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初心者のためのわかりやすいESG投資入門 最終回

初心者のためのわかりやすいESG投資入門 第2回

ESG投資における運用手法の分類
 ESG投資が環境、社会、ガバナンスといった非財務情報を考慮した投資であることは第1回で説明しましたが、実際の投資家は具体的にどのように運用しているのでしょうか。今回はすでにESG投資が進んでいる機関投資家がどのような運用手法を用いているのか、どのようなリターンを追求しているのか、そして、運用パフォーマンスをどう評価しているのかについて、解説します。

加藤康之氏

めざすリターンの特性により、3つに分類 「超過」の基準はベンチマークとの比較

 まず、運用手法の分類を行ってみましょう。ここでは獲得しようとするリターンの特性に応じて、次のように3つに分類します。

 (1)経済的超過リターンを狙う「ESGアクティブ運用」
 (2)社会的超過リターンを狙う「サステナブル運用」
 (3)市場全体の社会的および経済的リターン向上を狙う「ベータ向上運用」


 (1)、(2)にある超過リターンとは、TOPIX(東証株価指数)などベンチマークインデックスに投資した場合と比較し、それを上回るリターンのことをいいます。ところで、最近ではESG投資におけるエンゲージメント(投資先企業との対話を通して企業価値の向上を図る活動)についても重要視されるようになっており、1つの運用手法と考えることができますが、エンゲージメントはすべての運用手法において共通に行われるため、今回のコラムでは取り上げません。

では、(1)~(3)を順番に解説しましょう。

評価基準が明確なESGアクティブ運用、インデックスと比較 社会的リターンは二義的

(1)ESGアクティブ運用
 この運用手法はESG情報を使いながらもあらゆる情報をもとに経済的な超過リターンを狙うものです。現時点でのESG評価が低くても将来高くなると予想してESG評価の低い企業に投資することもあるでしょうし、逆に、ESG評価は高くてもバリュエーション的に割高であれば売却することもあります。この運用手法のパフォーマンス評価は明確であり、経済的超過リターンで評価すればいいことになります。つまり、ベンチマークインデックスのリターンを上回っているかどうかによって評価されます。
 社会的リターンは二義的ということになるわけです。ただ、ある欧州系運用機関の担当者によれば、同じ経済的リターンであれば、より高い社会的リターンをもたらすファンドが投資家に選ばれるということです。

新規資金流入や評価のばらつき続けば ESG投資はアクティブ運用がいまこそ「出番」

 ところで、実際のESGアクティブ運用のパフォーマンスはどうなっているのでしょうか。
 2014年1月~2018年12月のデータ(出所:マーサー、米国年金コンサルティング会社)がある40のグローバルESGファンドについて、期間中の超過リターン(対MSCI-ACWI、世界的な指数提供会社であるMSCIが算出する株価指数、 ACWIはオール・カントリー・ワールド・インデックス)を調べると、超過リターンを創出しているのは40ファンド中、14ファンドのみです。
 当たり前ですが、どんな運用であっても超過リターンを得るのは簡単な話ではありません。
 ただ、ESG市場への新規資金の流入や、評価機関による企業のESG評価がばらついているという状況が当面続くとすれば、超過リターンを得やすい市場環境が続くのではないかと思われます。いまこそ、ESG投資はアクティブ運用としての出番を迎えているといえます。

サステナブル運用、まず先に社会的超過リターン求める 最終ゴールへ時間軸は長く

(2)サステナブル運用
 サステナブル運用はまず先に社会的超過リターンを求め、高い社会的リターンをもたらすと期待される企業に投資を行う運用手法です。もちろん、多くの投資家にとっては社会的超過リターンだけが最終目標ではなく、社会的超過リターンがもたらす長期的な経済的超過リターンも重要な目標になります。ESGアクティブ運用との相違は社会的超過リターンを経由することになるため、パフォーマンス評価の時間軸が長くなることです。
 ESGアクティブ運用では短中期的なパフォーマンスが劣る場合は解約の対象になってしまいます。サステナブル運用では委託者に長期にわたって待ってもらうために、高い社会的超過リターンが創出されていることをまず、示すことになります。
 つまり、【ESG投資 → 短中期的な社会的超過リターン → 長期的な経済的超過リターン】というプロセスを想定することになります。
 結果的にサステナブル運用ではESGアクティブ運用に比べて社会的リターンのウエイトが高まることになるわけです。

経済的利益への転換は「理念」 環境問題&コロナなどで、受け入れられる可能性広がる

 このプロセスにおいて問題となるのは、2つの矢印(→)が本当に成立するのかどうかということです。
 特に、2つめの「短中期的な社会的超過リターン→長期的な経済的超過リターン」は一見、当たり前のようにみえますが、検証が必要です。経済的リターンと社会的リターンはトレードオフの関係があると指摘する研究もあるからです。
 しかし、検証のためには長期のデータが必要であり、現状ではデータ不足といわざるを得ません。とすると、この矢印は「理念」となるわけです。ここは受託者責任の観点から難しい判断になりますが、環境問題や新型コロナウイルスによる公衆衛生問題への関心の高まりなど、世の中の流れを考えれば、この理念が受託者責任としても広く受け入れられる可能性があると思われます。実際、ある調査によると、個人投資家のESGに対する選好は高いことが示されています。

