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情報活用Tips Column

Happy First Achievement ひとりひとりの幸せを追い求める先に成果がある 第1回

勝つチームづくりに欠かせないダイバーシティ
 急速に進むグローバル化やあらゆる分野に広がるテクノロジーの進化、コミュニケーションやモビリティの複雑化に伴い、ひとりひとりの個性や権利が重視されるようになり、企業や組織はもちろん、個人としても成長や成功を求めるために、ダイバーシティ(多様性)への理解と対応が大きなカギとなっています。スポーツ界も例にもれず、さまざまな角度から、ダイバーシティへの取り組みが課題となっており、「勝つチームづくり」には欠かせない要素となっています。年齢や性別、地域を超え、長年、サッカーのコーチや監督を経験してきたコンサルタントの石原孝尚さんに、強い組織やチーム、選手づくりの挑戦から得た、マネジメントの極意、たどりついた指導法と、チームメンバーひとりひとりのメンタルコンディショニングや発想法などについて、語っていただきます。

本当のダイバーシティとは「足りなくてありがとう」

石原孝尚氏

石原孝尚氏

 「大好きな言葉は”例年通り”」。こんな上司、同僚。周りにたくさんいませんか。
 属性や経験、価値観、モチベーションの違いなど、いろいろな考えを持つ個人をチームとしてマネジメントすること、お互いがコミュニケーションをとることが難しい時代になってきました。「今までのやり方では部下がついてきてくれない」、「組織を変えたいと思っているが上司が変わろうとしていない」など、悩みを持つ人も多いと思います。
 いままでは同じ荷物をみんなで手分けして持つだけでよかったと思います。個性は邪魔であり、「聞き分けの良い社員」、「俺が、俺が、の上司」でも問題ありませんでした。しかし、そんな組織も「もう時代遅れ」です。みんな感じてはいるが、「変えられない」、「どう変えていいかわからない」が素直な気持ちだと思います。

チームとグループの違いは目的の共有、ひとりひとりの強みをいかす

 「ママさんグループ」といいますが「ママさんチーム」とは言いません。チームもグループも同じ集団を意味しますが、「チームとは共通の目的がある集団」。同じ目的、目標を共有していることがチームです。「ママさんチーム」なんて呼んだら、やる気がありすぎてしまう(笑)。
 いまどき、流行りの「Diversity(多様性) & Inclusion(受容)」はそんなに難しいことでしょうか? 「働く社員ひとりひとりの力を発揮し、チームワークあふれるチームにしたい」とみんな考えています。でも、どうしてもうまくいかないし、そんなことは理想だと思い、期待しなくなっている人も多いと思います。「仕事とは会社のためにするもの」。そう思っているのかもしれません。
 先日、ある外資系ホテルから「Diversity(ダイバーシティ)について、社員に話して欲しい」という依頼を受けました。
 「だいばーしてぃ?」。最初は何を言っているのかわかりませんでした。
 サッカーの場合、「選手、スタッフの持っている力を発揮し、チームとしての力を(有機的に)最大限発揮させる」ことで、勝利をめざします。自然と、一人ひとりの強みを生かす「ダイバーシティ」になります。
 守備が得意な選手だけでは勝てないし、攻撃は好きだけど守備しない選手だけでも勝てない。だから、いろいろな強み、役割を持つ選手が必要になります。野球でいうところの「走・攻・守」そろっている社員が多くいればいいのですが、多くの会社はそんな優秀な人材ばかりではありません。
 スポーツの現場にいる僕は「いろいろな特徴、長所、短所を組み合わせてチームとしての最大パフォーマンスを発揮すること」を考えます。
 企業の「Diversity研修」では「これからの時代は外国人と女性の活用が企業の持続的成長には欠かせません」みたいな話を聞きますが、僕はそんなに難しく言わなくても「ひとりひとりの強みをちゃんと発揮できるようにするだけでいい」と思ったりもします。

強み = 能力(スキル) × 興味・関心(好き)

