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感性をビジネスに活かす 第2回

感性をビジネスに活かす 第1回

 「妻のトリセツ」「夫のトリセツ」などのベストセラー著作のある黒川伊保子氏の連載コラム「感性をビジネスに活かす」第2回のテーマは「感性トレンド」。脳科学から時代の風を読み解くコツをやさしく伝授します。キーワードは「ヒトは7年で飽きる」。7年前、28年前、56年前の世界に戻り、これから来るヒットのヒントを見つけてください。

感性トレンド ~近未来を予測する脳科学

黒川伊保子様
 私には、7年、28年、56年という時間のビューで世の中を見るという術がある。
 「時代の風」を読まなければならないとき、7年前に何が起こったか、28年前に何が起こったか、56年前に何が起こったか、これらを起点にしてものを考えると、「今」がつかめることがあるのだ。
 「今」でなくてもいい。2年後の時代の風を読みたいときは、その年から7年、28年、56年を引いてみればいい。
 つまり、この手法を使えば、ときには「近未来」が読めるのである。
 「2年後のヒット商品を考えてみろ」なんて言われたって、なかなか答えられるものじゃない。何のツールも使わず、闇雲に何か見つけようとしても、議論も始まらない。
 でも、この手法を使えば、コンセプトやデザイン、ネーミングの方向性に、ひとつの予測が立てられる。
 そこから、何か始めればいいのだ。
 未来を、確実に言い当てようというわけじゃない。
 新発想を展開するための、手がかりを見つけるのが目的だ。
 ここでは、私が、新発想がほしいときに使う、時間のビュー「感性トレンド」について、語ろうと思う。かなり大胆な思考の旅にお連れすることになるが、どうぞ〝遊び心〟を忘れずについてきてほしい。

脳に内在する二大感性

 ヒトの脳には、二つの感性回路が内在している。
 「プロセス指向共感型」と「ゴール指向問題解決型」だ。
 プロセス指向共感型は、右脳と左脳を密度高く、頻繁に連携させる脳の使い方のこと。これを優先して使う人は、「感情」をトリガーにして記憶を想起することが得意で、直感が働きやすく、共感によってコミュニケーションを図りたがる。複雑・曲線・ふっくら高い・多様(バラエティ)・アナログなどの事象を好む傾向がある。
 一方、ゴール指向問題解決型は、空間認識機能を優先する脳の使い方のこと。目標を決めたら、雑多なことは目に入らず、ひたすら邁進できる。対話は、「相手の問題点を洗い出し、いち早く問題解決する」ために行われる。簡潔・直線・横長・グローバル・デジタルなどの事象を好む。
 誰もが、どちらの使い方もできるのだが、大衆全体に、時代によって、プロセス指向共感型を強く使ったり、ゴール指向問題解決型を強く使ったりする傾向が現れる。
 すなわち、あるときは「ふわふわキラキラのファッションや、丸くてカワイイ車に夢中になり、おばかタレントを愛で、心の絆を歌いたがる」だった人々が、あるときは「モノトーンの直線的なファッションや、シャープな車に夢中になり、スターやエリートに憧れ、尖った気持ちを歌いたがる」人々になったりもする。

時代の‶振れ幅〟

 思い出してみてほしい。2003年ごろ、クイズ番組で、「おばかタレント」ブームが巻き起こった。引き算を間違う、独創的な漢字を書く、時の総理大臣の名前も答えられない、そんな姿を笑いながらも、温かく応援するMC(司会者)や視聴者たち。テレビの画面には、ハートフルな光景が展開されていた。
 同じころ、「電車男」というドラマが話題になる。ぐずぐずするイケてない男子を、たくさんの人々が温かく応援する物語である。同時期の「ごくせん」は、どうしようもない不良ばかりの落ちこぼれクラスが舞台だった。
 その後、クイズ番組は凛々しさを取り戻し、東大王選手権のように、エリートのスゴ技を楽しむ時代に。ドラマも「派遣の品格」や「半沢直樹」へ。孤高のヒロインやヒーローが登場するようになる。
 2000年代には、「夢」ということばが流行った。企業もキャッチコピーに「夢」を使いたがり、「○○が夢」と語る学生起業家、OL起業家に支援が集まった。
 現在、企業もアスリートも「夢」ということばはあまり使わない。「使命」ということばが増えている。
 この世には、「甘く夢を語り合いたい」時代と、「凛々しさに憧れる」時代があるのだ。2020年現在、後者がぐんぐん強まっている。「凛々しい」「才能がある」「一途である」「プロ」「使命感がある」がうれしい時代である。
 タイトル戦に挑む、将棋の藤井聡太七段の姿を見ていると、まさに「時代のヒーロー」だなと感服する。一方で、芸能界では「群れて、わいわい」系のアイドルには、陰りが見える。ここらで、ピンのスターの登場が欲しいところなのでは?

