【最終回】50+(フィフティープラス)世代の働き方が変える未来

博報堂 新しい大人文化研究所
阪本 節郎 Setsuo Sakamoto

1952年 東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後 博報堂に入社。プロモーション企画実務を経てプロモーション数量管理モデル・対流通プログラム等の研究開発に従事。その後 商品開発および統合的な広告プロモーション展開実務に携わり,企業のソーシャルマーケティングの開発を理論と実践の両面から推進。2000年エルダービジネス推進室開設を推進し,2011年春 発展的に「新しい大人文化研究所」を設立。所長を経て現在 統括プロデューサー。近著「シニアマーケティングはなぜうまくいかないのか~新しい大人消費が日本を動かす」(日本経済新聞出版社 2016年)


前回のコラム 50+(フィフティープラス)世代が創る新しい大人市場」

ドラッカー教授の提言と団塊世代

 経営学の巨人、ピーター・ドラッカー教授が天寿を全うされる前に言われたのが「日本はもう一度世界をリードできる」であった。それは日本が世界に先駆けて高齢化が進んで行くからであり、日本でモデルが出来れば世界をリードできると言われたのである。そして、その理由として異なことを言われた。それは日本には定年制があるからだ、とされた。なぜかといえば、大量の団塊世代がリタイアをし、その人たちが社会的なことに従事するような社会が生まれれば世界をリードできると言われたのである。ドラッカー教授が最後に力説されたのは企業と社会のインターフェースだ。そして、社会的なことに従事する人たちをナレッジワーカーと呼んだ。日本において大量のナレッジワーカーが出現するような社会が生まれれば、もう一度世界をリードできる、とされたのである。

 当事者である日本の団塊世代はどうだろうか。2017年は団塊世代が70歳代に突入する年である。政府・自治体では65歳を高齢者と規定しており、これは国連が設定したグローバルな基準でもある。65歳からさらに5歳年齢を重ねた70歳は古希といわれ、その意味は古来稀なり、とされるように70歳というのは、いよいよ本格的に高齢者の仲間入りかと思われる年代だ。団塊の世代はまさにお年寄りになって行く年齢である。せっかくのドラッカー教授の提言だが、それは夢のまた夢で終わるのだろうか。


劇的に変わろうとしている70歳代以上とその仕事

 当事者である団塊の世代はどういう人たちかというと、真正の団塊が1947~49年(昭和22~24年)の3年間に生まれた人たちで約700万人、広義の団塊が1947~51年(昭和22~26年)の5年間に生まれた人たちで約1000万人だ。直近の新生児が年間約100万人で3年間で300万人、5年間で500万人にしかならず、しかも年間100万人を切ったというのがニュースになったばかりである。いかに団塊世代が人口のボリュームゾーンかがわかる。

 その団塊世代が70歳代に突入しようとしている。常識的には古希を迎え、大量の老人が街や介護施設にあふれるようになる、と思われるわけだが、実態としてはかなり違う様相がみえてくる。団塊世代のトップバッターはビートたけしさんであり、高田純次さんで、お二人とも1947年1月生まれだ。従来の常識でいえば老人になって引退し、とっくに過去の人になっていなければならない。しかしながら、実際はどうかといえば、70歳になっても多くのテレビやラジオの番組を持ち、バリバリの現役として活躍中だ。また、ひとつ年上で昨年70歳になったのが吉田拓郎さんで、新曲をリリースされた。タモリさんも71歳でますますテレビで活躍中だ。また、コムデギャルソンの川久保玲さんは74歳であり、Y'sの山本耀司さんは73歳だ。山本耀司さんは2016年に宇宙旅行ビジネスのヴァージギャラクティック社と世界で初めて宇宙旅行用アパレルの開発を発表した。さらにいえば、2014年に天寿を全うされた高倉健さんは、2012年に「あなたへ」が大ヒットし、次回作の準備中に惜しくも亡くなったが、享年83歳であった。つまり、70歳代以上がいま大きく変わろうとし、その働き方もまた大きく変わろうとしている。70歳代、80歳代といえばいかにも高齢者然とした方々を思い浮かべるが、そうでない人たちも現れている。団塊の世代からは、仕事をしているか否かに関わらず、こうした生活現役感を持った70歳代、80歳代が増えそうな勢いがある。


