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感性をビジネスに活かす 第1回

人やモノとのリアルな接触が避けられている今、人間同士をつなぐ言葉や会話、コミュニケーションの重要性が増しています。人間の身体的な感覚に基づく自然な欲求や感情、衝動を示す「感性」に着目、脳科学の立場から分析し、マーケティングを中心としたビジネスや、暮らし、ライフスタイルなどについてさまざまなメッセージ、助言を与えてきた黒川伊保子氏。アフターコロナ時代、これまでの「道理」(理性)が通用しにくくなっているなか、「妻のトリセツ」「夫のトリセツ」などベストセラーの著作もある黒川氏に、「感性」をビジネスに活かすコツを3つのテーマにまとめていただきます。第1回は「感性ネーミング ~感じることばの法則」です。

感性ネーミング ~感じることばの法則

 プロフェッショナルとしてふるまう現場で、けっしてD音の接続詞を使わない。
 これは、若き日に、私が決心したことだ。「でも」「だって」「どうせ」「だからぁ」「たださぁ」…これらを使う先輩が、みんなかっこ悪かったから。チームの意欲とスピードにブレーキをかける、不快なことばたち。私が、意図的に導入した、最初の語感的対話ルールである。

語感の正体

 D音は、けっして悪者じゃない。
 Dは、下の歯列いっぱいに舌を膨らませつつ、細かい振動をかけて発音する。どっしりとした感覚が下あごに伝わり、身体全体に広がる。馬を「どうどう」と言って落ち着かせるのは、乗り手の身体がどっしりと落ち着き、ブレーキになるからだ。
 この感覚は、ブランドネームにうまく使えば、押しも押されもしない風格を醸し出す。たとえば、和菓子屋の名を「ふわり」としたら、儚(はかな)げな美しい菓子を彷彿(ほうふつ)とさせるネーミングである。それを「ふわり堂」としたとたんに、老舗感が漂うのがおわかりになるだろうか。
F音は、唇を丸めて、息を丸く放出する音。放出された息は、いったん宙に浮かんで、儚く霧散する。浮遊感、幻想感を誘発するので、ファンタジー、フェアリーなどは意味と語感がぴったり一致するのだ。このフに、口の空け具合を極小から極大へ一気に展開するワが続く、すなわち、フワと発音すると、「浮く」「膨らむ」感覚が口腔周辺に起こり、それが脳にイメージを作り出す。「ふわふわ」と発音すると、実際に、息と筋肉がフワフワしているのだ。
 これが、語感の正体である。口腔周辺で起こる物理現象が、発音の体感となって小脳に届き、イメージになる。
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Dは風格の音

 儚く膨らむ「ふわ」に、舌を翻すことで華やかさを感じさせる「り」を最後に添えた「ふわり」は、和菓子の名に与えれば、「儚げな、美しい菓子」を思わせる。
 これに「どう」を重ねると、停滞感(長く留まる感じ)が追随するので、伝統を感じさせるのである。「ふわり」の儚さに対し、「ふわり堂」の風格。D音は、「ふわり」ほどにフワフワしたことばさえも、地に足をつけさせてしまう重みがある。
 シャネルは100年越えのブランド、ミラショーンも60年を越える老舗ブランドなのに、どちらも新鮮さを感じさせるネーミングなので、「風格」とか「伝統」ということばは似合わない(実際それを持っているのに)。ディオールは、「不機嫌な美女が怒りまくる」ような斬新なCMを仕掛けても、Diorというロゴが現れたとたんに落ち着きとやわらかさを感じさせて、風格のある着地になる。
 どちらがいいとか悪いとか、そんな話じゃない。すべてのことばの音に、それぞれの魅力がある。すべての色に、それぞれに魅力があるように。
 しかし、シーンやシチュエーションに合わない色は醜悪に感じられるように、ことばの音も使うシーンによって、魅力的であったり、そうでなかったりするのである。

対話のブレーキ役

 停滞感をもたらすD音は、会話では、ブレーキ役に使われる。
 私も他人のためには、このブレーキを使う。テンパっている若い人に「大丈夫」「でもね」「できないよね」なんていうふうに。気が逸って、緊張しすぎている人を立ち止まらせ、落ち着かせるのに、D音ほど効く発音体感はない。
 しかし、「自分のために」この音を使うほどカッコ悪いことはない。特にプロたちが。
 私は、エンジニアとして無理な日程を言われたときも、「でも、その日程じゃ無理ですよ。だって」などとは決して言わなかった。口元がかっこ悪くなるのが嫌だったからだ。
 Dの接続詞を使わないと、「来週の水曜日までなら、8割ほど完了できます。そこでいったん、報告書を書きましょうか? すべてを完了させるには、もう二日ください。半端な仕事はできませんから」といった口の利き方になる。まるでデキるエンジニアみたいでしょ?