 では、強みって何でしょう?その人の能力(スキル)、たとえば英語ができるや処理能力が早い、経験、知識などは確かに「強み」です。でも、それだけが強みでしょうか。
 僕は「興味・関心(好き)」も強みだと思っています。
 組織では「あなたは何ができるの?」と聞かれても、「あなたは何が好きなの?」とはあまり聞かれないと思います。みんな「できること(能力)」をその人の強みだと思いこみ「好きなこと(興味・関心)」に目を向けません。僕も指導者としてたくさん失敗してきました。
 いま、振り返ると、監督や高校教師として指導してきたサッカーや野球でいまもプロとして活躍している選手の多くが「能力」だけでなく、「興味・関心」が強い選手でした。
 当時、僕が担任するクラスで学級委員長をしていたその選手はいまではプロとしてJリーグ1部で優勝争いするようなチームでレギュラーとして活躍しています。
 僕は高校で指導している時、その選手がプロになるとは思っていませんでした。
 それは彼の「スキル(能力)」だけで判断し、彼の「興味・関心(好き)のエネルギー」に目を向けていなかったと思います。
 彼はサッカーが大好きで誰よりも練習をし、誰よりも困難な状況を乗り越える力がありました。
 たとえば、「料理は得意。でも、あなたには作りたくない」という人と、「料理は得意じゃない、でも、あなたのためなら勉強して美味しいご飯を作りたい」という人。あなたならどっちの人と付き合いたいですか。
 会社やチームも同じだと思います。
 能力があってもそれを組織に発揮しなければ意味はないし、たとえ、能力が足りていなくても好きでなんとかしようとしている社員はいずれ成果を出してしまうと思います。

誰一人かけても意味はない、生命共同体 優先順位はいらない

 僕はホテルの社員研修の中で次のような質問をします。
 「次の中であなたの体からなくなっていいものは何ですか」
① 心臓   ② 脳   ③ 血液
 
 少し意地悪な質問ですが、正解はどれがなくなっても意味がないということです。ただ、真面目な社員の方は真剣に考えて理由を探そうとします。
 次に、こんな質問をします。
 「次の社員の中で一番重要なのは誰ですか」
① ホテルの清掃員   ② ロビーの受付   ③ ウェブサイト担当者
 
 これもみなさん真剣に考えて順番を決めてくださいますが、順番を決めることに意味はありません。
 清掃員さんが部屋をきれいにしてロビーの受付で待っていても、お客さんの予約が入らなければ意味がありません。お客さんの予約をとって、ロビーで鍵を渡しても、部屋が清掃されていなければそれも意味がありません。
 誰一人かけても意味がないのです。それなのに働く人たちに優先順位をつけ、「私の方がたいへんだ」なんて思ったりするのです。自分にできないから仲間がいてくれる。そんな感謝の構造がそこにあるのです。

足りなくてありがとう、得意なことで勝負させる

 僕は人が感謝しあえるために「自分にはちゃんと苦手なことがある」と思っています。攻撃が得意な選手が守備も得意だと守備の選手たちに感謝できません。守備の選手は自分では得点できないから攻撃の選手を信じて協力できます。
 人は感謝しあうために苦手なことがあると思います。
 多くの組織は目的を達成するために「役割に人を配置」してしまいます。
 しかし、大切なのは「個人の特徴から目的を達成するための方法を考える」ことです。僕も攻撃的に得点を多く獲って勝利したいのですが、選手たちに守備が得意な選手が多ければ守備的に勝利をめざすと思います。
 守備が得意な選手に攻撃を要求しても選手たちはハッピーではないからです。
 野球のイチロー選手は右打席でもヒットは打てると思います。相手のピッチャーを分析し、右打者を苦手としていても、イチロー選手は得意な左打席で打つ方が成果は出ると思います。

モチベーションは“価値の原理”にもとづいている

 チームとして目的を達成するために、「自分のモチベーション」と「周りのモチベーション」をマネジメントする必要があります。
 モチベーションはどこからくるのか、それはその人の価値からきます。
 人の価値はその人の持つ「欲望」、「目的」、「関心」、「状況」で決まります。誰しも同じ価値を持つわけではないので、チームでのモチベーションが課題となります。
 普段、ブランドの時計が大好きな人も、砂漠で漂流して「何が欲しい?」と聞かれたら「水が欲しい」と言うと思います。状況が変われば関心は変わります。
 組織のモチベーションに関する問題をこの3つにわけて考えてみましょう。
① モチベーションがないわけではなく「モチベーションの方向が違う」
② モチベーションの方向は同じでも「それを達成したいスピード、かけられる時間、エネルギーの違い」
③ そもそもモチベーションが「同じ方向を向いていない」
①モチベーションがないわけではなく「モチベーションの方向が違う」