高齢者の抱える本質的な問題

 高齢者といえば介護と判で押したようにいわれるが、要介護比率は75歳以上の後期高齢者で要支援まで含めて31.3%である。75歳以上でも残りの7割は元気だ。その7割の高齢者は問題がないのかといえばそうでもない。昔から高齢者がよく口にする言葉が、「早くお迎えが来ないか」だ。自分の身近で過去にもよく聞いて来たし、現在でもよく聞く。主に80代、90代になると発せられる。要するに何もやることがなくなり、こんな自分はこの世にいても仕方がない、早くお迎えが来ないか、ということだ。これは貧困世帯に限らず、富裕層でもよく見かける。こういうお年寄りに対して、社会保障費が増大して行く。その負担はより若い世代が背負って行く。高齢者人口が増大するということは、この構造が社会の中でどんどん膨らんでいくということだ。そのままでいいとは思い難い。

 ではどう考えたらいいのか。沖縄は、長い間長寿社会であった。そのときに大きな二つの要因があったといえる。その一つは、「歌と踊りと食生活」であり、もう一つは「おジイ、おバアがいなくては地域社会が成立しない」ということだ。つまり、社会的に重要な役割を担っていたのである。地域社会の冠婚葬祭から日々の付き合いまでおジイ、おバアが掌握していて、おジイ、おバアに聞かなければ日常生活が回らなかった。また、世界的にみると、イタリアのママンというのは、3世代の要に位置していて、ママンが食卓のあり方から何から仕切っていたといわれる。つまり「社会的役割」があるかないか、が大きな考えどころとなるのである。言いかえれば、小さくてもいいから「何らかの社会的役割を担い続ける」ということが、高齢社会を転換するキー・ファクターだといえるのである。


団塊の世代から変わる介護とリタイア後の多様な働き方

 こうした可能性はあるのだろうか。第一に重要なことはまさに「介護」である。実は先ほど75歳以上の後期高齢者で要支援まで含めて31.3%という要介護比率を紹介したが、この方々は「介護予防」という考え方のないときに高齢者になって要介護になられた。ところが、団塊の世代を含む60歳代に当研究所で「要介護状態にならないために何か行っていますか」という調査をしたところ、1位定期健診、2位適度な運動、3位散歩、4位手足や指を動かす、5位新聞や本をよく読む、など何らかの具体的な取り組みありの合計が83.2%もあった。つまり8割がなんらかのアクションをしているのである。(図表1)団塊世代からは要介護者がいなくなることはないが、要支援まで含めて31.3%という要介護比率は大きく変わる可能性がある。さらにいえば介護の現場にも介護される側でなく、介護する側として仕事やボランティアに入ることが期待される。

 そして、第二に重要なことが働き方である。これは、雇用延長・定年延長という大きな流れの中で起きていることだが、単に長く仕事をするようになったということではなく、一旦リタイア後の「多様な働き方」が始まっている。大きくは「世話役」・「先生役」・「相談役」の3つの役割を担っている。

 「世話役」に関しては、地域のボランティア世話役であったり、子どものキャンプの世話役のようなアウトドアライフの世話役、そして地元の観光案内人だ。すでに観光客の多い京都・鎌倉やより観光客を呼び込もうという南アルプス市など全国各地で団塊世代が活躍を始めている。四国には市役所を定年退職目前にして一念発起し、子どもたちに夢を与えるべく、サッカーのクラブチームを立ち上げ、JFLに昇格させた団塊世代もいる。こうなると世話役を超えた起業だが、いい意味の熱さとバイタリティも団塊ならではだ。

 「先生役」については、エルダー世代のためのPC(パソコン)インストラクターが挙げられる。同世代のインストラクターは「どこがわからないかよくわかる」といわれる。また、趣味も上達してくると先生の域に達する。

