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情報活用Tips Column

50+(フィフティープラス)世代が創る新しい大人市場~シニアという常識では何も売れない響かない~

健康で思うように売れずグルメで大ヒット

シニアのニーズといえば何といっても「健康」が常識であり、従って、シニアビジネスは「健康」と「介護」があたかも基本のように語られる。しかしながら、問題は本当に健康でモノが売れるのかということだ。食品業界でも、やはり「シニアの基本ニーズは健康だ」ということで、この10数年間、「健康」をテーマに競うように商品開発がなされ、市場に多くの商品が出されて来た。その中でよく見られたのは「減塩」である。「減塩〇〇」という食品だ。ところが、それが思うように売れない。手を変え、品を変え、各社が試みて来たがなかなかうまく行かない。そこから「シニアは難しい」ということも語られて来た。

しかし、昨年、全く異なるところからヒット商品が生まれた。それが日清食品の高級カップラーメン「カップヌードルリッチ」だ。4月に「贅沢とろみフカヒレスープ味」が50・60代向けに新発売され、一か月で600万食、約半年で1400万食という大ヒットになり、10月には「無臭にんにく卵黄牛テールスープ味」も新発売された。50・60代の食に対するニーズは、実は「健康」ではなく「グルメ」にあった。カップラーメンだけでなく、高級レトルト食品や高級カレーも売れている。また、外食チェーンの「なか卯」では2015年10月に和風牛丼並盛よりも440円も高い790円の「天然いくら丼」を発売したところ、60歳以上から好評で郊外店では客数も一割ほど増えたという。

確かに、従来の高齢者は「粗食」で「あっさり好み」、「一汁一菜」「減塩」ということも健康長寿の心がけとして語られて来た。そこからシニアの食は、和食・野菜・あっさり・塩分控えめが半ば常識となっていた。ところが、当研究所で「肉料理が好きですか」ということを全国の男女2700名を対象として調査したところ、60代の82.3%、男性では86%が「好きだ」と答えた。これを「肉食エルダー」と呼んでいる。また、「食べることに楽しみを感じますか」という質問にはなんと60代の91.3%が「楽しみ」だと答えている。実は現在の60代は第一次グルメ世代なのである。彼らが30歳前後の頃に料理評論家の山本益博氏による日本で初めてのグルメランキング本が出版された。また、いまのラーメンブームの起点ともいえるブームが起きて、東京・荻窪の春木屋や丸福に行列が出来て大きな話題となった。さらに、雑誌dancyuが創刊され男の料理ブームが起こった。現在どうかといえば、東京のみならず全国で続々と生まれた立ち食いステーキ店には60代男性が押しかけ、それがニュースにもなっている。健康だけを考えて毎日暮らしている高齢者という一般的なイメージからは程遠いのが、現在の60代の生活者なのである。

 結局、シニアという従来の常識や固定概念だけで考えているから思うようにいかない。もちろん、健康に関心が高いのは事実だが、それが全てではない。もっと「生活者」をフラットにみてニーズを探るという当然のことが50・60代においても必要である。シニアが難しかったり、シニアがうまく行かないのは、「受け手」の問題ではなく、「送り手」の方に多くの問題がある。実は、生活者の大きな変化に「送り手」が十分追いついていなかったというのが実情なのである。

人口構造の劇的変化-若者から大人への急速なシフト

生活者の変化はあるとして、そもそもビジネスのベースとなる人口はどうなのだろうか。現在、日本の総人口は約1億2000万人で、そのうち、成人人口すなわち20歳以上人口は約1億人。その中で50代以上人口は約5800万人。つまり、すでに「大人の2人に1人は50代以上」である。40代以上人口になると約7600万人となり、「大人の10人に7.6人は40代以上」となる。したがって、東京の新宿・渋谷でも、名古屋・栄、大阪・梅田、札幌・すすきの、福岡・天神でも、「大人だな」と思う人に石を投げれば、40代以上に当たるという世の中になってしまった。高齢化のスピードが速いというのはそういうことである。高齢化というと、オジイサン・オバアサンが増えるような世の中を想像しがちだか、実は急速にすすんでいるのは「社会全体の大人化」なのである。