 同じサッカー選手でも必ずしも「チームの勝利に興味がある」とは限りません。日本でも海外でも代表選手の中にはチームのことより自分の成長に興味がある選手も多いです。試合に出られていない選手はチームの勝利よりまずは自分が試合に出ることに興味があったりします。
 モチベーションが高くても置かれている状況、目的によって関心(モチベーションの源)が違い、モチベーションの方向がチームの目的と違うことが原因です。
 僕はシーズン前に選手全員との個人面談をまず行います。
 「個人の目的・関心」を理解し「チームの目的」との共通部分を探し、その選手個人の頑張りがチームの目的にもなり、チームの目的もまた個人の目的をサポートするものであることをお互い理解するためです。

②モチベーションの方向は同じでも「それを達成したいスピード、かけられる時間、エネルギーの違い」

 会社で働く人たちも「やる気がない」わけではありません。多くの問題は「そこまでやりたくはない」とか「そんなに急いで達成したくない」など、達成したいスピードやかけたい時間、エネルギーが社員間で違ったりすることです。これは誰が正しいというわけではなく、個人の関心の問題なので、リーダー、もしくは自分自身でその目的に意味づけをして達成速度や達成エネルギーを変える必要があります。

③そもそもモチベーションが「同じ方向を向いていない」

 組織の目的が間違っているのか、個人の思いを問いただす必要があるのかもしれません。

目的を達成するための方法は自分で考える そこに喜び、モチベーションがある

 「方法(プロセス)が目的になっている」。よく言われますが、それはなぜでしょうか。
 本来、目的が達成できればどのような方法(プロセス)にするかは人や組織によって違うはずです。
 みんなが同じ方法で成功をめざすことが良しとされていて真剣に考えていないと思います。
 それでは働くことはどんどん面白くなくなります。
 東京から京都に旅行にいくとしましょう。目的はこの旅行を楽しむことです。
 ある人は京都で多くの時間を使いたいから新幹線で早くいきたいと考えます。また、ある人はせっかく京都にいくなら大阪も観光したいと考えます。また、ある人はみんなでわいわいいきたいから車で行きたいと考えます。
 
 みんなそれぞれ違う方法、でもこの旅行を楽しみたいという目的を達成しようとしています。どれもその人たちにとっては正しい方法(プロセス)です。
 しかし、組織ではある価値観のもと方法(プロセス)までもが制限されてしまっていると思います。
 人は機械ではありません。だから正しい(楽しい)方法は人それぞれ。資本主義社会の中で「効率化」だけを考えれば、京都までみんなが“新幹線”で急いでいくべきかもしれませんが、仕事も人間がやっていること。“在来線でのんびりいく”ことで目的を達成できるなら、そこは個人に任せたほうがいいのでは、それもダイバーシティだと僕は思います。
 いままでは「集団を幸せにすることでそこにいる個人を幸せにする」考えでした。 
 でもこれからは「個人の幸せを考えればその組織は幸せになる」という考え方が必要だと思います。 
 「勝って選手を喜ばせたい」、「売り上げをあげて、社員を幸せにしたい」という「成功の先に幸せがある」考えではなく、「選手の成長や喜びを大切にし、幸せにすれば、選手は勝利を運んでくれる」、「社員ひとりひとりのことを考えれば、売り上げは自然とあがる」という「幸せの先に成功がある」というHappy First Achievementが必要だと僕は考えています。 
(日経MM情報活用塾メールマガジン1月号 2020年1月29日 更新)
次回は、『人は「正しい人」の話を聞くのではなく、「信じた人」の話を聞く』です。
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石原 孝尚 Takayoshi Ishihara
FCふじざくらグローバルディレクター
岡山県高梁市スポーツ振興アドバイザー

2000年金沢大学教育学部卒業、2003年筑波大学大学院体育研究科修士課程修了。前橋育英高校サッカー部コーチ 、帝京高校教諭兼サッカー部コーチなどを歴任。2012年INAC神戸レオネッサのヘッドコーチ兼U-18監督、2013年監督に就任。国内大会の三冠独占(リーグ・リーグ杯・皇后杯)に加えて、国際女子サッカークラブ選手権を制し、四冠を達成した。2014年米プロリーグ・NWSLのスカイ・ブルーFCのアシスタントコーチ。2016年浦和レッドダイヤモンズ・レディースコーチ、2017年監督。2018年11月から豪州女子プロリーグMelbourne City FC Ladiesコーチ。サッカーだけでなく、IT、経済、女性の社会活躍などを世界中で学び、発信を続けている。