社会への貢献示す「ESG投資の見える化」、重要テーマに パフォーマンス評価に採用

 次に1つめの矢印である「ESG投資→短中期的な社会的超過リターン」も当たり前のようにみえます。しかし、現時点でESG評価の高い企業が将来も高い社会的リターンをもたらすとは限りません。本当に社会的超過リターンを実現したのかどうかを評価する必要があります。
 筆者はこれを「ESG投資の見える化」と呼んでいます。2つめの矢印を受け入れるとすれば、1つめの矢印がサステナブル運用のパフォーマンス評価になります。実際、社会的リターンを重視する欧州の大手運用機関では自社ファンドの社会的インパクトレポートを通して社会的リターンの実績を報告するようになっており、ESG投資の見える化は重要なテーマになっています。

マーケット全体へのインパクト狙う パッシブ運用の一環として注目

(3)ベータ向上運用
 ベータの向上(あるいは市場の底上げ)とは、市場全体(これをベータと称しています)のリターンを向上させるという意味です。
 本来はマクロ経済の議論ですが、それを運用で実現しようという考え方です。投資の選択肢が少ない、あるいは、パッシブ(指数連動型運用)比率の高い投資家がめざす運用手法と考えられます。
 ここではベータ向上運用として次の2つの手法を取り上げます。

  1.ESGインデックス運用
  2.ESGエンゲージメント付きマーケットパッシブ運用

ESGインデックスを通じて、企業にインセンティブ 指数採用に向けた取り組み期待

 1.ESGインデックス運用
 ESGインデックスとはESG評価機関が独自のESG評価に基づきESG評価の高い銘柄を組み入れたポートフォリオです。重要なことは、採用された銘柄が公開されているということです。つまり、ESGインデックス運用とは多くの企業にESG評価を高めESGインデックスに採用されたいというインセンティブ(動機づけ)を持たせることにより、市場リターンの向上を実現するという運用手法になります。
ただし、この運用手法には次の2つの前提があります。

(a)ESG評価が企業価値に織り込まれる(つまり、ESG評価が高まれば企業価値が高まる)
(b)多くの企業はESGインデックスの構成銘柄に採用されたいというインセンティブを有する

 (a)については前回、すでに示しました。(b)は実証が困難ですが、多くの企業がESGインデックスに採用されたときに誇らしく発表しているので前向きに考えていると思われます。ある研究によると、ROE(自己資本利益率)に対する同じようなインセンティブインデックスである「JPX日経400」に関しては、インセンティブ効果が観測されると分析しています。

エンゲージメントの費用対効果が課題 評価は今後の課題

 2.ESGエンゲージメント付きマーケットパッシブ運用
 これは文字通り通常のマーケットパッシブ運用を行いながら、エンゲージメント活動を行うというものです。パッシブ運用はESG投資ではないため、エンゲージメント部分がESG投資といえます。もちろん、この場合、マーケットインデックスに含まれるすべての企業をエンゲージメントすることは困難なため、結果的に一部の企業に対する選択的エンゲージメントになるでしょう。
 したがって、もし、この運用手法のコストがマーケットパッシブ運用より高いとすれば、マーケットパッシブ運用とエンゲージメントファンドをそれぞれ別々に採用した方がコストパフォーマンスはいいのではないかという議論もあります。ある研究では「通常のマーケットパッシブ運用の増加がアクティビスト(物言う株主)ファンドのエンゲージメント効率を高めている」と指摘しており、この議論の参考になります。
 以上、2つのベータ向上運用の例を示しましたが、いずれにしろ、ベータ向上運用では追加的なコストをかけているのに、経済的超過リターンを求めないことになり、パフォーマンス評価が難しいといえます。適切なKPI(Key Performance Indicator、最重要業績評価指標)がパフォーマンス評価指標の候補になりますが、それは必ずしも市場リターンの向上を意味しませんし、当該運用ファンドの貢献との因果関係も明確になりません。
 この運用手法のパフォーマンス評価は今後の課題として残されています。

ポストコロナ時代 ESG投資の重要性を投資家も企業も強く認識 真の社会的責任負う

 これまで3回にわたりESG投資について解説してきました。
 ESG投資の社会的重要性は広く認識されており、すでに膨大な資金が投入され始めています。しかし、その具体的な運用手法や投資リターンについてはまだ発展段階にあることも事実であり、今後の研究が期待されています。一方、現在、世界が直面している新型コロナウイルスは感染症の世界的蔓延という社会的問題が甚大な経済的損失をもたらし、そのリスクの低減が投資リターンの維持に重要であるということを広く認識させることになりました。
 ポストコロナショックの時代、ESG投資の重要性は投資家にも企業にもより強く認識されることになり、ESG投資を通して真に社会的責任を負っていくことになるでしょう。

(日経MM情報活用塾メールマガジン6月号 2020年6月29日 更新)
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加藤 康之 Yasuyuki Kato
お金のデザイン研究所長 東京都立大学特任教授 京都大学客員教授(京都大学ESG研究会座長)

東京工業大学修士。京都大学博士。1980年に(株)野村総合研究所に入社。1998年に野村證券(株)に転籍、金融工学研究センター長などを経て、同社執行役。2011年に京都大学大学院教授。2019年4月から現職。他に、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)経営委員、証券アナリストジャーナル編集委員など。著書に「初心者のための資産運用入門」、「高齢化時代の資産運用手法」、「ESG投資の研究」など。