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初心者のためのわかりやすいESG投資入門 第1回

ESG投資とは何か?
 機関投資家による資産運用の世界でESG(環境・社会・経営統治)投資が大きな関心を集めています。2020年も引き続き最大のテーマとなりそうで、頻発する自然災害で環境問題が身近になった日本でも10月に東京でPRI(ESG投資をプロモーションする国際的組織)の総会が開かれる予定です。ただ、多くの人にとってまだ漠然としてわかりにくいという指摘もあり、アカデミックな世界でも伝統的な投資理論の枠組みのなかで、ESG投資をどのように評価すべきなのかが重要な課題になっています。長年、投資理論を研究してきた株式会社お金のデザイン お金のデザイン研究所長、東京都立大学特任教授、京都大学客員教授の加藤康之氏が、3回シリーズのコラムを通して、わかりやすく解説します。

ESG投資に2つの定義 方法論と目的、めざすべきリターン

 ESG投資と言っても人によってその理解はばらばらです。専門家の間でもまとまっていません。そこで、まずESG投資を私流に定義してみたいと思います。
 ここでは、次のように2つに分けて定義します。

 つまり、(1)ESG投資とは、
 ・環境(Environmental) 
 ・社会(Social)
 ・ガバナンス(Governance)

という3つの非財務情報を考慮した投資のこと。

 そして、(2)ESG投資のリターンとして、
 ・経済的リターン
 ・社会的リターン

の双方を追求する。
 定義(1)はESG投資の方法論であり、投資対象企業を選択するときに企業のE、S、Gの3種類の情報を利用するということを言っています。このESGの情報は、投資で伝統的に使われてきた企業の利益や売上高などの財務情報とは異なるため、非財務情報と呼ばれています。なお、これらの非財務情報を既存の財務情報と組み合わせて総合的な投資情報として使うことも可能です。この組み合わせる投資手法をESGインテグレーションと呼んでいます。

 定義(2)はESG投資によって投資家はどんなリターンを狙っているのかを説明しています。「経済的リターン」とは株価の変化や受取配当金など一般的な意味の投資リターンのことです。一方、「社会的リターン(社会的インパクト)」とはその投資によってもたらされた社会的な貢献のことを指します。たとえば、温暖化ガスの排出量を減らし環境に貢献することができた、あるいは、地域の新規雇用を通して地域の経済活性化に貢献することができた、といったことです。もちろん、この「社会的リターン」は長期的に「経済的リターン」につながるという大前提があるのは言うまでもありません。

1920年代まで遡り、「宗教的な考え方」ルーツに 国連PRI宣言で大きな注目

 ところで、このESG投資のルーツはどこにあるのでしょうか。それは1920年代まで遡ります。当時、教会の余資運用において「ギャンブルやアルコールなど教義に反する事業を行っている企業への投資は行わない」という投資方針があり、それがESG投資のルーツになったと言われています。
 つまり、宗教的な考え方がその根底にあるわけです。
 しかし、機関投資家の台頭による影響もあり、現在、ESG投資は宗教的な投資というよりは長期的に持続可能な(サステナブルな)リターンを得るための投資手法として認知されつつあります。特に、2006年に国連でESG投資の重要性が宣言(PRI;Principle of Responsible Investment)されてから大きな注目を浴びるようになりました。

いま、ESG投資が注目される理由 資本主義の持続性に危機感

 ところで、いま、なぜESG投資が大きく注目されるのでしょうか。一言で言えば、「投資家が伝統的な資本主義の持続性(サステナビリティ)に危機感を持ち始めている」ということではないかと思います。
 そもそも資本主義あるいは資本市場から最大のメリットを受けているのは資本家、つまり、投資家と言えるでしょう。投資家は資本市場から高い投資リターンを得てきたのです。そして、今後も長期にわたってそれを持続させたいと考えています。その投資家が資本市場の持続性に危機感を抱き始めているのです。産業革命以降、資本主義は人類に幾何級数的な成長をもたらしてきました。
 しかし、ここにきて、投資家は資本主義が次のような副作用をもたらすことに気がつき始めたのです。それらは、
(1)貧富の格差
(2)企業を取り巻く負の外部性によるリスク

です。
「21世紀の資本」

21世紀の資本 トマ・ピケティ
(訳)山形浩生 守岡桜 森本正史
みすず書房のサイトへ

 (1)は言うまでもありません。世界の最富裕層85人の資産総額が下層の35億人分に相当する(出所:国際非政府組織(NGO)オックスファム)という信じられない格差が起こっています。日本でも正社員と非正規社員の間の格差が社会問題になっています。
 経済理論では資本収益率は経済成長率より大きいと考えるのが一般的です。資本の提供者(資本家)は大きなリスクを取っているため、資本家の得るリターン(資本収益率)は通常の経済活動から得られるリターン(経済成長率)より高いというものです。資本の多くは富裕層が保有しているため、資本主義はますます貧富の格差を拡げてしまうという特性を内在していることになります。
 そして、いま、その格差が許容できない水準に達していると感じる人が増えています。格差に配慮する資本主義が求められているのです。ちなみに、数年前にフランスの経済学者ピケティが著した「21世紀の資本」という本は日本でもベストセラーになりましたが、この本が最も注目された点はその格差を実際のデータで示したことです。

 (2)は企業が自然環境や社会などに与える影響が高まっており、その影響によってもたらされるリスクが回って企業にとっても大きなリスクになって返ってくるということです。これまで自然環境や社会は企業の外にあり、企業はこれらの外部資源から自由にメリットを享受して成長してきました。自然環境や社会に負荷を与えるビジネスを行っていたとしてもその影響は小さく無視されてきたのです。
 しかし、いまや、その負荷の大きさは無視できる範囲を超えるようになってきており、企業が生き残るためには外部資源に配慮したビジネスが必要になってきています。つまり、外部性も取り込んだ資本主義が求められているのです。

「サステナブル」や「責任」に込められた意味 欧州で先行、世界へ

 いま、投資家は資本主義を持続させるために、資本市場に対してアクティブな行動を起こすようになったのです。それがESG投資です。ESG投資をサステナブル投資(Sustainable Investment)、あるいは責任投資(Responsible Investment)とも呼ぶのは、これらの考えを反映しているためなのです。
 ESG投資で先行する欧州では、そもそもESG投資を行わないことが受託者責任を果たさないという一歩踏み込んだ解釈になりつつあります。この流れは世界的に広まっていく方向ですが、それが企業価値を決定するファクターにも影響を与える可能性があることに留意すべきです。
 
(日経MM情報活用塾メールマガジン4月号 2020年4月27日 更新)
次回は、「ESG投資と企業価値との関係について」です。
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加藤 康之 Yasuyuki Kato
お金のデザイン研究所長 東京都立大学特任教授 京都大学客員教授(京都大学ESG研究会座長)

東京工業大学修士。京都大学博士。1980年に(株)野村総合研究所に入社。1998年に野村證券(株)に転籍、金融工学研究センター長などを経て、同社執行役。2011年に京都大学大学院教授。2019年4月から現職。他に、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)経営委員、証券アナリストジャーナル編集委員など。著書に「初心者のための資産運用入門」、「高齢化時代の資産運用手法」、「ESG投資の研究」など。