 3年後の2020年、人口構造はどうなるのか。総人口は徐々に減少するが、約1億2000万人であることに変わりはない。そのうち、成人人口もほぼ1億人でこれも変わらない。ところが、このうち50代以上人口は約6000万人となり、「大人の10人に6人は50代以上」となって、大人の半数を大きく超えていく。これが40代以上になると約7800万人となる。従って、「大人の10人に8人は40代以上」という世の中になる。大人の10人のうち8人、なんとわずか3年後に日本は「大人といえば40代以上」という「想定外」の世の中が来てしまう。場所によっては若者は探さないといない、ということになりかねない。いま日本人でそう思っている人は皆無に等しいと思われるが、好むと好まざるとにかかわらず、3年後には想定外の社会が来てしまう。その中で、ビジネスもマーケティングもしなければならない。「企業の生き残り」という言い方がよくなされるが、この人口構造の劇的変化の中で企業は生き残らなければならないのである。

 わが国はこれまで20・30代を主体とする社会であった。(図表1)そこでは「若者消費」が中心であった。「若者」と「ヤングファミリー」が消費を支える「若者社会」だったのである。ところが、人口構造の変化とともに、「大人消費」が中心の「大人社会」へ急速にシフトしつつある。残念ながら、わが国は人口の面からは二度と「若者消費」が中心の社会には戻らない。しかも、先に述べたように、生活者自身すなわち中身の大きな変化も同時に起こっているのである。

図表/人口構造の変化

生活者の大きな変化

こうした生活者の変化はどうして起こっているのか。生活者自身に調査をしてみた。「あなたは従来の40・50・60代と違うと思いますか」という質問になんと85.1%もの人が「違う」と答えている。60代に関しては、85.8%とわずかだが高いぐらいである。では何が違うのかという質問には、1位「年相応にならない」、2位「若さ」、3位「新しいものやコトに敏感」という答えが返って来た。3位の「新しいものやコトに敏感」は重要で、それは新製品を買ってくれる可能性があるということを意味するからである。この人たちを従来型シニア像でとらえようとするからズレが生じて来る。

 驚かれると思うが、サザエさんのお父さんの波平さんは54歳という設定だ。当時は55歳が定年であった。これに対し、現在、ダウンタウン53歳、ウッチャン52歳だ。そしてなんと、出川哲朗さんも52歳であり、上島竜兵さんは56歳なのである。リアクション芸は若者のものかといえばとんでもない。50代の芸なのである。

とはいえ、50代を過ぎたら「人生あきらめ半分になるのではないですか」という疑問もあるだろう。それは全くその通りで、腰痛や高血圧・血糖値・中性脂肪、深刻な場合は(筆者もそうだが)ガンなどを患い50代からは誰でも人生あきらめ半分になる。例外はないと言っても過言ではない。しかし、本当はどうなんですか、と聞かれれば、さきほどのような答えになる。つまり「表面的なあきらめ」と「心の中のこうありたい」という気持ちのギャップである。その心の中の気持ち、およびギャップに消費の可能性がある。従来のシニア・高齢者はあきらめ半分から静かにしてよう退こうと思い、家庭でも脇役・社会でも脇役になって行き、50歳を過ぎたら人生下り坂、あとは余生を送る、となった。しかしながら、今の人たちは、人生あきらめ半分ではあるものの、会社や仕事を一旦卒業し、また、子供が独立して家事や育児から解放されて、ようやく自分の時間が来た。できれば「これから人生の花を開かせたい」と心の中では思っている。(図表2)これが従来のシニア・高齢者との決定的な違いなのである。

 実際、「あなたはこれから自分なりのライフスタイルを創りたいですか」という質問には 40~60代の88.2%、60代で88.8%が「創りたい」と答えている。生活のあらゆるジャンルに消費の可能性はある。家庭でも社会でも脇役という従来型シニア・高齢者とは180度違う「新しい大人」なのである。