 「相談役」に関しては、直接仕事に従事するわけではないが、経験を活かすということだ。実際、団塊世代への求人ビジネスで比較的好調なのは経営アドバイザーである。経験を活かし、あるいは人脈を活かして販売・管理業務・技術などで中堅・中小企業の経営者のアドバイザーになる。また、金融機関で若い支店長にリタイアしたベテランが同行して信用を得た、という話もある。

 さらに、起業も増えている。その中でも面白いのが "投資ゼロ"の起業である。つまり「経験と蓄積」を元手に起業する場合には投資は不要なのである。企画やコンサルティング系の会社まさにそれである。例えば、自動車でカンバン方式の経験を活かしてそのコンサルティングの会社を数人で起業した例がある。まさに特化した経験とソフトとしての技術を元手に設立している。リタイア人材ならではのノウハウを持っているからこそできて、しかも低リスクの起業である。


クロスジェネレーションで若い人を支える

 さらに今後の重要な働き方といえるのは、「クロスジェネレーション」で若い世代を支えるということだ。雇用延長・定年延長の中で多いのは「若手の教育・伝承」だが、それだけでなく「若い世代の支え手」になるということも始まっている。いま企業のなかでは、若い社員の尻を叩けば成果が上がるという高度成長期のようなことは起こらない。とはいえ、現場の環境はより厳しくなっている。そこに新たな役割として登場しているのが、若い人のメンター役になるということである。現場の状況を客観的に横から、あるいは、斜め上から見ていて、必要なところに手を差し伸べるような役割だ。実際、あるベンチャー企業で、70歳代の大手企業の役員経験者が入り、若い社長の補佐役として、社長から社員までを俯瞰で見て成果を上げているところがある。経験知として重要なのは、手の差し伸べ方だ。直接当該社員に言ってしまってはトラブルになりかねないところを、自分の経験から誰にどう言えば最もスムーズに解決できるかが解っているため、適切な人に適切に話をすることで有効な手が打てているという。そのことで生産性も上がり成果が得られているそうだ。

 さらにいえば、70歳代ぐらいまではそれでいいとして、80歳代、90歳代になったらどうするのか。長生きリスクのセーフティネットを兼ねて考えられるのが「多世代シェアハウス」だ。全国でこれから人口減少に伴って空き家が増えるので、そこをリノベーションした低家賃の多世代シェアハウスが全国で生まれている。多世代シェアハウスであれば自分に合ったところも自由に選べる。そこでは自分にできることで小さくても何らかの世話役になることが考えられる。例えば、家庭料理を長年やって来た女性であれば、住人の若い人たちに料理を作ってあげる。 図表2 コーヒーを入れるのが好きな男性であれば、若い人たちにコーヒーを入れてあげる。さらには学童保育や下校時の見守りをするなど地域社会でのお役立ちをする。こうしたことで小さなことではあるが、若い世代をできる範囲で支えることは、前述した何もやることがないので「早くお迎えが来ないか」という事態にならずに、最後まで「明日も若い人のために頑張らねば」となるのである。

 高齢化に伴って、大きな問題になっているのは、より少なくなる若い世代がより多くなる高齢世代を支える年金の問題だ。それは賦課方式であり簡単には変えられない。これに対し、クロスジェネレーションで「50+世代」が若い世代を支えるようになれば、若い世代の生産性も向上するし、感謝の気持ちも生まれる。そうなれば年金を払ってもいいかという気持ちにもなるだろう。(図表2)


世界をリードする日本の未来

 こうした一旦リタイア後の新たな働き方の一つのポイントは、高額なギャラを要求するわけではない、ということである。つまりローコストで社会の支え手になるような人たちが沢山あらわれるような社会である。それはまさに人的セーフティネットが行きわたる社会ということもいえるだろう。

 団塊世代という人口のボリュームゾーンが生涯生活現役となり、何らかのカタチで社会の支え手になるような社会、とりわけ若い世代の支え手になるような社会が生まれれば、それはドラッカー教授の提言が実際にあらわれた社会となるであろう。日本でそういう社会が本当に実現されれば、世界をふたたびリードする日本になるのである。


(日経MM情報活用塾メールマガジン3月号 2017年3月13日 更新)

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