訴えればいい。
 ゴールがわかっているので、問題解決型の上司も落ち着いて経緯を聞いてくれる。時には、優しい同情も寄せてくれる。
 私は家庭でもこれを使う。「家族みんなのしあわせのために、今夜、お母さんはご飯作らないね」
 男子たちが「え~っ」と振り向いたところで、「それがさぁ、こんなことがあって、あんなことがあって、ご飯なんか作ったら、ストレスで爆発しちゃうかも」と訴える。「そりゃ、たいへんだ。ピザでも取ろう」ということになって、一件落着。 

共感の対話術

 プロセス指向共感型回路を使っているとき、脳は、感情をトリガー(きっかけ)にして、過去の記憶を引き出し、再体験して、プロセス解析を試みる。だから、「あの人にこう言ったら、ああ言われて、傷ついた。ひどい」という言い方になる。しかし、これ、愚痴なんかじゃなく、プロセス解析をして、気づきを生もうとしている状態だ。
 感情を語る人には、共感してねぎらってあげること。「そりゃ、たいへんだったね。よくやったと、僕は思うよ」のように。すると、自分から「私もちょっときつい言い方しちゃったかも」なんて言い出したりする。
 ゴール指向問題解決型の人は、いきなり「きみも、こうすればよかったのに」「向こうにも一理ある」とか言いがちだが、それは、せめて共感の後に。
 ゴール指向問題解決型の人が、いきなり家族や部下の悪いところを指摘するのは、その人をいち早く混乱から救うための‶愛〟であって、責めているわけでも、他人の肩を持っているわけでもない……ということを、共感型の人も、覚えておくといい。
 「いきなり否定されても、気にしない」が、女性が身に着けるべき最大のビジネスマナーだと私は思っている。弱点を突かれたら、「そこ、困っているんです。どうしたらいいでしょうか」と、‶頼り返し〟の術を使えばいい。「それは、お前が考えろ」と言われたら、にっこり笑って「はい」でいい。
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 目の前の人の脳の「使い方」に合わせて、臨機応変にコミュニケーション・スタイルを変える。感情で語る人は共感型、疑問点を最初に明確にした人は問題解決型なので、慣れてくれば、そう難しい判断じゃない。
 迷ったときは、共感から始めればいい(ただし、今この瞬間、命が危ない場合を除いて)。共感型の人がいきなり、弱点を突かれるとショックだが、問題解決型の人が共感されても、ショックは受けないからだ。
 コミュニケーション術を身につければ、組織力を上げることができる。無駄に傷つくこともないから、モチベーションも下がらない。あらゆるビジネスツールの中でも最強ではないだろうか。
 さて、この文章を読んだ後、最初にあなたの前に現れる人は、どっちの脳を使っているのだろうか?
(日経MM情報活用塾メールマガジン9月号 2020年9月28日 更新)
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黒川 伊保子 Ihoko Kurokawa
㈱感性リサーチ代表取締役社長、人工知能研究者(ブレイン・サイバネティクス)、日本ネーミング協会理事、エッセィスト

1983年奈良女子大学理学部物理学科を卒業、コンピュータ・メーカーに就職し、人工知能(AI)エンジニアを経て、2003年、ことばの潜在脳効果の数値化に成功、大塚製薬「SoyJoy」のネーミングなど、多くの商品名の感性分析に貢献している。 男女の脳の「とっさの使い方」の違いを発見し、人類のコミュニケーション・ストレスの最大の原因を解明。 その研究成果を元に多くの著書が生み出されている。中でも、『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』は、家庭の必需品と言われ、ミリオンセラーに及ぶ勢い。 主な著書に、『恋愛脳』『夫婦脳』『家族脳』『成熟脳』(新潮文庫)、『ヒトは7年で脱皮する~近未来を予測する脳科学』(朝日新書)『女の機嫌の直し方』『ことばのトリセツ』(インターナショナル新書)『人間のトリセツ ~人工知能への手紙』(ちくま新書)、『共感障害』(新潮社)、『母脳』『英雄の書』(ポプラ社)、最新刊『コミュニケーション・ストレス ~男女のミゾを科学する』(PHP新書)、最新刊『女と男はすれ違う』(ポプラ新書)など