 他人の話を遮(さえぎ)るときに、「で」「それで」は、よく使われる。「で、結論は?」「それで、何が言いたいの?」相手の話にブレーキをかけて、いっきにまとめようとするときの常套(じょうとう)手段である。
 「で、何が言いたいの?」、言うほうの気持ちはよくわかるが、このことば、言われた方の不快感は半端ない。対話をぶち壊すクラッシャーだ。このセリフを言ったら一貫の終わり。対話はぶち壊れて、結論は宙に浮き、何の解決も見ない上に、相手の不興を買うのみ。
 ぐずぐず言う部下や同僚に、話をぶち壊すためにこのセリフを吐くのはまぁいいとして、妻や恋人に、これを言うのはいかがなものだろうか。

発音体感は、周囲も巻き込む

 発音体感は、自分のみならず、周囲の人の脳にも影響を与えてしまう。
 私たちの脳は、目の前の人の表情や所作を、直接自分の神経系に写し取ってしまう。ミラーニューロン(鏡の脳細胞)と呼ばれる神経細胞によってもたらされている能力で、赤ちゃんの時には、これを使って、言語を獲得するのである。ミラーニューロンによって、目の前の人の口腔周辺の筋肉の動きを、鏡に映すように、自分の神経系に移しとる。だから、発話ができるのだ。
会話
 大人になっても、この能力は失われない。つまり、発音体感は、相手の神経系に移しとられ、潜在意識にイメージを描いてしまうのである。
 だから、Dの接続詞には気を付けたほうがいい。自分のみならず、周囲の人の意欲にもブレーキをかける。これを多用する上司のもとで、部下が意欲を保つのは難しい。
 ことばだけじゃない、表情もまたそう。大人になったら、表情とことばは、他者のためにある。自分の気持ちを垂れ流すためではなく。
 後ろ向きの表情は、後ろ向きの気持ちを部下や子どもに伝染させてしまう。「前向きの、好奇心に溢れた嬉しそうな表情」をしていれば、周囲にもその気持ちをあげられる。前向きの部下は、前向きの表情の上司の下にしか育たない。部下にやる気がないと思ったら、自分の表情と、D音のことばを見直してみよう。

気合が入ることば

 たまった仕事を片付けなくてはいけない。疲れているけど、もうひと踏ん張り…そんなとき、ふと口を突いて出ることばはあるだろうか。
 実はこういうときの掛け声は、「パパッと、片づける」「さっさとやろう」「シュワッ」(軽やかな清音)が気持ちいい人と、「ざっくり、片づける」「頑張ろう」「ダダダ」(力強い濁音)が気持ちいい人と、二つに分かれるのである。
 人類には、立ち上がるときに、膝をきっかけに立ち上がる人と、腰をきっかけに立ち上がる人がいる。膝をきっかけに立ち上がる人は、「踏みしめる」感覚が先にきて、腰をきっかけに立ち上がる人は「持ち上がる」感覚が先にくる。このため、膝の人は、重い音にアシストされ、腰の人は、軽い音に助けられる。
 「頑張ろう」「ガツンと行こう」なんて声をかけられると、膝派は意欲が湧くが、腰派は気が重くなる。一方、「パッパとやろう」「軽い、軽い」なんて声をかけたら、腰派は動きやすくなるが、膝派は「この人、ことの大変さがわかってないんじゃないか」と軽く失望してしまう。
 人間の相性は、こんなところに左右されているのである。
 そこで、どちらの部下にも使える、気合ことばを一つ。万能なのは「よし」「よっしゃ」である。ヨはイオを一拍で発音することば。強い前向きのパワー(イ)を上下に大きく(オ)に緩和する。口腔を上下に拡張するので、「踏む」人にも、「上がる」人にも効くのである。しかも、その後に、息の噴射(シ、シャ)がアシストする。
 よく似たことばだが、ヨイショは、他人を励ますのにはお勧めできない。ヨで上下に拡張した口腔を、もう一度イで緊張させる。一度で動き出せない人が、二度頑張ることばなのである。筋力が弱った人や、やる気が足りない人が、つい口に出すヨイショ。筋力とやる気がある人には、イが余分なのだ。
 ただし、重い荷物を持ち上げるのにはいいことばだ。一気に持ち上げず、力をこめる動作を二度に分けることになる。腰にいいはずである。