50+生活者が創る新しい大人市場

 こうした意識が消費にどうあらわれるのか。定年退職金の使い先を聞くと、受け取る前の意向も受け取った後の実績もダントツ1位は「国内旅行」である。子供が独立したことにより、家計の中の絶対必要経費であった子供のための教育費・食費がなくなり、時間的にも経済的にも余裕が生まれてコガネ持ちとなった。それが現れたのは、2015年の北陸新幹線の開業だ。金沢は50・60代とりわけ女性たちに大人気となり、京都とならんで彼女たちの鉄板のデスティネーションとなった。女性のお仲間同士、あるいは夫婦で行く。そのことで何が起こったかといえば、2015年はJR東日本、JR西日本、JR東海の3社がいずれも増収増益となった。JR3社が増収増益になるほどの大きな消費パワーだ。「新しい大人旅」といえる。

 そのほかのジャンルでも、バイクでは、第3次バイクブームと呼ばれて中高年のリターンライダーが増えている。若い時には手が届かなかったハーレー・ダビッドソンを買えるようになった。バイク市場がダウントレンドの中で、各社とも若者対策に力を入れているが、高額バイクを買ってくれる「新しい大人のバイク」に、より可能性があるといえるのではないか。また、若者が軽自動車主流であるのに対して、スポーツカーの中心的な購入層は今や40~60代であり「新しい大人のクルマ」だ。ファッションに関しても、東京・伊勢丹のメンズ館はまさにオシャレな大人の男であふれている。「新しい大人のファッション」だ。冒頭に述べた食は、まさに「新しい大人の食」といえる。音楽についてはビートルズもローリング・ストーンズもさらにはハードロックを生み出したクリームもレッドツェッペリンも現在の60代が若者のときにそれを支えた。50・60代は現在のCD販売を支えている。「新しい大人のロック」だ。住まいについては、老後の住まいや終の棲家ではなく、新しい大人のライフスタイルを提案するリフォームや平屋の住宅が大人気だ。「新しい大人の住」といえる。詳しくは、小書「シニアマーケティングはなぜうまくいかないのか~新しい大人消費が日本を動かす」(日本経済新聞出版社)をご参照いただきたい。

「シニアマーケティングはなぜうまくいかないのか<br>~新しい大人消費が日本を動かす」<br>(日本経済新聞出版社)

「シニアマーケティングはなぜうまくいかないのか
~新しい大人消費が日本を動かす」
(日本経済新聞出版社)

 人口構造の変化にともなって消費に変化が起きている。それは健康だけを気にするシニアが増えて困ったことになる、ということではない。そもそもシニアでないとすれば、なんと呼べばいいのか。これまでの調査の結果から、いまの生活者に抵抗のない言葉は「50代」と「大人」の2つだ。米国も同様で、「50+(フィフティープラス)世代」と呼んでいる。従来とは大きく変化する50代以上の生活者によって、これまで「若者市場」が中心だった日本に、50+世代による「新しい大人市場」が開かれようとしている。それをものにするかしないかは、送り手がいかに生活者を的確につかみ、生活者とともに共創して行けるかどうか、送り手の意識転換とその行動にかかっているのである。

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阪本 節郎 Setsuo Sakamoto
博報堂 新しい大人文化研究所

1952年 東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後 博報堂に入社。プロモーション企画実務を経てプロモーション数量管理モデル・対流通プログラム等の研究開発に従事。その後 商品開発および統合的な広告プロモーション展開実務に携わり,企業のソーシャルマーケティングの開発を理論と実践の両面から推進。2000年エルダービジネス推進室開設を推進し,2011年春 発展的に「新しい大人文化研究所」を設立。所長を経て現在 統括プロデューサー。近著「シニアマーケティングはなぜうまくいかないのか~新しい大人消費が日本を動かす」(日本経済新聞出版社 2016年)