ヒトは7年で飽きる

 時代に、これだけの振れ幅があるなら、それは、どんな周期で、いったりきたりしているのだろうか。その糸口となるのが、「7」という数である。
 ものごとを認知するとき、脳がとっさに使う超短期記憶の収納場所がある。レジスタと呼ばれるその場所は、脳が受け止めた情報を一時的に保持して、その全体性をはかるために使われる。実は、そのレジスタの数が7つである脳が、人類の多くを占めるのである。
 たとえて言うならば、脳には「全体」を顕わすテーブルがあり、そのテーブルには座席が7つあるのである。この座席数より少ない情報数ならば、ヒトはとっさに取りこぼしなく把握できる。さらに、7つの座席が埋まれば、人は、すべてが取り揃った感じがして安心する。
 ラッキーセブンに七福神…幸福は、洋の東西を問わず、7つの座席をいっぱいにしてやってくる。冒険者は七つの海を越え、七色の虹を見る。歌姫は、7つの音階(一オクターブ)で歌を歌う。
 この7つのレジスタに、「時間幅のある情報」が並べば、ヒトは「一巡した」と感じる。私が一時期、実験に参加させていただいていた東京医科歯科大学の角田忠信先生の研究成果によれば、ヒトの脳は地球の自転と公転を感知している可能性が高い。となれば、脳の中に「7日周期」と「7年周期」があってもおかしくないと、私は考えた。
 7日周期と言えば、「一週間」は世界中に定着していて、その根強さもまた格別だ。フランス革命の後、政府は5日で暮らす革命暦を導入したそうだが、長くはもたなかったという。ロシアでも、10日で暮らすソ連革命暦が導入されたが、やはり定着しなかった。
 世界中が7日で暮らしているのは、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教の教えによるからなのだが、この3宗教は同じ古代宗教に端を発しているので、揃っているのは不思議じゃない。けれど、仏教までが、初七日、二七日…と7日を数え、四十九日で故人をあきらめていく。神や仏が導く「7日」は、私たちの神経系の中にある「7日」なのだろう。
 では、「7年周期」とは何なのか。
 私は、ふと思いついて、離婚経験者に「離婚したのは、一緒に暮らし始めて何年目?」というアンケートを取ってみた。7年目、14年目、21年目という7年の倍数の年に、明らかに偏っているのである。
 転職経験者への「転職したのは、前職についてから何年め?」というアンケートでは、さらにその傾向が強かった。私自身、最初の会社を辞めたのは、14年目だった。
 ヒトは、どうも、何かを始めてから7年目に、「一巡した」という、ある種の完遂感が降りてくるようなのだ。「一巡した。ここから先は、この繰り返し」という気の遠くなるような何かだ。
 つまり、飽きるのである。

丸い車、四角い車

 さて、7年で飽きる、という現象。ビジネスに活かすなら、当然、流行予測である。
 車には、直線を多用したシャープな印象のデザインが流行る時代(直近では1970年代後半から1980年代)と、曲線を多用したグラマラスな印象のデザインが流行る時代(直近では2000年代)が交互にやってくる。
 2002~3年にかけて、世の中の車の曲線度がピークに達した感があった。コロッと丸くて、お菓子やフルーツのようなキュートなカラーに塗られた小型車が街を席巻してきていた。高級車は、どれも、グラマラス。複雑な曲線で車体が彩られており、ライトはきらびやかな異形で、フロントには凹凸や派手な装飾があり、「顔」が派手になった。グラマラスが強調されすぎて、どの車も、ある意味似て見えてしまったほどだ。
 2003年5月、ボルボXC90の日本発表時のプレスタイトルが〝「四角」いボルボが「丸い」わけ〟だった。
 当時のボルボ・カーズジャパン商品企画の広報は「この『丸い』デザインについて、本国スウェーデンのデザイナーは『時代の要請』である、と言っています。それは、空気抵抗など空力特性なども総合した結果です。70年代以前の丸いデザインに戻った、というスタンスですね」と語っている。2000年当時、「四角いボルボ」とニックネームのように言われていたボルボは、実は70年代以前は、丸いデザインだったのである。流行にしっかりと、そのフォルムを合わせているのだ。さすが、世界を席巻する北欧デザインである。

「四角い」で車を買う?

 その7年後、2009年、車のCMに不思議な現象があった。「四角い」ブームである。2008年、角張ったワゴン車カローラルミオンが登場。2009年には、「ごつんとルミオン、四角系」というキャッチフレーズで華やかにCM展開をかけた。
 同時期、もっと目立ったCMコピーが「カクカクシカジカ 四角いムーブ コンテ新登場」。覚えている方も多いと思う。このキャッチフレーズ、広告代理店は1クール用に作ったのだが(「新登場」には賞味期限があるからね)、なんと人気を博し、19か月間も使用されたそうだ。
 さて、「四角い」である。車を買う理由になるだろうか。
 丸い車を見飽きた大衆が、丸いラインの中にも、ちょっとした角が見えたことに反応して、「四角い」というキーワードをことさら気持ちよがった。私たちはそう見る。
 しかしながら、ハコスカ(1970年代の箱型スカイライン)に憧れた私たちの世代にしてみたら、ルミオンもムーブもどっぷり丸い。ちょっと角が立っただけだ。
 実は、ここから、7年ごとに変容して時を重ね、28年の時をかけて、箱型の時代へ戻っていく。2009年の「四角い」は、その最初のちょっとした騒ぎにしか過ぎない。