いい男は、女にヤ行を与える

 先ほど、ヨは、イオを一拍で発音する、と述べた。
 実は、Y音は、イを基音にした二重母音なのである。イアを一拍で発音するとヤに、イウを一拍で発音するとユに、イオを一拍で発音するとヨになる。いずれも舌に最も強い緊張を走らせるイからの変化なので、緊張緩和の体感を作りだすのである。
 緊張を解き、優しさを漂わせるヤ行音。男たちはもっと、この音を女性にあげてほしい。優しいだけじゃない、深い思いを伝える音韻だからだ。
 二重母音は、母音を揺らすので、「発音準備」から「音の発現」までに時間がかかる音なのである。このため、「長い時間」を感じさせる。たとえば、長い外出から帰ってきた夫が妻に「やれやれ」と言う。「いろいろあったけど、やっと帰ってきたよ」というニュアンスが伝わる。まるで、外出中ずっと妻を思っていたかのように。
 デートに遅れて走りこんできたビジネスマンにも、それを言ってほしい。「仕事が終わらなくてさぁ」なんて余計なことは言わずに、ただ一言「やれやれ」と。
 「やっと二人になれたね」「ようやく、ここまできた」「ゆっくりしよう」などなど、ヤ行音は、女心を解くことばである。モテたかったら、覚えておくといい。

感性ネーミングのススメ

 会社名、ブランド名、商品名、キャッチフレーズ……ビジネスシーンは、ことばで溢れている。このことばたちの語感を気にしたことがあるだろうか。
 私たちの発音制御は小脳が行っている。小脳は潜在意識下にある器官なので、口の中で起こっている物理効果を、普通は意識することはない。しかし、意識さえすれば、きっとわかる。筋肉は硬いのか柔らかいのか、息はスピードがあるのか停滞しているのか、口腔は高いのか低いのか。
 あなたの大事なことばたちの発音を、伝えたいコンセプトを念頭に置いて、しっかり味わってみてほしい。
 発音の体感と、商品コンセプトが一致したとき、そのブランドネームは、市場の初期認知がよく、定着もいい。また、企業内でも、開発の方向性がぶれず、営業の士気も上がる。脳に届く語感のパワーを、ぜひ有効活用してください。
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(日経MM情報活用塾メールマガジン7月号 2020年7月29日 更新)
次回は、「感性トレンド ~近未来を予測する脳科学」です。
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黒川 伊保子 Ihoko Kurokawa
㈱感性リサーチ代表取締役社長、人工知能研究者(ブレイン・サイバネティクス)、日本ネーミング協会理事、エッセィスト

1983年奈良女子大学理学部物理学科を卒業、コンピュータ・メーカーに就職し、人工知能(AI)エンジニアを経て、2003年、ことばの潜在脳効果の数値化に成功、大塚製薬「SoyJoy」のネーミングなど、多くの商品名の感性分析に貢献している。 男女の脳の「とっさの使い方」の違いを発見し、人類のコミュニケーション・ストレスの最大の原因を解明。 その研究成果を元に多くの著書が生み出されている。中でも、『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』は、家庭の必需品と言われ、ミリオンセラーに及ぶ勢い。 主な著書に、『恋愛脳』『夫婦脳』『家族脳』『成熟脳』(新潮文庫)、『ヒトは7年で脱皮する~近未来を予測する脳科学』(朝日新書)『女の機嫌の直し方』『ことばのトリセツ』(インターナショナル新書)『人間のトリセツ ~人工知能への手紙』(ちくま新書)、『共感障害』(新潮社)、『母脳』『英雄の書』(ポプラ社)、最新刊『コミュニケーション・ストレス ~男女のミゾを科学する』(PHP新書)など。