感性は28年で真逆に転じる

 2002年から18年経った2020年現在、車はまだ、グラマラス時代の中にいる。
 車は曲線のピークを迎えた後、7年で角が立ち、その7年後、角が尖りだす。その7年後には、横の直線がすっと伸びて、さらに7年経つと、フロントが平らになり、まっすぐなウェストラインがモール(金属の細い板)やツートーンカラーでさらに強調されて、長方形のシャープな車に姿を変える。まん丸の車が、シャープな箱型に転じるのには28年かかるのである。

つけまVSアイライン

 車が直線と角で出来ている時代、女性の化粧やファッションも同様だった。脳は、同じ神経回路を使って「気持ちいいこと」を決めているので、車とファッションの傾向が異なるわけがない。
 1980年代の女性たちは、肩パッドを入れて、肩をいからせた。スカートもパンツも細いストレートライン。髪はワンレングスといって、横にまっすぐに切りそろえる。眉毛も横一直線に太く描かれた。
 車が複雑な曲線で囲まれた2000年代には、女の子のファッションも同じである。ギャザーにフリルに紐結び。花柄やヒョウ柄など、複雑な曲線で構成された柄物を好んで着たりもした。髪の毛は、不規則なカールで、あっちに跳ねたりこっちに跳ねたり。
 2009年には、「つけま(つけまつ毛)」ブームが勃発。これらは、車でいう「角が立つのが嬉しい」という感覚に呼応する。
 「つけま」ブームの全盛期には、びっくりするような剛毛かつ長毛のまつ毛エクステ(付け毛)で、ばさばさと瞬きする女子も多発したが、ここまでくると、「脳は飽きる」。
 2010年代に入ると、徐々にアイラインに取って代わられ、2015年初夏、とうとうアイライナーの売り上げが付けまつげを凌駕して逆転した。
 ちなみに、1950年代にもつけまつ毛ブームはあり、1959年、アイラインが印象的な化粧が流行る。奇しくも、2015年の56年前であった。

時代の読み方

 というわけで、「時代の風」を読み解こうと思ったら、
①    7年前にブームになったことをキャッチアップし、そのアンチテーゼを探し出す
②    56年前のトレンドを分析し、似たことが起こると予測する
③    28年前のトレンドを分析し、真逆のことが起こると予測する
 上記の①~③になんらかの共通点が見つかったら、それが一つの方向性である。
 ぜひとも、自らのビジネスカテゴリで、この分析をしてみてほしい。閃き(ひらめき)が降りてくることがある。

そして2020年?「機能」「本質」「使命」…

 2020年は、ゴール指向問題解決型の感性へと、どんどん時代の風が強まっている。
 シンプルであること、「飾り」じゃなくて「機能」をかたちにすること、「本質」をわかりやすいことばにすること。世界を何とかしようとする使命感があること。
 それらが、今という時代の成功へのベクトルだと、私は感じる。
 56年前と112年前、ココ・シャネルは、まさに、その戦略で世界を制した。
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(日経MM情報活用塾メールマガジン8月号 2020年8月19日 更新)
次回は、「感性コミュニケーション ~「話が通じない」の正体」です。
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黒川 伊保子 Ihoko Kurokawa
㈱感性リサーチ代表取締役社長、人工知能研究者(ブレイン・サイバネティクス)、日本ネーミング協会理事、エッセィスト

1983年奈良女子大学理学部物理学科を卒業、コンピュータ・メーカーに就職し、人工知能(AI)エンジニアを経て、2003年、ことばの潜在脳効果の数値化に成功、大塚製薬「SoyJoy」のネーミングなど、多くの商品名の感性分析に貢献している。 男女の脳の「とっさの使い方」の違いを発見し、人類のコミュニケーション・ストレスの最大の原因を解明。 その研究成果を元に多くの著書が生み出されている。中でも、『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』は、家庭の必需品と言われ、ミリオンセラーに及ぶ勢い。 主な著書に、『恋愛脳』『夫婦脳』『家族脳』『成熟脳』(新潮文庫)、『ヒトは7年で脱皮する~近未来を予測する脳科学』(朝日新書)『女の機嫌の直し方』『ことばのトリセツ』(インターナショナル新書)『人間のトリセツ ~人工知能への手紙』(ちくま新書)、『共感障害』(新潮社)、『母脳』『英雄の書』(ポプラ社)、最新刊『コミュニケーション・ストレス ~男女のミゾを科学する』(PHP新書)、最新刊『女と男はすれ違う』(ポプラ新書)など